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人間界逃走の果てに  作者: コサイン
3/14

逃走3:嫌な予感しかしない


ピンクを基調とした可愛らしい部屋。ベットの上にはふわふわのテディベアがグタッと寝かせられ、少々不気味な人形がタンスの上から床を見下ろすここは、ベルの家である。


「俺はこれからベルの家に住むのか?」


「そうよ。本当はものすごーく嫌だけど!」


ヴァンはふーん、嫌なのか~とどうでも良さそうに呟くと、興味津々でソファーのクッションをいじりだした。


――二人はレストランを出た後、ベルの家へと向かった。


理由はヴァンが街の人に迷惑をかける事をベルが恐れた為。


ヴァンは淫魔の本能からか、街を美しい女性が通ると必ず目で追っていたのだ。


(このままこいつを放置すると、絶対に人を襲う。だったらあたしが犠牲になってでも家に閉じ込めよう――。)


というベルの涙ながらの決断だった。


「ベルの下着だ。」


今さっきまでクッションをいじくっていたはずのヴァンが今度は衣類が入ったタンスを開けていた。しかも今見ている衣類は禁断の宝箱……。


「死ねぇえぇぇえっ!!」


ボスッ。


「何だ?襲って欲しいのかよー。」


ベルは殴りかかったはずなのにどういう訳かヴァンの腕の中に収まっていた。


「んな訳ないでしょ!!あー、寒気が…。」


そう言いながら離れようとするがヴァンは放そうとしない。


「放せ!馬鹿っ!」


「お前、おもしれーわ。」


ヴァンはフッと笑うとベルを解放した。


「な、何なのよ?変なヤツ…。」


そう言いながら手はテキパキとタンスの引き出しを元に戻していく。


「あんたは部屋の物扱うの禁止だからね!」


ベルはタンスを元に戻し終えてヴァンの方を振り返った。


「スー…」


「自由過ぎる…。」


そこにいたのは、ソファーに丸まって寝るヴァン。


ベルはこれからこの自分勝手自由人をどうしようかと頭を抱えるのだった。

穏やかな日曜日の午後。ただ一つ残念な事は今にも雨の降りそうな不安定な空だという事だけ。

それは富豪シュメイル=ピンの家でも同じだった。


シュメイルはいつも学校の寮での生活なのだが、日曜日はこうして自宅に帰る。


こういう日はゆっくりしたいが、あいにく雨が降るというし、いつもはいるお手伝いさんも皆休暇で実家に帰ってしまっていたので、母親から今のうちに行って来るようにとお使いを頼まれたり、洗濯物を取り込むのを手伝ったりと大変な午前中だったのだ。


しかし、午後はゆっくりできるからいいか…と窓際に置かれた肘掛け椅子に座って疲れたように目を閉じる。


あんまり強くない日差しがシュメイルの長い睫毛を照らしている。シュメイルはそのままコテンと眠りにつこうとしていた。しかし。


ピリリリリリリ!


無情な電子音が鳴り響く。シュメイルは鬱陶しそうに顔にかかった黒髪を払いのけ、音の原因である彼女の携帯を手に取り、相手を確認して通話ボタンを押した。



「もしもし…。」


『もしもし!シュメイル?』


「なぁに?ベル。珍しいですわね。」


電話の相手はベルらしい。


『相談したい事があって…。とりあえず家へ来てくれる?』


「はぁ、相談したい事…ですの?」


『えぇ!待ってるから!』


ピッ。

ツー、ツー、ツー。


自分の言いたい事だけを言っていきなり電話を切る。シュメイルはそんなベルの行動には慣れていた。


「………しょうがないですわね。」


一方的にベルの家へ行くように約束させられたシュメイルは重い腰を上げ、親友の為に家に向かう事にした。


幸いベルの家はそう遠くない。ただシュメイルが気になるのは、


「雨が降らないといいですわね。」


…天気の事だった。


欠伸をしながらソファーから起き上がったヴァンは寝る前と幾つか違う点に気付いた。


一つ目は、今にも降りそうだった雨が降り出していた事。


二つ目は、女が一人増えていた事。


黒い髪をサラサラとストレートに肩まで伸ばした彼女はベルと話し込んでいてこちらの様子に気付いていないようだった。


「決定ですわね。」


透き通ったような彼女の声でベルが頷く。


「何が決定なんだ?」


ヴァンが聞くと、二人の女性は驚いたように振り向いた。


「起きていらっしゃったんですね。私の名はシュメイル。よろしくお願いしますわ、ヴァンジルドさん。」


黒髪の女性は優雅に微笑む。


「あんた、起きてたなら言いなさいよね!?びっくりするじゃない。」


と、ベル。


全く、対照的な二人である。


「よろしく、シュメイル。で、何が決定なんだ?」


シュメイルとベルはその言葉に目を見交わすと、ベルがゆっくりと話し出した。


「実はね、あんたを住まわせるとか言ったけど、よく考えたらあたし、いつもこの家にいる訳じゃないの。

普段は学校の寮に住んでるんだけど、今日はたまたま帰って来ただけ。」


ヴァンはうんうんと頷いて先を促した。


「あたしがいない間あんたを一人でここに居させる訳にはいかないじゃない?そこで、あたしは考えたの。」


ベルの目が危険な輝きを放つ。


「私の案ですのよ。」


紅茶を飲みながらシュメイルの訂正が入った。


「そ、そうだったわね。ゴホン、シュメイルは考えたの。」


ヴァンはごくりと唾を飲み込んだ。嫌な予感しかしない。


「あんたには…学校に行ってもらうわ!」

ヴァンはうなだれた。


「えぇ~!俺学校に行くぐらいなら旅するよ。」


「ダメ!!あんたのことだから旅先の色んな人に迷惑をかけるに決まってんだから!

あたしが目の届く所で見張っとかないと。」


ベルの言う迷惑とは、勿論ヴァンが若い女性を襲う事を指している。


「迷惑かけないぜ?記憶は消すんだからさ。」


ヴァンはグッと親指を突き出した。それに対し、シュメイルは何故か「きゃっ」と顔を赤くして手で顔を隠し、ベルはしかめっ面をした。


「記憶を消しゃいいってもんじゃないの!

とにかく、学校に行って寮に住んでもらうから!」


「…考えさせて。」


そう言うなり、しばらく腕を組んで考え込んでいたヴァンだったが、いきなり閃いたように笑顔になった。


「しょーがねえなあ。俺も学校に行ってやるよ。」


ヴァンのいきなりの笑顔にシュメイルは小さく「素敵…」と呟くが、ベルの騙されるな!と言いたげな目線で口をつむんだ。


「あんた何か変な事考えてる?」


ベルの鋭い目付きにヴァンはたじろいだ。


「変な事じゃねーよ。ただ親父達はまさか俺が学校に行ってるなんて思い付きもしねーだろうなあと思っただけだ。」


ベルはそう言えばこいつ追われていたな、と思い出した。シュメイルもベルからヴァンの話は聞いていたようで、納得したような表情を浮かべている。


「じゃ、決定ですわね。私が学校の方に入学手続きを済ませておくので、ヴァンジルドさんは簡単な入学テストのみ受けてもらうことになりますわ。」


ベルは頷いたが、ヴァンは首を傾げた。


「入学テストって何だ?」


シュメイルはフフ、と笑い答えた。


「魔法についての常識がいかについているかを試す知識のテストと、初級レベルの戦闘実技テストですわ。」


「魔法についての常識…?」


「えぇ。例えば、魔力は体のどこあたりから作り出すのか?などの問題ですわね。」


シュメイルは緩やかな動作で紅茶に口をつけた。


「答えは丹田、へその下辺りから。常識よね?」


ベルは同意を求めるようにヴァンを見る。


「は…?

翼の付け根だろ…?」


ヴァンが意味不明な発言をした。


「はぁっ?何言ってんの!?」


ベルは焦ったようにヴァンの背中を見回した。

どこにも翼らしきものは見当たらない。ヴァンは一体何をいっているのだろうか。



「ヴァンジルドさんには翼があるんですの…?」


シュメイルが恐る恐る聞くと、ヴァンは頷いた。


「見てろ。」


そう言いながら、着ている黒いロングティーシャツに手を掛け一気に脱ぐ。


ベルは露わになったヴァンの程よく鍛えられた上半身に目を奪われそうになったが、注目すべきはそこではなかった。


蝙蝠の翼のような翼が彼の背中についていたのだ。バサリと広げられた漆黒の翼は片方だけでも人間一人を包み込めそうな程大きい。


「こんな大きいものどうやって隠してたのよ?」


ベルの問い掛けに、ヴァンは得意気に翼をバサバサと動かしながら答えた。


「これは自由に消せるんだ。こうやって…」


ヴァンが目を閉じると翼は一瞬にして消えてしまった。


「消えた……。」


「だろ?」


ヴァンは服を着ようと脱ぎ捨てたティーシャツを拾う。


それを目で追いながらシュメイルは困ったように言った。


「それにしても困りましたわね。魔力の作る場所が違うとなると、他の私達の常識も人間と淫魔では違うかも知れません。」


どこからともなくサァーっと冷たい風が三人の間を吹き抜けた。


これは深刻な自体である。テストに合格しなければ学校にも行くことは出来ない。つまり、淫魔であるヴァンをベルの監視の無い状態で世の中に野放しにするという事――。


ベルは身震いをした。


――ヴァンを野放しにですって?冗談じゃないわ!そんなことしたらヴァンの犠牲になる哀れな若い女性が続々と出てしまう!


一方、ヴァンはベルのようにショックは受けてはいなかった。


学校という隠れ蓑を作れないかもしれない事は少し残念だ、という程度である。


「シュメイル!入学テストは大体いつ頃になるかしら!?」


ベルはとりあえずテストまでの日にちを把握する事にした。テストの内容は日にちがあれば受からない訳でもない簡単な知識だからだ。


「え、えっと…大体来週の日曜日になりますわね…。つまり一週間後ですわ。」


「ヴァン!!」


ベルはヴァンの腕を強く握った。


「へ?うわ!いてて!な、何だよ!?」


「あたしも手伝うから……猛勉強するわよ!!」


「………おう。」


ヴァンは溜め息をついた。テスト勉強をするくらいなら学校という隠れ蓑を作るのを諦めて、人間界を自由に旅したかった……と思ったことは内緒の話である。


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