逃走13:償い
眠いよ~
「ん…」
パシャッパシャッ
何の音だ…?
まあいーや…ねみー。
ヴァンの意識は再び闇に吸い込ま…
「んッ!や……あぁっ!」
女の子の喘ぎ声にギシッギシッとベットの軋む音。
………!?
何なんだ?つか、ここどこだ!?
ヴァンはすっかり覚醒した。
薬品の匂い…そうか、俺は気絶して保健室…。
しかし、こんなとこでやってんのか…やるねえ。
声は隣りのカーテンに囲まれたベットから聞こえるようだ。
ちなみに、ヴァンが寝ているベットにも一応カーテンは付いていて、やはりそれもカーテンで覆われている。
パシャッパシャッパシャッ
「その顔いいよ~」
あ。また聞こえる。やってる時の女の子の写真でもとってんのか?
その顔いいよって…モロオッサンの声じゃねーか。
「や、やんッ!
………」
クチュクチュと卑猥な音。
あー、うざってーな?
「保健室のせんせーい!ここでやってる人達がいまーす!」
この部屋のどこかに居るだろう、保健室の先生へ何となく呼び掛けてみた。
途端、隣りのカーテンの中の空気が張り詰める。
そして、数分後バタバタという騒がしい足音がして何者かが去って行った。
多分女の子だな。匂い的に………そういや、この匂いって…。
「目が覚めたんだね?
もう帰っていいよ。」
ヴァンの周りのカーテンがシャッと開けられると同時に、さっきのオッサンの声がした。
ブヨブヨの脂肪を蓄え、眼鏡をかけたオタクみたいなオッサン。
――少なくともヴァンにはそう見えた。
保健室の先生…保健室でやってたのかよ…。
ヴァンが保健室を出るとばったりケルンとジャックリーに出会った。
「ヴァン!!目が覚めたんだなっ!?」
「僕ら今迎えに行こうとしてた所だよ。」
「おー、すまんすまん。
今何時間目だ?」
ヴァンが尋ねるとケルンは腕時計を見た。
「今は昼休みだよ。
ヴァンは一時間目の終わりの方に気絶ちゃったから、大体3時間位気絶してたね。」
ケルンは続ける。
「あの後大変だったんだよ?トイレ全壊しちゃうし、怪我人多いし。
それとね、ヴァンは目が覚め次第学園長室だってさ。多分昼ご飯抜きだね。ドンマイ。」
ジャックリーが「可哀想ー!」とクスクス笑った。
「学園長室か!!
確実に説教だな!!
ヴァン頑張れよ?」
説教と聞きすっかり意気消沈して学園長室に行こうと歩き始めるヴァンだったが、気になった事があったのでクルッと振り向きケルン達を見た。
「俺の正体の事何も言わねーんだな?」
その問いに対してのケルン達の反応はヴァンにとって意外なものだった。
「ヴァンが悪魔族だったってこと?
確かにびっくりしたけど、この学園じゃ珍しい事じゃないよ。天使族だって鬼族だって巨人族だっているんだ。色んな種族が皆平等に学べる、そこがこの学園なんだ。」
「俺はヴァンの耳が尖ってんのと目が紅いのを見て人間じゃないって何となく分かってたぜっ!?」
ああ、平等、そうなのか。――ヴァンは少しだけ安心した。悪魔と聞いて怯える人がいないかと少しだけ心配だったのだ。
「そうか…サンキューな!」
春の日差しが暖かい。翼が突き破ったせいで背中が破れたワイシャツでも今はそう寒くは感じなかった。
「ここか、学園長室。」
ヴァンは金色のドアノブが美しいドアの前へ来ていた。
ここまで来るのにどれだけ苦労したことか。学校に入りたてのヴァンにとって、この広い学園で迷わずに目的地へ辿り着く事の方が奇跡だった。
迷って、すれ違う生徒に聞いて、また迷う。自分では方向音痴の自覚は無いのだが、その素質は備えているらしい。
コンコン。
「ヴァンジルド=ドレイン=クリファストだ。学園長に呼ばれて来たから入りまーす。」
そして相手の返事を待たずに入る。学園長室は事務用机、ソファー、テーブルしかない至ってシンプルな白い部屋だった。学園長が見当たらない代わりに、女の子がソファーで眠っている。
近付いて見てみると、年齢は大体17、18歳だろうか。この学園の生徒かと思ったが、制服を着てない辺り、どうも違うらしい。すやすやと眠る彼女は、腰まで伸びたピンクの髪。白いワンピースを着ている。むにゃむにゃと口を動かす仕草は可愛いという言葉以外形容しがたい。
考えるより、体が動いた。――そんな感じだった。
眠る女の子の唇に自分のそれを付けてみる。
柔らかい。
今度は女の子の頭を包み込むように抱き寄せ、強く吸ってみた。精気を吸うつもりなどなく、ただのキスだ。
チュウゥウウゥ!
女の子の瞼がピクッと動き、パッチリと開いた。
「ヴァンジルド=ドレイン=クリファストと見られる男を確認。
我は考える。この男は何をやっているのだろうか。唇と唇を合わせ合う、接吻――キスとも呼ばれるソレは通常相手に対する愛情表現として用いられる。そして我は結論を下す。
ヴァンジルド=ドレイン=クリファストは我に愛情を持っているのではなかろうか。いや、そうに違いない。」
このキャラなんてゆうキャラ?
「いや、ただ気まぐれで…」
「我は知っている。
世の中に存在するというツンデレという素直になれない生物を。」
女の子はキラキラした目でヴァンの手を握った。
何か誤解されたらしい。話を逸らさなければ、とヴァンは焦った。
「学園長に用事があって来たんだけど、君一人なのかー?」
「若くして学園長のキャシー=ロビンソンとは我の事である。そしてここにはヴァンジルド=ドレイン=クリファストと我しかいない。」
「学園長!?
うそうそ絶対うそだーっ!」
キャシー学園長は首をちょこんと傾げる。
「我は分からない。この男の疑問が。
だから置いておく。そして本題に入る事に決めた。」
彼女はスックと立ち上がり、ツカツカと機械的な動きで事務用机につくと組み合わせた手を机の上にドンと乗せてヴァンを見つめた。
金色の目がキラリと輝く。
「我は尋ねる。トイレの弁償をどうするつもりなのかを。」
やっぱりそう来るか。ヴァンはズッシリと胃が重くなるように感じた。
人間界の金なんて持ってない。弁償しようにも出来ない、というのが本音だった。だから。
「どうすりゃいいと思うー?」
逆に尋ねてみた。
キャシー学園長は微かに口元を吊り上げる。
「弁償のお金が無い場合、我の元で働いて貰おう。」
「他には。」
「無い。」
溜め息を必死に堪え、また尋ねた。
「その仕事の内容は何だ?」
「我に付き従う、奴隷として働いて貰うことである。」
「へぇー、俺なんかを奴隷にしたらそのうち学園長を襲っちまうぞ?」
「それがヴァンジルド=ドレイン=クリファストの我に対する愛情表現ならば我は受けよう。」
脅しが効かない。だから学園長にまで登り詰めれたのか?
ヴァンは情けない気持ちになりながら思った。
「…分かった。
学園の物を壊したのは俺だしな…。」
シュンとうなだれて見せるヴァンだが、内心は喜びもあった。
――学園長を襲っていいって本人の許可が出たし、楽しませて貰おうかな。