第七十一話
本文は一部にアレな箇所がございます。そのテの内容・表現が苦手な方、お食事中の方は特にご注意くださいますようお願い申し上げます。
ジョナサン達が爺さんの知り合いとかいう人物の土地から持ち帰った新大陸由来の植物は全部で九十二種。作業を始めて三日目の午後にはそのすべてについて鑑定が終わった。
初日のざっと見でユズだウメだと喜んだが、その後もゲンノショウコ、サンザシ、オオバコ、ドクダミ、センブリ、トウキ、ケツメイシ、ミシマサイコ、アマチャヅルといった
「漢方薬とかお茶で名前は聞いたことあるけど、コレがそうなの?」
「くっそ、キャンプ好きとか名乗りながらコレに気づかんかったのはイタイな~」
といったものも判明する。
その他はおおむね地球世界に存在しない薬草木の類で、鎮咳、鎮痛、消炎、解熱、解毒、血行促進、強壮、健胃腸/整腸、強肝、導眠、止血、消毒などに高い効果を持つものがほとんどだった。二、三種ほど「強烈な宗教的多幸感」とか「荘厳にして絢爛な幻覚」とかいう効能を持つものがあったので、そこは特に厳重な取り扱いをするよう伝えるのも勿論忘れなかった。
薬草木の中でも輸送に耐えうる丈夫な奴をを中心に持ち帰るあたり『ユージン、なかなかやるな』とは思うんだが、効果の高さや今後の流通を考えたら、ある意味手に負えないことになりそうなのもまた事実で。ビットナー姉妹かその知り合いの本草薬師にでも協力を要請したほうがいいかもしれんね。
・ ・ ・ ・ ・
「…ねえジョナサン、ちょっといいかしら?最初にタケの鑑定をしたとき、アナタたしか『お爺さんの帳面の字のクセが強すぎて読めない』って言ってたわよね?」
「言ったけど、それが?」
「見せてくれないかしら?今、ツクルが鑑定した結果の速記メモをまとめてるんだけど、あなたのお爺さんやお父さんの遺した記録も反映させたいの。将来この移入植物を公表するとき、概説に彼らの名前があったら名誉回復みたいなことにつながるんじゃないかしら。マックスさんから聞いたんだけど、『放棄令』絡みで他の貴族、特に中央のほうからはよく思われてないんでしょう?アナタの家って。」
「あー、そこは俺も気づかんかった。ジョナサン、シャールカの言う通りだ。ヘルマン氏はそのうちテオシントを国内外あちこち売りさばく計画みたいだが、その時は説明書なり品種名なりにオマエんちの名前が入っていた方がいい。何かと権利を主張できるぞ、たぶん。」
「わかった!ちょっと待ってろ………シャールカ、これだ。」
「はいはい。…あら……これって……ふんふん……。ジョナサン、アナタのお爺さんってかなりのインテリだったみたいね。」
「一応、植物学に関しちゃそこそこ名の知られた人間だったみたいだけどな。男爵風情とは言え新大陸調査に一部門の長として派遣されたり、建白書が時の陛下の目に留まって国策として採用されたりもしたぐらいだし。まあ、孫の俺がこんなに苦労してたんじゃ意味ないんだが。で、なんで帳面見ただけで爺様が『かなりのインテリだった』なんてわかったんだ?」
「これ、クセの強い字じゃなくて半分くらいは速記で書かれてるの。ここ、見てくれる?」
「これ……ペンの試し書きとかじゃないのか?」
「普通はそう思うわよね。でも円とか三角になってる部分の大きさとか傾きなんかで違いを表すの。たとえばここは『概して日陰を好む』って読めるわね。昔のだからアタシが知ってる速記法とは少し違うところもあるんだけど、この書き方は王立中央学習院式ね。」
「なるほど……ってわっかんねえよ、そんなの!どーせ俺は中等学舎だって行ったことのない、僻地の名ばかり貧乏貴族ですよーだ……くそう……。」
「なあシャールカ、ジョナサンの爺さんが使ってた速記法がそれだってわかるということは、まさかオマエも…?」
「アタシは王立中央『女子』学習院。もっとも学ぶことがなくなったので時間も惜しいことですし中退したクチでございますけど、おーっほっほっほっほ!」
「……あんなこと言ってるけど、なあ……」
「ああ、きっと校舎か何かを魔法でぶっ壊して放校処分ってオチだろうな……」
「う、うるさいッ!アレはアタシが悪いんじゃない!良妻賢母がどうとか言って、調理だの茶 会の準備だのを女子の必修科目にしてるこの国の教育課程がおかしいの!」
「「 やっぱり…… 」」
「鍋から紫の煙と緑色の触手が出て来たらいかんのかえ!?
手作りビスケットから『コロシテ…コロシテ…』って聞こえたらいかんのかえ!?
アタシの淹れた茶を飲んだ侯爵令嬢が屋根に上って軽いステップ踏みながら
『オトコがほしいぃいいいいッ!16~18歳くらいの強メスみ細身うすらマッチョしなやかボディの短髪精悍系で!スカート丈の短いメイド姿に身を包んで顔を赤らめて恥じらうオトコが今すぐほしいいいいいいッ!!』
とか叫びよったこととアタシの素行・成績に何か関係があるんかえ!?
シュミは人それぞれ、個人の問題とちぁうんかえ!?なあ!」
よし。シャールカ、金輪際調理場に近づくな。
いいか、絶対だぞ。フリじゃないぞ。
・ ・ ・ ・ ・
鑑定作業が終わったら、次はここの整備を進めなきゃならん。
もっとも、ジョナサンたちランドルトン組が春先から少しずつ始めていたこともあって、ありがたいことに基本的なところはあらかた出来上がっている。本部として使っているログハウスや広さ4ヘクタールほどの圃場、三箇所の井戸がそれだ。それに加えて、俺に先行して到着していたコルネリアたちも宿舎や倉庫を建設するための土地(初日にカマボコ型倉庫を設置したあそこ)を整備してくれていた。
農園としての基盤があるんなら、これから必要になるのはのは獣害対策・保安要素か。おもろい。築城とか要塞建設みたいな感じで悪くない。
結局俺も一人の男の子だからな、どっかでそういうのに憧れみたいなものはあるさ。
◇ ◇ ◇ ◇
「…で、だ。俺のアイテムボックスの中にはトンネルをくり抜いた時に出た『石材』があるし、足りなきゃ足りないでまたあそこから採ってくりゃいい。とにかく資材は豊富にあるんだから、いろいろなことができると思うんだ。」
「あの【大断崖】も、オマエにかかればただの採石場か……」
「岩が鋼より硬くって人手じゃ掘れねえってのが常識なんですがねえ……」
ランドルトンで自警団の編成とごく簡単な訓練をすませたコルネリアが戻ってきたこともあって、夕食を食べながら意見を聞くことにした。なぜかジョナサンとハリーもいるけど。いや、オマエらは自分ちに帰れよ。おっかさんがメシ作って待ってんじゃないの?
「米っつうのはこうして食うものなのか。悪くないな。ハリー、ランドルトンで作れると思うか?」
「坊ン、ツクルの旦那が言ってらしたようにまずはカエデとテオシントからですぜ。しっかり金が入るようにさえなりゃ、何だってできやすから。」
遠慮のエの字とョの字もなく「鶏肉・チョリソ・きのこのパエージャ」を掻っ込む二人だが、食いぶちの減ったジョアンナとレナータが眉をしわっとさせて見てることに気づけ。食い物の恨みは怖いからな、どうなっても知らんぞ。
「今さらアンタのスキルに一々驚いてたんじゃ話にならないから進めるが、いろいろできるって言うんなら、やっぱり一番に欲しいのは『壁』だね。」
スプーンを一旦置き、コルネリアは指にコップの水をつけてテーブルにささっと絵を描いた。
「建設する範囲だけどさ、畑と水場、それにここや倉庫のあるあたりををこう…こんなカンジに囲むことができるかい?」
テーブルの上の水跡から察するに一辺300メートルの正方形。周が1200メートル少々だから手持ちの大型石材だけでもいけそうだな。
「問題ないが、高さはどれくらい必要なんだ?」
「アタシの背丈の倍もあれば十分さ。アンタの言う『石材』ってのは抜け道と同じ大きさなんだろう?板壁みたいな薄いのなら二倍半から三倍は要るが、厚みのある城壁みたいなものになるんなら、高さはそこまでなくていい。」
仮想敵として、まず野生動物について考えてみる。
イノシシの類なら?
跳び越える心配はまずない。知恵のまわるヤツがいて「壁」の下に抜け穴を掘るにしても、すぐに出来るわけじゃない。犬を使った見回りなんかもすれば100パー防げると言っても言い過ぎにはならんだろう。それにランドルトンの連中は、現代日本出身の俺から見れば(いい意味で)野人集団だ。イノシシの二、三頭が来たところで「やったぜ!晩ごはんのオカズが増えた!」って喜ぶんじゃないのかな。
シカの仲間は?
北海道かどっかで2メートルのフェンスを跳び越えて空港に侵入した群れが出たってニュースを見たことがある。こっちのほうが問題になりそうだな。モンスター級のとかいたらどうしよう。
「ハリー、この辺にシカはいるか?高い柵なんかも平気で跳び越すようなヤツ。」
「いるにゃあいますが、壁の高さはお嬢が仰ったくれえもありゃ十分でさ。要は助走をさせなかったり跳ねる前の踏ん張りがきかないようにしたりすりゃいいだけで。壁の手前に拒馬や逆茂木とまでは言いやせんが、シカが躓いたり滑ったりするような『何か』がありゃいいんです。」
ああ、なるほど。そういう障害物の存在がまた同時に近づくことへの予防にもなるわけだ。
「クマはどうスか?哨戒してたら、そんなに新しくはないスけど何か所か足跡に爪痕、皮剥ぎのある木を見つけたス。」
……また、やなもん見つけたなレベッカ。マジか。
クマはいかん、クマは。
今を遡ること十数年前、大学生だった俺はH島出身の友人に誘われて夏休みの一週間をソイツの実家で過ごすことにした。電車を何度か乗り換え、迎えに来た親父さんのクルマに乗って着いたのは、『八ツ橋村』か何かの撮影がすぐにでも始められそうなクッソ山ん中だった。
「ここらの冬場はなんべんも雪かきをするけえね。近所のホームセンターにゃあ除雪機もスノーダンプも売りよるし。」
「イノシシじゃったら売るほどおるで。獲る者がおらんけえ人間がケンカに敗けそうじゃけど。こないだあアライグマも出たゆうて聞いたのう。」
どんな辺境なんだと驚いたもんだ。だってなあ、O分の沿岸部出身の俺の生活語彙に『除雪機』『スノーダンプ』なんてなかったし、イノシシとヒトが生存を賭けて戦う日常も想像の埒外だったし。
そして忘れもしない三日目の朝。前日に「若いモンが来たから」とかいう理由で開かれた集落の宴会でしこたま飲まされた俺は、二日酔い気味の頭を抱えて水でも飲むかと台所に行ったんだ。
コップ片手に水道の蛇口をひねり、大欠伸をして涙にかすむ目でひょいと勝手口のほうを見ると、網戸の向こうにヤツがいた。
ハッ フハ~ コァッフッ… ばだん! ばだん!
※ 片仮名は涎と共に口から漏れる息、平仮名は家の壁を叩く音
ヤツが人語を話すワケはないが、それでも俺の耳にはこんな声が聞こえてきたんだ。
『オスッ!おらは「大地の怒り」!オメエ弱そうだな。そんじゃオメエが今日の朝ごはんだ!』
こんな時、マンガやラノベじゃ
ヒッ、ヒイィイ… ぺたん じわぁ…
ってのがお約束だよな?
違うね。本当はこうだ。
ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!!!!!
ジョンジョバアァアアアアアアアッ!
むりむりむりむりむりッ!…
声のような声は出ず、咽喉から変な音が出る。
へたり込むのではなく、腰と膝と足首が固まって立ちすくみ動けなくなる。
出るときは元気よく、勢いよく、両方出る。止まりません、止まりません。
以上。非常に大事なことなので、諸君にはこれらから導き出されるそれぞれの教訓を今後の人生に役立ててほしい。
空のコップを両手で握りしめて異臭を放ちながら、なぜか前夜の宴会で覚えさせられた鯉球団の歌の出だし部分のみを繰り返し叫ぶ俺のところへ友人がのそのそやって来る頃には、ヤツはどこかへ消えてしまっていた。
俺の尊厳とかプライドとか名誉とか外聞とか下着とか半パンとかその日の午前中の予定とか、とにかくいろんなものを一方的に奪って、山の中に消えてしまっていたんだ……
「どうしたんだいツクル?深刻な顔して。」
「いや…、クマと聞いて思い出したんだ。ヤツのせいで昔、大事なものをなくしちまってね……」
「「 …!…… 」」
「ああ、ランドルトンのほうでもクマは十分注意するよういつも言ってる。間違って人の味を覚えたら、後が面倒なことになるしな。」
「坊ン、お嬢、弓の使える奴をこっちにも置くことを考えても……」
・ ・ ・ ・ ・
『…んにゃっひゃひゃひゃひゃ!それで?それでその後どうしたんだよ!?はやくつづきを教えろよ、相棒!』
ジャガイモの箱の上で身をよじらせて笑い転げる我が相棒。いい気なもんだ、ちくしょうめ。オマエもいっぺんそういう目に会ってみろ。マジで人生変わる出会いだから。
『「クマがいるかもしれないだろ!今、すぐそこだったんだぞ、すぐそこ!」って言ってるのにその勝手口から外に出されて、ほぼ草むらみたいなところに立たされて、遠くからホースの水でブシャーって全身流された。んで一旦全裸になって外の洗い場で石鹸洗浄を三回。家に戻ったらお袋さんと親父さんが掃除してる最中で「気にせんでええけ」って言ってくれたけど、正座して泣きながら謝っちゃったよ、俺。全裸で。後で草むらに脱ぎ捨てた下着やらを回収に行った時は情けなかったな。ゴミハサミでつまんで袋に入れてたら話を聞いた隣の家のばあちゃんが来て
「そこで洗うたんかね。ほいじゃったらしばらくは勝手口のほうには来んじゃろうねえ…」
って…俺、犬じゃねえですから。雲古でテメエの縄張りアピールなんかしねえですから。あーもう!何か思いだしたら目汗が出てきた!』
ぐっすん
『んにゃっはっはっはっは!でもさ、無事でよかったじゃんか。いま生きてるんだからそれを喜べよ。そこで朝ごはんにならなかったから、こうして俺みたいな世界一の美しく素晴らしい相棒と毎日楽しく過ごせるんだぜ?』
『まあなあ…。とにかく、そういう経験があるからさ、俺にとってはクマは鬼門なの。あとサメも。』
『まだあんのかよ!ってなんでサメなの?陸にゃいねえじゃん。』
『ん~。小さい頃にな、親戚の兄ちゃんが…』
『待った!相棒、誰か来たぜ…』
皿洗いの手を止めて後ろを振り返ると、ランタン提げたレベッカがこっちに歩いてくるのが見える。
「どうした副頭?喉でも乾いたのか?それともジョアンナが腹へって騒ぎ始めたか?」
「ツクル…さん…、さっきはすんませんっした…」
何が?
「自分、ツクル…さん…に嫌な事、思い出させたス。」
「仕事の話じゃないか、気にすんなよ。昔のことをいつまでも引き摺ってる俺のほうが情けないだけなんだって。」
成人してからの、他人の家での『日本もらしばなし』なんて忘れろってほうが難しいが。
「そんなに大事…だったんスか…」
「まあな。そう簡単に手に入るようなものじゃなく、決して取り戻せるようなものでもなく…」
もしもあの日なくした名誉とか尊厳とかが取り戻せるんなら、八千円くらいまで出してもいいぞ。
「『失った』ってことを認識できるまで時間はかかったし、立ち直るまでもしばらくかかりはした、かな…」
アパートに戻ってから、そんとき捨てた汚れハーパンのポケットに小銭入れとか限定品のジュッポライターとかシルバーアクセとかを入れっぱなしだったことに気づいたんだよな。落ち込んだね、あの時は。バイト代がパーだもの。半月ヘコんだわ。
「教えて欲しいんス。ツクル…さんが『荒事勘弁』なんて言ってるのは、それと関係が…」
「…ないこともない、ってとこだな。」
地球世界帰還の日まで生存しなきゃならんからリスクを避けるってのが一番だけど、そういった過去の経験で自分の無力さを知ってるからってのは確かにあるな。あの距離で、あのタイミングで『自然』と対峙したら誰でもそうなると思うけど。
大昔、空手家のビリー・ギルガメシュとかプロレスラーのフジカタ組合長とかがクマと戦ってたけどさ、あんなん無理。ムリのムリムリ。
「……」
ん?レベッカ?レベッカさーん?
「今となっちゃ昔の話、若き日の思い出の一つってやつだ。だから何も気にすることはないんだって、な?ほら、副頭がそんな顔する必要はないだろ。普段通り『何なんスか、ああ?』みたくしててくれよ。それにその『ツクル…さん』って間をあけるのもやめてくれ。無理しないでいいから、『ツクル』でいいから。」
「なら自分も…『副頭』とかじゃなくて名前でいい…ス。」
「わかった。レベッカ。こうでいいんだな?」
「んス。」
「今が不寝番の順番じゃないなら、調理場来ないで少しでも寝てた方がいいぞ。また後で夜食作って持って行ってやるから休んでなって。」
「…自分が…」
何か言ったか?
「自分が、護るスから。」
「おう、頼りにしてる。明日からは『壁』をおっ建てていくから、何かと手伝ってもらわにゃならんことも増えると思う。そん時はよろしく。」
「……」
何も言わないで行っちゃったよ。相変わらずのクールな距離感だね、アイツも。ま、何となくトゲトゲしさがなくなりつつあるような気がせんでもないのはいいことだと思うけど。
『相棒……』
?
『今、何かが盛大にすれ違う音が聞こえたぜ?』
なんじゃそれ。
入院時、尻の痛みとただただヒマな時間に耐える中で思いついたプロットでもう一つ書いてみたく思うております。
『よそのけ開拓団奮闘記』
https://ncode.syosetu.com/n8328hu/
おっさん系異世界モノです。飽きもせずばかばなしになる予定です。主人公の性格までどこか似通っています。何やってるんでしょう。
お付き合いいただけますれば幸いに。
皆様の今日一日が幸せでありますよう。




