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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第九話



 朝早くの変な時間に目が覚める。それなりに疲れてはいたのだろうか、昨夜はあのままベッドにダウンしたようだ。腹の上のロビンをそっとどけたら部屋を出てトイレを済ませ、中庭の井戸の水で行水をすることにした。トイレは雪崩式垂直落下(ボットン)便所だったんだが、日本のやつ(田舎の公園とかに今も残ってるようなの)ほど臭わない。恐る恐る穴の底を見ると何かが動いてた。一瞬、女の子みたいな悲鳴を()()()()()が、少し冷静になって『鑑定』を使ってみたら、


【トイレ】

 ラハティ市の宿屋『赤い屋根』の宿泊客用トイレ。便槽の中には排泄物を好んで食べ分解する糞蚯蚓(ワーム)が飼われている。女将トゥーリアの清掃が行き届き、市内でも一、二を争う清潔さ。


と出てきた。は~…スライムでそういうのをやる話はよく読んだけど、ここじゃミミズを使うのか。どっかでロビンの『()()()()()()じゃねえだろよ?ぷっ…いぃやぁ~んとか、やめろよ相棒よう。』という声が聞こえた気がしたが無視する。

 急に衛生観念が向上してきた俺は井戸の水も『鑑定』したが


【井戸】

 ラハティ市の宿屋『赤い屋根』の宿泊客用井戸。定期的に浚っているので水は比較的清潔。飲用する際は加熱するのがベストだが、身体の清拭に用いる場合はそこまでする必要はない。


とあったので髪にざっと水を流して体を拭くにとどまらせ、洗面用の水はトゥーリアに用意してもらうことにした。


 水を用意してもらってる間にロビンを連れて外に出て、朝飯になりそうなものを探す。そこそこ早い時間なんだろうが宿屋の前には屋台が一台あって、まだ幼い兄弟がタコスのような()()()()()()を労働者だろう若い男たちに売っていた。中身は塩漬けのイノシシ肉を焼いたのとタマネギ、ラクトゥカ(サニーレタス?)の葉っぱらしい。甘草水(かんぞすい)とかいう飲み物も安くしますよ、というのでそれぞれ一つ頼んでベンチに座る。昨夜は暗かったんで気づかなかったが、トゥーリアの言う通りここらは『閑静な』地区であることは間違いなさそうだ。世間一般では、()()()()()と言うのかもしれないが。


 屋台兄弟の弟くんが「どうじょ」と言ってパンと甘草水とやらの入ったコップを持ってきた。念のため『鑑定』すると「口に入れて問題はない。日本の屋台と変わらない。」と出たんで躊躇せず食う。

 美味い。……いや、マジで美味いわコレ。塩漬けの肉と言っていた割にほぼ半分が脂身なのは気にすまい。むしろそれだからこその旨味と甘味がある。香辛料やマヨネーズみたいなのは使ってないけど、肉の塩味だけで十分だ。半分ほど食べたところでコップの液体にも口をつける。ははあ、これはあれだ。ほんのりとした甘味のあるハーブティーみたいなもんだ。割とイケるじゃないか。この屋台がいるんならしばらく朝飯の心配はいらないな、などと思ってたらロビンが後頭部に張り付いてくる。

 

『おい相棒、ずりいぞ。一人で食ってねえで俺にもなんか食わせてくれよう。』


 先に言っとくが、ネコちゅ~ぶなら駄目だぞ。残りが少ないんだから、『世界間貿易』で買わなきゃどうにもならん。残りは少ないんだからよく考えろよ?それに昨夜さ、俺の魔力を吸うか飲むか食うかしたんじゃないのか?


『自分の口でものを食う楽しさはまた別格なの。だからさ、相棒の今食ってるそれでもいいから俺にもくれよ、な?』


 これ?オマエ、これタマネギ入ってんだぞ?それに塩分も多いし。ネコにタマネギは絶対やっちゃ駄目だって加古川のおばさんが口酸っぱくして言ってたからな。だーめ、あげない。


『あのさあ、俺たしかにネコの姿してっけどさ、元はトラックで今は実質魔道具なのよ?おわかり?ネコちゅ~ぶだって本当に食べて消化してるんじゃなくて、体内で魔力に変換してんの。だから俺、()()()()()()()もしてねえだろ?』


 ……そういやそうだな。じゃ、本当に大丈夫なんだな?


『おう!だから早くそれくれ!』


 仕方ないなと思いながらパンの中身の肉を摘まんでやろうとすると、屋台兄弟の兄くんが「待って!」と声をかけてきた。


「すいません、突然声なんかかけて。さっきからそのネコがずっと食べたそうにしてたのを見てて。ネコにはタマネギはやっちゃだめなんで……商品にならないぶんなんですけど、これでよかったらあげてください。塩抜きもしてありますから。」


 兄くんが差し出したのは大人の指二本ぶんくらいの大きさの、うっすら肉がついたぷりぷりの脂身。


「うにゃにゃにゃにゃにゃ!!」


 ()()()をマシマシにした相棒はそれを両手で受け取ると早速口に運んでもっちゅもっちゅしだした。


「すまんな、ありがとう。」


「いえ、お気になさらず。」


 できた子だな。俺があれくらいのトシの頃はどうだったろう。


 食べ終わっていくらだと聞いたら20ガラだという。この味でそのお値段なら安いもんだ。50ガラ硬貨を渡したら兄くんがお釣りを出そうとしたので、


「俺と相棒の二人分。うまかったよ、釣りはとっときな。」


と言ったらすっごい感謝された。やめてくれ、照れくさいから。


 兄くんの足に頭を擦りつけて礼をしているらしいロビンに声をかけて宿に戻ると、トゥーリアが受付で待っていた。


「兄さん、水は部屋に置いといたよ。それと、()()()()()()()()を使ってくれたんだね、ありがとう。」


「トゥーリアの子かい?」


「いいや。あの子らの父親は冒険者だったんだけど、ダンジョンに潜ってるときに仲間をかばってモンスターの群れに突っ込んでね……。そのまま行方知れずになっちまった。母親もそんなに体が強いほうじゃないんで、ああして兄弟で屋台を出して家計を支えてるのさ。ウチも何か手助けできりゃと思って、ああして場所を貸してやってんのさ。」


 ……朝っぱらからいきなり涙腺直撃するような話ヤメロ。この宿出ても買いに来るようになってしまうでしょ。う~ん、平和な現代日本とはやっぱり違う、異世界ってやっぱりそれなりに厳しいんだな。


 部屋へ戻ったらビールのピッチャーみたいな入れ物が机の上に置かれてて、中には水が入ってた。湯冷ましの水らしいんで口に入れても平気だろう。歯磨きセットを出し忘れてたことに気づいたので十回くらい気合と力を込めた()()()()()()()をして顔を洗い、残った水はもう一度髪に流して洗ってみた。そういや風呂入りてえな。


「相棒よう、今日は何すんだ?買い物か?見物か?」


「いや、荷物の整理をしたいんだ。洗い物やなんかもそのままアイテムボックスに入れたままになってるし。」


「そういやそうだったな。カビとか生えてんじゃねえの?でもよう、荷物の整理っつったってこんな狭い部屋じゃできねえよ?」


「それについては一応考えがある。ま、見てなって。」


「考えねえ……」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



「な、上手くいったろ?」


「ああ。でもよう、まわりが壁ばっかりで面白くねえや。」


「そう言うなよ。オマエの姿を人に見られたくないんだ。」


「俺は女房がいねえスキに上がり込んだ泥棒猫じゃねえぞ~。」


 ロビンはぶうぶう言うが仕方ない。ここは宿からほど近い、人通りだってそれなりにある倉庫街なんだから。



 昨日ミルカから『運送業者には運行自粛要請が出てる』と聞いていた俺は、あることを思いついていた。


 『どこか貸し倉庫か納屋かみたいなのを(なるべく安く)借りられないかな?』


 馬車の便が動かないってことは、本来彼らが使うはずだった場所がいくらか空くはずだ。その中にはおそらく壁も屋根も扉もある、戸締りができて、周囲の視線を防げる物件もあるはずだ、と。

 トゥーリアに相談したら、屋台兄弟の兄くんに何事かを言いつけてどこかへ走らせた。待ってる間、ロビンの腹を揉んですこぶる上機嫌の弟くんに聞いてみたら、「今日の分は全部売れた~」ってことらしい。それは何よりだ。

 三十分くらいすると、兄くんがおっさんを一人連れてきた。イーヴォと名乗ったおっさんは貸し倉庫業者だそうで、安値で倉庫を一つ貸してもいいと言う。料金はいつもなら最低一日300ガラからもらうんだが、そもそも今は客がいないし、何よりトゥーリアの紹介だからと200ガラまでまけてくれるという。

 うん、これはお金の使い時。ここで使う分は決してもったいなくない。ということで交渉成立。あっという間に倉庫に案内されて、壊したり汚したりしなけりゃ自由に使っていいということだったんで、扉をがっちりと閉めて鍵をかけ、ロビンをトラック(もと)の姿に戻してやったというわけだ。


「それで相棒よう、こんなところで何をするつもりなんだ?」


「…まずは!」


「まずは!?」


「洗い物の始末と荷物の整理、あとはできれば洗濯だな。」




 倉庫には割とキレイな井戸も備え付けてあったので、一昨日からの食器や調理器具の汚れたのやらをきちんと洗い、衣類も可能な限り洗ってやった。まだ日差しはそこそこ強いし、風もあるんで日なたに干しとけば洗濯物は乾くだろう。

 食器類をたびたび汚したくないし、手持ちの食材を使いたくないので昼飯は宿の近くの定食屋に行ってみた。堅めのパンにスープとソーセージ、蒸かしたイモがついてお値段33ガラ。まだ兄弟屋台のメシしか知らないから、これが安いのか高いのかはわからん。店内は商店の下働きっぽいのとか丁稚頭みたいなヤツばかりだったんで、高級な店でないことは間違いないと思う。味は…炭水化物!塩!脂肪!ってカンジのいわゆる「労働メシ」。特にまずいというわけではないが、味は塩とハーブがメインなんで慣れるのには時間がかかるかもしれない。


 昼飯が済んだら倉庫に戻って今度は荷物の整理だ。スーツや礼服、電化製品、家具、本、その他かさばるものなんかは別便で送り、普段着やキャンプ用品、生活雑貨なんかはトラックで運ぶ。そんなテキトーな引っ越しをしてたのが今は幸いだったと思える。こんなところでテレビや冷蔵庫があったって意味ねえだよ。

 ()()()でそれなりに始末して荷造りしたんで、数こそないが服は夏物から冬物まで揃ってるし、俺の場合キャンプ用品とは言ってもトラックの積載力にものを言わせて家庭用のをほとんどそのまま使ってるだけだから、やりようによっては日本にいた頃と大して変化のない生活ができるかもしれん。


 休憩中にステータスを確認しようと思ってスマホを見たら[スキル]欄に『アイテムボックス』が新しく表示されていた。点滅しているところをタッチしてみたら『アイテムボックス』スキルについての説明が出てきた。どれどれ……



[ アイテムボックス Lv1 についての説明 ]


① アイテムボックスの収納量

現在の容量は25000立方メートル。日本で人気の某社製家庭用物置が容量7立方メートルくらいですから3500倍ってとこですか、ははっ。スキルレベルが2に上がると、容量は10000立方メートル増えます。

② 収納物について

ボックスには文字通り倉庫のように「もの」を入れることができます。容器に入ってない液体、泥濘のようなどろどろ、穀物の粒や粉末などの「バラ収納」も可能です。その際、収納物がお互いを汚しあうなど干渉することはありません。馬●とおはぎ、鹿●と甘納豆、犬●とかりんとうを一緒に収納しても問題ナシです。取り出した後で間違えるのはそちらの問題ですけど、ケケッ。

③ 特別効果「時間調整」

「時間進行遅延・停止」「時間進行促進」の効果と共に収納することが可能です。遅延・促進の度合いは、0(停止)~1倍(標準)~10倍(促進)の間で任意に設定することが可能です。熱いお湯や冷たい氷をそのまま保管することもできますし、お漬物の即席製作や食材調味のための浸漬時間短縮も可能です。スキルレベルが2に上がると、促進効果の度合いが大きくなります。

④ 収納物リスト

収納されたものは即座に整理され、リストが作られます。リストを呼び出して欲しいものを選択することで、一々すべての荷物を取り出す手間は省けます。

⑤ 「念」操作

「収納!」「取り出し!」とわざわざ声を出さなくても、念じるだけで全ての操作が可能です。ぷぷっ

⑥ 使用者による様々なカスタム用法

収納したいものが多種大量にありすぎてどうしたらいいのかわかんない!そんな時は「エリア収納」や「バケット収納」を試してみましょう。掃除機でごみを吸い取るように、ホイールローダーが土砂をすくうようにみるみるボックスに収納できますよ!他にもいろいろな使い方が考えられます。工夫をこらしてアナタだけのアイテムボックス便利生活を実現しましょう!



 ……びっみょーに小馬鹿にされてる感じがするのはなぜなんだろうな。

 でもすっごい便利なスキルなのはよくわかった。荷物を全部収納した後で歯磨きセット()()とかシャーペンの芯一本()()とかいう取り出しもできたし、沸騰したお湯をカップごと入れてみたら一時間たっても熱いままだったし。

 この『アイテムボックス』とロビンがあれば、いざとなったら俺が運送業者になってもそれなりに儲けられそうだな。「遠い町までアツアツorヒエヒエのまま出前可能!ツクルのこまどり(ロビン)急行便」なんつってな。



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