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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第六話



 準備をしている間、冒険者パーティ『灯りを点す者』の五人は俺のことをじろじろ見続ける。やりにくい…。

 十五分後、無事にコーヒーが出来上がる。 俺の使ってるパーコレーターは四人用なんで、一人当たりの量はちと少なくなるがそこはご容赦願おう。紙コップにでも注いでやるかと思ってたら、五人が五人とも自前のカップをさし出してきた。


「さすが冒険者、用意がいいな。でも、いいのか?どこの誰かもわからん奴の淹れた茶を飲んで。アンタたちをどうにかしてやろうと毒入りかもしれんぞ?」


 悪戯心が湧いて軽くからかってみると、ミルカが笑いながら答えた。


「さっきアンタがその…戦鎚(ピック)?を構えるのを見たが、そんなに場数を踏んでるわけじゃないだろう?それに、アンタは人を騙して何かやってやろうってヤツの()をしていない。そんな男が『華草紋付白銀板章』の冒険者をどうにかできるとも思えんよ。」


「…すまん、冗談だ。」


 さし出されたカップに順にコーヒーを注いでやる。レディファースト&年長者優先で注いでたら最後になったラッシのぶんはちょっと量が少なくなった。勘弁しろ。


「いいよ、気にしてない。それより……これが『異国の茶』か。」


「…真っ黒っすよ?インクかなんかじゃないんすか?」


「なんかコゲ臭いみたいなにおい…」


「きっと何かを炒って作ったお茶じゃないかしら?」


「…………クンクン………ひょっとして?」


 反応は五者五様。


「まだ熱いから気をつけろ。一口飲んでみて駄目そうなら吐き出しても構わん。甘くした方が好きなら、この練にゅ……砂糖と牛の乳を混ぜたヤツを入れて、かき混ぜてから飲んでもいい。」


 練乳のチューブとスプーンとをテーブルに出すと、五人は一斉に顔を見合わせてからほぼ同時に一口だけ飲んだ。


「あっつ…にが…」


「おぉおおおお…こりゃあ…」


「うえええ、マズい。」


「うん、やっぱりこれってお茶みたいな葉っぱじゃなくて別のものを炒ってるわよね?木の実?それとも何かの根っこ?」


「…………………え?ホントに?…ホントに?」


 俺は練乳のチューブをとってフタを外し、シニッカのカップに落としてやった。


「そのスプーンでかき混ぜてから飲んでみな。味が変わってるぞ。」


 シニッカは言われたとおりにカチャカチャかき混ぜてから一口、今度は舐めるみたいに口にした。


「……ぺろ……!ふーふー…こく…!あま~い!これなら飲める!」


 シニッカは甘くしたのが気に入ったらしい。


「本当か?よし、俺もやってみる。」


「ツクルさん、勘弁してくれ。俺にゃムリっす。」


 ミルカは練乳のチューブを恐る恐る自分のカップに絞りだす。ラッシは無理か。まあいいさ、無理強いはせんよ。後で口直しに水でもやろう。


「落ち着いて飲めばこの苦みもいいものと思えてきますけどね。それにこのままでも微かに甘みも感じますわよ?」


 ほう、ミレナはわかるじゃないか。などと感心してたらエルメーテとかいう神官が興奮して立ち上がった。


「ツツツツツツ、ツクル殿と申されましたな?あなたコレをどこで手に入れられた!?」


 胸倉掴む勢いとはこのことか。っていうか掴まれてる。アンタ聖職者だろ?暴力ヨクナイ。何をそんなにヒートアップしてるんだ?


「落ち着け、エル。どうした、さっきから様子が変だぞ、オマエ。」


 ミルカがエルメーテを座らせるが、彼の興奮はおさまりそうもない。なに?なんかヤバイことやっちゃったの俺?アレか?過去にコーヒーに両親を殺されたとか、幼馴染の女の子をコーヒーに奪われたとか?


「ツクル殿、これはもしや『ハウカ』ではございませんか?」


「「「「ハウカ?」」」」


 何それ?


「私たち地母神教会の神官は皆、総本山で最低二年の修行を積む義務があります。その修行の中で一番の苦行と呼ばれているものがありまして、それは七日七晩徹夜で祭文を唱えて神を讃え、お山に十八ある聖堂に踊りながら毎日参拝するというものなのです。」


「ヒュウ、死にそう…。俺にゃムリすね。」


 ラッシは口笛を吹くと肩をすくめた。俺もそう思う。学生時代も社会人になってからも徹夜の経験はあるが、七徹はないなあ。っていうか人間って不眠の限界が十日くらいって聞いたことあるな。しかもなに?十八あるお堂?に踊りながら参拝?いろんな意味で結構ギリギリだぞ、その修行。


「早い者で二日目、遅い者でも五日もすれば体や心に何かしらの不調をきたすようになります。そんな時、修行者に対して振る舞われるのが『ハウカ』と呼ばれる飲み物なのです。これを飲むと、それまで調子の悪さもどこかへいってしまい、また元気に修行に励むことができるという大変貴重な薬湯なのです。」


「じゃあエルは、わたくしたちがいただいたこの『異国のお茶』がその『ハウカ』だと言うの?」


 ミレナがカップを揺らしながら中のコーヒーをしげしげと見つめる。


「断言はできません。落ち着いて考えてみれば、よく似た別のものかもしれませんし…。ですが味や香りはよく似ているのです。ツクル殿、この『お茶』が一体何なのか、よろしければお教え願えませんか?」


 俺は正しくはこれは茶ではないことを告げ、故郷では普通に飲まれてるもんだと断わったうえで、コーヒーに関して知ってることを教えることにした。南の暑い地方に生える植物の実から種子を取り出して乾燥・水洗した後、焙煎してから粉に挽き、水や湯で抽出してつくること。基本的には三品種だが交雑させることで新しい品種もつくられていること。産地によって味や香りがそれぞれ異なること。などなど。

 するとかなりの部分でコーヒーと『ハウカ』とが似ていることがわかった。違うのは実の色とか品種の数くらいしかないらしい。


「なあエル、じゃあコレってすっげえ高価だったんじゃねえの?」


 俺に気づかってか、後ろ手に中身をこぼしたラッシが空のカップを指でくるくまわしながら訪ねた。


「ええ。今の話からツクル殿の淹れてくださった『コーヒー』と、私の知っている『ハウカ』はおそらく同一。ツクル殿の故郷では『ハウカ』を『コーヒー』と呼んでいるのでしょう。だとすると、これだけの()()ですから……このカップ一杯でおよそ500ガラくらいはするかと…。」


「「「「はあああああっ!?」」」」


「ううわ!マジで!?俺捨てちゃった!勿体ねえ~…」


「や~い、ラッシのおろかもの~。ニカちゃんのはあげないからね~。」


 後ろにできた小さな水たまりを見て泣き言をいうラッシをシニッカがからかう。


「うふふふふふ、哨戒(パトロール)の最中にまさかそんな高級品をいただけるなんて、今日はツイてるわね~。」


「500ガラっていったらそこそこの宿で二、三泊はできるぞ。しかもそれがこんなカップ一杯の価格とは…。」


 嬉しそうにコーヒーを飲むミレナと、カップの中に残るコーヒーを見ながらどこか深刻そうな表情を作るミルカが対照的だ。エルメーテは…おう…


「……そうですよね~。予算はあったはずなのに、用意できたハウカがたった()()()()ってのはおかしいと思ってたんですよね~。…仕方ないから文字通りの()()()に水増しを重ねてガマンして…。きっとこういうのが本当のハウカの味なんでしょうね~。先輩に聞いてたほどの効き目もなくて、私たちがどんなに苦労したか…。あれあれ?それならあの時、なぜ予算が余らなかったのかな~?…」


 うん、地母神教会とかいうのはここ何年かの帳簿を再検査したほうがいいかもな。あとエルメーテ、今オマエさんが出してるオーラは聖職者が出していいものじゃない。しまえしまえ。


「とんでもないものをよばれちまったなあ。礼を言うよ。」

 

「気にせんでくれ。さっきも言ったろ?俺の故郷じゃ普通の飲み物だ。子どもの小遣いでも買える程度のな。」


「じゃあツクルさんよ、今度会ったらもう一度淹れちゃくれねっすか?次は絶対最後まで飲み干すから!」


「わ、私も是非お願いします!…もちろんお手持ちに余裕があれば、で結構ですから…。」


「あら、エルはともかく()()()()のラッシくんにはちょっと難しいんじゃないかしら~?」


「や~いこどもラッシ~」


「オマエだって()()()()にしなきゃ飲めなかったんだろうが!」


 いつものことなんだろう、追っかけっこでじゃれつくラッシとシニッカを「またか…」みたいな目で三人が見てる。

 残りのコーヒーを惜しそうにずずっと啜ったミルカがこっちを向いて尋ねた。


「なあツクルよ、おまえさんいったい何者だ?『故郷を離れて旅の途中』だと言ってたが、どこへ行こうというんだ?それに荷物の山はあるのに、馬車も荷車も見当たらん。どういうことだ?」


 おおっといよいよその質問がきたか…。



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