第五十三話
あけましておめでとうございます。
暖かいと感じる日が寒いと感じる日よりも多くなり、花の話題が人々の口に上るようになってきたが、ラハティ商業界を襲った一連の混乱はまだ確かな鎮まりを見せない。
市場あたりへ足を進めると、「こればかりは『街道の宰相』もさすがにおしまいだね」だの「どこそこの商会もクスリに手を出してやがったらしい」だのいう噂が嫌でも耳に入ってくるし、中には「俺の知り合いもアイツらに……」などと物騒なことを話す奴もいる。それらの真偽はわからんが、デ・コルトをはじめとした幾つかの商会が衛士隊や税務局の強制捜査を受けたのは事実であり、実際に結構な数の人間が捕縛されたとも聞く。開店休業状態のところや長期休業の看板を出す商会、早くもツブレた商会だってあるらしい。
ホントになーにやってたんだろね、アイツら。
定期的に顔出しする約束で訪れた兄弟商会でも、話題の多くがソッチ方面絡みから始まるのも無理はない。
「…この騒ぎで資金不足に陥ったところもそれなりに出ましたな。台所事情が余程苦しいのか、特に不動産に関しては年の瀬の自由市場みたいなもので、こちらが強く出れば出るほど値が下がります。おかげでよい土地を二束三文で購入できました。」
卓の上に広げられた地図の一部をヘルマン氏が指す。「大断崖に発見された旧時代のトンネル」に接するあたりの土地だ。おおむね5、6キロメートル四方といったところかな。
「わが兄弟商会の市外拠点の一つ、ランドルトンから運び出す産物の一時集積地として。また、例の草の試験農地としてこのあたりを開いていくつもりです。表向きは『ユージン・ランドール男爵記念植物育種園』という看板を掲げ、農作物の研究・改良や種苗生産を進めようと…」
トウモロコシの持つある種の危険性に警戒はしたものの、そこはやはり商人。捨てておくことはできなかったようだ。
「やはり、やりますか?」
「ええ。詳しくお話を伺って確信しました。ジャガイモが東方より持ち込まれた時もそうだったと聞きますが、今後はテオシントを持つ国が生き残り、勝ち、儲け、そして栄えましょう。持たなければ当然……。そのような作物は、誰かの手によっていつの間にか伝わっていくものですが、いずれ世に広まるものならば我が国がその中心、最先頭にあるべきと今は考えております。そしてそれを支えるのは、我がヘルマン&マックス兄弟商会であるべき、とも。」
愛国者ってのは偉いもんだね。どっかの国の連中に聞かせてやりてえや。
っていうかさ、俺ひょっとして「政商」みたいなのを産み出すきっかけ作っちゃったんじゃないか?
「それに、この土地はツクル殿にとっても益があるかと。」
「俺にも…ですか?」
何?土地と俺になんか関係あったっけ?住まいのことなら、たそがれ通りのあの借家で満足してるから必要ないけど?
「トンネルを掘った時に出た石材、まだお手元にお持ちでしょう?」
あ…そうだった!半分以上はランドルトンの誰も来ないあたりに置きっぱなんだけど、まだアイテムボックスの中に結構残ってるわ、そういや。
「今回手に入れた土地には人目につきにくい場所もございます。どうぞそこを石材置き場としてご利用ください。」
「……すいません、助かります。そうだ、それじゃあ今度ランドルトンに行く時は手持ちの石材でトンネルの出入り口を延長補強しておきましょう、土地使用料代わりに。」
商人相手に貸しは作っても、借りは作らないほうがいい。相談料に含まれない部分はその都度きちんと返しておく方が身のためだ。ランドルトン側に置いてある石も、どうにかして処理しなきゃな。
「…それはそれは、大変結構なお話でございますな。是非、お願いいたしたく存じます。」
こっちの意図を見抜いてか、含みのある嬉しそうな顔で笑って頭を下げるヘルマン氏。
やだよお、こういうやりとり。「商売人のおつきあい」って苦手なんだよな。もっとこう単純な「バーッといってガーやってドーンしたらええねん」みたいなほうがシンプルでいい。実際はそれもそれでクッソ面倒なんだけど……
「ところで、もしご都合がよろしければ、この後昼食をご一緒にいかがですかな?メープルシロップを使った新しいメニュを考案したと『柊屋』の料理長が言っておりましたので、顔を出すことにしているのですが…」
「すいません。今日はまだ用がありまして、冒険者ギルドの仕事とも関係があるんで外せないんです。また次の機会がありましたら誘ってください。申し訳ない。」
「左様ですか、それは残念ですが仕方ない。ではお引き留めしてもご迷惑でございましょうから、ここまでといたしましょう。お食事はまたの機会に。」
「ええ、ではまた。失礼します。」
握手の後、ヘルマン氏や番頭はん、手代の皆さんに丁稚どんたちの丁重なお見送りを受けて商会を後にする。
『相棒よう、あのヘルマンとかいうオッサンさあ、ゴタゴタの前と後とで随分変わった気がしねえか?』
『変わったって、どんな風に?』
『落ち着きが出た、と言うか大物感が出たと言うか。一皮むけたカンジ?っての?』
『あー、それはあるかも。それだけ抱え込んだトウモロコシが大きかったってことかもな。それにさ、意外と今のほうがあの人の本性かもしれないぞ?』
『そんなもんかねえ…』
『そうさ。ところで、今日はこの後でエクトルんとこへ行くことになってるんだけど、ちょっと寄り道してから行こう。』
『おう。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
西区へ戻る途中、肉屋に立ち寄ってクラックリングを購入。大桝に四杯くれと言うと「袋代はまけといてやらあ」とサービスしてくれた。ラードを作る時に出るこの油かすはエクトルの好物で、特に今しがたこれを購入した店のは籠一杯あっても問題ないそうだ。好物って……酒のツマミにしか見えんのだがな。
たそがれ通りに戻り、鍛冶屋の工房に行ってみるとエクトルとオスモがいた。
「もう来てたのか?すまん親方、約束に遅れたな。コレ買ってきたから勘弁してくれ。」
アイテムボックスから少し脂のにじんだ、草の葉を編んだ袋を出す。
「遅れてはおらん。コイツが早かっただけだ。何を買ってきたのか……おお!なかなかわかっとるじゃないか、結構結構…」
エクトルはクラックリングの詰まった袋を嬉しそうにひったくって工房奥の部屋の方へ運び、入れ替わりに白い布包みを持ってきて机の上に置いた。
「あらかた完成と言ってもよかろう。が、仕上げに入る前に先ずはオマエに合わせた調律をせんとな。オスモ、いけるか?」
「ああ、大丈夫だよ。それじゃ早速、エクトル親方の最新作を見させてもらおうじゃないか。」
立ち上がったオスモは緩やかな手つきで布を解いていく。
はらり はらり はらり
現れたのは右手から肩までを被うデザインの籠手っぽい俺専用魔道具、仮称・魔力回路バイパス。
『相棒、こりゃコスプレ用の衣装だろ?』
『オマエにもそう見えるか……』
籠手とは言っても、本式の鋼板叩いて作ったロボットの腕みたいなヤツじゃない。たとえて言うなら……なんだろ?モトクロスとかペイントボールで使う腕用プロテクター?肩まで覆うやつ。しかも厨二くさいデザインなのが気になるが、そんなに嫌いなワケじゃない。しかし、想像してた以上に大きいな。試験の時に使った紐と輪っかの組み合わせたのみたいな間に合わせと一緒に考えたらいかんのだろうけど。
「ほう……こりゃ、確かにいい出来じゃないかエクトル。」
全体を見回した後、ルーペで細部まで観察しながらオスモが言う。
「…革はマジック・コブラの『腹黒』にシュペル・シャロン種の臀革、耐候性を高めるために仕上げは『遊牧民式』。フレームは言うまでもなくオマエさん自慢の打ち出し鋼板。甲に使ってあるのは……竜種の鱗……ハインリキ山系の強奪竜だね……。こりゃ随分奢ったもんだ、それでいてパッと見は地味なのがまたいい。」
え、これで地味なの?14歳くらいの男子に見せたら大変なことになりそうなデザインだぞ?少なくとも当時の俺ならコレ着けて、学ラン肩に羽織って登校してたね。黒い眼帯も着けて。で、校門を強行突破しようとして担任とか生徒指導に止められる、と。
「ふん。素材だけでなく産地まで言い当てるとは、さすが『見抜く目』。まーだ曇ってはおらんようだの。」
褒めてるのか面白くないのか、エクトルの態度がよくわからん。
「そりゃどうも。しかしエクトルよ、オマエさんよくもまあこの短期間にこんな立派なものを造ったもんだねえ。」
ルーペをハンカチで拭き、胸のポケットにしまったオスモが顎に手を当てて不思議そうに尋ねる。エクトルは水差しの水をコップに注いでこちらに渡しながら言った。
「実はな、こういうヤツの構想自体は以前からあって、図面を引いたり使えそうな材料を少しずつ集めたりしていろいろと練っとったんだ。もっとふんだんに魔鉱を使って魔法の威力を向上させたり、魔力消費を効率化させたりするようなヤツをな。今回のはそれの試作品というか、実験みたいなもんだな。あ、言うとくが試作だからと手抜きなどは一切しておらんからな!」
うん。俺にはいまいちピンとこないけど、オスモが褒めるんだからスゴイものなんだろうとは予測がつく。
「威力向上や効率化に比べれば、コイツの魔力回路バイパスは至極単純なものだからな。仕掛けを組むのにもそんなに時間はかかっとらん。むしろ革細工をやってくれる職人で口の堅いのを見つけるのが難しかったくらいだ。」
「……マジック・コブラの革を扱えてこの仕上がり具合と言ったら……リキャルドかい?」
たん!とコップを机に置いてエクトルが大声で答える。
「言わん!誰の仕事かは、約束があるから俺も言わん!」
態度でバレバレだっての。オスモが笑ってら。
「ツクルよ、まずはソイツを着けてみろ。とっとと合わせて飯にするぞ!……」
はいはい。
エクトルが回路バイパス(仮)を渡してくる。あ、ここから手を入れるんだな?…んで、こうして……へえ、先はフィンガレスグローブになってんだ。ますます厨二男子捕獲器じゃねえか。
んで肩まで通す……と。
どうだろう、似合ってるだろうか?
サイボーグ系のキャラみたいで悪くない……ふへへへへ…
おい誰や、今『シオマネキ』言うたヤツ!?
「先まで手を通したら、何度か腕をまわして良い具合になる位置を探してみろ。」
こうか?ぐるぐるぐる……お、このへん!でも少し緩いな。
「まだ緩かろう?それでいいんだ。軽く肘を曲げたくらいにして、試験の時のように魔力を通してみろ。」
「ツクル、やり方を忘れちゃいないかい?」
「ああ。つなげることはできないけど、練習はしてたから。」
…呼吸を整えて脱力、魔力の流れ……
……よしきた!…んで練って螺旋で…頭のてっぺん……
来い!……ッ!?
魔力の道が体の中に出来上がったと思った瞬間、右腕に着けた回路バイパス(仮)の革の部分がきゅっと締まって腕に密着した。
「うお!何だっ!?」
「ふわっはっはっはっは!驚いたか?マジック・コブラの革は魔力に反応して収縮する性質がある。それを利用してベルトの数は最小で、かつ即時に装着・固定できる魔道具に仕上げたというわけよ。それじゃ調整といくか。オスモ、回路の調律は任せてもいいか?」
「いいとも。しかし久しぶりだねえ、こんなことするのは。昔を思い出すじゃないか……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一時間ほどかけて調整と調律は終わった。エクトルが言うにはこれで最後の仕上げができるから、一週間後には完成品の引き渡しになるそうだ。更に
「前にギルドマスターが言うとったが、これが出来上がればオマエの『特異魔道具特定所有者』認定の件を発表するそうだから、明日にでもギルドに顔を出して伝えとけ。それとアイツのことだから、たぶん発表にあわせて何かくだらんイベントを考えとるはずだ。オスモと話し合って何があってもいいように備えておけよ。」
とのこと。なるほど、ランドルトンで受け取ったギルマスの手紙に書いてあった「準備」とはそのことか。
で、俺たち三人が何をしているのかというと、遅めの時間でも飯を食わせてくれる店に向かっているわけで。母神教会前広場の近くにいい店があるらしい。世話になったんで今日は俺に出させてくれと言ったら、それならついて来いと。
「…それにしても、ファビオは可哀想だったねえ。折角いいのが出来上がったってのに……」
「…アイツ自身も心待ちにしていたんだがな……さぞや残念だろう……」
え?ファビオが死んだのかって?
酒の飲みすぎで?
まさかw
炬燵に入って寝てたら案の定、アイツ風邪ひいてやんの。
エルフが風邪ひくとひどいんだな。
熱は出るわ咳き込むわ。鼻と言わず目と言わず、顔じゅうの穴という穴から涙やら鼻水やらエルフ汁(?)やら垂れ流してさ、声なんかカッスカスで何言ってるかわかんないの。哀れに思って俺の常備薬の漢方薬を飲ませたら、体質的に合わなかったみたいで腹まで下し始めてさ。
自然由来の薬が体に合わないエルフってのはファンタジー世界的にどうなのかね?
『俺のコタツを盗るからバチが当たったんだよ、けけっ。それと相棒、よくぞトドメをさしてくれた!』
年末、思い付きでバ-ッと書いた馬鹿ネタがございます。どのジャンルとするべきかわからなかったので「その他/その他」ジャンルで投稿しております。年末・お正月定番の、くだらないお笑いでお茶の間をご機嫌を伺おうというネタです。ご興味とお時間がございましたらご覧ください。
『めいかん堂出版 刊行物案内』https://ncode.syosetu.com/n8243hj/




