第六十八話
ミラーで後ろを確認する。右後方、左後方、真後ろ……。どうやらうまく逃げ切れたようだ。
あーびっくりした!
ラハティを出る前にクララから
『ランドルトン方面の街道は騎乗ゴブリンが出てるって話だから気をつけて下さいよ?』
と聞くには聞いたが、ホントに出るとはな。油断してたわ。
「ロビン、さっきの連中のことだけど…」
「心配すんなって。あんなドン豚エテ公の分際でこの俺に挑もうってのがそもそもの間違いよ。それによう、こっちに来て一日目だったかな?あん時に出くわしたのだって、一度まいたら追っかけては来なかったじゃんか。もし来たとしてもまたぶっちぎってやらあ。オマエの相棒を信じなさいっての。」
「それもそうか……んじゃま、こっからは安全運転で。」
「安全つってもよう、日暮れまでにはそのナントカいうところに着きたいんだろう?大丈夫か?」
「今のところ、ヘルマン氏から預かった『里程表』通りに進んでるから問題はないと思う。例の崖もむこうに見えてるし、たぶんもうすぐだろう……」
朝飯を食ってからラハティを出発し、走り続けること数時間。俺たちはヘルマン&マックス兄弟商会が建設中の『育種園』に向かっている。馬車で移動するなら丸二日近くを要する距離だが、我が頼もしき相棒の足なら半日ってところか。
願わくは、この先ヘンなのが出ませんように……。
◇ ◇ ◇ ◇
「おお!ツクル殿、お待ちしておりましたぞ!」
日没まではまだ数時間の余裕をもって無事目的地到着。出迎えてくれたのは兄弟商会の会頭、ヘルマン氏だ。隣には氏の娘で冒険者パーティー『深紅の短剣』のリーダー、コルネリアもいる。
「久しぶりだね、ツクル。元気にしてたかい?」
「なんとか生きてるよ。そっちこそ変わりないようで何より。」
窓越しの挨拶もアレなんでちょっとした木陰にトラックを停め、外に出て二人と握手。
「前の仕事が押しましてね。到着が遅れて申し訳ない。」
「いや、道中で何かあったのではないかとそれが気がかりで…」
「途中、騎乗ゴブリンが出ましたがね…」
その言葉が俺の口から出た途端、二人が同じように片眉を上げてこっちを見る。
やっぱ親子だな。仕草はそっくりでタイミングもぴったり。
「ぶっちぎってやりました。」
「はっはっはっは!さすが、冒険者ギルドの『特異魔道具』持ちだ。」
「アンタみたいな護衛要らずが増えたら、アタシらも食いっぱぐれちまうかもね。」
俺らみたいな『とんちき(冒険者ギルド アンドレイ・チャガチェフ談)』はこの先増えるワケないから、そりゃ杞憂ってヤツだ。それに護衛は必要だから、俺には。たまたま今回はついてもらうことができなかっただけだからな?
後部座席からバックパックを取り出し、ロビンに大人しく待ってるよう言いつけて二人の案内で大きめの平屋ログハウスへ移動する。どうやらここが本部らしい。ざっと見た感じ、建坪で25~30ってあたりかな。中にはヘルマン氏がラハティから連れてきたと思しき二、三人の下働きの少年もいる。
応接間(休憩室?)として使っているんだろう10畳くらいの部屋に通され、椅子を勧められた。
「道中お暑うございましたでしょう、何か冷たいものでも?」
「ええ、是非。」
ヘルマン氏が合図すると、少年が銅のカップに入った飲み物を持ってきた。一口啜ると…ちょっと驚いた。
「美味い…これは……ワイン?それに随分冷たい……」
「ズーラですよ。ワインに果実の汁とわが家秘伝の数種類のハーブを加えて水で割ったものです。冷たいのは…腕のいい魔導師がおりますから。」
あーなるほど、サングリアね。要するに。んでシャールカが氷を用意したと。
二杯目を半分ほど飲んだあたりでそろそろ仕事の話に。
「……残された資料などをもとにジョナサン様たちが現地で確認したところ、ユージン様が新大陸から持ち帰った植物の大半は生き残っておりましたが、十種ほどは土か気候が合わなかったらしく随分前に枯れていたのだとか。」
そりゃ残念。ひょっとしたら文字通りの「金の成る木」だったかもしれないのに。
「それでも生き残っていた株や種苗、残されていた標本や資料の全てをこちらに運んでまいりました。今はタパニ翁が中心となって面倒を見ております。いよいよ、ここも本格稼働の準備が整うということですな…」
今回の仕事、もちろん冒険者ギルドに話とスジを通してはいるが、基本的には兄弟商会の『相談役』としてのものだ。
ランドルトン開拓地の今の郷主であるジョナサン・ランドールの祖父ユージンは、かつて旧領復帰の運動を行うに際して、新大陸から持ち帰った有望な植物百種類余りを知人の農園に預けていた。その後、復帰は叶わず新たな領地をもらったものの、ランドール家は開拓を進めるのに必死でそれらは止むを得ずほったらかしになっていたそうだ。
しかし今年の初め、けた外れの高利商品作物の存在が判明し、ランドルトンへの通行を阻害していた大断崖に俺がトンネルを掘ったこともあって状況が大きく変わってくる。
開拓事業への出資の代わりに、同地に関する経済活動一切を独占することのできるヘルマン氏はそれら「ユージンの遺産」を回収し、サトウカエデやトウモロコシなどと一緒に管理・研究していくことを計画。ここ、『ユージン・ランドール男爵記念植物育種園』の建設に取り掛かった。
そしていよいよ俺の出番。
第一の仕事は育種園建設のための資材の輸送と園内の各種施設の建設。またこれらに関しての助言。
第二の仕事は、ジョナサンたちが祖父の知人なる人物の農園から引き揚げてきた植物について『鑑定』を行い、その正体や用途・有効性、できれば栽培方法・利用方法などを確立すること。
第三はの仕事はランドルトンに赴き、サトウカエデやトウモロコシ以外に何かないか探すこと。
ヘルマン氏と話したカンジ、優先順位としては
第一 = 第二 > 第三
ってところかな。
我が身の安全を心配する必要なく誰かを傷つけることなく、そして何より実入りが良い、申し分のない仕事だ。いつもこうならいいのに。
「…さて、今日はお疲れでございましょうし、本格的な仕事は明日からといたしましょう。」
ペンを置き、備忘録を閉じたヘルマン氏を継いでコルネリアが話し始める。
「オヤジのほうはそれでいいとして、だ。例の件、アンタが渡してくれた図面の通りに場所は作ってある。今から始めるかい?」
「ああ。そっちは今日中に済ませておきたい。案内を頼めるか?」
「いいとも。着いてきてくれ。」
ログハウスを出てコルネリアの後に続いて少し歩くと25mプールくらいの広さの開けた土地。地面は平らでしかも固く締まっている。
「指示の通りにシャールカが仕上げたよ。何か問題はあるかい?」
ところどころで地面をばんばん踏みながら真ん中あたりまで移動。問題はなさそうだ。
「いや、大丈夫だ。それじゃあ早速やっちまうから、一応距離をとってくれるか?」
「ああ……」
コルネリアが離れたのを確認したら、アイテムボックスからかねて準備のブツを取り出す。
「出て来いおうち!なむからたんのーとらやーやーぼりょきーちーしふらーやーふじさとぼーやーもこさとぼーやー……てけれっつのぱーッ!」
音もなく現れるのは高さ3m、幅8m、長さ10mのカマボコ型倉庫が二棟。師匠・親方たちの協力のもと、三日がかりで作った自信作だぜ。
「なあツクル…」
「どうかしたか?」
「アンタ、前は確か、こう手をかざすだけでパッと出し入れしてなかったっけ?いったい何だい?そのみょうちきりんな呪文?は……」
「魔法の師匠がな、『いいかいツクル。オマエさんはこんなの屁でもないぞってすまし顔でやろうとするけど、それがよくない。もう少し勿体つけることを覚えな?いかにも仕事やってますって雰囲気を出さなきゃ。でないと足元見られちまうからねえ。』なんて言うんだよ。俺ももっともなことだと思ったからこうして……」
「だからって『出て来いおうち』はないだろう?三歳児かよ。」
何だよ。誰にでもわかる明快性があっていいじゃないか?
◇ ◇ ◇ ◇
夕刻――。
ジョナサンはじめメープルシロップ関連事業で見知ったランドルトンの連中十数人がトンネルを通ってこっちまで下りて来たので再会と互いの健勝を喜びあい、当然のように宴会の準備が始まる。
「ツクル!見ろ、カタがいいだろう?俺が仕留めたんだ。」
「ほう。俺の故郷で『キジ』って呼んでる鳥によく似てるが、こっちのほうが随分大きいな。二回り以上大きく見えるぞ?だけど、オマエ一人で四羽もよく獲ったもんだ。意外とやるな。」
「旦那、そりゃ坊ンのことを買い被りすぎですぜ。三羽はあっしが獲ったんでさ。」
呆れたように口を挟むハリー。まあ、そんなことだろうと思った。
「それじゃ、処理を頼むよ。焼肉にしようと思うから部位ごとに切り分けてくれ。後は俺のほうでやるから。ええと……西側の水場を使ってくれ。」
「「 よしきた。 」」
作業に向かう二人を見送り、こっちはその他の準備。焼網だの炭だのを出してたらぶつぶつ言いながら(念話で。他の連中には『にゃあにゃあ』としか聞こえない)ロビンがやってきた。
『あ゛~腹減った~…。あいぼーう、メシは…メシはまだですかいのう…?』
『ん?ジョナサンが鳥肉だの新鮮野菜だのを持ってきてくれたからそれを使う算段で準備中。もすこし待ってろよ。』
『BBQ?』
『おっと、ロビン。俺の相棒なら覚えておいてくれ。』
『んにゃ?』
『BBQはじっくり時間をかけて熾火で炙るもの。今からやるのはグリルだ。そこんとこ混同しないように。』
『へーへー。どーでもいーから早くしろよ……』
さすが流石ながれいし、千葉に名高い流山。日々山暮らしのジョナサンとハリーは、あっという間に処理を済ませて鳥肉の山を持ってきた。
そんじゃ戦闘開始です。
[たれ・その1]
かねて大量にストックしてあるプレカット野菜類からまずは「ねぎ・みじん切り」を用意。粉末鶏ガラスープとにんにくのみじん切り、すりおろしを加え、塩麹、粗挽き黒胡椒、ごま油を投入してまじぇまじぇ。
[たれ・その2]
ランドルトン産の新鮮なタマネギをすりおろし、同じくすりおろしたにんにくを加えたら、砂糖、酒、黒糖焼酎、味醂、醤油、S根県産の唐辛子クラッシュ、味噌、ごまをその日の天啓に従ってぶち込んでまじぇまじぇ。
たれの入ったボウルに適当な大きさに切った鳥肉を投入してもみもみもーみもみ。あとはアイテムボックスに収納して時間調整機能で焼く寸前にベストタイミングになるように、と。
たれ系の苦手なのもいるだろうから、岩塩を軽く振っただけのも用意しとくか。ガラは……明日の朝メシでスープにでもしてやろう。
それと、野菜はランドルトン組が持ち込んだので十分だろうが、キャベツとトマト、アスパラガスくらいはいつでも出せるようにしておこう。パンはお馴染のフラットブレッドがあるからこれでよし。
問題は……
「酒なんだよなあ……」
ジョナサンもハリーもイケるクチだし、他の連中もかーなり呑むだろう。そんなツラの奴ばっかりだ。
………あ、アレがあった!
アイテムボックスのリストを出して在庫確認をすると
「Sペイン産 赤ワイン 3L ボックスインバッグ」 未開封
「Cリ産 白ワイン 3L ボックスインバッグ」 未開封
を発見。よしよし。いざという時のためにと買っておいてよかった。飲んでよし!料理によし!俺によし!お前によし!テイスツグー!マイリグー!リアグー!フンガー!のお手頃ワイン。
あとは、まあ焼酎といつものテネシー・ウイスキーがあれば十分……かな?
だといいな……。




