第六十九話
活動再開などと言っときながら2カ月近い空白期。いったい篠田の身に何がおこったのか?
……はっ!
…イカン、少しばかり飲みすぎたか……意識がトンでたわ……。
なんだか一カ月以上も寝てたような気もするが、周りの様子から見るにオチてたのは十分少々ってところか?
まあ無理もない。アイツらの飲みっぷりにつきあってたらおかしくもなるわいな。
俺だっておキライなわけじゃないし自分でもイケるクチとは思うんだが、どうしてこうも俺の周りには度を越したレベルの大酒飲みが多いのかね?つきあいきれん。
ものには限度というものがあるだろ、コノオ。男も女も老いも若いも馬か牛みたいにパカパカ飲みやがって。
土佐HIR●MEマーケットの酔いたんぼか、オマエらは。
ヘルマン氏のごく短くわかりやすい挨拶とジョナサンの景気のいい乾杯の発声で始まった今日の宴会(名目上は懇親食事会)は初手からフルスロットルだったからな。当初用意しておいたワイン、都合6リットルと言えば結構な量だったと思うんだが、あんなに早くなくなるとは予想できなんだ。
ちなみに今は宴会が始まって…ええと…三時間ほどが経過したところなんだが、酒に関してこれまでにどれほどの物資が消費された(されつつある)かというと……
「Sペイン産 赤ワイン 3L ボックスインバッグ」 ×1
「Cリ産 白ワイン 3L ボックスインバッグ」 ×1
「Tネシー州産『J・D No.7』 1000ml」 ×1
「Tネシー州産『J・D シングルバレル』750ml」 ×1
「K児島県・黒糖焼酎『里の暁 長期熟成・金』 720ml」 ×1
「O分県・米焼酎『耶馬渓美女』 720ml」 ×1
「O分県・麦焼酎『履帯道 四式ホロ酔い』 1800ml」 ×1
「O分県・麦焼酎『下町のボー・グエン・ザップ』 1800ml」×2
「甲類焼酎『THE大男 25度』 2L」 ×3
「スピリッツ『THEヂャイアント 50度』 2L」 ×1
「ホッパッピー335 24本入りケース」 ×2
「ホッパッピー・ザ・ブラック 24本入りケース」 ×2
「ビルロビンソン タンサン 1リットル」 ×5
「ビルロビンソン タンサン・柑橘 1リットル」 ×3
「ビルロビンソン タンサン・とびうめ 500ml」 ×2
「ビルロビンソン トニックウォーター 500ml」 ×6
…とまあ、こんな感じだ……。
そうだね。
「共に働く仲間と食事や酒を楽しみ、明日からの仕事に備えて英気を養う」
という崇高な目的が途中で形骸化して、
「和気あいあいと酒を飲む」
はずが
「飲ませろ。飲むぞ。酒持ってこいや!」
に変わっていったのが一目瞭然だね。
気がつきゃ調子に乗って割と虎の子のヤツまでうっかり出しちゃってたよ。もうヤケクソ。
途中でジョナサンたちが
「他にも変わった酒を飲みたい。」
なんて言うからホッパッピーを用意したり焼酎ハイボール作ってやったりしたら、焼肉とグッドマッチングだったらしく、そればっかりになったのはある意味ラッキーだったけどな。お手軽価格の酒に注意が集まって大助かりだわ。
これ以上俺の大事な物言わぬ方の相棒を消費されてたまるかってんだ。
『こっちの相棒もだいじにしろよ~ぅ?』
わかってる。ちょっと黙ってメシ食っててくれ。
しっかし、アイツら大丈夫かね?
宴会参加の飲酒人数で考えたら一人当たり焼酎(25度)換算で1リットルくらいは飲んどる計算になるんじゃなかろうか。
体壊すぞ、そんな無茶な飲み方してっと。
明日、仕事に差し支えなければいいな……
……いや、これ絶対に差支えも支障も生じるやつだ!
よし。俺だけでもマトモになっておこう。
「ジョナサン、ハリー。すまんが、少し酔いが回ってきたみたいなんで散歩してくるよ。」
「んん?おう!行方不明の長女が扉を開けたら過去へさかのぼって箱をトントン叩くから!吹き込んでからこのかた百姓がみんな泥亀の要領で握手するとは天才詩人だぜ?一週間で帰属不明の椅子に大振りに作ってるから、疲労の色が煩悶に安心して高床倉の足を笑うって言っても俺一人で十分ですから!…ヒック……ぬう゛ぇ~い……きゅう……」
………ハリー、おまえんところの大事な『坊ン』だろう?なんでこうなる前に止めなかった?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分でもわかる、ややおぼつかない足取りで仮設の調理場へ。まずはスポドリでラムネ(菓子)とかねて用意の漢方薬&胃腸薬&強肝剤を流し込み、しかる後、宴会前に石組みの竃にのっけた寸胴鍋を確認。
ふたを開ければ鳥ガラ&野菜スープの豊潤な匂い。沸騰せず、かといって冷めたりもしない、絶妙の加熱加減も上手くいってるみたいだな。ハンハオ。
『相棒、い~いにおいしてんじゃねえの。なあ、これってまだ食っちゃだめなのか?』
てててっと背中に登ってきたロビンが肩越しに鍋をのぞき込んで、俺の顔の横で鼻をすんかすんかさせる。くすぐってえわ。
『明日の朝メシは、これで鶏飯もどきにしようと思ってな……。』
『とりごはん?』
『汁かけ飯だよ。本当は丸鶏でスープを取るんだけど、今回はよくわからん鳥のガラでやってるし野菜も使ってるからもどきと呼ぶことにする。もっとも、今まではスープの素でインスタントなやつしか作ったことないから、これでも十分本格的な雰囲気は感じてるんだけどな。味見するか?』
『おう!』
そっとお玉で掬って椀によそい、醤油で軽く味付け。ロビンのぶんを小皿に分けてふーふーしてから顔の前に出してやると迷うことなく首を伸ばしてぴちゃぴちゃ舐め始めた。
どれ、俺も飲んでみるか。
ずずずっ……
…おおっ!悪くない。
いや、いいよいいよ。
沸騰させないやり方で取るスープは生臭さが出やすいとか聞いたことがあるんだが、一緒に煮てる野菜のおかげかそれともこの鳥の特性なのか、はたまたジョナサン&ハリーの仕事が良かったか、俺の仕事が良かったのか。
鼻の奥でふくふくと広がるにおいにまで旨味が含まれてるみたいだ。それに色がいい。いわゆる『黄金スープ』ってヤツになってる。
『初めてにしては上出来だと思うんだが、我が相棒殿のご意見は?』
『なあ、俺のぶんも用意してくれるんだろ?きもちでいいから大盛りにしてくれねえかな……?』
気に入ってくれたようで何より。
寸胴に再び蓋をしたら、竃に木炭を四かけばかり追加。火力の具合を見ながらもうしばらくこうしてやればいいか。
何やかやをしていたら適当に酔いも醒めてきたので、作業を追加。
アイツらのところに差し入れでも持って行ってやろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よう、不寝番お疲れさん。夜食持ってきたんだけど食うか?」
「ん?悪いね、ツクル。」
昼間のうちに設置したカマボコ(型)倉庫のそば、『深紅の短剣』が夜間警備のためにたむろってる焚火のあたりに行ってみると、今はコルネリアの番だったらしく、差し入れと聞いて目を輝かせた。ジョアンナとレナータは二人ともタープの下で毛布を頭からひっかぶって眠ってるようだ。若い娘さんが、なんぼ服着とるとはいえ尻をほり出してまあ……。
「どうしたんだコイツら、同じ格好で?」
「レナータは『宴会がうるさい』から。ジョオは『料理のにおいが気になりすぎて腹が減る』からだってさ。」
意外とナーバスなんだな、レナータは。それとジョアンナには特に、結構な量を、おすそ分けした筈なんだが。
「…まあいいや。口に合えばいいが、サンドイッチ作ってみた。一応全員分、少し多めに作ってあるから……」
「ありがとな。……ふむ…むぐ…ああ、いいね。真っ白な柔らかいパンに具材もたっぷりで贅沢なもんじゃないか。こりゃ夜食と簡単に呼ぶのはもったいないね。」
俺が言い終わる前に手ェ伸ばしてきよった!
あまつさえノー・ウェイトで食いよった!
「……いま選んだのはベーコン、レタス、卵フィリングのやつな。他にほぐし焼き鮭とポテトサラダ、ハムと粒マスタードのがある。……あの、一応お前らそれなりのレベルの冒険者だろう?とりあえず食う前に中身が何か聞くとか、まずは警戒してみるとかさ、そういうのないの?」
「何だよ。アンタ、アタシらのメシに細工でもしてんのかい?」
「仕事はするが、あやしげな細工なんてしないよ。」
後がコワイもの。特に今は姿の見えない鬼が。
「ならいいじゃないか。前の仕事ん時に、食べることに関してはアンタを信用してもいいってわかっちまってるから、ね。」
「『食べることに関しては』ね。そりゃどうも……。ほら、お茶も淹れて来たんだ。甘いのがいいなら、こいつを入れたらいい。」
アイテムボックスから湯気を立てるカップとスプーン、ランドルトン産メープルシロップの小瓶を取り出して渡す。
「しかしスマンな、俺たちだけで大騒ぎして。」
「なに、警備護衛の仕事なんてのは大概こんなもんさ。今回は実家関係の案件だから気楽なところもあるし、アンタからのおすそ分けやらこんな差し入れもある。おまけに風呂まで用意してくれてるだろう?十分に恵まれてるよ。もっとも、オヤジの醜態をこんな間近で見せられることになるってのは予想してなかったけどね。」
コルネリアが苦笑しながら示す方に目をやると、半裸のヘルマン氏が手拍子打ちながら何かを楽しそうに歌っているのが見えた。
あ~。あれは身内、特に娘からすれば余り見たくはないもんかもな。
「そういやレベッカとシャールカは?姿が見えんが。」
「風呂に行かせたよ。昼間のうちにここの周りにゃ鳴子とトラップを仕掛けたんだが、アンタがここまでの道でゴブリンに出くわしたって言ってたからね。気になったんで念を入れて要所要所に戦用犬狼の尿を撒いてもらってたんだ。」
尿……だと……
「なんて顔するんだよ。意外と効き目があるんだけど、知らないのかい?あいつらも素人じゃないから、扱いを間違って手や服を汚すようなことはしてないけど、そこはそれ。気分的なものもあるし、何よりアタシらは淑女だからね。ああ、ほら。噂をすれば何とやら……だ。」
ランタンの仄明るい光を頼りに戻ってきた二人は……
いつもの冒険者らしい服装じゃないな。うん。
レベッカは瑠璃紺、シャールカは蘇芳のキュロットにおそろいデザインの生成りのチュニック。足元は防水革の長靴じゃなくて瀟洒なメッシュサンダルときた。
いいんじゃないですか?娘さんらしくて。
勘のいい俺にはわかるよ。あれだろ?また、ジョナサンのおっかさんから貰ったんだろ?似合ってるんじゃないか?
「……何か文句あるんスか……」
「ちょっ、ツクル!なんでこんなところに……?こ、こっち見るな!し、下着をまだ……」
だからレベッカ、そうスゴむなって。俺、まだ何も言ってないじゃん?
あと、シャールカは慌てなくていいぞ。『決定的な戦力不足』が主原因となって大して、つか全然気にならないから。
「くっくっく……、そんな邪険にしてやるなよ、レベッカ。ほら、ツクルからの差し入れだ。レナとジョオを起こす前に自分のを確保しときな。」
「あら、気がきくじゃない。それじゃ遠慮なく……」
「………。」
お前らもノーウェイトか。
「な?ツクル、何だかんだ言って、この二人だってアンタを信用してるんだよ。だから…ぷぷ…その…怯えた目でレベッカを見るんじゃないって。」
怯えてるんじゃない。警戒してるだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後は茶を飲みながら軽く雑談と、明日以降の仕事についてのごく簡単な打ち合わせ。
昼間のヘルマン氏との話では足らなかった部分をいろいろと補うことができた。
コルネリアはハリーと一緒に自警団の編成と訓練に当たること。また、そのためランドルトン側に移動しなければならない場合も考えられること。
したがってコルネリア不在の際、この育種園側の指揮はレベッカが執ること。
俺は基本的にシャールカと組んで動くようになること。速記のできる彼女は大陸由来植物の鑑定をする際は記録係として重宝するし、施設・設備の建設・設置の際に魔法の使える彼女がいなければどうにも面倒なのだからこれは当然の配置だろう。
「いま寝てる二人は?」
「基本、レベッカについて周辺の哨戒だね。二人とも足が早い上にジョオは鼻が利くし、レナは小狡く知恵がまわる。アンタが心配するほど頼りないわけじゃないさ。」
「それなら、明日の朝食後にいくつか渡したいモノがある。こないだの仕事で使ったんだが、秘密連絡でない限りは役に立つアイテムやらいろいろあるんだ。」
エアホーンとか、あの後他にも揃えた便利グッズがな。
その後も話は続き、「今日の段階ではまあこんなもんだべえ」とまとまったあたりで、まずはジョアンナが自主的に起床。
「…つくるガイル。食ベ物ノニオイガスル……。」
誰の説明を聞くこともなく、目の前にあった皿からサンドイッチを両手にとって喫飯開始。半覚醒の状態なのだろうがノールックで鮭&ポテサラの奴をよけるあたりに、彼女の肉に対する執着心が本物であると今さらながら感心する。
「それじゃ俺はこのへんで。」
レナータが目覚めてジョアンナと喧嘩をおっぱじめる前にずらかることにするわ。
「ああ、また明日。それと、ウチのオヤジやら向こうで騒いでる連中のことだけど…」
「酒はそろそろ打ち止めにしてお開きにするよう言っとくよ。さすがにこれ以上は飲みすぎだろう。」
「頼むよ。もしもオヤジが言うこと聞かないようなら『35番の引き出し』って耳元で言ってくれ。それで解決する。それにジョナサンのほうも『アレをバラすぞ』って言っときゃ大人しくなるはずさ。」
さすが、商家の娘。ウワサに聞くやり手ママの血を引くだけのことはある。
身内だろうが貴族だろうが容赦がないな。
あ、今度なにか美味いもん作っとくからジョナサンのアレっての教えてくれ。
空白の理由について、もっとも適当であると考えられるものを次の①~③から選びなさい。
① たぬ皮書店が2022年秋のお彼岸におくるオールキャスト・サスペンス巨編『犬まみれの一族』にヌケキヨ(実はアホヌマ・シズム)役で出演することが決定し、日サロに通って顔を焼いたりアーティスティックスイミングの講習に通ったりと役作りに専念していた。
② 今年のクリスマスにリリース予定の3枚目のアルバム『晏嬰、キャラメル、タイヘイ夢路』の収録曲『アパッチ野●軍』に「通り過ぎる救急車や防災無線の音が聞こえる」というレコーディングエンジニアからの物言いがつき、録りなおしに手間取っていた。
③ 二、三日で命に関わるわけではないが、消化器出口付近のヤバめの疾病により入院&手術の羽目に。めでたく手術は成功したものの、痛ぇわ恥ずかしいわスケジュールが混乱するわでいろんな意味で4月ごろとは別のめちゃくちゃ状態になってしまい、著しいモチベーションの低下があった。
正解者の中から抽選で若干名の方に、バランスの取れた食生活と適度な運動の重要性や立ちっぱなし・座りっぱなしの危険性が伝わるよう、篠田が三日間に渡って念を送り続けます。なお当選者の発表は商品の発送がございませんのでよくわかりません。




