第六十五話
そうさ、「手間がかからん」から俺は鍋にしようと思ったんだ。
でも、いや~な予感がしたんだ。首筋のあたりをつつかれるような変な感じが。
そこで多少手間ではあったがメニューを追加。『カブ(実・葉)とベーコン、梅肉のソテー』『アスパラガス、アーモンド、ナッツの和えもの』を作ってみた。ついでにたき火でソーセージも炙ってみた。さあどうだ。
結果は大正解。
「ツクルさん、次おなっしゃーっす!」
「ツクル!おにくおにくおにくおにく!」
こいつら食うわ食うわ。エルの「腹八分!」ってお説教は耳に届かないらしい。
おい、ちったあ落ち着け。これはわんこ鍋じゃねえし、ここは真ジャパンプロレスリングの寮でもねえ。肉も野菜も入れてやるから待て。
ミルカとエルが仕切ってくれてるからまだなんとか全員に行き渡るようにはなってるが、そうでなかったらこの二人だけで鍋のほうは食いつくしてたかも。
なあ、シニッカ。おまえの体のどこにそんだけ入るんだ?
それにラッシ、いちいちスープを飲み干すな。補充がメンドくさいだろうが!
「ツクルがいると食事が本当に助かるわ~。ねえ、ウチの専属サポーターになる件、本気で考えてみない~?」
前にラッシとシニッカが言ってたなソレ。
ん~、最初に世話になったアンタたちだし、協力可能なときはなるべく協力するってあたりで一つ。
「町のお店でもこういうお食事を注文したら結構なお値段になりますものね。それにお風呂まで用意していただいて、どのようにお礼申し上げればよいのやら。」
いやいや。喜んでいただければ何より。それに薬草採取の勉強させてもらってますから、これくらい。
くいくい…
「ん?……ああ、エルケちゃん。何かあったかな?おかわり?」
「いえ…!いや、おかわりもほしいんですけど、でもそうじゃなくって…あの……教えてもらってもいいですか?」
「教える?何を?」
「昨日のお昼ご飯の時から気になってたんです。ツクルさんの作るご飯っていろんな材料を使ってますけど、ただあれこれ使うっていうんじゃなくて、何か考えがあっての組み合わせになってるんじゃないかと思って……。」
……嬉しい!
俺は今猛烈に感動した!敢えて誰にも言ってこなかったその点に気づいてくれる人が遂に現れた!
いいでしょう!オジサン喜んで教えちゃう。
「その通り。エルケちゃんたち本草薬師さんの仕事とカブる部分もあるんだけど、食材に含まれる栄養素を一応考えて作ってます。そのことに気づいてくれたのは君が最初だ。ありがとう、ありがとう…」
「あら、私も気づいてたわよ~?言ってなかっただけで~。」
「俺もそうなんじゃないかと前から思ってたぞ?」
「隠された意図に気づけないようでは神官としてやっていけません。敢えて口にしないのが美徳です。」
いや、ホンマか~君ら~?
「おもしろそうなお話ですね、私も是非伺いたいのですが。」
カルラも気になる?
「じゃあ、食べながら俺の知ってる範囲で少しお話しましょうか……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家庭科の授業ほどのレベルもあったかどうかわからない、しどろもどろ気味の話しかできんかったけど、食品に含まれる様々な栄養素やその役割という話は、こっちが思ってた以上にビットナー姉妹にくるものがあったらしい。
本草薬師の出番は基本的に「体のどこかが悪くなってから」。ところが薬価が高かったり信用できる腕のいい薬師が少なかったりで手遅れになることも結構多いらしく、それで辛い思いをすることもあるそうだ。そんな彼女らにとって「栄養の三つの働き」「三大/五大栄養素」「栄養のバランス」などの話は、本草薬師の仕事に幅や深みを持たせるヒントになったみたいだ。
この世界の食についての意識は、例外はあるものの「腹が膨れればそれでいい」というあたりでとどまっていることも多い。そりゃ体も悪くなるし、一度悪くなったら治りも遅くなるってもんだ。
漢方医・漢方薬剤師のような彼女らの仕事に栄養士の視点が加われば、今後多くの人の健康のためにできることも増えていくだろう。治癒魔法やポーションみたいな魔法薬のような即効性はなくても、ね。
俺なんかの話がその手がかりになったのなら、それはそれで結構な話さ。
「それじゃあツクルさん、今日の晩ご飯は何を考えて作ったんですか?」
「一番に考えたのは『疲労回復』。疲労回復といえばビタミンB1という栄養素、そしてそれを多く含むのは豚肉や大豆だ。また、においが強いんですまないと思ったけどニラにはビタミンB1だけでなく、その吸収を助ける成分も含まれている。豆乳仕立てのスープに豚肉、ニラの組み合わせだから、これはもう最強と呼んで差し支えないと思う。アスパラガスもそういう効果・効能が期待できる食材だね。シメには麺も食べてもらったから、糖質の補充もばっちり。」
「じゃあ二番目は、二番目は何ですか!?」
おおっと。エルケちゃん、えらいこと食いつきがいいな。目ェきらっきらさせちゃって。
「二番目は……今回女性が多いこともあって、ちょっとばかり美容的なものを考えたかな。『むくみをとる』カリウムとか『美肌・美髪』のビタミンC、β-カロテン/ビタミンAをなるべく摂れるようにしたつもりだよ。あ、そうそう。アーモンドやカブの葉に多く含まれるビタミンEっていうのは『若返りのビタミン』なんて呼ばれててね……」
「「 ツクルさん/ツクル~ 、この仕事が終わってラハティに戻ったら、そのへん詳しく教えて ください/頂戴ね~ ? 」」
やっぱりカルラとミレーナは気になるか。まあ、カルラはそんなに気にしなくても大丈夫だと思うけどな、まだまだ十分若いんだし。
「あら、何か含みのある言い方ね~、ツクル。」
「……ミレーナ、俺はまだ何も言ってないんだが?」
「そうだったかしら?ふふふふふ…」
おっそろしい感度のレーダーですね、ミレーナさん。ぼくの心まで監視するのだけはやめてください、お願いします。
「なるほど。いや、前からオマエの作ってくれるメシは何かちがうと思っていたんだが、そこまで考えていてくれてたとは。礼を言う、ツクル。だけどな…」
だけど?
「俺たち冒険者が仕事中にああなるまで食事を楽しんだら、ある意味おしまいだからな。そこは考えもんだ。」
ミルカが親指で指す方には、満腹でうつらうつらしていたラッシとシニッカがとうとう横になってしまっている。
食べ疲れて寝るとか子供か。
……うん、まだ子供だな。食べ盛り、育ち盛りの青少年だ。
「依頼主の目の前でだらしない姿見せやがって。オマエら、このあと不寝番があるのを忘れてるんじゃないだろうな…」
あ、ミルカがちょっと怖い。
助け舟を出しとくか。
「いいよ、ミルカ。後片付けもあるし、前半はエルと俺で担当しよう。こんな状態でやらせたところで役には立たんよ。いっそしばらく寝かせてやったほうがいい。」
「ツクルさん…あざーす……ぐう…」
「ツクル、ありがと……すぴぃ……」
「あまりコイツらを甘やかしてくれるな、ツクル。」
「なに、俺が一緒にいる時だけだ。それに…」
寝息を立てる二人に近づき、顔の前で手をひらひらさせたり仰いだりするが起きる気配はない。小声で呼びかけてみるが、反応する様子は見えない。
「彼ら迂闊者には、一時の快楽を優先させた場合、また別の快楽を味わい損ねることもあると勉強してもらおう。」
アイテムボックスから人数ひく二人分のカップとスプーン、そして本日の秘密兵器を取り出す。
かつて、釣りの好きなある作家が言いました。
『精神の疲労には酒。肉体の疲労には甘い物。動き回って体が疲れた時はナ、ここのが一番ヤデ。クーラーボックスでキンキンに冷やしたヤツ。タハッ、オイチイ。』
……こうだったと言い切れる自信はないが、たしかそんなニュアンスだったと思う。
どっかで読んだその言葉が頭の中から離れなかった結果、いつかはこういう日も来るだろうと『世界間貿易』で購入しておいた日本橋寿太郎本舗の「美通満め」だ。すまんな、シニッカ。でも寝るのが悪い。
「さあ、諸君。デザートにしようじゃないか。」
まずは缶を開けまして~と
ぱっかん ぱっかん ぱっかん ……
「あの、ツクルさん?」
「何でしょう?」
カルラが指さすのは我が相棒のほう。
「『馬なし馬車』の灯り?がちかちかと点滅し始めたのですが…」
「あ、故障です。無視してください。」
「え?」
ロビン、もう少し待ってろって。飯でもデザートでも持ってってやるから。
ネコ缶開けてるんじゃねえから、落ち着けっての。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食器と調理器具の片づけを済ませ、風呂でさっぱりしたら(ヤバイ、露天樽風呂マジキモチイイ。)今日最後のお仕事、不寝番だ。
ミルカ曰く、
「このあたりは時期と場所から考えて野生動物の類は心配ないだろう。だが、モンスターのほうは用心すべきだ。そろそろ騎乗ゴブリンが騒ぎ始める頃合いだ。アレが湧くと普通のゴブリンの動きも活発になる。昼間の一匹二匹なら問題はないが、夜間に集団で来ると面倒だ。鳴子を仕掛けておくが、気になる時は遠慮なく皆を叩き起こせ。依頼主の安全が第一だからな。まあエルも一緒だから、基本アイツに従ってくれればいい。」
とのこと。
ロビンに食事を摂らせ、「大人しくするとは言ったけどよう、ちょっと寂しいぞ相棒」みたいな愚痴を聞くだけ聞いてやってから焚火のそばに戻ったら、ビットナー姉妹はもうテントに入って休んだとのこと。ミレーナが空を読む限りでは明日も天気は良いようなので、冒険者組は警戒のためもあって外で寝ることに。何だかんだ言って若者二人にきちんと毛布を掛けて寝相を整えてやるあたり、ミルカも甘いと思うけどな。
「計時縄に火をつけておく。結び目四つで交代しよう。」
ほほう、この縄がじわじわ燃えてどれだけ時間が進んだかわかる、と。OK、四つ目で起こさせてもらおう。こそっとふーふーふーしたりせんから、心置きなく寝ててくれ。
ミルカとミレーナが毛布を被ってしばらくすると、微かな寝息が聞こえ始めた。ラッシとシニッカから聞こえてくるのは、鼾に近い音となんだかむにむにいう音。
「屋根のないところでこんなに簡単に眠れるってのは、ある意味才能か何かだよな。」
「最初のうちは無理でも一年もすれば皆このようになります。まあ、ラッシとシニッカは天賦の才だと私も思いますが。ツクル殿、うっかり寝てしまわないように、時々お互いに声を掛け合いましょう。」
目が冴えるほどではないが眠くもならない、そんな取るに足らない話をエルと交わし、縄が結び目二つまで燃え尽きたあたりでコーヒーを淹れることにする。セットしたパーコレーターからのぼるコーヒーの芳香が熾火のにおいと混ざってあたりに漂う頃、相棒がガマン(?)できなくなったのかネコ形態でやって来た。
「ロビン、『トラックらしく』は飽きたのか?(小声)」
「飽きたわけじゃねえけど、つまんねえ。少し相手しろよ(小声)」
小さく舟をこいでいたエルにコーヒーのカップを渡すと、俺のズボンの裾にまとわりつくロビンに気がついたようで一瞬驚いた様子を見せ、ビットナー姉妹が就寝中のテントを見た後、立てたひとさし指を唇に当ててウインクしてきた。
敷物に座って調理台代わりの荷箱に背を預けると、ロビンは俺の腿の上にへそ天で寝っ転がりゴロゴロ言い(鳴き?)始めた。なんだよ、そんなに寂しかったのか?コイツ、この、うりうり。
腹をわしゃわしゃするたびにバンザイしてゴロゴロくるくる言う相棒がおもしろいので、つい夢中になってしまった。気がつけば、しゃがんで俺たちを見つめる少女の目。
「……エルケちゃん……?いつからそこにいたのか……にゃあ?」
エルぅ~、早く教えろよ!君は一体何を警戒して……
「ぐぅ……。」
寝てるわ。




