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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第六十七話



 夜のラハティ、ここは南区歓楽街。

 多くの冒険者たちから愛される居酒屋『金床亭』……から歩いて()()()()のところに一本の通りがある。道の幅はせまく、真ん中以外を歩くときは、通りの両側から突き出た鉄製の看板に頭をぶつけないよう注意しなければならない。看板を吊る支柱の下には目の高さ位の位置に小さな角型カンテラが掛けられており、色ガラスのあやしげな光を夜の黒に混ぜている。




「ここは初めてか?」


「こういう雰囲気は嫌いじゃないんでな、何度か通りの入り口までは来てはみたんだが…」


「だが?」


「その都度ヨッパライの戯事では済まされんような喧嘩騒ぎがあってね。引き返した。結局それっきりだよ。」


「はっは、そりゃここの名物みたいなもんだ。こっちから加わらん限りは巻き込まれることもないから気にするな。そういやツクル、()()はどこ行ったんだ?『金床』を出たあたりから姿が見えんが。」


アイテムボックス(この中)だよ。食いすぎたらしくて一休みするそうだ。」


 右の手首を指差すとミルカは「ああ」と納得し、突き出る看板を上手に避けながら歩き続けた。


 金床亭での打ち上げが終わると、ミルカは「付き合え」とだけ言って俺を外に誘った。ミレーナとエルが苦笑いしながら「ごめん」「頼みます」みたいな仕草をするので何も言わず従ったところ、連れてこられたのがこの月光街という小さな通りだ。通りの両側にずらりとならぶ看板と付属のドアはすべて飲み屋のもので、どうもこの中に行きつけの店があるらしい。


「この店だ、ちょっと待っててくれ。……よう、久しぶり。二人、入れるか?」


 ミルカがドアを開けたのは紫色のカンテラを下げた店。店の名前が気になって看板を見たら驚いた。


「『夢来たる 人来たる』……?いや、まさか!?……しかし!……」


「ツクル、大丈夫だ。来いよ……どうかしたか?」


「何でもない。ちょっと故郷(クニ)を思い出してな。」


 『月極』グループには及ばないが、日本全国に展開する巨大FC(?)の一つがまさか異世界(こんなところ)まで進出していたとは。地球世界に帰還できた時、これを土産話にできないのが残念だ。

 

 店内はやや細長い長方形。入って右側に五、六人が座れるカウンター、左に小さなボックス席が二つ、奥には演芸場か何かのそれを模したようなごく小さな舞台(ステージ)。なお、店内に客の姿はない。

 そうか、今回はこういう趣向か。


 カウンターの椅子に座ると、お姉ちゃんが蒸して丸めた手巾(おしぼり?)を渡してくる。ラハティじゃ初めてのサービスだけど、使って大丈夫なのかコレ?


「この店、見た目はアレだが清潔なのは間違いない。俺が保証するから遠慮なく使え。」


 言いながらミルカは手を拭き顔を拭き、遂には首の後ろまで。

 おっさんか。いや、おっさんだったな。そして俺もだった。

 ここで断るのもカンジ悪いし、そんじゃま遠慮なく。


「アレってなによぉ~う、アレって。久しぶりに顔出したと思ったら、いきなり随分なご挨拶じゃなくって?ミーさん。」


 ミーさん?ああ、ミーさんね。そうだよね、今回はそういうヤツだもんね。


「すまんすまん。ところで、女将(ママ)は?」


「お見舞いよ、お見舞い。」


「誰か具合が悪いのか?」


「それがね~、『楽器のセンセイ』がぎっくり腰になっちゃって。あの人一人暮らしじゃない?だからお世話しに行ってあげてんの。……エールでいいかしら?」


「いや、『金床』で飲んできたからな。チラウをくれ。」


「は~い。」


 ファビオたちと飲むうちに、この世界の酒もいろいろと覚えてきた。今ミルカが注文したのはワインの搾りかすから作る蒸留酒、地球で言うならグラッパやマールみたいなヤツだ。ラハティ周辺にはこれの蒸留所が大小合わせて十件程度あるらしい。立場的にはヴォート(芋を原料とする蒸留酒、ウォッカ?)のライバルみたいなもんだな。


「おまたせ~。酒肴(クリスプ)は炒り豆と揚 げ か す(クラックリング)でよかったかしら?こちら、えーと……」


「ああ、それでいいよ。俺はツクル、ツ・ク・ルね。よろしく。」


「ふ~ん、じゃツーさんね!アタシ、ユーリヤっていいまーす。トシは十八でぇこの店の看板娘ですぅ~…」


 思った通りのパターンだな……。何サバ読んでんだよ。


「ツクル、お疲れ。」


「ん、お疲れさん。」


 透明の酒が注がれた銅製のカップで乾杯。

 んっは~、コレもキクねえ。


「ギルマスの部屋のヤツほどじゃないが、割とイケるだろう?ここのはクラーセン村の蒸留所から直接仕入れてるんだよ。酒商人を介さないから、混ぜ物なしのホンモノだ。」


「ああ。荒っぽいが雑じゃない、いい酒だ。……ところでミルカ…」


「何だ?」


「『金床』じゃ敢えて聞かなかったが、()のほうは大丈夫か?」


「おう、何も問題ない。エルの治癒魔法もカルラの薬もよく効いたしな、それにオマエの飯も。…そうだよ、凄いな、あの『さぷりめん』とかいうのは!エルも驚いてたじゃないか、治癒魔法の効き方が()()()だって…」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 あの日、ラッシの肩を借りて野営地まで戻ってきたミルカの右足は折れていた。

 岩場に登って苔を採取していたカルラの前に突然有毒種のトカゲが現れ吃驚、彼女は足を踏み外した。その様子を下で見ていたミルカが慌てて受け止めたのはいいんだが、足場が悪くそのまま転倒。カルラは無傷で無事だったものの、哀れ、ミルカはポッキリとやっちゃったんだと。

 命綱?もちろん着けてたらしい。だけど動き回っているうちにいつの間にか緩んでたそうだから、ミルカが受け止めてなかったら大事故になっていたかもな。結果的に見事なファインプレーだったワケだ。

 取りあえず緊急事態であることに違いはないから俺が渡したエアーホーンを鳴らして報せ、頃合いを見て例の帰還信号を出しながらぼちぼち戻ってきたんだとか。


 まずはミルカの足の怪我だが、エルの見立てでは一刻(二時間)おきに治癒魔法を七、八回もかければ普通に歩ける程度のレベルまでは回復できるとのことだった。

 それを聞き、責任を感じたらしいカルラが治療と休養のために午後と明日一杯を使いましょうと提案。今回の採取行は俺とロビンが参加したこともあって移動の手間が省け日程の余裕もできていたので、これについては満場一致で採択の運びとなった。ちなみに翌日、カルラがこっそり「減量したい。どんな食事が良いか?」と真剣な表情で聞きに来たのだが、「気にすることはない」とだけ言っておいた。


 さて、この世界の治癒魔法というのは「自然治癒・回復力を大幅に促進する」タイプのものらしい。

 以前、ラッシが洞窟カマキリだったかにやられた時もそうだったんだが、皮・肉・腱・骨などの()()となる栄養を摂ればそれだけ魔法の効きが良く、回復完治までの時間も短縮できる。

 そこで俺はこっそり『世界間貿易』で各種のサプリメントや栄養補助食品を購入。『骨折回復支援特別メニュー』の食事に加えて、ビットナー姉妹に見つからないようミルカにそれらをしこたま飲み食いさせてエルの治療をサポートした。

 結果、当初七、八回とエルが予想した治癒魔法の回数は三回まで減り、夜半ごろには痛みも違和感もなく歩ける程度まで回復。カルラがその場で調合した解熱沈静薬と抗炎症薬もよく効き、疲れもあったのだろうか前夜の若者組のようにあっという間に眠ってしまった。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



「エルのダメ押し治癒魔法もやったし、俺の『鑑定』で診ても問題はなさそうだったけれど、無理するんじゃないぞ。一応エルとラッシに『骨を丈夫にする栄養素を含む食材』メモを渡してある。しばらくはそれに従って食事に注意していてくれ。」


「アレか……。知らなかったぞ、怪我だからって肉とか魚だけ食べてりゃ治るワケでもないんだな。」


「ああ。野菜や茸、豆、食べたことあるかどうかは知らんが海藻だって骨を丈夫にするのに役立つ栄養素が含まれてる。本当なら『腐った豆』を毎日食べさせたいくらいだし、酒だって禁止したいくらいだ。」


「やめろよ、仕事終わりの一杯で得る快楽は冒険者の特権みたいなもんだ。それに何で『腐った豆』?オマエの国にゃ怪我人を虐待する風習でもあったのか?地獄か。」


「栄養豊富で比較的安価。俺の好物でもある、ごく一般的な食べ物だが?まあ、発酵だから腐敗とは違うんだが、糸を引いて粘る様はアンタらにゃ『腐ってる』としか見えんだろうな。あ、ちなみにソレのにおいを『靴の中で蒸れた足裏』にたとえる奴が多い。」


「わかった。肉、魚、野菜、何でも食べる。だからその腐れ豆だけは勘弁しろ。」


 ミルカは心底嫌そうな顔でカップを呷って酒臭い、熱い息を吐いた。



 それから俺たちはしばらくの間、今回の仕事についてあれこれ話した。

 ミルカが怪我をした日の午後から、ラッシとシニッカが急に目覚めたようによく動き始めて驚いたこと。皆が無事で大きな問題はないとわかった途端に泣き出したエルケちゃんを宥めるのに苦労したこと(なぜか主に俺が)。一日半を休養のためにツブシたが、最終的には想定を超える量の高品質な薬の素材を入手できたので、後日払いで報酬の上乗せがあったこと(俺は無報酬なので関係なし)。などなど。


「……それで、オマエのほうは()()になったのか?」


「ああ。薬草採取なんて仕事、素人はなるべくやらないほうがいいということを学んだよ。『鑑定』でどうにかなるかと思ったが、ありゃ無理だ。それに採取専門でやってる連中や薬師たちのナワバリを荒らさないように、なんて考えたらここから随分遠くまで足を運ばにゃならん。相棒のおかげでラクできることを差し引いても、手間を考えたら大した実入りにならん。」


「そりゃ、確かにいい勉強になったようだ。ククク…」


 笑うな。


 ユーリヤからの「水でも飲む?」という誘いを二度断ったあたりで、ミルカは口を一度きゅっと結んでからぼそりと聞いてきた。


「なあツクル。俺、今回の仕事中に鼻の下伸ばしてたか?」


「何だよ、いきなり。まあ、足折るまではそうだったかもな。何て言うんだろう、可愛い女の子に声かけられて舞い上がってのぼせた十三、四歳の少年のようだったかもしれん。」


 相棒によると俺もその風があったらしいのであまり偉そうなことは言えんけど。


「ぐ……。ミレーナからも言われたよ、ちょっと浮かれてたんじゃないかって……」


 ?ひょっとして…


「惚れたのか?カルラに。」


「いや、そういうのじゃない。確かに彼女は若くて見目も気立ても良かったが…。」


「ならどうしたんだよ。言ってみろよ、このツクルさんに。」


「……夢を見たんだ。」


「夢?」


「ああ。俺も今年で四十一、冒険者として働いてきた時間はとうの昔に義兄(エスコラ)を越えちまった。運送業者相手の安宿の倅が稼業を継ぐのは嫌だと家を出て、いつの間にやら紋付白銀板章のベテランだ。」


「……。」


「今、このラハティにはピンからキリまで数多くの冒険者がいるが、その多くは四十あたりを機に今後の身の振り方を考える。まだしばらく冒険者を続けるか、それとも別の人生を歩むか…」


 たそがれ通りの爺さんたちも、いつかそんなことを言ってたな。

 かつて冒険者だったあの連中のほとんどが今は何かしらの商売をやっているのも、その「四十歳の節目」が理由らしい。肉体的な衰えも出てきて、意欲はあっても体が追いつかない場面にも出くわすようになる。


 情けない。みっともない。

 まだいける。もっといける。

 …はずだ……。

 俺はまだまだ、こんなものじゃない!

 なぜだ、なぜ俺はできなくなったんだ!?……


 気持ちと体、希望と現実のギャップを抱えて悩み、そうして気がついたらいつの間にか店を開いていたり、嫁さんがもしもの場合を考えてやっていた店で働くようになったりしていたんだ、と。


「カルラが傍にいて、正直なところ俺は楽しかった。夢を見たんだ。冒険者の第一線から身を引き、女房をもらって、一緒に町中で仕事して、小さな家を建てて、子供ができて、皆で食卓を囲んで……。どうしたことか、俺にもそんな暮らしができる道があるんじゃないかと、よりによって仕事中に考え始めてな。カルラが締めてた命綱の点検すら忘れてた。ミレーナやオマエが言うように、俺は浮かれてたってワケだ。華草紋付白銀板章のこの俺が。…こういうのも『焼きが回る』と言うんだろうか……」


 爺さんたちが自分語りをしていた時にふと見せたのと同じ表情、情けなさと諦めの下に決意を隠した顔で炒り豆を摘まみながらミルカは続けた。


「ツクル。これはラッシやシニッカはもちろん、ミレーナやエルにも話していないことだ。あいつらには俺の口から伝えたいから、しばらく秘密にしておいてほしい。」


「ん、黙っとこう。何だ?」


「今回の仕事とは関係なく、前から考えて決めていたことだ。ラッシとシニッカが一人前になったら、あの二人が青鋼板章を手に入れたら、その時『灯りを点す者』を解散する。その後どうするかはまだ考えていないが、俺は冒険者としての人生に一区切りつける。」


「……そうか。」


 一端の男がそう決めたんだ。俺がとやかく言うべきじゃない。

 もっとも、()()()()からしてミレーナとエルは薄々感づいてはいるんじゃないかとも思えるんだけど。


「すまん、こんな湿っぽい話をして……」


「いいよ、謝るなって。そんな大事な話をする相手に俺を選んでくれたんだ、光栄なくらいさ。それに、()()()ようならいつでも言え。半分くらいなら持ってやる。ダチだからな。」


「ありがとう…」


 差し出された拳にこっちも拳を合わせる。

 不思議だな。知り合って一年も経ってないのに、ずいぶん昔から知り合いだったような気がする。お互い生まれ育ってきた世界すら違うというのに。


「でもあれだろ、ミルカ。ラッシとシニッカを一人前にするのはいいけど、あとどんくらいかかるんだよ?俺が見たカンジじゃあすぐにラクにはさせてくれそうにないぞ、あの二人は。」


「俺も自分で言いながら『待てよ?』とは思ったんだ。はぁ、嫁探しだけでも見切りで始めたほうがいいのかな……」


 ミルカがガクッと肩を落として俯いた時、店のドアが開いて一人の女性が入ってきた。


「ただいま~。ユーちゃん、一人で大丈夫だった~?」


「あ、ママ。おかえりなさ~い」


 年の頃なら六十手前か。昔はブイブイ言わせてたんでしょうなあ、ってタイプの美人のママさんだ。

 店の雰囲気も相まって、注意してないとうっかり「あ、ママ?たじかんの『西東京市』入れて。」とか言ってしまいそうだ。


「あらミーちゃん、お帰り。お見限りだったわね~、どこの女と浮気してたのよ?」


「そんなことする暇ないって知ってるだろ、ママ。お、紹介しとこう。こっちはツクル、まだ()()冒険者だが俺の大事な友人だ。一人で来ても、俺にツケをまわしていいから飲ませてやってくれ。」


「やめろよ、俺もいい大人だぞ。自分の飲み(しろ)くらい自分で出すよ。」


「うるさい、俺が俺の友人に飲ませると言ってるんだからいいじゃないか。大体俺は冒険者の先輩だぞ、言うこと聞けよ、コノオ!」


 ミルカはガチムチの丸太みたいなぶっとい腕を肩に回してバンバン叩いてくる。

 あ~、酔っ払いの定番、『問答無用の友達認定』と『先輩マウンティング』が同時に始まった。

 これが出てくるとめんどくさいんだよな~…


「ふ~ん、ミーちゃんの友達ね。いいわ、それじゃあ今日からこの店が実家だからね。いつでも帰ってきていいから。ところでアナタ、ツーちゃん?どっかで見たことある顔なんだけど…?」


「そりゃそうだ、ママ。花冠祭の馬車レースを視なかったのか?アホガキどもに圧倒的大差をつけて優勝した赤銅板章の『登録魔道具』持ちだぞ、このツクルは!」


「あーッ!そうよ!思い出した!予想屋のオジサンが『12-16で間違いなし!』って言うから、アタシ2000ガラもつぎ込んじゃったのよ!そしたらそうそう、この人がぶっちぎりで勝っちゃったじゃない!?しばらくご飯がパンと水だけになっちゃったわよ!」


 「12-16」は確か……

 トンズラこいた二人じゃなかったか?

 そんなのに2000ガラ(= 50000円)もぶち込むほうがどうかしてる。


「ちょっとツーさん?もっと飲みなさいよ!あれで損した分はきっちり回収させてもらわなくちゃ!」


「よし!俺は歌うぞ!」


 待てミルカ!歌うのになぜ裸になる必要がある!?

 ()()だからって自由(フリーダム)過ぎるだろう?

 おいやめろ、バカ!……



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[一言] 『夢来たる 人来る』ってw 白馬にある喫茶店のほうを思い浮かべたけど、確かにどちらかというと喫茶店よりバーや飲み屋のイメージのほうがでかい。
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