逃走5:動かねえ
感想とか貰えたらすっごく嬉しいです。え、要求してる?違う違う。独り言です。
「――で、結局ヴァンジルドさんは戻って来なかったという訳ですの?」
「……はい。」
今日はヴァンの試験の日。ベルは日が昇るまでヴァンを探し回ったのだが、ヴァンを見つけることは出来なかった。途方にくれたベルは早朝にも関わらずシュメイルに電話をかけ、今すぐ来るよう頼んだのだ。
「手掛かりがない以上、こちらとしては非常に残念ですが…闇雲に探すしかありませんわね。」
そう言ってシュメイルは悲しそうに目を伏せた。
「あの馬鹿!今日はテストだっていうのに…。」
「まあまあ、落ち着いて。…もしかしたらヴァンジルドさんの身に何かあったのかもしれませんわ。私は従者達にレイシア王国を隅から隅まで探すよう命じますから、ベルはお休みなさい。酷いクマですわよ?」
さすが富豪としか言い様がない発言である。ベルは首を横に振った。
「お言葉に甘えたい所だけど、あたしはまだ寝ない。シュメイルの従者さんたちと手分けして探すわ。」
「……分かりましたわ、お気をつけて。私は学園長にテストに来なかった場合の処置について祖父やと聞いて参ります。」
シュメイルは部屋を出る前に一度心配そうにベルを振り返った。ベルが「大丈夫だから」と手を振ると、「何かあったら連絡するんですのよ」と念を押した後ようやく満足したのか部屋を出て行った。
シュメイルの従者達はすぐにやって来た。人数は30人程。ベルの部屋に30人は窮屈過ぎたので、家の外でそれぞれの探す場所を割り振ることにした。
ベルに割り振られたのはA番地。広くもないが、狭くもない中途半端な地域である。
「皆さん、只今の時間は6時30分です。10時30分のテストまでに見つからない場合はシュメイルお嬢様、こちらにいらっしゃるベルお嬢様に連絡をしてください。」
「了解!」
従者の中のリーダーらしき男が呼び掛けると皆一斉に頷いた。(ベルだけはそんな従者の団結を前にどうすればいいか分からずにたじたじではあったが。)
「それでは、解散!」
先程の男が高らかに告げると従者たちははそれぞれの担当の場所へバタバタと慌だしく駆けて行く。
「あ、あたしも行かなきゃ!」
数秒遅れてベルも負けじと走り出すのであった。
――暖かい。ここは、何処だ……?
ゆっくり目を開け、今自分が置かれている状況を確認してみる。
見覚えのないベット、テーブル、クローゼット、その他諸々。
全て女の子らしく白で統一されてはいるが、同じ女の子らしい部屋であるベルの部屋とは似ても似つかない。
――部屋の主は今この部屋にはいないらしい。
ちなみに暖かいのはベットに寝かされているからのようだ。
ヴァンは起き上がろうと腹筋に力を入れようとした。
「あれ……?動かねえ…。」
おかしい、そんなはずはない、と今度は手を使って起き上がろうとしたが手自体がオモリになったかのように動かない。
「うそーん。まじすか。」
こんな状況にも関わらず緊張感のない言葉遣いなのは彼の悪い癖なのだろうか。
「あら、目が覚めたのねン。」
どこからともなく現われたのはフリフリの真っ白なワンピースを着た、見たところ三十歳は超えているであろう女性。
彼女はいそいそとヴァンが寝ているベットに座り、クルクルに巻かれた茶色の髪を耳にかけながらにっこりと笑いかけてきた。
「アタシの事覚えてるン?」
「あ…?」
この匂いには嗅ぎ覚えがあった。人間ではないヴァンは鼻が利く。もし人の顔を忘れていても匂いだけはしばらく覚えているのだ。
「最近会ったんだろーけどお前の顔は忘れた。」
ベットに寝た状態のままヴァンは正直に答えた。
「あらあン!正直な子ねン!………こうしても思い出さないかしらン?」
彼女はサングラスを装着し、手で少しそれを下げて期待するような目でヴァンを見つめたが、
「えー?分かんねえよぉ。」
と、ヴァンにスイマセン、と言いたげな顔をされただけで終わった。
――もしこの場にベルがいたならば「あーっ!ヴァンに人間界を案内するとか言いながら袖に縄を隠し持っていた謎のサングラス女!」と非常に長い名前で彼女を呼び、大騒ぎする事だろう…。
謎の女は「大丈夫。アタシ挫けない」と激しく首を振り、ヴァンに向き直った。――立ち直り完了らしい。
「まあいいわン。アタシの事はこれからゆっくり教えてあげればいいんだものン。」
「えっ?今何て…」
「今日からあなたはアタシのペットってことよン。」
そう言うや、十七歳のヴァンにのっしとのし掛かる謎の女、推定年齢三十歳。
「ペットってどういう事だよ?俺今日テストあるから帰してもらわないと困るんだよね。」
「こんな状況なのに余裕だわねン?慣れてるのかしらン?ペットなのに生意気ねン。」
「生意気も糞もあるかっ。俺・は・テ・ス・トな・ん・だ・よっ!」
「あなた、さては魔術学園に通ってるのかしらン?制服姿……興味深いわねン。」
謎の女はベロンとヴァンの頬を舐めた。
「あーっもう!制服姿かなんだか知らねーけど、その可能性を潰してんのはお前だっつーの!」
謎の女は茶色の目を大きく見開いた。
「………『お前』?いけない子ねン。お仕置としてこれからずっとアタシを『ダルビン様』と呼びなさぁい!そしてアタシに服を脱がされなさぁい!」
――もう嫌だ。ヴァンは思った。淫魔の俺が逆に襲われるなんて恥だ。恥過ぎる。屈辱だ。
そんな事を思っている間にも、ヴァンのティーシャツはダルビンと名乗る女によって成す術もなく脱がされてしまった。
「キャア!素晴らしいわン!」
そのままダルビンの手がヴァンのズボンへと掛かる…
「ちょっと待ったぁ!!」
が、危ないところでヴァンの待ったが入った。
「なぁによう?」
ダルビンは少し不機嫌そうに顔をしかめるがすぐにヴァンの提案によって目を輝かせる事になる。
「キス…しねぇか?」