第四十九話
ヘルマン氏が馬車二両に荷物を積んでランドルトンに戻ってきたのは出発から十一日後の、ちょうど昼飯と新メニューの試食会をすべく準備を進めている頃だった。
「戻って参りましたぞ、ツクル殿!例の品もこれこの通り!」
到着の知らせを聞いて駆けつけると、住民たちの手で銅の大鍋だの甕だの大きなガラス瓶だのを馬車から下ろしている最中だ。
「おかえりなさい、は少し違いますかね。無事に着けて何よりでした。」
「ここ三、四日のおかしな陽気のせいで何か所か小さな雪崩が起きておりました。冷や冷やしながら進みましたが、幸いにも道の方へは影響はありませんでしたぞ。まったく母神様の御加護というより他ありませんな。」
雪崩?そりゃ穏やかな話じゃないな。ジョナサンの顔が一瞬曇り、隣のハリーに何やら目配せしている。郷主には郷主なりにいろいろ考えなくちゃならんこともあるんだろうな。
「しかし、これだけの品をこの短い間によく用意できましたね。」
「この程度は伝手をたどれば何とでも。大きさこそあれ、どれも特別な品というわけではありませんからな。むしろ倉庫の塩漬けがハケるとむこうから値切ってきたほどです。『こんなものを買い込んで何をする気だ?儲けのタネがあるなら教えろ。』と、そっちを誤魔化す方が骨が折れたくらいでして。はっはっはっはっは!」
それはそれは、順調なようで何よりですわ。
「何やかやで馬車を二両にせざるを得なかったのですが、それに関してもあの通り。」
ヘルマン氏が指さす方を見ると見知った顔が三、四人。あれは……
「……フィリップ!どうした、こんなところまで?」
俺がこの世界にトバされてきて初めて出くわした事件、「第七ダンジョン崩落事故」で一緒に救出にあたったパーティーのリーダー、フィリップがいる。
「おう大食い、元気か?この時期はうす商いだろ?何かいい稼ぎはねえかと思ってたら、コリーが声をかけてくれたんだ。別に輸送専門ってわけじゃないがウチの馬車は頑丈に作ってあるんでな、急にこういう仕事が入っても対応できる。」
「そうだったのか、お疲れ。」
「なに、荷運び仕事でオマエさんだけにデケエ面させられねえってのもあったがな。ははははは!」
「なるほど。ところで、コルネリアから声をかけられたって言ったな?親しいようだが、知り合いだったのか?」
「知り合いも何も、コリーは以前ウチの面子だったんだ。俺にとっちゃ同期、妹みてえなもんだ。うまくやってたんだが、ある日『女だけのパーティーを組む』って抜けちまってな。そのすぐ後くらいにウチも先代が引退して俺が後を継いだってわけよ。」
へえ、じゃ彼女の話に出てきた『アタシより剣で劣るが、何かと護ってくれて怪我することの多かった兄貴分』ってのはひょっとして……
「……何だよ。何ニヤニヤしてんだよ?」
「別に……。そんなことより、メシがまだだろう?食事の準備をしてるんだが食うか?」
「わざわざ聞くかね、そんなこと。こっちゃ四日も保存携帯口糧だったんだぞ?ウワサの『大食い食堂』のメシだろ?大盛りで出せよ。」
「『大食い食堂』?何だそれ?」
「オマエ、他の連中と仕事するときは飯炊きを買って出てるそうだな?ここ最近、オマエのメシ食った連中が口をそろえて言ってんだよ、『二日以上かかる仕事なら食堂つけろ』とか『糧食費支給なんて条件より大食い同伴ってのはねえか?』ってな。」
あらら、調子に乗りすぎたか?俺自身がまずいメシ食いたくないからそうしてただけだったんだが。
「『持ち帰る者』のルディなんか『ウチが優先なのよ!アンタたちはその馬糞の干したのでも噛んでればいいじゃない!』なんて言ってたぜ?」
「別にあそこが優先なんて話をした覚えはないんだが……」
「ま、そういうことでな。この仕事請けりゃカネも入るし、期間の半分はオマエのメシを食えるかもとコリーに聞いたから一も二もなく飛びついたってのもある。とっとと荷を下ろしちまおうぜ、オマエも手伝えよ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うほぉ……こってり…」
「ツクさ~ん、これこれ!こういうのを求めてたんだって!」
「のうこおぉ…」
「…じょお、芋ヲウマイト思ッタノ久シブリ…」
「そこらの料理屋より美味いもんがこんな山ん中で食えるんだから、変な話だよ。あ、お代わりもらえるかい?」
ランドルトンは新鮮な牛乳や良質の乳製品が入手できるのでタマラさんと相談し、チーズをたっぷり使ったクリームシチューなど作ってみた。ここ何日か天気のいい日が続いたけど、彼らが冬の山道を苦労しながら移動してきたことにかわりはない。ずいぶん寒い思いもしただろうし、ゲフンゲフンを干したみたいな保存携帯口糧で四日も過ごしてきたんじゃ辛かったろう。まずはしっかりあったまってくれ。
「お代わりは構わんが、後で試作品の意見も聞きたいと思ってるんだ。食いすぎるなよ?」
「気にすんなツクル。コルネリアの胃袋は三つ四つくらいある上に底抜けで天井しらzっつあおほおっいっ………コリー……おま……」
「おや?調子が悪そうだね兄ィ、疲れてるんだろ?アッチで寝てなよ。」
「にぎやかで結構ですこと。さあさあ、皆さんも召し上がってくださいな。ランドルトン名物、メープルシロップを使ったお料理ができましてよ。」
タマラさんとレベッカ、シャールカがワゴンに乗せた試作料理を運んできた……ら、その姿を見たレナータが噴き出した。フィリップのところの面子もむせたり、目をそむけて肩を震わせたりしている。
「へえ?副頭、似合ってるじゃないか。シャールカも。」
「あのレベッカが……ぷくっ……わ・か・づ・ま……ひっひっひっひ……やめて……あ、ダメ……脇いたい……」
そう、レベッカとシャールカの二人が身に着けているのは、襟と袖に花の刺繍が入ったパフスリーブのブラウスに若草色 (レベッカ)、淡藤色 (シャールカ)のスカート。そして、肩紐から前掛け、ポケットまでふりっふりのレースで装飾された白のエプロン!『おっかえりなさ~いアナッタアァン♡ご飯?お風呂?そ・れ・と・も?』でお馴染みのアレだ。
「わらっ……笑うな…レナ……これは…仕事ス……」
「もうこうなりゃヤケクソよ。アタシぃ、いーっぱい愛情込めてつっくりましたのぉ~ん。遠慮なく食べてくださいねぇ~ん!あっら~フィルさぁん、スプーンを持つ手が止まってましてよぉ?アタシにみとれちゃったのかしら~?」
「……いや。驚いてるのは確かだが、見とれるというにはまだこう、このへんに決定的な戦力不足が……」
ばごん
「アンタもかッ!?ツクルといいアホ坊んといい、アタシのまわりには無駄乳探究者しかおらんのかえ!?帰れ!乳の星へ!」
「……ツクル殿、あれはいったい……?」
「今後の現金収入が見込めるとわかったらタマラさんがはっちゃけましてね、今まで随分苦労なさったみたいですから。『わたくし、女の子もほしかったんですのよ。おほほほほ』と、ご自分の古着をあっという間に仕立て直してあの二人をおもちゃに……」
「ああ……」
「あ、それよりもコレどうです?今日作った試作料理の『チーズ、ベーコンとメープルシロップのトースト』、『蒸かしジャガイモのバター&メープルシロップがけ黒胡椒パラリーノ』。オススメはそっちの『干し山葡萄とナッツのレイヤー・クレープ メープルシロップだぼだぼかけ』ですけど。」
「もちろん全部いただきますとも!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事が済んだら情報交換会。主要メンバーで集まったんだが、ジョナサンとハリーの姿はない。ヘルマン氏から雪崩の話を聞き、何人かの住民を連れて周辺の確認に出かけたからだ。まあ、後でまとまった話を伝えればそれでいいと言ってたんで問題なし。
こちらからはこの十日の間に
① シロップ製造事業の本部、幹部会、中核作業グループができたこと。
② 住民への説明も終わり、許可なく一定量を超えるシロップを作ったり、指定されてない場所で樹液の採取を行ったりしないなどの基本的なルールが示されたこと。
③ 最初の拠点作業場が完成し、設備の据え付けがすんだらすぐにでも稼働できるようになったこと。
などを伝えた。
「……ある意味『目の前に銭袋をぶら下げられた』ような状態になったものだからよからぬことを考えるヤツもいるかと思ったんですが、そっちは問題なさそうです。真面目な住民ばかりでよかった。」
それとなく人物『鑑定』しながらまわったけど、特に反意や悪意のようなものを抱いているヤツはいなかった。皆がランドール家を尊敬しており、「若のためにひと肌脱いで……」みたいなのばかりだ。ジョナサンは、あれでどうやら郷主としての仕事はしっかりやっているらしい。
「私が期待していた以上にコトを進めていただいたようで、感謝の申しようもございません……」
ヘルマン氏からは
① 計画したぶんの資材はすべて揃え、輸送中の破損もなかったこと。
② 持ち帰った少量のシロップを信用できる何人かに試食させたところ、『いつ手に入る?』『予定価格は?』など強い手ごたえがあったこと。
③ 砂糖・糖蜜類販売の株を手放した商会があったので早速購入したこと。
などが話された。
「兄さん、株まで買ったのかい?さすがに気が早すぎるんじゃないかな……」
「二年で十分元はとれる!それよりウチがきちんと握ることのほうが今は大事だ。」
『商会は金になるなら何でも扱う』が、一部商品については株を持ってないと扱える量や取引相手、取引金額に制限がかかるらしい。ヘルマン&マックス兄弟商会はこの度その株を購入できたので、もはや制限はなし。売って売って売りまくれのイケイケモード突入。
Yes!このぶんだとボーナスに期待してもいいんじゃないでしょうか?それならついでにあれを話しても……
「…冒険者ギルドでギルドマスターと副マスターに事情をお話しましたところ、これを預かりました。」
ヘルマン氏は鞄から一通の手紙をよこしてきた。
「どれどれ…」
[ ツクルへ ]
来月の半ばまでは多少暇な時期だから、あれこれと面倒臭い話はこの際とっととカタつけろ。それと、エクトル親方から例のものの完成も目途が立ったと聞いた。出来上がったら正式にアレを公表することになる。少しずつでいいから準備を進めておけ。
アンドレイ・チャガチェフ記す
『くああああああ……よく寝た……。相棒、何だそれ?』
暖炉の傍の籠で昼寝をしていたロビンが起き上がり、背伸びしてから膝の上に乗ってきた。
『ギルドマスターからの手紙だよ、さっさとカタつけろってさ。それに特異魔道具の件の発表をする日も近いから準備しろって。』
『準備って何を?』
『わからん。それくらい書いてくれてもいいのにな。』
手紙を読み終えたくらいのタイミングでヘルマン氏は言葉を続ける。
「……よろしいですかな?それにご依頼の通り、ご自宅にも様子を見に伺ったのですが……」
何とも複雑な表情。え、空き巣でも入ってたとか?
「こう……まるむしみたいな形をした布団に、ご老人とエルフの男性が足を突っ込んで酒を飲んでおられました。そして『留守は任せろ、安心して仕事してこい』と伝えてくれ、と。……私も冒険者業界に詳しいわけではありませんが、あれは『見抜く目』のティーリカイネン様と『風斬り』ファビオ様だったのでは……?」
「いえ、違います。近所の爺さんです。エルフのほうはたぶん酒場の前あたりで拾ったんでしょう。ウチのまわりにも時々落ちてますから。」
なんで勝手に上がり込んでんだよ、あの二人?
家主もいないのに炬燵にもぐって飲んでんのかよ。
『ヤバイ!俺のこたつが乗っ取られた!相棒、すぐに帰るぞ!』
『ああ、俺も早いとこ帰りたくなってきた……』
などなど雑談も交えながら話をしていると居間の扉を開けてジョナサンが入ってきた。急いで来たのか汗をかいて息も荒いのに顔色は真っ青だ。
『なんか前にもこんなんあったよな、相棒』
『ああ。』
「ジョナサン様、如何されましたかな?お顔の色が優れぬようですが。」
テーブルの上のカップの、冷めた白湯をごくりと飲んでジョナサンが言う。
「……道が抜けた……いや、落ちた?」
「「「「 は? 」」」」
「雪崩の影響だと思う……道が……ここにつながる道がなくなった。」




