第五十四話
「…おいニャン吉、それじゃオメエがツル公の『特異魔道具』『馬なし馬車』ってことで本当のホントーに間違いねえんだな?」
「ヘンな名前で呼ぶんじゃねえよコタツ泥棒!さっきも言ったが俺にゃ相棒がつけてくれたロビンって歴とした名前があるんだぞ!それに俺は馬車じゃねえ、『トラック』っつーんだ、覚えとけ!」
「オメエよ、どう見たってニャン吉はニャン吉じゃねえかコノヤロ。」
「何だと?やんのか!この酔っ払い!」
「「 むぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…… 」」
炬燵を挟んで相対する両者。片や『自称・炬燵の所有者』ことロビン、片や『自称・炬燵の原住民』ことファビオ。
うん。まず、所有者は俺だ。ロビンくん、間違えないように。
そしてファビオ、ここは俺の家だ。借家だけど。お前の安住の地ではないのだから自宅で過ごせ。入り浸るな。それに炬燵で寝てひっどい風邪ひいたばかりだろう?少しは懲りろ。酒瓶持って帰れ。
火花を散らす一人と一匹の様子を見ながらだいぶ冷めてしまっただろうお茶を飲み、オスモが呆れ交じりの溜息を洩らしながら俺のほうを見てくる。
「…ははあ…ツクル、オマエさん絡みでヘンなことはままあったけど、コレは極め付きだね…。ネコ相手に話をしてる変わり者だとばかり思ってたが、ホンモノだったとはねえ…」
「まあ、アンタたちにゃいつかは言わなきゃならんと思ってたんだが、なんかタイミングがつかめなくってな。スマン。」
「ギルドマスターの様子から『特異魔道具』と言っても並のシロモンじゃなさそうだとは思ってたけど、まさかこれほどとは……よっこいしょ、と。ほら、こっちにおいで。」
「あんだよ爺さん!アンタもこのアル中エルフの仲間なんだろう!?やめろう!はなせえ!」
後ろから抱きかかえようとするオスモにも喧嘩腰の我が相棒。少し落ち着けって。
「アタシは味方だよ?オマエさんがそこのファビオとどうしてもやり合うんなら、アタシが立つのはオマエさんの側だから安心おしよ。さ、おいで。」
「そうなのか?それなら問題ない!どうだ!3対1だぞ、飲んだくれ!とっとと尻尾巻いて俺のおこたから出ていけよう!」
待てロビン。いくら相棒とは言え、勝手に俺まで巻き込むな。
「いい度胸だぁ、このおしゃべり毛玉!おいツル公、出刃ぁよこせ!このニャン吉の ω 切り落として小洒落た銭袋にでもしてやらあ!」
「やれるもんならやってみやがれ!テメエのそのウサギみてえな耳の先っちょかるーく噛み切ってやんよ。ホラどうした、かかってきな?」
オマエら、いい加減にしてくれや……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔道具の調整をした翌日、俺はエクトル親方の言葉に従ってギルドハウスに顔を出した。ギルマスのほうも俺を呼び出そうとしていたらしく、幸いなことに副マスターもいるからと公表の件について話し合うことになった。ランドルトン絡みのアレコレで俺がしばらく戻ってきそうになかったこともあって、二人で大まかな計画は立ててくれていたそうだ。なんでももうすぐ『花冠祭』とかいう春祭りがあるんで特異魔道認定の発表とお披露目を、それに合わせた冒険者ギルド主催のイベントとして行うことにしたんだとさ。
「…しっかし、ギルド主催イベントねえ……何でまたそんな大仰なことに?」
「オマは知らんだろうが花冠祭の三日間、ラハティの各ギルドはそれぞれがいろいろな催しを開く仕来りがあるんだ。商業ギルドは旅芸人や芝居の一座を呼ぶし、工業ギルドや美術工芸ギルドは徒弟連中の作った品を安値で売る即売市を開く。ウチはここ何年か所属冒険者による演武や技術展示、模擬戦なんかをやってたんだが……」
歯切れが悪いな。何かやらかしたのか?
「…去年、怪我人を出しちまったんだ。俺らが目を離した隙に祭りの雰囲気に浮かれた不良少年どもが喧嘩を売ってきやがってな、こっちも負けず劣らず血の気の多い連中ばかりだったもんだから、地母神教会前の広場で数十人規模の大乱闘だ。オマケに模擬戦の相手にと門内に持ち込んだ四つ牙猪も逃げ出してそりゃもう大騒ぎよ。善良な市民の負傷者こそ出なかったしガキどもはきちんと教育しておいたんだが、衛士隊と市の参事会、それに教会の連名で『今後三年間は大人しく、品の良い催しをするように』とキツめのお達しをもらったんだよ……クソが……!」
グラスの酒を呷ってギルマスが忌々し気に言う。空いたグラスには副マスが酒を注ぎ、その言葉を継いだ。
「…他のギルドとカブらない何かいいネタはないかと思案していたら今回、日程的にも丁度いいことにオマエの特異魔道具認定を公表する話が重なったってわけだ。ラハティを含む州東部で認定が下りるのは十年ぶりのことでそれなりに話題性はあるし、披露目をするにしてもあの『馬なし馬車』を走らせるだけだから、多少は騒がしくなるかもしれんが喧嘩騒ぎみたいな面倒事が起こるようにも思えん。来年、再来年はまた何か考えなきゃならんが、少なくとも今年はこれで乗り切れると、そういうことだ。」
ほう、ギルドのお役に立てるようで何より。できれば今後の仕事内容とか報酬の面でそのぶんを返してくれると助かるんだが。
「大体のところは理解したよ。ところで、俺の方で何か準備することは?」
「そうだな……認定章授与は一応とはいえ式だから、張りこめとは言わんが当日のためにそれなりの服を用意しとけ。それと…」
「それと?」
「オマエに近い関係者…ミルカたちはもう知ってるからいいとして、オスモさんやファビオさんにはオマエの相棒のことをきちんと話しとけ。」
「きちんとってことは、ロビンの変身のことや会話が出来ることなんかも伝えていいってことか?」
「ああ。魔道具のことでも世話になってるんだろう?あのお二人はオマエの後見役みたいなもんだから、前もって事情を伝えておいた方がいい…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
で、話は今に至る。
なんとか風邪の治ったファビオに「大事な話があるからオスモと一緒に来てくれ」と頼み、あらためてロビンに挨拶をさせたんだ。
「相棒共々、いつも世話んなってすまねえな。今さらな感じもするけど俺がロビン、ツクルの相棒だ。」
「「 ひょ……? 」」
案の定、第一声を聞いたら二人とも口を開けたまんまで動きが止まってしまった。そこで俺はミルカたちに話した時と同じスジでロビンがネコではなくてオジキからもらった魔道具であること、『特異魔道具』として認定された『馬なし馬車』(ことトラック)へ変身できること、そして人間と同じように会話できることなどを説明したってワケだ。
「アタシはまだきちんと追いついたわけじゃないが、このネコ……ロビンがオマエさんの魔道具で、『馬なし馬車』に変身すると、そう言うんだね?」
「ああ。家の中じゃ無理だがなるべく早いうちに……そうだな、披露目よりも前にどこか適当な場所で見せるよ。それに実際に乗ってみたらいい。」
「乗せるのは構わないけどよう、相棒の運転は荒っぽいからメシは抜いといた方がいいぜ?ギルドのおっさんみたいにけろけろしちまったら大変だからな!」
「はあ……それはどうもご親切にお教えいただいてどうも有難う……ううん……?」
まあオスモはまだいい。何とか事態を把握して目の前の出来事を受け入れようと、何とか「見抜いて」やろうと落ち着いて対応してくれているから。
問題はもう一人の方だ。
「俺ぁいろいろと珍しいものにもお目にかかってきたと思ってきたけど、こんななあ初めてだな。おいニャン吉、オメエ喋れる以外に何か芸はできんのか?踊りでもやってみるか?そおれカンカンノウ キウレンス……」
「む?俺をニャン吉なんて呼ぶんじゃねえよ耳長。そうだ、思い出した!オマエにゃ言いたいことがあったんだ。このおこたは俺んだぞ!後からやって来てデケエ顔しやがって!いつまでも酒ばっか飲んでねえでとっとと自分の家に帰れ!それに……おこたの中で屁をこくなあ!」
「おお?何だよ、言ってくれるじゃねえかこのクロスケ!こちとら生まれ育った森ィ飛び出してニンゲン社会で一旗揚げたエルフ界の風雲児、泣く子も苦笑いする『風斬り』ファビオ様だぞ!酒飲んで屁も出ねえそこらの田舎もんと一緒にすんじゃねえや!」
どうしたことかファビオとロビンは相性が良くないらしい。世話にもなってる手前、ファビオのほうにも一応義理立てしたいが「炬燵で屁」はダメだろう。
昔、ウチの妹はそれが原因で家出したんだぞ?
決して炬燵の自分のポジションから動こうとはせず、卓のあっちとこっちに分かれてあーだこーだと言い合う二人をどうにか落ち着かせつつ、もっぱらオスモの質問に答えていたんだがどうにも埒が明かん。
こうなりゃ最終手段だ。
「おまえら二人ともうるさい。おまえらがいがみ合うのは、ここに炬燵があるからだ!ゆえに、俺は所有者の権限を行使し、この炬燵を撤去する!」
言うたった!それに朝晩はまだ冷えるとはいえ、もう季節は春だからな。しまったところで何も問題はないさ。季節感。そう、季節感は大事にしたい。
「……おい、ニャン吉……」
「……何だよ、耳長……」
「「 …………… 」」
どうした、二人とも?
「「 我々は炬燵/おこたの撤去に反対し、権力者の横暴に対し、協力して断固立ち向かうものである!えいえいおー! 」」
コイツら……
「オスモ、アンタからも何か言ってやってくれないか……?」
「……ツクル、オマエさんの故郷には『花冷え』という言葉はなかったのかい?このあたりじゃヴィオラセウスの花が咲く頃でも雪がちらつくことだってあるんだよ?……えいえいおー…」




