逃走10:いきなりの訪問者
今回長いよー
黒い雲が空を覆い、地上を人間界では見掛けることの出来ない不思議な動物たちが駆け回っている――ここは魔界。
「ヴァンはどこに行ったんだ!」
現淫魔王であるドレイン=ガレガン=クリファストは約一週間前に突然行方を眩ました息子の安否を気にしていた。
ヴァンと同じ銀色の髪に血のように紅い目。普通にしていれば美形なのだろうが、今や心配そうに歪められているせいで非常に勿体ない事になってしまっている。
それにしても王座にドッカリ座ったままで、心配だ心配だと喚いてもヴァンは出てこない事には気付いているのだろうか。
全て行動あるのみ、である。
「あのう、ドレイン王様。オレが探しに行って参りましょうか?」
王の間に8本ある黒い立派な柱の影からパタパタと飛んで来たのは、体長15センチ程のガーゴイル。
「何!?
ガーグが行ってくれるのか?」
ドレインの目に光が灯る。ドレインが本気を出せばあっという間に見つける事は可能なはずなのだが。
……怠け癖というのは怖いものである。
「はい、任せて下さい。オレはヴァンの友達ですからあいつがどこに行くかなんて分かりますよ、多分。」
多分か。
ドレインは王座からずっこけそうになったがギリギリで踏み止どまった。
「よし、ではガーグにヴァンの事は任せた。
ヴァンとの結婚を雷凛姫も待ち遠しいと言っていたから早く見つかるといいんだがな。」
「そうですね。
じゃ、行ってきます。」
ガーグは頷くと空中でクルリと一回転して消える。
「しっかり連れ戻してくれよ、ガーグ。雷凛姫は何かと…怖いからな…。」
溜め息混じりに呟いたその言葉は広い王の間に広がり、溶けてなくなった。
キーンコーンカーンコーン。
「授業終了っだー!!!」
終わりの号令もまだ済んで無いというのに、伸びをしながら叫ぶデカいヤツ一名。
「ジャック、叫ぶと日直さんに迷惑だよ。下手したらジャックの声と号令がかぶっちゃうかもしれないでしょ。」
日直に迷惑と言いつつも自分が一番迷惑そうな顔をしているケルン。
一番前に座っているヴァンはと言うと、机に伏せて爆睡中である。
三人はたまたま席が近い。ヴァンが一番前の窓際で、ケルンがその右隣り。ジャックリーがヴァンの後ろといった座席だった。
「ヴァン!起きてよ!」
「うー…今何時間目だ?」
「もう今日の授業は終わったよ!
この学校に来て今日が初めてなんだから、今日ぐらいは先生たちに好印象を与えとけば良かったのに…。」
ヴァンは眠そうに目を擦り、欠伸をする。
「最初の印象が良くても結局は後の印象の方が記憶に残るんだぜー?」
ケルンはその言葉を渋々認めた。
「そうかも知れないけど……。」
「あの……!」
「んー?」
「え?」
ヴァンが目だけ、ケルンが体ごと声のした方へ向けると、小さい小動物のような女の子がウルウルした目でこちらを見つめている。
何なんだ?
「号令…出来ないので喋らないでください……。」
日直だった。
「ケールーン!!
人の事いえねーじゃん!」
フヒヒ…と笑うジャックリーだったが、ケルンの一睨みで黙り込んだ。
「それでは…起立。気をつけ。礼。」
三人が何も言わなくなった事で女の子は安心しきった面持ちで号令をかけ、今度こそ本日の授業は終了した。
皆が帰り支度をする中、ヴァンは机に肘を突き日直の女の子を目で追っていた。
「あの子可愛いなー。」
それにジャックリーが商売人のような調子で返す。
「お目が高いな!あの子学園で二位の可愛さなんだぜ!?」
ケルンは驚いた。
「何でそんなこと分かるの?」
「ふっふーん!俺の勘だ!」
勘かよ。
ヴァンは浅く息を漏らす。
まあいいや、じゃあ…。
「あの娘が二位なら一位は誰なんだ?」
「同じくAクラスのベル=ヨークだ!」
即答するジャックリーをヴァンはただ呆れて見ていた。
「何だよっ!
疑ってんのか!?ケルン、言ってやれ!」
「ハァ、一位かどうかは分からないけどベル=ヨークは確かに男子に人気あるよ。」
「へぇー…あいつが、ねぇ…。」
ヴァンが教室の後ろに目をやると、ベルは丁度鞄を持って席を立つ所だった。隣にはシュメイルがいる。これから二人で寮へ帰る所なのだろう。
そう言えばベルとあれから話してないな。
と、漠然と思った。
ケンカと言うのか分からないが、テスト後にシュメイル宅でベルが切れた。ベルとはそれっきりである。
ヴァンがベルを見ていると、ベルが男子生徒に呼び止められた。
……楽しそうだな。
何がそんなに楽しいのか。ベルはヴァンの前で見せたことのない笑顔で笑っていた。
「ヴァン?どうしたの?ぼーっとして。」
「あ、ああ。何でもねーよっ。」
「……ならいいけど。
悩みがあったら僕達が相談乗るからね?」
そんなに真剣な顔をしてたのか。
「ハッ!
悩みなんかねーよっ!」
べっと舌を出して見せる。
「だろうなッ!
今日一日見てて思ったけどヴァンに悩みがあるなんて気持ち悪い!!」
「…さて、帰るか、ケルン。」
「そうだね。」
「ちょっと待って~っ!!??謝るから!!」
今日似たようなやり取りを既にしたような気がするがきっと気のせいだな。
寮は校舎からそんなに離れてない学園の敷地内にあった。純洋風な建物で、白を基調とした学園と同じデザインである。つまり豪華。建物の壁に所々蔦が這っているのもデザインなのだろうか。
「ここだよヴァン。」
寮の一階のロビーに来た所でケルンが立ち止まり指差す。そこには10人は余裕で座れるであろう、真っ白な長いソファーがあった。
「これが何なんだ?」
そう言いながらも待てよ、とソファーを凝視する。
このソファーから魔力の波動を感じる。絶対何かある。
「腕に付けてるでしょ?生徒証と寮の鍵になるヤツ。それがこのソファーに座る事で反応して自動的に自分の部屋のソファーへ飛ばしてくれるんだ。
友達の部屋に行きたい時はその人の名前を心の中で言えばいいよ。どうなるかは自分で確かめてみて。」
ヴァンが返事をしようと口を開いたがジャックリーのデカい声で邪魔をされた。
「ヴァン!!
俺を見とけよ?
こーやって…」
パッ
ジャックリーが消えた。
「なるほどなー。そんで次の瞬間自室のソファーって事か。」
ヴァンはふむ、と考え込む。
「で、行きたい部屋がある時は相手の名前を心の中で言う、と。」
「…何をする気なの?」
心配そうに尋ねるケルンにヴァンはにっこりと返した。
「なーんにも!
サンキューなケルン!
また明日会おうぜー?」
パッ
そうしてロビーにはケルンのみが残された。
「ちぇっ何だよ、他人の部屋の場合はドアの前なのかー。」
ヴァンが辿り着いたのは自室……ではなくて、ベルの部屋の前だった。
通路にズラリとドアが並んでいる上に、部屋番号もぐちゃぐちゃなのであのソファーがないと確実に分からなくなるだろう。
ロビーのソファーはベルの部屋のソファーには飛ばさなかった。それは危ない連中が多い中、魔法管理会社が作った安全対策だった。
ヴァンはチャイムを押す。
ピンポーン。
『はーい。』
ガチャリと扉が開き、ベルが顔を出したがヴァンの顔を見るや「げっ」という顔になった。
「オッス!とりあえず、入れてくれ。」
にこやかに挨拶するヴァンにうさん臭そうな目で対抗するベルだったが、渋々扉を大きく開いてヴァンを招き入れた。
バタン。
「何の用よ?
見捨てて逃げた事謝りにでも来た訳?」
やはり開口一番に文句だ。
「んー、今日一日話してないなと思ってな。」
やはりベルの部屋はベルの部屋だった。寮の部屋の方にも、ベルの家のタンスの上にいた怪しげな人形が置いてある。そこを除けば可愛らしい部屋なのだが。
「何だ、そんな用事?
この後フィリップが遊びに来るから早めに帰ってよね。」
そんな用事?まあ、確かにそうだけど。
ヴァンは軽く落ち込んだ。
それより、
「フィリップって誰だ?」
そこの方が気になった。特に意味はない。好奇心だ。
「あんたには関係ないでしょ!友達よ、友達!」
ほらほら帰った帰った!
蠅を追い払うように手を動かすベルの背後に黒いちいさなガーゴイルがいた。
「あ…ベル!!」
「?
何よ!?」
「スゥー…」
息を大きく吸い込んでいるこのガーゴイルには見覚えがあった。
これは――こいつは――ガーゴイルのガーグだ!!
「ガーグ!!止めろっ!こいつは獲物じゃ……」
ブオッ!
「きゃああ!?」
ベルにピンクの気体が襲いかかる。
「あー…やっちまったか…。」
あちゃー、と頭に手をやるヴァンにガーグと呼ばれたガーゴイルはパタパタと嬉しそうに近付いた。
「よっ!ヴァン久し振り!朝から探し回ったんだぜぇ!?」
「久し振りー。つか、お前はなんて事をっ!」
そう言って指差したその先には、ガーグのピンクの気体が直撃したベルが力無く床に倒れていた。
「ハァ、ハァ、あんた…ガーゴイル…あたしに何したの…?」
ベルの表情はどことなく色っぽい。
「へへ!強力な媚薬を吹き掛けてやった!
いまからお前はヴァンの遊び相手に…」
「するかーっ!!」
ゴイン!とヴァンが強烈な拳骨を食らわした。
「いてーっ!?
何なんだよいきなりー!魔界にいた頃はこうやって毎日のように女の子を相手にしてたじゃん!」
ガーグはプクーと膨らむタンコブを短い手で擦っている。
「この女を襲ったりしたら噛み付かれるから襲わねーの!」
ヴァンの本音突撃である。
「え~!ヴァンにそんなことする女いたんだ…」
「………。」
「……。」
ガーグとヴァンは本人の前で本音トークをしていたことに今更気付き、ソロソロとベルを見た。
「あ…んっ、熱い…」
え、エロい。
二人の心配を余所に、一人悶えるベルは果てしなくエロかった。
ヴァンはジャックリーが学年一と言ったのをある意味納得する。
「熱い……脱がせてヴァン…。」
今のベルは制服の白いブレザーは寮に帰った時既に脱いでおり、ブラウスとスカートのみ。それを脱いでしまっては教育上良くない。良くないのだが、ここに子供などいない。
「ハァ、ヴァン…早くぅ、熱いの…」
「ほら、ヴァン。
あんな事言ってるぞ。
今なら噛み付く事もねーんじゃねえの?」
「……。」
「手を出さないなんていつものお前らしくないぜ?
…まさか、この女に惚れちまったのか!?」
その言葉の何がおかしかったのか、急に大笑いするヴァン。
「クククク…アーッハッハッハ!
んな訳ねーだろ!
…やってやるよベル。
お前のお望み通りの事をな!」
心臓の音がやけに大きく聞こえる。こんなのいつぶりなのか分からない。
ヴァンは深く息を吸い込むとブラウスのボタンを一つ外してみた。プチ、という小さい音がしてベルの白い肌が少しだけ露わになる。
「んぅ…」
ベルがみじろぎをした。ヴァンの肩がビクッと跳ね上がる。
「……ヴァン、お前ドーテーのヤツみたいになってるぞ。」
「…るっせえ。」
もう一つ開けようと手を伸ばす――が。
ピーンポーン!
「ヒィ!
……何だ、訪問者か。脅かすなよなー。」
ガーグの目線が痛い。ヴァンはゴホン、と大袈裟に咳払いするとゆっくり立ち上がった。
「えっ!?続けないのか!?」
「訪問者が先だ。」
恐らくベルが言っていたフィリップとかいうヤツだろう。
ヴァンは推測した。
玄関のドアに近付き、全開する。
「………。」
互いに無言だった。
そこにいたのは放課後の教室でベルに話しかけていた男子生徒。ヴァンがベルの部屋から出て来た事で「なんで!?」という顔をしている。
「ふーん、お前がフィリップか…。」
失礼な位ジロジロ見るヴァン。フィリップは数秒口をパクパクさせた後、ようやく言葉を発した。
「っ転入生のクリファスト!なんでここに居るんだよ?ベルは?ベルはどうしたんだ!?」
フィリップはヴァンを押し退けて無理矢理部屋の奥に入って行く。
気分はお姫様を助ける王子様気取りか。くだらねー。
ヴァンが呆れていると、暫くして部屋の奥の居間から歓喜にも近い絶叫が聞こえた。
「ななななんだこの破廉恥な格好は!?
クリファスト!お前がやったのか!?」
「破廉恥か?普通に倒れてるの間違えじゃねーの………」
そう言いながら居間に戻ったヴァンは唖然とした。
今さっきまで着込んでいたハズのブラウスとスカート、おまけにブラジャーとパンツが床に脱ぎ散らかされており、ベルが床に素っ裸で仰向けに倒れていたのだ。
ベルの大きめの二つの膨らみが、彼女の些細な動きに反応してプニプニと形を変える様子は男二人を暫く沈黙させた。
「ハァ、ハァ…嫌…やめて…」
ベルの顔が苦痛に歪む。
ハッと我に返ったヴァンは本能的に悟った。
これは…ベルが自分で脱いだんじゃない!
バキイ!
「ど、どうして殴るんだ…!?」
「フィリップ……
…殺すぞ?
ガーグ、紫やってくれ。」
「りょーかい!」
ヴァンが手で合図すると、ガーグが躍り出て口から紫色の煙をフィリップにぶち当てた。
「くぅっ…!?」
「この紫煙は今見た記憶を消し、一か月間という少しの間だけだがお前をくらーいキャラに変える。
ハッハッハァ!ざまあみろ馬鹿野郎!」
ヴァンはがっくりと気絶したフィリップを御丁寧に魔法で寮の外に送った。
「なあ、聞いていいか?」
裸のベルを出来るだけ直視する事を避け、自分の着ていた上着をかけるヴァンにガーグは尋ねる。
「どーぞ。」
「オレも紫煙出しといてナンだけどさ、何であいつをあんな目に遭わしたんだ?」
「ベルを自分で脱がしといて俺のせいにしたじゃねーか。」
ヴァンは腕を組んだ。
許さないというポーズだろうか?
「えっ!ベルが自分で脱いだんじゃねえのか!?」
「え、だってあの時ベルが『嫌…やめて』って言ったしー。」
丁度その時ベルがもじもじと動いた。目は閉じている。眠っているのだろうか。
「嫌…やめて…」
「ほら、こんな感じで!フィリップが脱がしたから嫌がってたんだよ。
今は眠っちまってるけど、きっとフィリップに脱がされた夢見て寝言でも…」
自慢げに言うヴァンだったが、ベルの寝言はまだ終わりではなかった。
「嫌…やめて…自分で脱いだのはいいけど皆で見るのはやめて…」
あ れ ?
「ヴァン?
ベルは自分で脱いだって言ってるけど。」
「そんなハズは…
…逃げるぞ。」
裸で床に放置され、次の日ようやく目覚めたベルが風邪を引いてしまったことは言うまでもない…。