第五十七話
第1回 ツール・ド・ラハティ
SS1 ラハティ ~ サロネン村
SS2 サロネン村 ~ ラハティ(市内コースあり)
SS3 ラハティ ~ バタネン村
SS4 バタネン村 ~ ラハティ(市内コースあり)
SS5 ラハティ ~ カンクネン町
SS6 カンクネン町 ~ ラハティ
SS2、SS4の市内部分を除き、コースはすべて未舗装。ここ数日間の好天により路面の状態はドライで土も締まっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おいツル公、もうすぐ最初の通過確認地点のサロネン村だ!俺たちがイチバンだからよ、遠慮しねえでビッといけ!ビッと!」
助手席のファビオが窓から身を乗り出して叫ぶ。俺らがトップを走ってるのはわかってるからさ。なあ、ハコ乗りは危ないからやめてくれないか?
「ぼーっとして落っこちるんじゃねえぞ耳長!後ろの二人みたいに大人しく座ってたほうがいいんじゃねえか!?」
「だーれに向かって言ってやがんでえニャン吉!第二ダンジョンの最深部、『疾風竜の回廊』に比べりゃこんななあ屁でもねえや!ア、ホレ!ホレホレホレホレ!」
とうとうタコ踊りまで始めやがったよ。それにロビン、あんまりこのノボセを煽るんじゃない。
「なあオスモ、トール爺!なんとか言ってやってくれ!さっきから危なくってしかたない。落っこちたら『エルフのトマト和え、完熟ザクロ添え』だぞ?アンタたちだってそんなの見たくはないだろう?」
「すまないねえツクル。ああなったファビオはアタシたちにも止めようがないからねえ。」
「なに、出がけにギルドハウスから高めのポーションくすねてきたからの。多少のケガは心配せんでもええ。それよりもツクル、オマエさんはしっかりこの『馬なし馬車』を走らせんか!ええか、決してスピードを緩めるでないぞ!ほりゃ行けえ!!」
駄目だ、この暴走ジジイども。
あーもう!こうなったらヤケクソだ!
「ぱりら ぱらりろ ぱらりろれ~! ぱりら ぱらりろ ぱらりろれ~!」
(「馬の生首」でお馴染みの映画のテーマ曲をくちホーンで演奏しております)
「お?調子出てきたなツル公!いいぞ!もっとやれ!ひゃひゃひゃひゃ!」
疲れるわぁ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
市外に設けられた三か所の通過確認地点のうち、最初のサロネン村には問題なく(俺が精神的に疲れる、というのはあったけど)仏智義理で到着。オフィシャルはこのレースの主催・共催者である三ギルドの職員が合同でやっていたが、
「いょおおしッ!よくやったツクル!このままゴールまで一気にぶっ飛ばせ!勝ったら俺の奢りだ!(冒険者ギルド職員)」
「ふざけんな!王立軍の急行伝令並みかそれ以上の早さだぞ!?あー、母ちゃんスマン!馬で金儲けしたヤツぁいねえってのは本当だったんだな……(運送業ギルド職員)」
とテンションの差が大きい。つかオフィシャルならまずそっちの仕事しろや。賭け事に興味がないのか、妙に冷静な商業ギルドの職員氏から確認の魔墨印を押したカードを受け取りロビンを走らせようとすると、
「ツクルさん、ドン亀によくよく注意なさった方がいいですよ。」
と意味深な言葉。やめろよ、そういう展開。
だけど嫌な予感ほどよく当たるのは世の習い、かなりの差をつけて走っていたはずなんだがバタネン村で爺さんズがトイレ休憩をしている間に予想現在位置を示すボードを見るとなぜか後続との差がかなり縮まっている。いや、縮まっているというより追いつかれかけてる?
「なあ、ロビン。俺たち、ここまで随分ブッ飛ばして来たよなあ?」
「おうともよ、100キロ以上出したところもあったぞ!気持ちよかった~」
「それでさ、何で差が広がらずにむしろ縮まってるんだ?」
「ふにゃ?ホントだ……後続トップが12番ってことは……あのジャガイモヘッドなんて、もう姿が見えてくるかも知れねえところにつけてるじゃんか!やべえぞ相棒!」
戻ってきたファビオたちを乗せ、慌ててコースに戻る。爺さんたちのキレが悪いせいでかなりのタイムロスになってるかもしれん。もともと乗り気なレースじゃなかったが、それでもあんな連中に負けるのってのは具合が悪いし、気分もよくない。
しばらくは道なりのコースが続くそうなので、ガキどもの驚異的追い上げについてファビオたちに聞いてみる。
「なーんで後ろが詰めてきてんのかだと?けっ!ツル公、オメエはそんな簡単なことにも気づかねえお人よしかよ?」
「わかるワケないだろ。こっちは事故を起こさないよう、それでもギリッギリのカリッカリで走ってるつもりなのに追いつかれてんだぞ?」
「そうだねえ……。ツクル、オマエさんは『運送業者』にとって大事なこととは何だと思う?」
「そりゃ、目的地に無事に荷物を届けることじゃないのか?」
「かっかっか、それはもちろん大事じゃが、もひとつあるじゃろうが。」
「もひとつ?」
「早く届けることじゃよ。ここまで言えばわかるじゃろ?」
「あ!相棒、俺わかったぜ。」
「…………まさか、近 道?」
「やっと気づきゃあがったか。性根が腐ってるガキたあ言え、連中も一応は一年働いてきた馬方の端くれ。このあたりの道のどこをどう通りゃいっち早えかってことくれえ知ってて当たり前だろ。」
「え~マジか……昨日のルール説明で三ギルドのマスターが『紳士的にやれ』って言ってたじゃないか!?」
「だから、『紳士的に人の見てないところでやってる』んだよ。おわかりかい?」
頓智か。卑怯か。某運送会社のトラックか。アイツら狭い道でもイッツーでも平気で突っ込んでくるもんな。いや、そうじゃなくて。
「じゃあ、これから差はもっと縮まると?」
「まあ、後半のコースは近道のできそうな場所はないし、観客の目も多いからさすがに近道はもうできないだろうけどねえ…」
「かえって形振り構わん別の手を使いよるじゃろの。ツクル、気を抜くなよ?」
勘弁してくれ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初は「ベリト」と書かれた札を掲げて右手の親指を立てた旅人だった。
無視した。
次は道の端に車輪の外れた馬車を停めて、その横で泣く男だった。
これも無視した。だって、周りの観客がみんな笑ってるんだぜ?
その次は露出度の高い服に身を包んで悩ましい(?)ポーズでくねくねする、左右の位置が違う乳房を持った金髪の妖怪だった。
轢殺コースで突っ込んでやろうとしたら、ガニ股走りで十数メートル疾走した後にスッ転んで頭部の脱皮に成功したようだった。次もやったら異世界に転生させてやるからな。帰れ、ハゲ。
いや、悪さなら悪さらしくもっと真面目にやれよ。芸人か。「形振り構わん」の意味が違うわ。
「オスモ、アイツら金はねえわ親から見捨てられるわで散々なハズなのに、協力者が多くないか?」
「今回のレースは賭けの対象になっちまったから仕方がないねえ。それだけ皆、少しでも儲けてやろうと必死なのさね。」
ラハティ市内に設けられた特設コースに入ってもガキどものサポーターによるアレコレが続く。
衛士隊っぽい服を着たオッサンによる裏道への誘導。
爺さんズからの「指示に従う必要なし」との言葉で無視。
きわどい衣装を着た娼館のお姉さんたちによる「三連たゆゆんの舞」。
後ろ髪を引かれながらも歯を食いしばり、血の涙を流しつつ無視。
あれが嫌いな男がおろうか たわわに並んだ大玉メロン
スレ違いざま鑑定すれば 右から順にE、F、G
ありがたや 勿体なや ありがたや 勿体なや
道に広げた布の上に泥まみれのペン軸を並べて泣きながら拭く子どもと腕組みしてそれを見るオヤジ。
「店がツブレて給料が現物支給、故郷に帰りたくてもアシ代がなくて途方に暮れてます」ってんだろ?今時どこの縁日でも見んわ、そんなん。
酒場の前にテラス席をつくって大騒ぎしている一団は、ジョッキやら酒瓶やら串焼きやらを掲げて誘ってくる。生唾飲み込む爺さんズの
「ああ、あの瓶は『ホワイト・ドラゴン』!しかもむこうは『ビーバー・カーニバル』じゃないか!」
「チッ、『ハッピー・カムズ』まで!なんてぇ卑怯な手を使いやがる…」
「のう、せめて『タートル・テイル』だけでも一口飲んで行かんか?」
という声を無視して進む。どっかで聞いたことのある酒だな、オイ。
……駄目だ妨害組ら。石だの生卵だのぶつけるとか、コースに糞尿ばら撒くとかしろと言うわけじゃないが、どうにもやることなすこと牧歌的だ。
「そりゃオメエ、祭りにケチつけるわけにゃいかねえだろが。連中も半分あすびなんだよ、遊び。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教会前広場で二回目の折り返しをしたら通過確認地点で暫定順位と予想現在位置の確認。オスモが言った通り、ガキどもは近道ができなかったせいか俺との距離がまた開いている。
「相棒、このペースなら俺たちトップでゴールできるんじゃねえか?」
「一つ、二つヤバイのはあったけど、妨害も思ったほどじゃないしな。とっとと終わらせちまおう。ところでロビン、かつお味でいいんだろう?」
「おう!腹へっていけねえよ、早くしてくれ!」
グローブボックスに封を切ったネコちゅ~ぶを入れて閉じると、燃料計(?)の針がハーフタンク近くまで動く。もう一本食わせとくか。
「いい調子だな。『特異魔道具』がガキどもに負ける失態は見なくて済みそうだ。」
副マスが空いた窓から差し入れの果汁水を渡してきた。ごっつぁん。
「近道に度重なる妨害、こんなレースだとは思わなかったよ。」
「金が動けばそんなもんだ。ところで、その妨害に関して一つ耳に入れておきたいことがある。」
眉間にしわを寄せ、声を潜めて顔を近づけてくる副マス。今日は悪い予感が当たる日なんだ、ヘンなこと言うなよ?
「ガキどものリーダー、スタート前にオマエを煽ったピーターってヤツがいただろう。アイツの父親の姿が見えん。」
「ソイツがちょっかいかけてくると?何者だよ、いったい。」
「ちょっかいで済めばいいが…。ヤツは元・商業ギルドの幹部でな、デ・コルト一派の大物だ。」
うへあ、まだアレ絡みでなんかあるのかよ。
「冒険者ギルドや現体制の商業ギルドを敵にまわして喧嘩する度胸があるとも思えんが、落ち目のバカは何するかわからん。ゴールするまで気を抜くな……と言うことをフレデリクソンさんたちにも伝えたかったんだが、何処へ?」
「連れションだよ、連れション。トシだから仕方ないんだろうけど『近いの』と『長いの』と『キレないの』とでひっどいタイムロスだ。」
「ふむ……トイレのほうに姿はなかったが……」
やきもきしてたら、えらく怒った様子の三人がぶつぶつ言いながら戻ってきた。
「遅いぞファビオ、出発するから早く乗ってくれ!サブ、三人には俺から伝えとく。」
きやすめヘルメットを被らせ、シートベルトの確認をしたらエンジンスタート。食事を終えてロビンのほうも気合充実だ。
「どこ行ってたんだよ耳長!せっかくのリードが無駄になっちゃうじゃんか!」
「ああ?こっちにゃこっちの事情ってモンがあんだよ、事情が。」
「トイレにはいなかったって、副マスが言ってたぞ。どこで油売ってた?」
「油じゃねえ、酒だよ酒!」
ひょっとして、さっきの酒場前のあの一団のところに行ってたのか?え、バカなの?レース中だよ?
「うめえ酒食って景気づけだと思って行ってみたらよ……」
「こともあろうにみーんな客寄せ用の空瓶じゃったわ。」
「ああいう意地の悪いことをしちゃいけないよねえ。あんまり頭にきたもんだからさ、ファビオと二人であの酒場に悪臭魔法を強めにかけといたんだよ。三日くらいは魚のハラワタの腐ったにおいがするだろうねえ………ざまあみろ。」
アイツらがやったのは妨害。アンタらがやったのも(営業)妨害。
コロナきらい。




