第五十六話
花冠祭最終日の朝、地母神教会前広場には多くのラハティ市民が集まった。急遽開催の決まった1DAYレース、『ツール・ド・ラハティ』のスタートを見るためだ。控室代わりのテントから外の様子を覗き見ると、大きな板とその前で大声でしゃべる男を大人数が十重二十重に取り囲んでいる。
「さあ、出走までの時間も残り少なくなってきたよ!起死回生の大金星を狙うならとっととここへ来て賭けて頂戴、車券は一口10ガラだよッ!ハイサそこいくお兄ちゃん、不景気なツラぁしてねえで一獲千金小遣い倍増三倍増の勝負に出ちゃどうだい!?……」
何度か競馬場や競艇場に行ったことはあるけれど、まさか自分が賭けの対象になる日が来るとは思ってもみなかったな。しかし、教会のド真ん前で朝っぱらから堂々と賭場を開くとか、そんな不道徳極まりないことしてもいいのかね?この世界の道徳観念はどうなっとるんだ?
「……いや~、最近はとみに小便のキレが悪くなっていかんのう。」
「おや、十年も前からそんな言葉を聞いてるような気がするんだがねえ?」
「いっくらトシたぁ言え、我が朋友ながら情けねえ!もっとこう、ビビュッと出してチャチャッときれるように普段から臍の下ぁ鍛えとけよコノ!おう、ツル公待たせたな。軽量化してきてやったぞ!」
天幕を開けて入ってきたのは、本レースで俺のコ・ドライバー(運転は俺しかできないから、昔風のナビゲーターのほうが適格かな)を務めてくれる「たそがれ通りの三羽烏」「伝説の冒険者パーティーのお歴々」こと、エルフのファビオ、骨董屋のオスモ、隠居のトール爺の三人だ。
「ああ、おかえり。…なあ、様子はどうだった?」
「様子?」
「あのガキどもだよ。昨日のルール説明のときはずいぶんイキがってたけど……」
花冠祭初日の乱入の時はそれなりに殊勝な態度ではあったけど、一夜明けた昨日はどっかの「新成人」みたいにオラついてやがったからな。
「まあ、半分くらいはダメだろうね。昨日の威勢のよさは影も形もなくなって、青い顔で馬のご機嫌取りをしていたよ。あれじゃあロクに手綱を引くこともできないだろう。」
「オマケにアイツら、普段使っとる荷役用の輓馬ばーっかりじゃったからのう。何であれで競争して勝てると思うたのか……」
「どうもテメエで転がる魔道車両はせいぜいが祭の山車くれえのスピードしか出ねえと誰かに吹き込まれたみてえだな。しかもその誰かさんはご丁寧にも同じ話をそこら中に広めたらしくてよ、さっき聞いてみたら俺らのオッズが50倍を超えてやがったぞ?どいつもこいつもガキどもが勝つって踏んでらぁ。」
ヴァルテルはよっぽど小遣い稼ぎをしたいらしい。そういう操作をするんなら早く言ってくれってんだ。俺もラッシに車券買うよう頼めたのに。
「だけどよう、チンタラ走っても勝てる相手だってわかってちゃつまんねえよ相棒。」
既にトラック形態に戻って待機中のロビンがライトを点滅させてぶうたれる。ギルマスの指示通り、夜明け前にここに来たら
『特異魔道具の披露目とはいえ、観衆の前でネコが変身するところまで見せたんじゃ別の騒ぎになる。テント中であらかじめ馬車……トラックだったか?になって、呼び出しまでは大人しく待ってろ。』
と言われたからだ。
「ギルマスが言ってただろ?俺たちにとっちゃ正直なところ、勝ち負けは二の次だって。」
そう。当初は俺にとって何の利益もないレースだと思っていたが、一昨日の酒の席でギルマスが話した内容に一応は納得できる点もあったんだ。
以下回想。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「……オマエには案内役としてこちらのトールさんたちについていただくわけだが、レース当日は『迷宮会』にも何人か出張っていただくよう話もつけた。」
「あのジイさんたちにも?何でまた?」
「前にも言ったかもしれんが、『特異魔道具』はその価値の高さゆえにタチの悪い連中に狙われることも多い。冒険者ギルドが相手でも、身の程知らずのバカがオマエらに手を出してこないとは限らん。そこで、トールさんたちをはじめとする『迷宮会』がオマエのケツ持ちについている、事実はともかくとしてそういう風に周囲に見せるんだ。少なくともラハティ周辺の人間で、あの皆さんを相手にコトを構えようなんてヤツはいない。」
「……そういう話なら確かに俺は助かる。だけど、トール爺たちはいいのか?」
「おぉん?ワシらは別に構わんよ。アンドレイは風などと言うたが、ワシらは同じ通りの住人同士じゃないか。これも近所の助け合いじゃな、かっかっか!」
「それに『迷宮会』のほうも別に心配はいらないよ?実を言うと、あっちにもオマエさんを気に入ってる奴が多いのさね。」
は?認定試験のあった日に一緒に酒飲んだとか、あとは金床亭か小槌亭で何人かに偶々会ったくらいしかつながりはなかったと思うんだが?
「オメエ、この町に来てすぐにダンジョン崩落に出っくわしたろう?」
「ああ。それが何か?」
「あの晩、トーシロは帰れっつった金床亭主人に『友人の助けになりたい(キリッ)ギルドまで連れて行け(凛!)』なんて言ったそうじゃねえか。ひゃっひゃっひゃ、カッコイイぞオイ!」
え?いや、そんなことも言ったような言ってないようなちょっと違うような……
「モンスターが出てくるかもしれない扉の前では『……死んでも知らんぞ……』『望むところ。』なんて芝居みたいなやりとりもあったそうだねえ?」
おい、ちょ、いや、待て、そんな話をどこで?うわ、顔が熱くなってきた!エエ年して恥ずかしい!
「かーっかっかっか!古 参はみな地獄耳じゃからのう、おもしろそうな話はいつの間にか知っとるもんじゃ。んでオマエさんのその話を聞いてのう、『若いのにいいタマだ』と気にかけておるのよ。」
ほっほぇあ~!!恥ずか死ぬ!十四歳の頃に書いてた『第十三世界旭道神祇式法術』ノートを見られたくらい恥ずか死ぬ!!BOOKS親分・汐吹店でアレなナニを物色してるのを見られたくらい恥ずか死ぬ!
「それに、出張ると言ったって喧嘩の加勢みたいな物騒な話じゃないからねえ。ちょいと看板見せるだけだというんだから、それ位でいいのならと話がまとまったのさ。」
「よかったなツクル、面白エピソードが身を救ったぞ。ぷすっ……」
笑うな副マス。あと「面白」とか言うな。必死やったんやけん。
「正直な話、レースの勝敗よりもこっちのほうが大事だと俺は思ってる。いいか?せっかく皆さんが顔と名前を貸してくださるとおっしゃってるんだ。これから先、無事で過ごしたいのなら上手く立ち回れ。いいな?……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
以上、回想おわり。
勝手に流れを組まれてたことなどに対する不満はあったが、これからも安全な生活を送っていくためにここはひとつ、『ぼくにはめいきうかいのおじさんたちがついてるんだぞ~!へへ~ん!』としっかりアピールさせてもらおうじゃないか。
んなことして大人のクセに恥ずかしくないのかって?
ある女性漫画家が言ってたよ。『生き残るコツは、その場その場で最高権力者の後ろにまわること』って。いい言葉だ。含蓄が深い。俺もそうありたい。
「ま、アレでえ。今日のレースでツル公もこのあたりの道を覚えりゃ、今後の仕事の幅も広がるってもんだ。俺たちゃ粛々と走って粛々と勝ちゃいいんだよ、粛々と。な、ニャン吉。」
「粛々ねえ……」
あんだけやり合ってた二人(?)なのに炬燵じまいを少しでも先延ばししようと結託したらしく、今はそれなりに落ち着いている。動機が不純だ、オマエら。
「じゃが……あの黒猫がこの『馬なし馬車』になって、しかも喋るとはのう……。なんぼう『特異魔道具』と言うてもほどがあるぞ。」
ファビオとオスモには事前にロビンの正体を明かしてデモ走行にも付き合ってもらったが、トール爺にはついさっき見せたばかりだからだろう、何とも怪訝そうな顔をしている。
「アタシも何とか見抜いてやろうと思ったんだけどねえ……諦めたよ。こりゃムリだ。人智を超えた何かの御業としか思えんのさ。」
「…オマエに見抜けんものがワシに理解できるわけはないな。ならばよし!ロビンじゃったの?今日は宜しく頼むぞ。」
「おう。相棒にゃああんまりムチャな運転しねえように言ってあるから、もしも気分が悪くなったらすぐに言いなよ、爺さん。」
「すまんの。」
トール爺がロビンの車体をポンと叩くと、副マスがテントの中にやってきた。
「そろそろ出番だ。前の幕が開いたらゆっくりスタート位置まで移動しろ。トールさんたちは、すいませんがそこまではコイツの荷台に乗って移動してください。」
ファビオたちを荷台に乗せ、運転席に乗り込みキーを捻る。この世界に来てからというものトラックとしてのロビンは日々少しずつ進化(?)成長(?)しているらしく、ついに日本にいた頃のような
ぶろん!からからからから…
というディーゼルエンジンらしい音はしなくなった。今は
ばるらぉおおおん!ぶろっぶりぶりぶりぶりぶろっぶりぶり…
と、WRCかル・マンにでも参戦すんのかオマエは?みたいな勇ましい音を立てている。ちなみに『大鑑定』でスペックを確認すると…
直列4気筒トリプルモード魔道内燃機(過給機付)
出 力:380kw/約500馬力
トルク:1300N・m/約130kgf・m
だってさ。タイヤも心もち太く大径になってるような気がするし、サスやブレーキの具合は一度カリカリで走らなきゃわからんが、ドライバーが俺でなければダカールとかでも勝てるかもしれん。後ろの三人に耳を塞ぐよう言ってから軽くアクセルを踏み込むと、即座に
ッばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッん!!!…
というレスポンス。悪くないな。ファビオが耳を塞ぎ、笑ってるようにも見えるしかめっ面で叫んできた。
「ツル公!ニャン吉!うるっせえぞコンチクショウ!!もう少し静かにできねえのかよ!!」
「うるせえったってこれが素なんだから仕方ないだろう!!」
どうにもしようがないわいな。それに運転する俺としてはこのほうが少し楽しいんですけどぉ?
「仕方ならあるぜ、相棒。」
は?
「エアコンの横のほうに新しいダイヤルがあんだろ?そいつを『S』ってほうに合わせろよ。」
……これか?見たことのないダイヤルだな。『S』だからこっちにまわす……と……おお?
ぶりぶり音が消え、ひぃぃぃぃいいいいいいんというモーターの駆動音みたいなのに変わった。何じゃこりゃあ?
「市街地を静粛に走るためのサイレント・モードって言うらしい。さっきまでの『R』が文字通りのレーシング・モード、んーで『C』が重量物運搬用のカーゴ・モードだってさ。」
至れり尽くせりか。つかどこまで進化すれば気が済むんだ。
「今のワイバーンの腹下しみたいな音は何だ!?」
副マスが天幕を跳ねのけながら聞いてきた。バケモンの腹下しじゃねえよ。
「何でもないよ。んじゃ行こう、ロビン、ファビオ、オスモ、トール爺!」
「「「「 応! 」」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者、商業ギルド職員の先導に従い、観衆の中をゆっくりスタート地点まで進む。
俺はなーんも知らなかったわけだが、爺さんたちの『颯』とかいうパーティーはやはり、このラハティじゃ相当なものらしい。話題の魔道具『馬なし馬車』にも当然注目は集まるわけだが、荷台の三爺も同じくらいかそれ以上に集まった連中の目を引いている。
「スゲエな、本当に馬なしで車が走ってるぞ!」
「荷台を見ろよ!『風斬り』に『見抜く目』、それに『奔流』?」
「『颯』が三人も集まるとはどういうことだ?まさか、現役復帰……?」
「いや、なんでもあの黒いのを転がしてる若……くもねえ奴ってのが『迷宮会』の秘蔵っ子らしい。」
「んじゃ遂に新メンバー募集か?なあオイ、誰か死んだって話聞いたか?」
「アレ?あいつ、確か去年の年末に浚 渫やってた赤銅じゃ……」
おうおう、いろいろ聞こえてくるぜい。進む道のところどころにはどっかで顔を見た爺さんが立ってて、右手の拳を突き出してくる。事前の連絡通り、そっちのほうを向いて左手で胸を三回叩くと観衆からはやや大きな驚きの声が聞こえてきた。
「おい、『正拳に三叩胸』ってことは……!?」
「クソッ!老人会の関係者かよ!ガチのヤツじゃねえか!しまったぁ~……小遣い全部ベンヤミンとこのボウズに賭けちまった!」
「いや勝負はまだわからん!俺なんかカカアのヘソクリまでつぎ込んだんだぞ、ガキどもにゃ死ぬ気で走って勝ってもらわにゃ困る!」
はっはっは、スマンな諸君。せいぜいヴァルテルの財布が膨らむのを手伝ってやればいい。文句は運送業ギルドへどうぞ。
「…相棒、なーんかアイツらの関心は俺らじゃなくて後ろの三人に集まってねえか?」
「何だよ、不満なのか?」
「そこまでじゃねえけどよう、本来は俺のお披露目だったんだろ?それなのにあの反応はちょっと納得いかねえよう。」
気にすんなよ、そんなこと。
30分ほどかけたおねりで教会をぐるりとまわり、再度広場に到着。アホガキどもの馬車(運送用のものじゃなくて一頭か二頭立てのチャリオット?繋駕車?『ベン・ハー』のアレの弟分みたいなヤツ)も揃ってるようだ。オスモたちが言っていたように連中の馬車を曳くのは太目な脚でノンビリした顔つきの輓馬ばかり。まともに速歩ができるかどうかだってあやしそうだ。
スタート位置に着いたら一旦降りてファビオたちにアイテムボックスから出したヘルメットを渡す。
「もしものことがないとは限らん。気休めみたいなもんだが、一応乗る前に被ってくれ。それと顎紐はきちんと締めること。」
「随分軽いヘルムだねえ、大丈夫かい?」
「じゃがこりゃ首が疲れんからええのう。」
オスモとトール爺は後部座席へ。ご老人なので尻と背もたれにクッション代わりの毛布を挟み、シートベルトを締めてやる。本当はコースに組み込まれた村を仕事でまわることもあると言っていたオスモにナビを頼みたかったんだが、ファビオがどうしても前に座るのを譲らなかった。子どもか。
さて俺も乗りこむか、と思ったら小さめの歓声が上がって一台の馬車が隣に停まった。確か、アホガキどものリーダーでピーターとか言ったか?
「オッサン、勝手に巻き込んですまねえな。」
おう、すまねえと思うんなら今からでも遅くはねえから主催者にワビ入れて棄権しろ。財布も置いていけ。あ、中身はないんだっけ?んじゃイラネ。
「だがアンタに勝てば、その『馬なし馬車』に勝てば俺たちは自由になれる!」
ああそうですか。裁判所は一年って決めたらしいが、オマエらみたいなアホウはもう三年くらい親方んところで修行してもいいと思うぞ、俺は。
「親方の暴力に怯えることもなくなるし、こんな馬糞まみれの服で年中過ごさなくてもよくなるんだ!」
そのジャガイモ頭はやっぱりアレか、親方の指導の結果か。いい親方じゃないか。心の底から尊んで敬えよ?
「今日は本気でいかせてもらう。見ろ、アンタに勝つため特に選んだ馬だ。」
ほう、確かに他の連中とは違うな。サラブレッドほどカッコよくはないが、多少は軽快そうだ。なんつったっけ、クォーターホース?あれっぽいな。
「ある人から教えてもらったぜ。冒険者ギルドに認定された馬なしで走れる魔道具馬車っつっても、せいぜい人が曳く荷車くらいの速さしかねえんだってな?」
オマエ、ものの見事に騙されて焚きつけられてカモにされとるぞ。ホントにそんな程度のオツムで世に放たれて大丈夫か?おいちゃんはそっちのほうが心配だよ。
「そこのこきったねえ黒いポンコツがどんだけ走れるのか知らねえが……」
ぱちゅん!
おや?どこかでE弦の切れるような音が…
『こきったねえ黒いポンコツ……』
「そこの、アンタのケツ持ちの老頭児若作りがどれほどのモンだか知らねえが……」
ぶづん!びつん!
おや?今度はA弦とG弦の切れたような音が…
「老頭児若作り……」
「勝つのは俺たち、いやこの俺だああああああッ!!!」
へーへー、威勢のよろしいことで。ま、お互い頑張りましょうや。
「…だそうだ……?おい、ロビン?ファビオ?」
「耳長、今の聞いたか?」
「ニャン吉、わかってんだろうな?」
どうしたオマエら!?
【出走表】
車番 名
1 「ノーモアボーリョク」
2 「サケガノメルゾー」
3 「ウチアゲホエール」
4 「アイラブタニヤ」
5 「カイザーエンペラー」
6 「イヌパンチ」
7 「ツケテヨホシヨッツ」
8 「パンチラショット」
9 「ミダラスコーピオン」
10 「ロードチャンプ」
11 「トンガリハムスター」
12 「ピーターキング」
13 「ブラックロビン」
14 「ランランカーニバル」
15 「ストームブリンガー」
16 「シゴトエスケープ」
(オッズ)
1:「ピーターキング」 3.3
2:「ランランカーニバル」 4.9
3:「パンチラショット」 5.4
・
・
・
14:「ブラックロビン」 45.7
15:「ウチアゲホエール」 46.1
16:「シゴトエスケープ」 75.0




