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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第五十二話



 夕刻のラハティ、ここは南区歓楽街。多くの冒険者たちに愛される居酒屋『金床亭』の店内は、安息日の前日ということもあって今日も満員である。





 冒険者の店には似つかわしくない、深緑色の上等の服を身に纏った女性が冷やかしの声などに目もくれぬまま俺たちの卓まで大股で近づき、いかにも冒険者の店に似つかわしい乱暴な言葉で声を張り上げた。


「おやっさん、酒!それとメシだ!とっとと出してくれねえと、ウチのアバズレどもけしかけて店に火ぃかけっぞ!!」


「むぅ?かっかっかっか!ちと待っとれ!すぐに美味いのを出してやるわい。」


 店内をうろつきながら客の様子を見るドワーフの店主は、普段と違う装いのコルネリアに一瞥をくれた後、嬉しそうな様子で厨房へ引っ込んだ。


「姐さん、そのまま来ちゃったの?着替えてきてもよかったのに。」


 リーダーの思わぬ女っぷりを目にしてか、レナータが後ろにまわって肩を揉みながら愉快そうに尋ねた。


「ありがとよ……偉いさん相手だか何だか知らないが『一日行儀よくしてろ』なんて言われてさ、出されたメシにも茶にも手をつけられなかったんだぞ?あれ以上かかってたら、間違いなく誰かに噛みついてたね。あ……レナ、そこ、もそっと強めに……我慢ならなかったから早抜けして、真っすぐここに来ちまったのさ。親父とオジキもおっつけやって来るそうだから、先に始めてて構わんとよ。」


「お疲れさんだったな、コルネリア。調子はどうだった?」


「成功、と言っていいんじゃないか?『柊屋』の総料理長、『セバーグズ』『子羊(ラム)とジャム』の製菓長が注文を入れてくれた……」


「商会は?商会関係はどうだった!?」


 コルネリアが言い終わらぬうちに、待ちきれない様子のジョナサンが問いかけた。通しの塩豆が入っていた器にはもう、豆殻しか残っていない。イラついてんな、コイツ。


「……シーズン中にどれだけ供給できるのかがまだはっきりしてないからね、様子見に徹してるところが多い。だけど『ファン・ホーレン商会』と『メルクリオ商会』の会頭は乗り気だった。あと、『ヒメネス組』の番頭が食いついたよ。その話が広がれば前向きに考えるところも増えるんじゃないか?」


 それを聞いたジョナサンは背もたれに身を預けて天井を仰ぎ、少し残念そうにつぶやいた。


「もっとこう劇的な展開でワーッと大騒ぎになって、明日の朝には大金持ちになってるかと思ってたんだが……」


「じょお、知ッテル。ばか算用ダナ、ソレハ。」


「『皮算用』。言ってごらん?か・わ・ざ・ん・よ・う。」


「じょお、キチント言ッテル。るかノ耳カ頭ガ悪イ。」


「んなっ!?」


 喧嘩をおっぱじめそうな様子だったが、レベッカが視線だけで二人を制す。さすが鬼の副頭(サブ)


「……()()()()が大きすぎて、まだきちんと受け入れ切れてない、って考えてもいいんじゃないスか?」


「かもな。ま、今年は試験生産みたいなもんだから仕方がないだろう。来年以降に期待して、まずは質の向上と増産体制の拡充を考えるこったな。それに現金収入ならシロップだけじゃないだろう?木材だってあるじゃないか。」


「そっちはそっちでいろいろあるんだよ。まさかあんな()()()ができるだなんて思ってもみなかったからな。需要予測にあわせて製材設備をもう少し整えなきゃならん。それに抜け道専用の馬車に、馬か騾馬……あれ?産物もできたし輸送の問題も解決できてるのに、借金のほうが大きくならないか?」


「くっくっく、どんな事業も最初はそんなもんさ、慌てなさんなって。死んだジイさん、オヤジさんを見習って落ち着きのある立派な郷主になるんじゃなかったのかい?」


「む……」


「だっしゃああああああ!!待たせたのう!まずは酒じゃああああ!!」


 店主に率いられたドワーフの店員集団がエールで満たされたジョッキを卓にごんごん置いてまわり、続いて料理の大皿が卓の真ん中にだん!と乗せられる。


「そして最初のメニューはッ!喜べ、いいのが手に入ったぞ。コロコロ鳥の詰め焼きに牛モツと根菜の煮込み!カルマン風の蒸し豚に冬水菜のサラダ、揚げイモと揚げカボチャの盛り合わせじゃああああ!!さあ食え!飲め!ばははははは!今日も大儲けじゃああああ!!」


 すこぶる上機嫌の店主が場を去ると、コルネリアは待ちきれない様子でジョッキを握って隣に座るジョナサンに立つよう促した。


「ここじゃ男爵サマのアンタがいっとう()なんだ。乾杯の挨拶ってヤツをとっととやっておくれ。」


「そうか?それでは……えー、諸君。諸君のおかげでランドール男爵領ランドルトン開拓地の産物を、ここラハティの商会や関係者に披露することができた。俺の想像した大儲けの流れとは少し違うようだが、滑り出しとしては順調なんだろうと思う。これからもいろいろ問題は起こると思うが、その時はどうか助けてほしい……これは男爵の依頼じゃなく、友人からの頼みだ。それでは、『深紅の(クリムゾン・)短剣(ダガーズ)』の素晴らしき女傑たちに!我が友ツクルとその相棒に!そして、ランドール男爵家とヘルマン&マックス兄弟商会の明るい未来に!乾杯!!」


「「「「「「 かんぱーい!! 」」」」」」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ()()()の話をしよう。


 ランドール隧道開通後、事態の展開は俺の予想以上に早いものだった。

 寝込んでいたヘルマン氏は弟と娘の報告を聞いて翌日には復活、断崖の向こう側の光景を見てあわあわするのかと思いきや、しばしの考慮の後すぐに冷静な様子でランドルトンに戻った。


「……ジョナサン殿、ツクル殿、マックス、コリー、ちょっと集まってもらえますかな?……ひと月以内に、『披露』をラハティで行いましょう。」


 マックス氏は当初の計画を変更。シロップの生産量が自分の見積もりを大きく上回りそうなこと、輸送事情が劇的に改善したことなどから、来年の開催を予定していた開拓地産物の『披露会』を前倒しすることにしたのだ。

 それにしても「一年ぶんのスケジュールを縮める」?

 いったいなぜそんな無茶なことをやろうと考えたのか?

 もちろん尋ねたさ。


「御本家筋からの()()()なのですが、あの若造……デ・コルトの婿殿の乗った船が難破したようです。」


 あらまあ。


 物資調達のためラハティに戻ったヘルマン氏の元に非常に確度の高い情報が入った。デ・コルト商会の婿殿の乗った船が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。で、乗組員らしい男の死骸と商会の荷箱を積んだ小舟が流れ着いたんだが、その箱には御禁制のオクスリやら口にするのも憚られるものやらが入ってたんだと。コトがコトだけに衛士庁や税務局をはじめ、外務省や母神教会の探題(スパイ部門)まで早々に動き出し、強制捜査の手が入るまで秒読み段階だったそう。


「御本家からは『四、五日のうちにガサ。今すぐ切るに利あり。』との意見もあったんですが、元々彼が好きになれませんでしたので取引……こちらに傷がつくようなつきあいなどしておりません。ですから私は留守を妻に任せ、安心してこちらに参ったというわけでして。ま、今頃ラハティの商会の半数くらいは()()()()()()の大騒ぎでしょうな、はっはっはっは。」


 黒い。黒いぞ、なんか。死んだバアサン以来、久しぶりに黒い商人を見た気がする。


「それに、今回の騒動は開拓局にも影響を与えましょう。デ・コルトがとった開拓地は有望でしたが、それゆえに進めるべき事業やすでに進め始めた事業も多いのですよ。今回の不幸と不祥事からくる資金調達難は、下手をすれば開拓事業全体の停止につながりかねません。局は大蔵省につなぎ予算の申請もするでしょうが、果たして間に合うことやら。それに衛士庁や税務局まで動いているとなれば大混乱は必至ですな。」


 そしてこの大騒ぎ・大混乱こそが予定の一年前倒しの大きな理由。


 このタイミングで『()()()()()()の産物披露会』を開いたとして、そこに参加できる余裕があるのは騒動や混乱、不祥事とは(ほぼ)無関係の優良商会ばかり。発表するのは食品業界を揺るがしかねないメープルシロップ(金のタマゴ)だから、信用できる取引先を選ぶのには最適の場になる。そう踏んだそうだ。

 更に、ランドルトンの開拓地としての価値は今後高まっていくわけだが、ツッコマレどころになりそうなのが俺の掘ったトンネル。下手に公表したら「どこの誰がやった?」と詮索されて騒がしくなるだろうし、もしそうなったら折角できた儲けのタネ、俺とのつながりを失いかねない。そこで開拓局が混乱している隙をついて


「いやあビックリ!なんと()()()()()()、大断崖を抜けるトンネルを()()してしまいましたぞ!新ルート探索をやらせておいて正解でした!おや、こちら今は()()()()ようですな?では報告だけはしておいてお暇いたしましょう。ではまた……」


みたいに()()()()で押し通すつもりだとか。


 騒動が治まってしまえば、そこには『高級食材や良質な木材、乳製品を産する交通の便の良い開拓地と、その取引を独占する兄弟商会及び友好的商会によるカルテル』がすでに出来上がっている、とそういう算段らしい。


 そんなにうまいこといくかね?

 なんて思ってたら、ここまでは割と順調みたいなんで驚いた。

 あれだな。

 『こうだ!』と信じて突き進むやつが結局一番強いと。

 そういうことだ。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 やがてヘルマン、マックス両氏も合流し、披露会はコルネリアの予想以上に好感触のあったことを聞いて安心した。


「では、ツクル殿。例の件もそのように進めるということで、よろしうございますな?」


「ええ。俺もがラクできたほうがいいんで、是非。」


 上機嫌のヘルマン氏と五度目か六度目の乾杯をしたら、レベッカがジト目で睨んできた。


「何の……話スか……?」


「ああ、ランドルトンへの定期便に俺が加わるって話がなくなった。トンネルができたんで、普通の馬車でも半分の日程で行けるようになっただろ?よほど嵩張るとか重たいとかでない限り、高いカネ出して俺をキープする意味ないじゃないか。だから俺は……」


「はあ!?逃げるんスか?アンタ!」


……待て、レベッカ……そこが締まると、脳に…血が…

こんな時は……見よ!必殺(かならずやられる)

往年のた〇だのぶ〇こを彷彿させる高速タップ!!

ぱんぱんぱぱん

………ぜへはー


『けっけっけ、遂にヤラレちまったな。あんだけ頑張った()()()()も結局失敗しちまったな!……でも、大丈夫か相棒?』


『おう、なんとか……』


 やることが手荒すぎるぞレベッカ。


「誰も……完全に手を引くとは言ってない……ふう。『相談役』になるんだよ、開拓事業の。」


「相談役?」


「そう。時々商会に顔を出して、用があればランドルトンにも行って諸々の相談に乗ったり特殊な作業を請け負ったりするんだよ。小遣いより()()()()()()額の相談料をもらってな。兄弟商会にしてみればお手頃の経費で俺とのつながりを保つことができるし、俺のほうも納得できる固定収入が入って拘束時間も減る。正に共存共栄共勝の関係が成り立つわけだ……が、それがどうかしたか?」


「ふん。好きにすりゃいいス……」


 何だよもう。


「ところでツクル、一つ聞きたいことがあるんだけど?」


 頬杖をつき、焼き物の串を頭の横で振りながらシャールカが訪ねてきた。


「森番小屋でお茶を飲んだ時、アナタたしか農業革命すら引き起こしかねないものがランドルトンにあるって言ってたわよね?」


「……?おう、そうだ!確かに言ってた!あの美味い酒を飲んだ時だろう?」


 酒じゃねえ、茶だ。


「あれって結局何だったの?メープルシロップのことでバタバタしてたせいで、結局聞きそびれたまんまなんだけど。」


 思い出したか……


 アイテムボックスから封筒を取り出し、中身を小皿の上に広げてテーブルの真ん中に押し出した。皆が一斉に覗き込む。


「何ですかなコレは?」


「豆?」


「オマエ、こりゃ……」


 何か言いかけたジョナサンを手で遮り、俺は小皿の上の一粒を指でつまんで顔の前まで持ってくる。


「厩舎の傍で拾ったんだ。答えはこれさ。ジョナサン、ランドルトンじゃこれを何と呼んで、どんな扱いをしてる?」


「名前はテオシントだ、テオシント。爺様にそれを教えてくれた新大陸の原住民はそう呼んでたそうだ。多少の荒地でも育つし、収穫量もそこそこ多い。粒の色や大きさの違いで何種類もあるんだが問題もあって、基本的にマズイ、もしくは味がしねえ。これといった利用法がよくわからんので、ウチじゃ家畜のエサだよ。」


「そうだよなあ……。『鑑定』した結果を言ってしまうとだな、これらはまだ品種改良途中のヤツだ。オマエの爺様や父上は、カエデと同じようにコイツの可能性に気がついていて、どうにかしようとしてたんだ。残念なことに、結果が出る前に亡くなられたようだが。家に帰ってお二人の研究資料でも読み返してみろよ、きっと何か今後のヒントが見つかるはずさ。それに、どうも今じゃ食用も飼料用もごっちゃに栽培してるっぽいから、早く何とかしたほうがいい。」


「……帰ったらすぐに調べる。」


 気がつけば皆の真剣な目が俺に向けられている。ちょっと照れちゃうぜい。


「もし味が改良されれば生でも茹でても、焼いても炒めても煮ても揚げても、何しても美味い食い物になる。多少めんどくさい処理が必要だった気もするが、粉に挽いて小麦と同じように扱うこともできる。油も採れるし、デンプンだって採れるからシロップやアルコ……酒精を作ることもできる。コイツの実の成る部分に()()があったろう?あれは利尿薬にもなるらしい。」


「マジか……?無敵の植物じゃないか……そんな価値あるものを俺たちは家畜のエサに?もったいねえ!もったいねえ……」


「それはそれでいいんだよ。ランドルトンの良質な乳製品や加工肉を支えてるのは、まさに飼料としてのコイツなんだから……」


 エールを一口飲んだ後、ジョッキを静かに置いてヘルマン氏が口を開いた。


「ツクル殿、そのテオシントなる作物はいささか危のうございますな……」


「はあ?何言ってんだ親父、どう考えたってお宝だろう?」


 コルネリアたちはぶうぶう言うが、流石にヘルマン氏は気づいているようだ。


 価値が高すぎるんだよ、これ。


 本来、国に全部任せてもいいシロモンだと思うぞ。


『んでよう相棒、結局オマエはそれをどうしたいんだ?』

 

『どーしたらいいんだろうな?』


 ま、今のところは……


「ジョナサン、これはオマエにしかできない宿()()だよ。まずは俺たちが食って『うまい』と思える品種を作ってくれ。コイツを世の中に広めるかどうか、農業革命、食料革命を起こすかどうかはその後の話だ。」


「オマエも手伝えよ、相談役。」


「へい、まいど。それで相談料のほうでございますが……」


















   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



………近年発見されたいくつかの資料は、「放棄令」以前にランドール男爵ユージン・アレックスが新大陸から持ち込んだひと粒が、旧大陸世界におけるトウモロコシ栽培の始まりであることを示しており、今後も専門家によって更なる調査・検証が進められることが期待されている……


(中略)


………現在のランドール伯爵領とその周辺は、ランドルトンを中心に世界でも有数のメープルシロップの産地として知られている。大小様々なメーカーが本社や製造拠点を置くが、最大のものは何とっても「五短剣」の社章で知られる「J&Cフーズ(旧・ジョナサン&コルネリア製糖製蜜会社)」であろう。同社が世界中に輸出する「深紅(クリムゾン)」ブランドは今や、メープルシロップの代名詞と言っても過言ではない。


 ところで、「深紅(クリムゾン)」のシロップに限らずJ&Cの製品ラベルには必ずと言っていいくらい「黒猫を抱いた旅人」が描かれている。しかし、彼とその相棒の名前は何なのか、どんな人物で何をしたのか、なぜ彼らがそこに描かれているのか、それを知る者は同社創業家であるランドール伯爵家にも誰一人としてなく、また記録もないという。



メイカン書林・刊 『武道と美食と酒と泪と部屋とワイシャツとタワシ ~びっくり!拳と舌で辿るアキュラシア王国二千年史~』 より抜粋


 

縛種桃源郷様のレビューサイトでご紹介いただきました。

誠に有難いことでございます。



ところで、終りではありませんし打ち切るつもりもありませんw

一度やってみたかったことをやったら、

『3か月もたなかった週刊マンガ誌の連載』

みたいな感じになっただけです。難しいものですね。

今後の予定は明日以降の活動報告で。

寒くなりますが、お風邪など召されませぬよう。

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