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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第七十話



 さて、ここでクイズです。

 以下の事柄をすべて満たす植物は何でしょう?


① イネ科である。

② 日本人のおそらく半数以上が「見てわかる」。

③ 生えている面積の都道府県ランキング上位はK児島、O分、F岡、Y口、S根、K本。


 答えは……


「竹だな、こりゃ。」


 最初はジョナサンの爺さん(故ユージン)の遺したリストの番号に従って鑑定していく予定だったんだが、しょっぱなからコレだよ。


「ちょっと、『鑑定』しないでわかるものなの?真面目にやんなさいよ。」


 頬をひくつかせながら、シャールカが懐疑のまなざしをむけてくる。


「正直に言うけどな、俺の故国(クニ)じゃ()()()()生えてんだよ、これ。まあ一応確認のために『鑑定』してみるけど……」


 ていっ


【マダケ】

イネ科マダケ属。永年性竹類。高さは最大20mほどにまで成長し、太さは10cmに達する……


「間違いない。俺もよく知ってる竹、それもマダケってやつだ。なあ、爺さんの遺した資料には何て書いてある?」


 問いかけると、ぼろぼろになった革表紙の分厚い帳面をにらみながらジョナサンが答える。


「ええと…『現地での呼称は“ベイン”、“伸びる(木)”の意味。掛け小屋程度なら柱から梁、垂木、屋根まですべてこれだけで作れるほどの強度としなやかさ、軽さ、細工のしやすさを持つ。カゴやザル、食器などの日用品、漁具・猟具、弓などの武器など多岐に渡って利用される。』だとさ。あとはたぶん植物学関係の用語ばっかりで書かれてるし、字のクセが強すぎてよくわからん。」


「ツク坊、それじゃあコッチの同じようにも少し違うようにも見えるのも、全部そのタケとかいうやつということでええんかの?」


 回収してきた故ユージン男爵の遺産 ――新大陸由来の植物―― の管理を任されているとかいうタパニ爺さんが、根にムシロを巻いて横たえられた「どう見ても竹です。メルシイ。」な植物の山を指差す。ちなみにこの爺さんに言わせりゃジョナサンが「()ン」で俺が「ツク坊」、シャールカが「嬢ちゃん」だ。


「ああ、そっちも()()みよう……。そうだな、この2番って書いてる札をつけてるのがモウソウチク、3番はハチク、4番はタケに似てるけどクマザサってやつだ。5番がホテイチクで…それに……6番はキッコウチクだな。また通好みのを持ちこんだな。とにかく、これらはぜんぶ竹の仲間。ははは、来年からは竹屋が開けるな。」


 ここまでのやりとりを二日酔いの辛そうな顔で見ていたヘルマン氏が、普段の4割引きくらいの弱々しい声で聞いてきた。


「……してツクル殿、この植物の使い道ですが……」


「ありすぎて一口で言えないほどですね。故ユージン卿の資料にもあったように、何から何までと言ってもいいでしょう。さっき言ったように、これは俺の故国(クニ)では大概どこにでも生えてる植物で、大昔から『よろづの事につか』われてきました。たとえば……すまん、シャールカ。紙とペンを貸してくれるか?」


 差し出された紙に久しぶりの漢字を書いてゆく。


「俺の故国(クニ)で使われてる文字です。これが『竹』を意味するものですね。んで、こっちから順に(シリンダー) 、(パイプ) 、(フルート) 、(バスケット) 、竿(ポール) 、(ボックス) 、(ハット) 、(ツィター) 、(マット) 、(ブルーム) 、(ヘアピン) 、(チョップスティック) ……どの字にも『竹』があるのがわかりますか?それだけ生活のいたる所で使われてきたっていうことです。」


 これを見たヘルマン氏の瞳に光が蘇る。

 商人癒すにゃ薬は要らぬ 儲け話があればよい、ってことか。

 そんじゃダメ押しで二日酔いを吹き飛ばしてもらうことにしよう。


「伸びきる前の若芽は食用になりますし、そこのクマザサの葉は薬や茶にもなりますよ。さらに…」


「さらに…?」


「竹で作った炭は消臭、水質浄化に高い効果があります。床下に敷いて湿度調整する家もありましたね。それに作業は少し難しいのですが、細かく砕いたチップを土に混ぜれば土壌改良の効果も期待できます。」


「本当ですか!?ああ、ああ地母神よ……」


 あ、拝み始めちゃったよ。地面にキスまでしてら。涙まで流してるし。


 こいこいこい


 ん?

 ジョナサンたちが手招きしてる。何だよ?そんなコソコソした様子で?


「ツクル、今の話って本当なんだろうな?」


「嘘ついてどうするよ。俺が元々知ってたのもあるけど、きちんと『鑑定』して確認もしたことを伝えたんだぞ?」


「いよぉっし!これもカネになる!でかした爺様!」


「ところで、この…タケ?これって栽培のほうはどうなの?利用価値が高いのはいいけど、あんまり手間暇かかるようじゃ利益につながらないわよ?」


「乾燥しきらない程度に水はけと水持ちがいい、適度に日当たりのいい土地に植えればあとはけっこう勝手に育つと思うぞ。それこそ増えすぎないように注意するほどに。俺がこっちに跳ばされる前には『竹害』って言葉が生まれるほど増えてる地域もあったし。」


「なんと!そりゃあ…そんな植えっぱなしでもいけるようなもんなら、大旦那様たちがご存命の間に多少無理してでも引き取っておけばよかったのう……。申し訳ないことをした…。」


 ハリーと同じようにジョナサンの父や祖父を知っているのだろう。タパニ爺さんは軽く上を向いて目を何度かバチバチさせた後で一筋の涙を流していた。


「ひょっとしたらこれ以外にも、『鑑定』を使って細かく見るまでもなく概要がわかるのがあるかもしれん。ジョナサン、爺さん、予定は変わるがリストの順番はこの際無視して、一度ざざっと全体を見回ってみることにしないか?」


「そうだな、そのほうがよさそうだ。」


「よかろう。こっちじゃ、ついて来い。」



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



『んで、見回った結果はどうだったんだよ?』


 調理台で早めに夕飯の支度をする俺の横、ジャガイモの箱の上に妙にセクシーなポーズで寝転んだロビンが横着にも寝たままネコちゅ~ぶをぴるぴる舐めながら聞いてきた。行儀悪いな。


『ん?上手くいったよ。信じられるか?柚子、梅、赤シソ、青シソとヨモギが見つかったんだぞ?それからアロエに、この大陸では知られていない品種のオリーブ、そしてなんとトウモロコシも。』


『トウモロコシって、もうあるんじゃなかったっけ?』


『言い方が悪かったな。地球世界でいうところのスイートコーン、フリントコーンにほぼ相当するのが見つかったんだ。』


『それってスゴイの?』


『前にジョナサンに出した宿()()が八割方終わったようなもんだ。それを言ったらアイツ、ヘルマン氏と抱き合って喜んでたよ。』


 農産物の品種改良なんていったら普通は十年仕事だもんな。ましてこの旧大陸世界じゃ未知の作物、どうなるものかと心配はしてたが、早々にカタがつきそうだ。


『んーでアイツらは?』


『正体がわかったぶんはこっちとランドルトンに分けて大至急植えなおすって大慌てさ。ただ、竹をむこうに植えるのはさすがに止めといた。ただでさえイセカイカエデって侵略的外来種がある土地に、繁殖力の強い植物をさらに持ちこむこともないと思ってね。で、その植え替えの作業があるから今日の仕事はもうおしまいだと。だからこうして少し早めに晩飯の支度をしてんの。』


 故国(クニ)から()()()()()()ことのできた荷の中に、今日見つかった柚子、梅、シソなら「少し」あるから食事に出そうか?と聞いたら


「「「 もちろん! 」」」


だってさ。それならお出しいたしましょう、ということで、こうして早めの支度に勤しんでいるってワケだ。

 

 本日一品目に使うのはシソ。ただしフレッシュではなく、H島の会社の商標が一般名称化した感のあるおなじみのふりかけで。

 とろけるタイプのチーズを小さめに刻み、ふりかけと一緒にまーぜまぜ。薄めに切った豚ロース肉でこれを桜餅/長命寺スタイルに包んで爪楊枝で閉じる。あとはバッター液、パン粉の順にくぐらせて油で揚げるだけ。しそチー豚カツってやつね。


 二品目は梅だが、これは当の然で梅干を使いましょう。

 キュウリとトマトを小さな賽の目切に。オクラは板ずりして軽く茹でて輪切りに、豆の水煮は缶から出してよく水切り。玉ねぎはみじん切りにして水にさらす。梅干は種を抜いてよく叩き、マヨネーズに合わせてねるねるねるねるねるねるねるねるね。

 あとはこれらをボールにぶちこんでまぜるだけ。テキサンだかメキシカンだかのナントカサラダ風の出来あがり。うっかりコーンを入れないように注意したんだぜ?


 三品目は柚子。ただし、これもフレッシュだの柑橘酢だので使うのは問題を生じそうなので柚子胡椒で。

 ニンジンは短冊切りにして軽く茹で、キャベツをざく切り、玉ねぎは半月切り。豚バラ肉はこま切れに。中華乾麺をちょいカタに茹でたらしっかり水切りをして油をかるくまわし、アイテムボックスに一時収納。この三品目は連中の目の前で作ってやろう。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「このシソというハーブの香気はなかなかクセになりますな!それにチーズや肉との相性もいい!」


 午前中は二日酔いでドロドロだったヘルマン氏だったが、()()()()()がいくつか明らかになるにつれて体調を回復。午後からは植え替えの手伝いまでして汗をかいたのがよかったのか食欲も戻り、今は元気にしそチー豚カツを頬張っている。

 こんなところまで連れてこられた商会の丁稚少年たちも、とろけおちる熱いチーズに苦戦しながら満面の笑みで食べている。聞けば、彼らの普段の食事(商会のまかないメシ)はヘルマン氏の意向もあって豆と干し肉の煮込みにパンだけのことも多いのだとか。

 苦労しとんのやなぁ。ええんやで、今日はしっかりお肉食べやぁ……。


「爺さんのほうはどうだ?口に合う……ってより前に、きちんと噛めてるか?」


「バカにするなツク坊!ワシの歯はまだまだ現役よ。じゃが、このサラダのように小さく切ってあるのは助かるのう。」


 ふむ。調子はよさそうだ。

 そしてこっちは……

 聞くまでもないな。


「あーっ!姐さん、ジョオがアタシの肉とった!」


「早イ者勝チ。」


「勝手に決めるな!それにレナも!アタシの皿に手を出すなああああ!ジョオも少しは野菜も食べなさいよ!」


「待て、レナータ!それは俺が目をつけといたヤツだ、ここは譲ってくれ!」


「三人とも黙って食いな。それにジョナサンももうちっと行儀よく食べたらどうなんだい。アンタらみんな副頭(サブ)を見習え。」


「……。」


 レベッカを見習うってことはつまり、


『命が惜しければアタシのぶんに手を出すんじゃねえ』


みたいな殺気を、野を渡る春の風のようにお洒落にふりまきながら食べろってことか?


「ツクル、今日のアレが美味いのは十分わかったんだが、全体的に少し量が少なくないか?それに半分近くジョアンナにとられちまったぞ。」


「じょおハソコマデイヤシクハナイ。」


「そーですよツクさぁん!これじゃ腹八分じゃなくって六、七ってとこだよ?」


「落ち着け、きちんと考えてあるから。少し待ってろ。」


 軽いブーイングを背に受けながら調理場へ。石組竃の炭火の上に、先日『世界間貿易』で購入した調理用鉄板『黒皮鉄・極厚/深皿型』をセット。アイテムボックスから具材を取り出し、鉄板がちんちんに熱くなったらラードを少し落として、ここからは一気にガーッと。


 まずは鉄板の半分で茹でた麺を、色がついてパリパリ感が出るまで文字通り()()()やる。その間に肉と野菜を炒めて軽く塩こしょう。また椀に湯を注ぎ、ペースト状中華スープの素を入れて溶いておく。

 いくぜ!時間との勝負!


 麺にまだらに焼き色がついたら具材を混ぜ合わせてデァーッと!ブヮーッと!ジャーッと!


 そして最後に中華スープをぶんまわして水気を飛ばす!


「ほいよ!三品目……にいく前の一品。あらかじめ言っとくが、コイツには今日見つかった柚子はまだ使ってない。『使うとどうなるか?』を知ってもらうために、まずは普通の味付けで食って見てくれ。それと、腹を膨らますほどの量はないから一人一口ずつで。あとジョアンナは最後に。レベッカ、レナータ、頼む。」


 言うが早いか、ジョアンナを二人掛かりで羽交い絞め。


「ぶう、つくるハ意地ガ悪ヒ。けちクサヒ男ハモテナイ。」


「度を越した大食いもそうだと知っとけ?ヘルマンさんとジョナサンが先、な?後でまだ作ってやるから大人しくしとけって。」


 全員が味見したら、今度はさっきと同じ手順をもう一度。

 ただし、調味の中華スープには柚子胡椒も溶かし込む。


「ほいさ!これが柚子……を原料にした調味料を効かせたヤツな。鉄板サイズの都合上、一度に作れるのは五人分ってとこだから順番に待っててくれ…」


 ……最終的に二度のお代わり要求に応えるハメになっちまった。


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