第七話
さて、どう誤魔化すかな……。
「…勤めていた商会が、不景気のアオリを喰らってつぶれちまったんだ。それで故郷に戻る旅をしていたんだが、途中立ち寄った町の『実力者』に目をつけられた。どうやら『俺がそこにいる』ってのがソイツにとっちゃ癪の種だったらしい。理不尽な話さ。それで町を、というか国を追い出されちまったんだな。トヨアシハラノチイオアキノミズホノクニって国なんだが知ってるか?」
「「「「「 (首ぶんぶん) 」」」」」
そりゃそうだろう。日本人だってこの呼び方を知らない奴はいるもんな。てか俺もよく覚えてたな。
「んで仕方なくあちこちウロウロしながら旅をしてたんだが、ある日ダンジョンだか遺跡だかよくわからん昔の建物を見つけた。丁度いいやと思ってそこで一夜を過ごして、目が覚めたら見たこともない場所にいたんだ……」
「『そこにいるのが癪だから国から追い出す』とは……。アウレリア朝のプロスペロ帝みたいな話ですね。お可哀想に。」
「言っとくが俺は何も悪いことはしてなかったんだぞ?そりゃあ……若い頃に酔っぱらって立小便くらいはあったかもしれんが、詐欺だの暴行だの窃盗だのなんてとんでもない。」
「『昔の建物で寝てたら見たこともない場所に』ということは、大昔の転送機かそれに類するものがまだ生きてたってことかしら?ありえない話ではないと思うんだけど、災難だったわね。」
「どうにもしようがないんで、目覚めた場所の近くの集落に行ってみたら親切な旅商人に出会ってね。仕事がないならついて来ないか?って言うんだ。んで、そいつの馬車に乗せてもらってしばらくは一緒にいたんだな。ところが昨日のことさ、馬車がイノシシだかブタだかに乗ったヘンな奴に追っかけられてな。『世話になった礼だ。逃げ切れよ。』と思って、俺は馬車から飛び降りてソイツらを引き付けようと思ったんだが……」
「「「「「 ふんふん 」」」」」
「ヘンなのは俺じゃなくて馬車のほうを追っかけてどっかに行っちまった……」
「「「「 あちゃあ…… 」」」」
「そのヘンなのがいたのはどのへんか覚えてるか?」
ミルカが聞いてきたので昨日来た道、東のほうへ続く道を指した。
「あっちだ。馬車を見送ってからは茫然としちまってな、どれくらい離れていたかは覚えていない。半日とまでは言わないが、それなりに歩いた先だと思う。」
「そうか。シニッカ、お前の読みが当たってたみたいだな。」
「でしょ~?ニカちゃん狩人なんだから足跡見れば一発だって言ったじゃん?」
お、うまい具合に彼らのなにかとかみ合ったみたいだ。
エルメーテが鞄の中から一枚の紙を取り出して広げて見せてくる。
「ツクル殿、貴方たちの馬車を追いかけていたのはコレではありませんでしたか?」
どれどれ…?あっ
「そう!これ!確かにこんなやつだった。」
緑がかった肌、体に不釣り合いな禿げあがった大きな頭部、でっかい目と口。間違いない。あのY口県民(違う)。
「騎乗ゴブリン、乗ってるのは馬じゃないけどな。」
忌々し気に語るミルカによると、『灯りを点す者』の目的はコイツだったそうだ。普通のゴブリンと違ってコイツらは、馬車や荷車を見ると執拗に追いかけ続けて転倒させたり、馬車に乗り移って御者を傷つけたり、荷物を奪ったりするらしい。一たび現れると交易路が大混乱するそうで、彼らは街道の警戒とゴブリン・ライダー退治の目的で一週間もこのへんをうろついてたんだとか。
「この辺の人間には馬車便の運行自粛要請が出てたのに街道に馬車の通った跡、それも新しいのを見つけたんでな。他所からきた連中は要請のことを知らないし、襲われてなければいいと思ってたんだが……」
「アイツはどうなったと思う?」
あえて聞いてみよう、架空の人物の消息を。
「馬車や荷物の残骸みたいなのは見当たらなかったし、ベリトのほうへ向かった跡がいくつかあった。ゴブリン・ライダーはそんなに広い行動範囲を持たないから、おそらくは無事に逃げられたと思う。そう思いたい。」
「そうか…。」
『ありがとう友よ。幸運を祈る。いつかまた会おう。』みたいな雰囲気を醸し出してみる。架空の人物に対してだけど。ミルカにミレナ、エルメーテが優しい視線で俺を見てくる。「うそっこツクルのものがたり」作戦はうまくいってるみたいだ。俺、役者でも食っていけるんじゃね?
「じゃあじゃあ、ツクルは外国人なんだよね?その割には普通にこのへんの言葉話してるけど何で?」
シニッカ君、いいところに気づいたね!でもオジサンの頭で誤魔化すネタを考えるのは面倒だから少し控えてくれると嬉しかった!
「……『言の葉の神の加護』ってのがあるからオマエは『百話法』?が使えるんだって、生まれた村にいた占い師のバアさんに言われたことがある。七歳くらいの時のことだ。それ以来、言葉で苦労したことはあまりないな。こっちじゃそういう『加護』みたいなのはないのか?」
「私たちの言う『スキル』みたいなものでしょう。『加護』という言い方は地域による名称の違いであって、根本は同じだと思いますよ。だとするとツクル殿、あなたのおられたトヨアシ……国とはいったいどのあたりにある国なのでしょう。」
エルメーテ君の好奇心は大変素晴らしいと思う。でも頼むから控えてくれ。
「俺は地理だの何だのに詳しくないからよくわからん、としか言いようがないな。むしろアンタたちのほうが何か知らないか?大小合わせりゃ六千を超える島々が集まる地域なんだが。」
「砂漠と山脈を超えたところにある大帝国の更にむこう、東の大海を渡ったところにある最極東の島嶼小国家群地域のことかしら……。厳しい鎖国政策を採ってっるって聞いたことがあるんだけど。」
「あの新大陸かもしれませんよ?海母神教会が血眼になって探していると噂のホーン・ジェル・プレストの国とか……」
もうこれ以上聞くなよ……聞くなよ……。
「んじゃあさ、ツクルさんに聞きたいんすけど、いいすか?」
う、そろそろボロが出そう……
「あの荷物は全部ツクルさんのものなんだろう?馬車も荷車もないのにどうやって運んでたんすか?」
ラッシの質問に残る四人が「そうそれよ」みたいな顔をする。仕方ない、見せるしかないな。立ち上がって荷物の山に近づき右手を向けて……
「『アイテムボックス』収納!」
ふおん!という音とともに段ボール箱の山が俺の中に吸い込まれる。影も形もなくなった。
「アナタ、『ストレージ』持ちだったの?それより何よ、その容量!?しかも制限なし!?」
ミレナが大声を出して立ち上がる。俺はもう一度荷物を出して、なるべくクールに対応する。
「……取り出しっと……。俺の国じゃ割と普通の加護……スキルだったんだが、こっちじゃそんなに珍しいのかい?」
「『ストレージ』自体は珍しいってほどじゃないけど、中にしまえるのは中樽一、二個分がいいとこよ。あんな荷物の山をまるまる一気に仕舞える人なんて見たことないわ!アナタのいた国ってどうなってるの?」
「どうなってるって言われてもなあ。こうなんです、としか言いようがないよ。」
「う~ん、何か隠してるみたいな雰囲気ではあるのよね~……ま、いいわ。今はそういうことにしといてあげる。」
頬に人差し指を当てて、ちょっと首を傾げてにっこりほほ笑むミレナ。うん、かわいい。君は随分モテるだろう?オジサンがもう十歳……五歳若けりゃのぼせてたろうな。人が言うように三十五歳の壁ってすごいな、急に衰え感が出るんだから。でもまだ枯れてはないからな?年寄り扱いはするなよ?
「じゃあじゃあ、ツクルはこれからどうすんの?せっかくできたお仲間はどっか行っちゃったし、元いた国がどこにあるかわかんないんじゃ帰りたくても帰れないじゃん?かわいそう……。」
「そうだ、こんなことになって困ってることも多いだろう。俺たちでよければ相談に乗るぞ。」
シニッカとミルカが俺を心配してくれる。アンタら優しいな。
「……実を言うとな、どこか落ち着ける場所があるのならそこで暮らしたい。国に帰りたいのはやまやまだが、かといって帰る方法を探してあちこち放浪するのももう御免だ。小さな家でも手に入れて、今の自分でもできることを仕事にして、細々とでいいから安らげる生き方をしたい。」
そう、地球世界帰還の日が来るまでは死ぬわけにはいかんのだ。ソロは「まず三年待て」って言ってたしな。そのためには安定した日々の暮らしを確立しなくちゃいけない。どこかそういう土地を知らないかね?多少遠くても、ロビンがいるから移動は問題ないと思う。
そうだよな、相棒?
『…ん?お、おう……ああ、俺たちならどこでだってやっていけるぜ。そう、ネコちゅ~ぶさえあればな。』
あ、いつ箱から出したんだよ。しかも器用に爪で穴開けてやがるし。残りが少ないってわかってんのかねチミは。
『この誘惑には逆らえないって。なあ、頼むよ相棒。コレ、一番に例の貿易ってヤツしてくんねえかな?』
しょうがないなオマエは……
いつの間にかミルカたち五人が集まって何やら話し合っているのに気がついた。どこかよさそうな土地の心当たりがあったかね?
「なあツクル。ラハティに来ないか?」
ラハティ?ラハティ……!
「アンタたちのいるところにかい?」
そういやミルカを鑑定したら『冒険者ギルド ラハティ支部所属』ってあったな。
「レインデルス大森林や四十年前に発見された大ダンジョン群が近くにあるからラハティは冒険者の、よそ者の出入りが多い。外国から来たアンタがいても全然おかしな話じゃない。まあ、冒険者が多いってことは多少荒っぽいってことではあるんだが、それでも経済はわりと公平だしそれなりに秩序もある。町自体も発展を続けていて仕事もそれなりに多い。隠者みたいに静かにひとりで暮らしたいっていうんなら違うかもしれんが、そうでないなら今のアンタにはうってつけの土地じゃないかと思うんだ。」
俺がどこかに腰を落ち着けたいのは事実で、また決してぽつねんと一軒家でサバイバル隠遁生活を送りたいわけでもない。ソロが言った「最低三年間」は無事に生き続けなきゃならんわけだが、そうなるとある程度騒がしい、人の営みのある場所のほうが有利だろう。幸い、このミルカという男は信用できそうな人物だし、俺を心配してくれている。ここは頼るが吉か。
「なら、そのラハティまで連れていってくれないか?もしも俺を受け入れてくれそうなところなら、しばらく世話になりたい。」
「よし。幸い俺たちは帰還の途中だし、ここからならそう急がなくても日没までに門内に入れるだろう。準備をしようじゃないか、時間はかかるか?」
「いや、今出してるものをざっと片付けて着替えるだけだから、そんなにかからんよ。」
「それじゃあ向こうで待ってる。支度ができたら言ってくれ。」
ミルカたちから離れた俺は荷物の山の後ろまで移動し、着替えることにする。
「相棒、よかったな。とりえずの身の置き場ができそうな話じゃないか(小声)。」
「ああ、異世界に来て最初に出会う人間がいいヤツでよかったよ(小声)。」
ミルカのような人間と最初に知り合えたことは本当に幸運だったといえるだろう。機会ができたら、何か礼をしなきゃならんかな。
Tシャツを替えて靴下をはき、カーゴパンツに履き替える。靴は…スニーカーのままでいいか。徒歩で移動するのだからあまり重いものを持ちたくはない。が、いざという時のことを考えてベルトにはナイフと対クマスプレーのケースも吊るす。バックパックには水を入れたペットボトルとクラッカーに缶詰、飴ちゃん、救急箱、タオル…こんなもんか。そして武器代わりというわけじゃないが、さっきのバールを持つことにする。なんか出て来ても、振り回せばどうにかなるだろ。うっし、後は帽子をかぶれば準備完了だ。周りをよく見て忘れ物がないか確認、OKだったら荷物を全部アイテムボックスに再収納。最後にもういちど見回してチェック。よし!
「ロビン、オマエはどうする?ボックスに入るか?それとも歩くか?(小声)」
「自分の足で歩きてえ。(小声)」
「んじゃ、くれぐれもしゃべるなよ?(小声)」
「んーにゃ!」
ロビンを従えてバールを軽く振りながら歩いてくと、ミルカが声をかけた。
「ツクル、忘れ物はないな?それじゃあ出発だ。ラハティに帰ろう!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
幾度か休憩をはさみながら歩き続けた俺たちは、日が沈みかかる前にラハティを一望できる丘の上に来ていた。運河らしき川や土塁に土壁、石造りの城壁がぐるりと取り囲んでいるが、その回りにも町が広がっている。
「ラハティは昔から冒険者の多い町だったんだ。だが四十年前、歩いて一刻ほどの距離の丘陵地帯に大規模なダンジョン群が発見されて、それ以後ここを訪れる連中が急激に増えた。今じゃ利便性を考えて冒険者稼業の人間を相手にするあれこれの大半が、ああして城壁の外に集まって『もうひとつの町』をつくってる。」
ミルカが指さしながら教えてくれる。
「安全を考えて、今日のところは門内に宿をとったほうがいいと思うんだが……。ツクル。この辺の金を、コルシーニ硬貨かリッチャルディ硬貨を持ってるか?」
「カネ?ああ、大した量じゃないが碁石大の金と銀がある。両替ができると助かるんだが…」
金は大事だよな。ソロが持たせてくれたのがあるが、価値や交換レートがどんなものかはわからないのでミスリルやその他についてはまだ黙っておこう。
「それなら門外に信用できるヤツがいる。暗くなる前にまずはそこへ行こう。」
俺たちはラハティに向かって歩き始める。いよいよ、異世界生活の第一歩だな。