第六十三話
当然覚悟はしてたけど、正直なところ薬草採取がこんなに辛い仕事になるとは思わなかった。
俺にとっては不慣れな仕事だから、というのを差っ引いても限度というものがあった。キャンプしながらノビルだツクシだフキだクレソンだヨモギだと集めるのとはわけが違ったわ。
眼前一面に広がる、誰かに怒られそうだけども「雑草」と一言でまとめたくなる緑の中から目当ての一本を探すんだぜ?無茶でござる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よくさあ、ファンタジーもので薬草集めっていったら子供とか初心者の仕事じゃないですか。俺みたいなおっさんがそんな仕事してたらさ、
「ケッ、どけよ『草刈り』!」
「いつまでもそんな事しててみじめだとは思わないンスかあ~?ゲッヘッヘ!」
って意地の悪いデブとモヒカンに足引っ掛けられたり蹴られたりするわけじゃん?
でも違ったんだよ、俺の来ちゃったこの世界は。
薬草集めっていったらね、もう完全にプロの仕事なの。素人の出る幕はないの。ラハティのギルドに登録してる冒険者の中にはコレ専門でメシ食ってる連中だけで百人ちかくいてさ、そのおよそ三割くらいがちょいと名の知られた高収入ランカーだっていうんだから。
「薬草集め」ってのは新人や力ない者を罵倒する言葉じゃなくて、自然についての広い知識と深い経験、険しい山野を駆け巡る体力と技術、跋扈するモンスターを単独でも叩きのめす力を併せ持った「真のプロフェッショナル」に贈られる称号だったのよ、ここじゃ。
俺も知らなかったもんだから
「なにも運送仕事にこだわる必要なんかなくて、薬草採取でもしてりゃいいじゃないか。つか、『大鑑定』もあるしそっちのほうが簡単で安全そうだよな。」
くらいに簡単に考えてさ、ギルドでついうっかり聞いちゃったのよ。
「なあ、テキトーに時間さえかけりゃそこそこ稼げる薬草集めの仕事はないか?あるんだろ?新人のガキンチョがやるようなヤツ。」
……あの時の受付嬢の『うわ、コイツ殴りてえ~』って顔を、俺は地球に戻っても忘れないと思う。で、軽い説教と一緒にその辺の事情やらなんかを教えてもらったわけだ。
人命や健康に直接関わる薬草採取は決して新人冒険者がやるような仕事ではなく、ギルドでは基本的にそれ専門でやってる連中にしか依頼をまわさないこと。
仮に「これ集めて来たんだけど、ソッチで買い取ってくれねえ?」と持ち込まれても、ギルドは薬種問屋でも本草薬師でもないから鑑定はしないし、通常業務だけでも忙しいのに素材の買い取りなんてやってる暇はないということ。
採取した素材の買い取りは南区に集まる仲買人や各種の問屋、門内の専門店に直接持ち込むか、月の十 日に立つ市で売るのが一般的だ、ということ。
などなど。
「そうかあ…。じゃあさ、誰かについて薬草採取の仕事を教えてもらうってことはできないか?俺のアイテムボ…ストレージとか食堂のこととかは結構知られてるんだろう?ついていくだけでも役には立つと思うんだが…」
「うーん…採取系を専門にやる人たちって、自分のナワバリに他人を入れたがらないのよね。確かにツクルさんのスキルはいろいろとおいしいんだけど、だからってそう簡単に同行させてくれるとも思えないのよね。だって、それならそういう仕事の依頼があってもいいものなのに一度もないんでしょう?」
「言われてみれば…。ちょこちょこいろんな仕事のお声がかりはあるけど、薬草採取は呼ばれたことないわ。」
「でしょ?だからもう今まで通りの仕事でいいじゃない。」
「でもなあ、やっぱり魅力的ではあるんだよな。儲かるんだろう?この仕事。」
「そりゃあね。働くのは月の半分いかないくらいで、あとはのんびりって人もいるわよ。奥さんも子供もいて家まで建ててるのに。」
「羨ましい!それこそ俺の理想の暮らし方じゃないか。なあクララ、頼む。取りあえず目先の報酬なんていらん、アシもメシもこっちで用意する。薬草採取のイロハのイだけでも教えてくれそうな、そんな仕事を探してくれないか?」
「『仔羊とジャム』…」
「どした?」
「『仔羊とジャム』でお食事しないとクララちゃん死んぢゃう……!」
「ちゃんってトシでもあるまいに…」
「ああ?今なんつった?」
「いえ、何も申しておりません。ではこの件、うまく運びました暁にはお食事にお誘いさせていただきたく。」
「そこまで言うんじゃ仕方ないですね、誘われてあげましょう。おほほほほ。たしかさっき、『灯りを点す者』が本草薬師さんの採取行の補助と護衛の依頼を請けていたと……あ、あった。…ところでツクルさん、本当に儲けはいらないんですね?」
「男に二言なし。」
「…ミルカさんのことだから、ツクルさんが同行したいって言ったら受け入れてくれると思うんだけど…。はい、これ。依頼主の薬師さんの住所。お昼を食べてから打ち合わせに行くって言ってたから、急いで行けば合流できるわよ。それと……これね。」
「これは?」
「特別同行研修証。『勉強のためにそちらの仕事にご一緒させてください、その代わり報酬は一切いりません。死んでも文句は言いません。』っていう大事な紙きれ。これがないとただの割り込み・横取りって思われちゃうから。」
「すまん、クララ。恩に着る。」
「お食事の件、期待して待っておりますわ。おーっほっほっほ!……」
という流れを経て依頼主の元へ向かい、幸いなことにその途中でミルカに合流。「仕事の幅を広げたいから同行して勉強をさせてほしい」と研修証を見せて頼み込むと、真っ先にラッシとシニッカが
「「 よっしゃああ!移動手段と食事確保! 」」
と大喜び。エルとミレーナの二人も
「少々下世話な話になってしまいますが、ツクル殿に来ていただければいろいろ経費の削減にもつながりますし…」
「たまには携帯口糧以外の食事もしたいかしら~?」
と援護射撃をしてくれたこともあって同行を許された。ただし、
「『研修証』持ちということは、完全なタダ働きになるがいいのか?」
とのこと。いいですとも。
こうして『灯りを点す者』+大食いの合同チームで、本草薬師ビットナー姉妹の依頼を請けることになったんだが……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っくぁあああああ!目が、目と頭が疲れた…っす……心も……」
野営地に着くなり、ラッシがぶっ倒れた。
昨日の「お花畑できゃっきゃウフフ、たくさん採れましたわお姉さま」的な白騎士草摘みと今日の採取とでは勝手が違いすぎたからな。若いぶん体力に自信のあるラッシでも相当こたえたと見える。もっとも、こいつの場合はビットナー姉妹にいいところを見せようと張り切りすぎたからではあるんだが。
「あーんなに探し回ったのに、たったのこれだけだもんね。」
座り込んだシニッカが抱える籠に集められた今日の成果は泥だらけの根っこが十二本。歩いた距離や堀り出す手間を考えたら、確かに「たった」などとも言いたくなる。そんな様子とは裏腹に、カルラとエルケの顔は実に明るい。
「何をおっしゃるんですか、エルラトリアの根が一日でこんなに採れるなんて滅多にないことですわ。皆さんのおかげです!すみませんが、この根は手早く処理をしないと価値が下がってしまいますので、また後程……♪」
午前中に作っておいた仮設の作業場に籠を運ぶカルラの足取りは実に軽そうだ。
元気だね~、あの娘。今日一日は別行動だったけど、それでも俺たちと同じかそれ以上に歩き回ったんだろうに。
「あら、ツクルたちも帰ってきたのね。お疲れさま~。はい、どうぞ~。」
一足先に戻っていたミレーナが冷たい水のカップをくれた。
…んごっきゅ…んごっきゅ…んごっきゅ……
美味いッ!
水ってのはアレだ、冷たいというただそれだけでご馳走だね。
「んはぁ…ごっつぁん。ミレーナ、そっちはどうだった?目当てのものは見つかったか?」
「ええ、もうミルカが大張り切りだったこともあってね。木に登ったり穴を掘ったり、木に登ったり岩を持ち上げたり木に登ったりとすごかったのよ~」
ミレーナよ、姪孫大活躍だったのが嬉しかったのはわかるが落ち着け。
説明が雑だし、あと木に登るのが多い。
それだと今日のアイツは綺麗な娘さんが近くにいて大興奮のただのモンキーコングだ。
「おう、お疲れだったなツクル。随分バテたみたいだが、大丈夫か?」
「何とかここまで自力で帰れたよ。それに、三十五歳を過ぎたら…」
「「 疲れと痛みは明日以降。 」」
ということだわね。
「なんというか、『薬草集め』がプロの仕事だと実感する一日だったよ。正直、甘く見てた。エルケちゃんの先導がなかったら、歩き損の一日だったかもな。あの娘スゴイよ、体力・持久力・観察眼・集中力とどれをとっても一流だと思う。見習いとはいえ、本職は大したもんだ。」
「だけど、それを知るために着いてきたんだろう?よかったな、いい勉強だ。…でだ、今晩だが無理はしなくていいんだぞ?」
「無理って何が?」
「メシだよメシ。オマエの相棒に乗せてもらうだけで、俺たちもカルラ嬢たちも儲けもんなんだ。そこへもってきて仮設とはいえ彼女らの作業場を誂えて、そのうえ食事の支度までなんて心苦しいというか…」
「気にすんなって。こないだやったダンジョン内拠点の仕事で思いついたことがあってな、いろいろと試してみたかったこともあるんだよ。それじゃ、本格的に動けなくなる前にパパッとやっちまいますか。あ、そうだ。『心苦しい』なんて思ってくれてるんなら、ちょっと手伝ってもらえないか?」
「任せろ。」
さあ、俺も戦闘開始だ。




