第六十六話
朝。夜明けと同じくらいに目を覚ましたら、ラッシとシニッカが半分涙目でミルカの説教を聞かされていた。まだやってたんか?締めるのも大事だが、ええかげんにしとかんと今頃の若いもんは本気ではぶてるぞ……ってここ日本じゃなかったわ。まあ、こういうのはどこでも似たようなもんだろ。
朝食のおかゆを仕込んでいたら、テントから出てきたエルケちゃんが調理場にやって来た。
「おはようございます、ツクルさん。今日も採取のお手伝い、よろしくお願いします。」
「おう、体が動く限りはしっかり務めさせてもらうよ。……ところでエルケちゃん、昨夜見たウチの相棒のことだけれど……」
「わかってます、『しーっ』ですよね?ふふふふっ、やっぱり冒険者ギルドの『登録魔道具』ってすごいんですね!」
すまんね、ロビンの変身能力についてはもう少し隠しておきたいんだ。
『五穀粥』『粥の友(ほぐし焼き鮭、炒り卵、梅干、鶏そぼろ、青菜のおひたし、高菜漬け)』『リンゴ、レーズン、レタスのサラダ』で朝食。
時間経過無視のアイテムボックスを活用した食事の回数も重なったので、旬の真裏の食材を生で出してみたものの、ビットナー姉妹も特に驚くことはなし。
「氷室より新鮮に保てるんですか、ほんとうに便利なストレージれしゅね。あの…薬草の保管をお願いするにはいかほどお支払いしゅれば……?」
などとねぼけ眼と寝グセ&ぼんやりアタマでカルラも聞いてくる。
まあ保管するのは別に構わんけど俺も仕事がある以上、必要な時にすぐ用意できるわけじゃないから、その話はもう少し煮詰めてからで。
食べ終わって身支度を終えたら昨日と同様、二手に分かれて薬草採取の現場へ。カルラにはミルカ、ミレーナ、ラッシが付いて少し離れた岩場でナントカいう苔を集め、エルケにはエル、シニッカ、俺が同行して野営地周辺をひたすら歩いて花だの葉っぱだの実だの根っこだのを集めるそうだ。
まーた歩きんぼうだよ。
・ ・ ・ ・ ・
「…それじゃあ、わたしたちが処方している本草薬は、無意味なものなのでしょうか?」
「そこまでは言わない。たとえば今集めてるこのカマクビ草?の葉だって、解熱と倦怠感の緩和というきちんとした薬効があるから集めてるんだろう?どれほどの時間と手間をかけてきたのかは知らないけど、エルケちゃんたち本草薬師の人たちが昔から研究に研究を重ねてきた結果『間違いなく効果がある』とわかってるものもあるんだから、そこは否定できないよ。」
「そうですよね…。」
「ただ、さっき言ってた『生まれて五日目の蚊の目玉』だの『大月十三夜の光を浴びた白猫のヒゲ』だの『泥中の亀が冬至の日に吐いた溜息』だのはやっぱりアヤシイと思うんだよね。『鑑定』したわけじゃないから、断定はできないんだけど。でも、ホントに大丈夫?そういうヘンなのをウリにした薬とか、君のお店で扱ってない?」
「はい!わが家の属する流派は原則として植物由来の薬しか扱わないことを第一に掲げていますし、何より『実効・実利・実益の追及』が信条ですから!」
「エルケさんたちルメール派の薬師ならそのへんは心配いりませんよ。私ども地母神教会とも協力して『偽薬、悪徳の薬を追放する運動』を進めているくらいですからね。」
「ふーん。あ、アタシは干しリンゴなら赤いのより黄色いのがすきかなぁ。だってあっちのほうが甘いと思わない?」
「「「 ……。 」」」
「そ、それじゃあ、あの、鉛や水銀に関してなんですけれど…」
「そっちのほうがもっと大変な問題だと思う。特に有機化合物というかたちになったのを含む薬だったらえらいことだよ。だから即刻やめた方がいい。いや、やめなければいかん。薬を飲んだ者だけでなくその周囲も、最終的には多くの人が何年も何十年も苦しみ悲しむ結果になる。」
「それほどに、ですか……。実は、大きな声では言えないんですけどラハティにもそういった薬を出している人がいると聞いたことがあります…。」
「私ども地母神教会でも七十年以上前から幾度も鉛や水銀の取り扱いに関する通達を出しているのですよ。『食品、水、酒、薬に加えてはならない』『食器、調理器具、医療器具、製薬調剤器具に用いてはならない』『人の口から入るもの、人の傷に触れるものに用いてはならない』などですね。ただ、加工のしやすい鉛を社会から完全になくすのは大変難しいことですし、水銀やその合金の持つ性質を神秘的な何かと誤解した迷信を根絶することもいまだにできていません。悲しいことですが医師や薬師を名乗る人の中にまだ、これらを処方する人たちがいるのも事実なのです。」
「うんうん、アタシもにーっがい野菜だけは絶対たべたくないもんね。」
「「「 ……。 」」」
「み゛ぃやあああああああああああああああ!三人してアタシのことのけものにしてるうううううう!なんかむずかしいことはなしてアタシのことをこばかにしてるううううう!!!!!」
すごいな。小さい子がお菓子売り場とかでやってるのは見たことあるけどそれなりの年齢の、しかも女の子が地べたに転がってイヤイヤしてるの初めて見たわ。
「ツクルはこっち側だとおぼっでだの゛に゛いいいいいいいいいい!!あほー!まぬけー!ちんとんしゃん!なんで自分たちだけで甘いの食べたのさバカああああ!起こしてくれもよかったのにいいいいいいい!」
おいおいシニッカ。これでもオジサンはいろいろ勉強してきたんだぞ?積み重ねてきた知識と経験というものがあるわいな。あと、勝手に「〇〇側」などと俺の立ち位置を決めないでくれるかな。それに食べ過ぎであっという間に寝オチした上に、不寝番の交代から夜明けまでミルカの説教聞かされたってのは自業自得だろう?
「えこひーき!おたんこなす!てけてんぴゅっぽ!うんてれれ!」
はっはっは、何とでも言いたまえ。『年の功とは年の甲』。俺の心の前面装甲は生半可な攻撃ではビクともせんぞ。
「胴まわりのゆる肉!衣替え不可能防寒贅肉!非モテ中年!まんねん独身!娶らず男やもめ!一生ケッコンできない呪い、今かーけたっ!!あっかんべーだっ!」
「世の中には言っていいことと悪いことがあるだろうが!それは悪いことのほうだ!この何か月かでベルトの穴がどんだけ変わったか知ってて言ってんのか!?おい、コラ待て!シニッカ!…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所やルートが良かったのか、はたまた先導役のエルケちゃんの勘が働いたのか。シニッカが一時逃亡するというハプニングはあったものの、昼頃には予想を超える量の素材が集まったので少し早めに切り上げて野営地に戻ることにした。
「こんなにたくさん集めることができたなんて初めてです!エルメーテさん、ツクルさん、それにシニッカさん、本当にありがとうございます!」
「いやいや、エルケちゃんの導きあってこその結果だよ。なあ?」
「その通りです。的確に指示をして下さったから、私たちでもお役に立てたのですよ。」
「あっはっは、それほどでもありませんけどね~」
「「 オマエ/あなた は半分近く逃げてた だろうが/でしょう ! 」」
「……ぶう。」
エルはシニッカを連れて採取した素材の下処理手伝うそうなので、俺はその間に昼飯の支度に勤しむことにする。
昨夜が麺で今朝が粥だったんで、順番的にはパンにしたいところだ。午後からの行動を考えたら、基本的には胃にもたれない少し軽めのメニューがいいんだろうが、ラッシとシニッカみたいな食べ盛りもいるし、何が正解だろう?
アイテムボックスの食材リストを呼び出してまずは在庫の確認、と。
パンのストックの大半は、ラハティとその周辺ではお馴染のフラットブレッド。発酵の手間を省きたいんだろうか、それとも土地柄・お国柄的なものか、俺の知ってるパン屋の半分以上がこういうチャパティかナンみたいなのしか扱ってないんだよな。
「炙ったソーセージとベーコン、レタス、コールスロー、ポテサラ、エッグサラダあたりで『乗せるなり巻くなり挟むなり、どうぞお好きに』でいくか。」
今回は本草薬師なんて仕事の人がいるから『黄金の悪魔』こと『エビス食品の赤い缶』を本格的に使った料理もどこかで出してビックリさせたいんだが、パパッと済ませたい昼飯でやっちゃうのもなあ…。異世界モノの定番パターン(?)だし、「さあどうだ!」みたいな感じで食べさせたいよな。でも試しにポテサラの味付けに使ってみるくらいはいいかも…
……ん?何?何の音?
ふぅああああああああ…
ふぅああああああああ…
あれは……緊急時の警報代わりにとミルカに持たせたエアーホーン!
やばい!
慌てて調理台やらそこらのものやらを片っ端からアイテムボックスに収納していると、エルとシニッカがエルケちゃんを護りながら戻ってきた。シニッカは弓と矢を手にしており、いつでも戦闘に入れる状態だ。
「エル!シニッカ!そっちは!?」
「こちらは大丈夫です!確認しながら戻りましたが、周囲はクリアです。」
おそらく何かの緊急事態ということもあって、ロクな説明もせず連れてきたからだろう。エルケちゃんは怯えた表情で小さく震えている。
「よーし、エルケちゃん。まずは落ち着こう。はい、深呼吸~、吸って~、はい吐いて~…」
あーあ、可愛そうに。泣きかけちゃってるじゃないの。
「ツクル殿、まずはエルケさんを馬車の中へ。」
「よっしゃ。」
ロビンの後部座席にエルケちゃんを座らせ、シートベルトを締めさせたら窓の閉まっているのをチェック。
『相棒!さっきの音は何だよ!?ゾク?ゾクゾクするやつ?パラリラ系珍走団来ちゃう!?』
『いてたまるかよ。ミルカたちに何かあったらしい。警報代わりになればと思って、クマ除けのエアーホーンを渡してたんだ。』
『助けに行くのか?』
『わからん。エルに聞いてみる。』
エルケちゃんに「大丈夫だよ」と笑いかけてから車外に出る。シニッカは左手に弓、右手に矢を三本持ってロビンの荷台に上がり全周警戒の態勢。午前中の仕事から「イヤイヤ」で逃げ出した人間とはとても思えん真剣な様子だ。やればできる子か。いじらんとこう。
カルラたちが向かった岩場のほうを睨むエルに尋ねる。
「救援に行くか?」
「いえ、行くとしても私とシニッカだけで。ツクル殿はエルケさんと一緒にいてください。それに……」
エルは途中で話すのをやめたが、その続きはもちろんわかってる。
『いざという時はエルケだけでも連れて逃げろ』
初日の夜、俺たち冒険者組で話しあって確認したしな。
いざという時は依 頼 主だけでも、依頼主のうち一人だけでも無事に帰す。
そのためにも採取作業中、ツクルはカルラかエルケのどちらかとなるべく一緒にいること。そして逃げるとなったときは万難を排し、脇目もふらず、全力で逃げ切ること。
厳しい話だが、「冒険者としてスジを通す」ためにこれでいく、と。
仲間を置いて逃げるなんざ俺だって勘弁願いたいが、そう決めたんだから仕方ない。それが冒険者の流儀だというのなら、そうするまでさ。
荷台に上がり、シニッカの隣に立って岩場のほうを見る。
「変わったことはあったか?シニッカ。」
「ううん、何も。」
そうか…。
ふぅあ!ふぅあ!ふぅあ! ふぅあ!ふぅあ! ふぅあ!…
ふぅあ!ふぅあ!ふぅあ! ふぅあ!ふぅあ! ふぅあ!…
またホーンの音!
「エル、どうする!?」
「ミルカたちに何かあったんだよ!どうしよう……」
「待ってください!……今のは明らかに、意図的に刻んだ音でした。三点・二点・一点の組み合わせといえば……」
「「 といえば ? 」」
「冒険者ギルドの信号規則では『我、帰還スル』なんですよね…」
「「 へ? 」」
「ですから、音だけで判断するなら今からミルカたちが戻ってくる、と。」
「……たとえば最悪、ホーンを奪った何者かが俺たちを油断させるために鳴らしているとは考えられないか?」
「この辺に出てくるゴブリンにそれほどの知性はありません。それ以外の動物型モンスターだったとしても、あの魔道具を鳴らすことさえできないでしょう。ツクル殿、いつでもロビンを走らせることができる準備だけしておいてくださいませんか。もう少し、様子を見てみましょう。」
エルの表情が幾分和らいだのを見て俺も警戒のレベルを少し落とす。ロビンのエンジンを始動し、エルケちゃんに声をかける。
「びっくりさせたね。どうも何かのトラブルがあったらしいんだけど、エルが言うにはカルラさんたちはここに戻ってくるらしい。だからもう少し待っていよう、きっと大丈夫だよ。」
「はい……。」
外に出てアイテムボックスからバールを取り出し、荷台に上がるともう一度、三・二・一のホーンの音が二度聞こえた。十五分ほどもすると、ミルカたちの姿が見えてきたんだが…
「エル!ミルカがケガしてるよ!」
「見えました!ラッシが肩を貸しているようですね。カルラさんとミレーナは無事のようです。よかった!」
目がかすんでよく見えねえ。トシだな。




