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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第五十五話



 中央教会前の広場に設けられた特設会場。州東部では十年ぶりの特異魔道具認定とあってギャラリーの数は多い。ラハティの市民はもちろんのこと、近隣市町の冒険者ギルド関係者や魔導師、蒐集家、好事家の類までそれなりの数が集まっているらしい。

 俺はステージ下の椅子に座り、おすましして式の始まるのを待っている。

 むこうのクララに


『いつまで待たせる気だ?まだ始まらないのかよ?』


と視線を送ってみたら


『参事会の人が遅れてるみたいなのよ。もう少しそのままで!』


なんてブロックサインを送ってきた。春とはいえ屋外はそれなりに冷えるし、式が始まったらトイレにも行けなくなるだろうからと、今朝からメシはもちろん水の一滴も飲んでないんだぞ、こっちは。早く終わらせて小槌亭か金床亭に駆け込みたいぜ……。


 会場を取り囲む見物人たちを改めて見回すと知ってる顔も見受けられる。何度か仕事をしたことのある冒険者はこっちがすましてるのをわかっててヘン顔で笑わせようとしてくる。子どもか。

 それに、あれは深紅の(クリムゾン・)短剣(ダガーズ)だな。となりにはヘルマン氏と……あの美人がまさかウワサの奥さんか?え、マジで?コルネリアの姉くらいにしか見えんのだが。びっくりしてレベッカがスカート姿なのをスルーするところだった。うん、いいんじゃないか?そのリボンもよく似合ってるぞ。

 ……なあ、俺が心の中で思ってるだけだろう?


『何か文句あるんスか?ああ?』


みたいな目で見るな。

 あっちは……お、ミルカたちだ。年末に尋ねた時に会った姪っ子ちゃんも連れてきてんのか。だから……シニッカにラッシ!オマエたちまで何でヘン顔グループの仲間入りするの?ヤメレ。って姪っ子ちゃんまで!?結構大胆な娘なんだなオイ。


 それにむこうは……


「「「 ツルちゃあ~ん! 」」」

 

 今日も安定平常運行のおばさんたちだ。そんな声かけられたら苦笑いで手を振るしかないじゃないか。ああ、ほら。周りのみんなが「しょうがねえなオバサンは」みたいな顔で笑ってら。


 そうこうしているとギルド職員がギャラリーをかき分けて参事会の連中を連れてきた。議員の皆さんは愛想笑いをふりまきながら来賓席に座っていく。ギルマスがまわりを確認して合図を出すと進行役のマティアスが手鐘をからんからんと鳴らして式の始まりを告げた。


「皆さま、本日は冒険者ギルド・ラハティ支部主催の『特異魔道具』ならびに『特定所有者』認定式にお集まりいただき、誠にありがとうございます……」


  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・


 州の役人による知事祝辞代読、参事会議員や隣のベリトの町のギルドマスターなどの来賓あいさつを経ていよいよ本題の『特異魔道具及び特定所有者』認定式。ステージに上がった俺に、一張羅を着こんでややひきつり気味の表情を浮かべたギルマスが認定証となる盾を頭上に掲げた後で渡してきた。


「……俺だってここまでやってるんだ……お前も笑え……(小声)」


「……それ笑顔だったのかよ……観客の中に女房の不倫相手でも見つけたのかと思ったぜ……(小声)」


 ギルマスがやったのと同じように盾を頭上に掲げて、少しぎこちなく笑うとギャラリーの拍手と歓声が聞こえてくる。


ぱちぱちぱちぱち ヒューヒュー ぱちぱち おおおおおおお

「すげえぞ大食い!」 「いよっ、赤銅板章の稼ぎ頭!」

わあああああ ぱちぱちぱちぱち 

「ツルちゃん、おめでとう!」 「地獄に堕ちろ!ヘンタイ乳マニア!」


 ……最後のは絶対シャールカだろ?人前でそんな破廉恥なこと言うなよ。


「それでは引き続きまして、今回『特異魔道具』と認定されました、当ギルド所属冒険者ツクルの所有する『馬なし馬車』のお披露目にうつりたいと思います。お集まりの皆さま、お手数ではございますが地面に引かれた白線の向こうまでおさがり下さい。」


 マティアスの言葉で一部のギャラリーが後ろに退くと、訓練課程の少年冒険者たちがロープを張ってデモ走行用のスペースを造り始めた。ちょっとした駐車場くらいの広さができたなと思ったその時、ギャラリーを押しのけて異様な集団が現れた。


「おうおうおうおうおうおうおう!おもしれえことやってんじゃねえかよお、兄サン。俺らも仲間に入れてくんねえかなあ……?」


 年の頃十八、九くらい?ジャガイモみたいにぼっこぼこになった坊主頭に剃り眉フェイス。馬糞らしき何かで汚れた仕事着を着た、十人くらいのどうにもこきったない連中だ。その姿を見た途端、ギルマスがステージを飛び降りて大音声で叫んだ。


「何しに来やがったクソガキどもがあああああッ!!また去年みてえに赤っ恥晒した上に、親に迷惑かける気かアッ!?今度は本気で潰すぞッ!!祈りの終わったヤツから見当つけてかかって来いやああッ!!」


 ああもう、ほら。おっかないおじさんが騒ぐもんだから、あそこの子供が泣き出したじゃないか。


「おい、マクファーソンとこの坊主!お前、まだこんなヨタ公ども集めて愚連隊の大将気取りか!?いい度胸だ、まずはお前から引導渡してやるからさっさと前に出てこんかああああ!!!」


 ギルマスの名指しを受けて、クソガキども(仮称)の輪の中から一際いびつな頭の形をした男が歩み出る。両手ともズボンにポケットインでがに股歩きのアホウ(仮称)はギルマスの前まで来ると…………靴を脱ぎ揃えて地面に膝をつき、それはそれは見事な作法の土下座で謝った。


「スンマセン!完全に出方を間違えました!後でコイツらきちんとシメますんで、どうか!どうかオレらの話を聞いてください!お願いします!!」


 何じゃコイツら……?


  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・


 副マスをつかまえて聞いてみれば、このクソガキどもこそ去年の流血騒動の原因だった。

 多少腕っぷしに自身があったこのアホウどもは祭りの陽気に浮かれて演武の最中の広場に乱入、そこにいた連中に片っ端から難癖つけて喧嘩をおっぱじめたんだと。ギルマスは「大()()」と言っていたが、実際は一方的な「殺戮」とか「虐待」とか「公開私刑」みたいなもんだったらしい。すんでの所で一命を取り止めて牢にぶち込まれたバカどもだったが、こともあろうにコイツらの親は引き取りを拒否。処遇に困った衛士隊が参事会と裁判所の協力を得て市内で()()()()()()()運送業者に身柄を預け、一年近く「真人間になるための更生努力」「最低限の衣食住のみ面倒を見る、無報酬の強制労働」をさせてきたそうだ。ああ、それで服が馬糞塗れなのか。


「オレら、毎日キッツい仕事をする中で、今までの自分の行いを振り返り、どんだけバカなことをしたのか心の底からわかりました!本当に、本当に申し訳ございませんでしたああああっ!!」


 気がつけば全員が一糸乱れぬ美事な土下座で頭を下げている。んーで何でまた今日のこの場に出てきたのかというと……


「あれから一年、オレらは生まれ変わりました。自分を律し身を修めて、今じゃいっぱしの馬方として働けるくらいに成長したと思ってます。それを証明するためにどうか……どうかそこのオッサンと勝負させてください!そしてオレらがそのオッサンに勝ったなら、努力を認めて家に帰らせてください!」


 一部ギャラリー(たぶん去年を知る冒険者ギルドの関係者だ)から小石をぶつけられながらの必死の懇願だった……って待てコラ。なんで俺が縁もゆかりもないガキどもの社会復帰につきあわにゃならんのだ?大体「勝負」って何だ、「勝負」って!?俺にケンカでもしろってか?しねえわ、そんなん。

 俺は早く終わらせてメシ食いたいんだっつの!


「なあマスター、こんなアホどもに付き合う必要はないだろう?とっとと叩き出して終わらせようz……」


「ふむ、なるほど……」


 いや「なるほど」じゃねえし。アンタ、さっきまでの勢いはどうした?コイツらの人生強制終了宣言までしてたんじゃないのかよ?


「……よし、わかった!この場にお集まりの皆さんに申し上げる!誠に勝手な話だが『特異魔道具』披露目を取りやめ、式次第の一部を変更する!冒険者ギルドは花冠祭最終日である明後日、このバカどもと当ギルド所属冒険者であるツクルとによる馬車競争を、『ツール・ド・ラハティ』を開催する!」


……は?………はぁああああああああっ!?



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 日の沈みかけた頃合いの南区歓楽街。おなじみ『金床亭』の奥の個室で卓を囲むのは俺と冒険者ギルドの正副マスター、この場に来て初めて見た顔が二人と、式にも出席していた参事会の議員が一人。


「まあ、そうふてくされるな。こっちはオマエにいつも煩わされてるんだから、その意趣返しだとでも思っておけ。」


 副マスがにやにや笑いながら酒を注いでくる。意趣返しにしちゃ、少しやり方が汚くないか?


「私はきちんと話しておけとアンドレイに言ったんだがね。そうしなかったのは冒険者ギルド(そっち)の問題さ。運送業ギルド(うち)は関係ないから、恨むなよ?」


「………。」


「ま、下手に話すとどこかから漏れないとも限らんからな。ツクルとやらには悪いことをしたが、アンドレイのやり方が正解だよ。あの場で見せた狼狽ぶりとその後の不機嫌さで、お客はみんな『あ、これマジなやつだ』と思ってくれたからな、はっはっはっは!」


 俺の正面で「あたしゃ知らん」みたいな顔をしているのがラハティ市運送業ギルドのマスターでヴァルテル・ホーフストレーム、その横の無口な強面があのガキどもの身を預かって面倒を見ているとかいうウィリエム親方、そして妙に楽しそうに話しているのが参事会議員で商業ギルド理事でもあるセバスチャン・モンクレールというそうだ。


 俺以外のこの五人が、今回の茶番(アングル)の仕掛け人だったんだ。


 去年の騒動の後、ガキどもをウィリエム親方のもとに預けるに際して裁判所の定めた年季は一年。しかし、あれだけのことをやらかして「はい、今日で終りね。おつかれさーん。」で解き放ちができるほど世の中甘くない。せめて何かしらの()()()をしてからにしなければ、ウチが手ぬるいと批判されたり、侮られたりしかねんのだが……と考えていたのが運送業ギルドのヴァルテル。


 最初に相談に行った先が騒動の当事者の一方でもある冒険者ギルドのアンドレイのところだったんだが、こっちはこっちで花冠祭の行事について悩んでいる最中だった。演武や展示訓練、模擬戦の禁止期間は三年。なんとか今年は『特異魔道具』の件で乗り切るにしても、『馬なし馬車』をチンタラ走らす位のデモ走行じゃいまいちパッとしないし……と頭を抱えていた。で、地球世界の「三人寄れば…」ではないが、何かいいアイデアはないかと二人して話を持ちかけた先が参事会のセバスチャンだった。


 ところがこっちもデ・コルト事件の影響でそりゃあもうぐっちゃぐちゃ。参事会も商業ギルドも例の「婿殿」に関係する一派が追い出されて幹部連中が一新。商業ギルドでは一部加盟商会の除名・脱退や活動休止があったせいで協賛金の調達不足となり、「今年、商業ギルドは祭りに不参加としたほうがいいのでは?」という声も聞こえるほどに催事を縮小せざるを得なくなっていた。


 これらの問題を一気に解決して花冠祭を盛り上げる手立てが何かないものかと話し合ううち、ふいに思いついたのが『ツール・ド・ラハティ』のアイデアだったわけだ。


 市民環視の中でガキどもが更生して馬方として働く姿を見せることができれば、正にヴァルテルの考える()()()となるだろう。それに競走(レース)なら人々の興味を引き易いく、演武や模擬戦と同じように熱狂を呼ぶ。やりようによっては今後、祭りのメインイベントに成長させることもできる。何より、道さえあれば他は()()()()で済ませることができるから予算もそんなに必要とするわけじゃない。そうだ、これでいこう!!……


 などなどの思惑があって、「俺には」黙ったままで関係各位にあっという間に話をつけて準備を進めてきていたんだそうな。人が悪いぞ、オマエら。


「今日の昼過ぎには広場をはじめとする市内の十数か所に競走のルールや明後日までの日程を記した高札を掲げた。職 員(デニスたち)の話じゃ、かなりウワサになってるってようだ。」


「ウチの親方、馬方連中も早速賭けを始めたようだ。ここに来る前に見た限りでは、八:二でバカども有利だったが、ありゃ味方びいきみたいなもんだな。ツクルだったな?アンドレイから聞いたが、オマエの『馬なし馬車』は相当速いんだって?」


 ホットワインの杯を傾けながらヴァルテルが片目を細めて聞いてくる。


「ウチの正副マスターの体験談を聞いてるんだろうが……速い。あの連中の馬車が全速の競走馬並のスピードで最低でも半日は走り続けなきゃならん程度には、速い。」


「……ならキマリだな。私はオマエのほうにヘソクリを賭ける。」


「いいのか?ギルドのトップがそんなことで。そもそもアンタが俺に賭けたと下の連中に知られたらマズイんじゃないのか?」


「構わんよ、セバスを介して迂回するからな。それにあのガキどもだってこのウィリエムが面倒見てはいるが、ウチの正式な構成員じゃないから私がそこまで気を遣う必要もない。そんなことよりも、私の小遣いを減らして失望させるようなことだけはしないでくれよ?」


 クセ強いな~、この人。運送業者の()()()だと言うから大工の棟梁とか漁師並に荒っぽい人物を想像してたんだが、どうもそういうのとは違うらしいな。


 おっと、そういえば……


「なあマスター、俺はこのレースのルールはもちろん、コースのことだって何も説明されてないんだが?」


 いくら我が相棒の性能が優れているとはいえ、何も知らないんじゃ勝ち負け以前に走りようがない。


「ルールについては明日の午後、地母神教会で合同説明会を開く。まあそんなに難しいものじゃない。自力でやれ、相手に直接手を出すな、誰に見られても恥ずかしくない振る舞いをしろ、くらいのもんだ。」


「ふん……それでコースは?」


「ラハティ周辺の三町村をまわる()()()()と、市内の一部を封鎖して設ける()()()()だ。」


 おいおい。待て待て。周辺三町村つったって、どこにあるのか知らん。ダンジョン群のベースキャンプくらいしか行ったことがないんだよ、俺は。知ってるだろう?それくらい。


「……とは言え、オマエはこのへんの道には不案内だろう?心配するな、手は打ってある。」


「手?」


「ああ、もうすぐ来られる頃と思うんだが……」


 ギルマスが懐から刻時計を出したのと同じタイミングで店員が声をかけてきた。


「御到着ですぜ。お連れしてもよござんすか、ダンナ?」


「おう、頼む。」


「誰か、案内人でも呼んだのか?」


「オマエにとっちゃ最高の援軍……」


 ばん!


 ギルマスの言葉を遮るように勢いよく扉を開けてやって来たのは……!













「お邪魔するよ。おや、()()だけかと思ったらヴァルテルじゃないか、久しぶりだねえ。」


「ツル公!俺たちが来てやったからにゃあ『敗け』はねえからな!死ぬ気で走れ……いや、走らせろ!ようっし、んじゃ飲むぞ!おーい兄サン、大勝負前の景気づけだからよ、ヴォートをジョッキで頼まぁ!」


「ワシもたまにゃあ()にも顔を出さんと、何のためにこのトシまでギルドに引退届も出さずにおるのかわからんからのう。かっかっかっか!」



 ご近所さんでした。



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