第六十二話
この場を借りまして、誤字をご指摘くださいます方々にお礼を申し上げます。
「…でも本当によろしかったのですか、ツクルさん。私どもはそんなに沢山の報酬をお約束することはできないのですが…」
「お気になさらず。薬草採取の仕事を勉強させてもらえれば、俺は十分ですから。それよりも、もし気分が悪くなったら遠慮なく言ってください。停めて一休みしましょう。」
「はい、ありがとうございます。ふふふ。花冠祭の時に見た、あの『馬なし馬車』にこうして乗っているなんてまだ信じられませんわ…」
助手席に女性を乗せて走るというのは実に気持ちがいい。
そういや日本にいた頃、相棒に最後に女性が乗ったのっていつだっけ?
あ、アレだ。結婚を控えた同僚の引っ越しの時。
「婚前旅行にしたんだけどね~、オーストラリアなの~。みーくんがね~、すっごいキレイなトコロに連れて行ってくれるんだって~!きゃー!」
なんて、大量のハートを周囲に撒き散らしながらノロケてたな。帰国後の第一声、
「何がツ〇ホタルよ!ただのウ〇ムシやんか!」
ってブチ切れ気味でベジマイトとカンガルーのωポーチを投げてよこしたっけ。
みーくん、やらかしよったよな。
男の考える『キレイな自然』と、一般的に女性の考える『キレイな自然』は往々にして違うということを知らんかったんだな。
……今はいいや、この話。
窓を全開にすると若葉の匂いを含んだ風が車内を通り過ぎていく。息を吸う、ただそれだけで幸せになるような気持ちのいい風だ。隣に座る女性は時折「ほわぁ」なんて可愛らしい声を出して、人生初のドライブを楽しんでくれているように見える。
最高の時間だ……
「ねえねえ、ツクルも干しリンゴ食べる?はい!」
まあ、二人きりなんて色っぽいもんじゃないんですけどね。
俺の隣に座っている女性はカルラ・ビットナー、二十四歳、職業は本草薬師。本草薬師ってのは主に植物を原料とする薬で傷病の治療を行う仕事だそうで、現代日本なら漢方医、漢方薬剤師みたいなもんだろう。後部座席でシニッカと一緒に遠足おやつを嬉しそうに食べているのが彼女の妹でエルケ、十四歳。今は見習い薬師なんだと。
この時季、本草薬師は夏の流行病の予防薬を作るために特別な植物を探して野山を歩き回るそうなんだが、話を聞いてみればこれがまあハードなこと。
その植物の生育地はあっちゃこっちゃに散らばっているうえに、ほとんどはモンスターの多く出没する地域と重なる。しかも彼女らのような若手は「ギョーカイの仕来り」で、町から遠く離れたところで採取することしか許されないときた。
そこで冒険者ギルドに採取行の護衛を依頼したんだが、彼女らの提示した日程・予算で都合のついたのが『灯りを点す者』だけだったと、今は荷台でミレーナに膝枕してもらって寝込んでるミルカに聞いた。
今日はそんなにトバしてないんだけどな。どうしてあんなにすぐ酔うんだろう。
ん?なんで俺までひっついてるのかって?
ちょっと考えるところってヤツがあってね、俺の希望に沿う仕事がないかクララに相談したら
「儲けなんてまったくないと思うけど……本当にいいのね?」
と念押しされた上で、ミルカたちに同行するよう勧められたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ツクルさん、見てください。これが私たちの探している白騎士草という薬草です。製薬に用いるのは花の部分だけですので、花柄ごと摘んで下さい。」
「この辺ですね……こんなカンジで?」
「お上手です。それではお手数ですがお手伝い下さいますか?」
「喜んで。」
いいもんだなあ。
時にはこういうのがあってもいいんじゃないでしょうか。
この世界に来てからというもの、俺のまわりの女性といえば大概はたそがれ通りのおばさんズ&ばあさんズで、付き合いのある冒険者関係にしても小動物、美魔女、女狸、アマゾネス、姉御、鬼、わんこ、不機嫌貧乳、要領よしの妹系と変化球ぞろいにもほどがある。「正統派」ってのがいなかったんだよな。別に色恋や肉体関係を求めてるわけじゃないが、やっぱり彩ってのはどこかで必要だよ。
一時間ほどもすると籠一杯の花が集まり、カルラはそれを地面に広げた布の上にばら撒いた。独特の酸っぱい系のにおいがあたりを包む。
「この陽気ならすぐに乾きますので、今日中にもう一か所まわれそうですね。ツクルさんのおかげです。」
「いえいえ。それじゃあ花が渇くまでに昼飯をすませましょう。カルラさんたちはどうぞミルカたちと一緒に休んでいてください。」
「本当に何から何までありがとうございます。」
ラッシが作っている休憩スペースに歩いていく姉妹の背中を見ていると頭に響く相棒の声。
『よう、あんまりだらしなく鼻の下のばしてんじゃねえぞ。』
『え、そんなに伸びてた?』
『おう。もうさ、こうビロ~ンと、ネロ~ンと、テロ~ンと。』
『マジか……。』
今回ロビンはトラック形態のみでの参加ということにした。また、勝手知ったるミルカたちはともかく、依頼主の姉妹を驚かせるのも悪いと思ったので「発声おしゃべり禁止」ということにもしてある。拗ねるかと思ったんだが、
「俺もトラックらしくしてる時間がないとな。お客の前じゃ大人しくしといてやるよ。あ、でもメシは忘れんなよ?」
だとさ。はいはい、忘れませんとも。
それは兎も角、アイテムボックスから調理器具一式を取り出してセッティング。
「さて、戦闘開始といきますか。」
まずはカセットコンロに置いた鍋に水を張り、適当な大きさに切った鶏のもも肉をIN&点火。
湯が沸くまでの間に他の具材も準備しなきゃだけど、俺の場合は冷蔵庫より優秀なアイテムボックスの「時間停止効果」があって、暇な時にカットしておいたのを大量にストックしてあるからここはラク。いちょう切りにしたダイコンとニンジン、そして忘れちゃいけない干し椎茸。今日はどんこ(肉厚)のいいヤツですよ。これらも投入、そして椎茸の戻し汁も忘れず鍋に。ゴボウは…やめとこう。
沸騰したらアクを取って、久源総本家・釜の屋「野菜だし」とチキンスープの素を投入。本来なら「いりこ」か「かつお」のだしでみそ仕立てにするべきなんだろうけど、外国人の好みに合わないこともあるので、彼らにも親しみのある味付けでいこう。
そして大事なのはここから。
手前、取り出しましたるは予て用意の小麦粉をぬるま湯で練りし塊。
手を水で濡らし、軽く精神集中…
…ゆくぞッ!
ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる ぽい のばすの忘れた ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい あきてきた ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす ぽい ちぎる のばす…
刀削麺だと思ったそこのアナタ、残念でした。
そもそもこの俺にあんな真似できるか。
いや、ひょっとしたら誰かセンセイ呼び出したらできるかもしれんけど。
軽く煮立たせてブツが浮いてきたら塩と醤油少々で調味。OK。
さあ、『だんご汁改・一型甲』の出来上がりだ。
「お待たせ…というほど待たせてもないか。あれ、ミルカは?」
「ずっと寝込んでいたのが情けないから挽回するって言ってどっかに行っちゃったっすよ。」
おいおい、もうメシだってのに一体何を?どこ行ったんだよ。
「すぐに戻ってくるから心配いらないわよ。あ、今日のお昼はスープなのね~。冷めないうちにいただいちゃいましょ?」
「そそそそそ。ミルカだもん、心配しなくても大丈夫だって。」
本当にいいのかなあ…などと思いながらも椀に注ぎ、小口切りのネギを振って渡す俺。まあいいさ、女性を待たせるわけにはいかんから。
「味が物足りないと思ったらゆず胡椒もあるからご自分で適当に。たぶん食べられるものにはなってると思うんだが、ムリそうなら言ってくれ。一応パンやらの準備もしてあるから。はい、カルラさんにエルケちゃんもどうぞ。」
「「 ありがとうございます。 」」
「むっはぁ~、つるつるのむにむにのぴろぴろでおもしろい~、なにこれ?」
「野菜もたっぷりで体にもよさそうね。あら、干し茸を使うなんてやっぱりツクルはわかってるわね~。」
「パスタ入りのスープですか、確かにこれならお腹にもたまります。ところでツクル殿、ユズコショーとは初めて聞く名前ですが、胡椒というからにはこれもなにかの香辛料なのですか?」
さすが、エルは何にでも興味を持つな。
「俺の故郷の伝統的な調味料でね、胡椒なんて言ってるが実はトウガラシさ。ユズっていう柑橘と一緒にすりつぶして塩を混ぜて寝かせて作るんだ。辛いししょっぱいから、少しずつ入れて調えたらいい。」
「…かっら……水……ツクルさん、水……」
ラッシはやっぱりラッシだな、人の話を聞け。あ~あ、その椀にスプーン一杯も入れたのかよ。そりゃ辛いわ。
「ほら、水。それにちょっとスープを注ぎ足しとこうな。」
「あざっす。すんません…」
さてカルラさん姉妹は、と。
「いかがですか、お口にあいましたか?」
「ええ、とても美味しうございます。それに普段は妹と二人の静かな食事ですから、今日みたいに大勢で食べるのが楽しくて。」
「それはよかった。エルケちゃんもご満足いただけたかな?」
「はい!あの……おかわりください!」
「畏まりました、お嬢様。」
皆のお代わりだの水だのをサーブしたら、今度はロビンのメシの支度。支度って言ってもネコちゅ~ぶの封切ってグローブボックスに入れるだけなんだけど。
『ロビン、いつもの『ささミックス』と『鯵の味』でいいか?』
『ん。それとさ、相棒がさっき作ってたの俺もほしい。ちっさいお椀でいいから。』
『OK、後で持って来よう。それよりも一人で寂しくないか?』
『バカにすんなよう、こちとらガキンチョじゃねんだぜ?そっちみてえに騒がしいのよりは、こうしてのんびり昼寝しながらのランチタイムも偶にゃいいもんよ。』
君、一日のほとんどは昼寝してなかったっけ?まだ昼寝が必要?
相棒のリクエストを無視するわけにもいかず、だんご汁の用意をしていたら彼のお方が両手に草?の束を抱えて戻ってきた。
「遅くなったな、すまん。だがいいものが見つかったぞ。ツクル、水桶をくれないか?」
水ね、はいはい。桶と言わず馬尻と言わず、水ならいつも樽で持ち歩いておりますよ?
ミルカは持ち帰った草を水でじゃばじゃば洗い、腰の鞘から抜いたナイフで切り始めた。
なーにやってんだろ?
「あら、戻ったのね。」
食後のうとうとから目を覚ましたミレーナがミルカの椀の上に手をかざし、「加熱」の短い呪文を唱えて中身をぱぱっと温め直す。手慣れたもんだ、さすがだな…
あの、一応言っとくけど最近は俺もできるようになってるんだからね?
あのちょいハズな「魔力回路ダイレクトコネクタ・魔鉱龍鱗甲ギルベリオン(エクトル&オスモ命名)」を着けて気合UP&魔力回路接続シークエンスを挟まなきゃならんのが面倒だからやらないだけで。
できるんだからね……?
仕事を終えたミルカは、布の上に水滴のきらきら光るエシャロットみたいなのを山盛りにして持ってきた。なんじゃこりゃ。
「そろそろ時期なんで探してきた。コリュオテクスの若根だ、美味いぞ。」
「あら~、久しぶりね~。」
「やった!今日はデザートなしかな~なんて思ってたんだよね。いっただきまぁ…(しゃくり)…おいしいぃいいい~!」
え、俺だけこれが何か知らんの?
そんなときは『大鑑定』。
ていっ
【コリュオテクスの根】
コリュオ科の多年草コリュオテクスの若根。甘酸っぱく食感はセロリ、香りは梨に似る。採取者の丁寧な仕事により、鮮度はよく瑞々しい。ラハティ近郊の春の風物詩。
ほうほう、いわゆる「野食材」ってヤツですか。
「すごい!ミルカさん、これだけの根を集めるとなると随分歩き回ったんじゃないですか!?お疲れさまでした…」
「いや、駆け出しのころは腹が減るとよくお世話になったんでな。今でもコイツを見つけるのだけは誰にも負けん自身があるだけだ。」
…あれ?カルラの様子が俺の料理のときとなんか違う。
「コリュオテクスは別名『一人立ち』とも言って、二本以上が近い場所に生えることのない植物なんです。それをこんなにたくさんなんて!しかも全部大玉で食べごろのものばかり、さすが白銀板章の方は違いますね!」
「いや、そんなことないぞ?簡単なもんだ、ははははは…」
あ~あ、若い娘さんに褒めてもらったからって四十男があんなにデレデレで鼻の下ぁ伸ばしゃあがって、みっともない。
…つまり俺もああだったと。年齢的にも大して変わらんと。
反省。
つか、そうかあ…
本草薬師なんて仕事をしてて野食材採取のことが料理のことよりわかるから、食いつきがこうも違うということね。もちろん、車酔いでダウンしてたぶんを取り返そうとミルカも頑張ったんだろうけど。
悔しくなんかない!
わーかい娘さんにちやほやされて「い~な~」とか思ってない!
ちくしょう!…(しゃくり)…うまいよ、このコリナントカ!
『相棒……おれにもだんご汁……』




