第五話
……朝っぱらからにゃーにゃーうるせえ……
……やめろよ……誰だ?顔をぐにぐにしてんの……
……やめろって………にゃーにゃー?……ロビン!?
がばと起き上がると、胸の上に乗ってた黒い毛玉が転がった。
「なんだ!?ロビン!何かあったのか!?」
「いてて……おう、おはよう相棒!もう夜が明けて大分経ったみたいだぜ?結界とかの効き目が切れる頃合いを過ぎてるかもしんねえのにさ、なっかなか起きてこねえから騒いでみた。一匹じゃつまんねえよう。」
「……そんなことで朝っぱらから……。」
心配して損した。っていうか夜明けから大分経った?自分のことながら、随分と寝てたもんだな。
「いつもなら日の出前には起きて何やかやしてるじゃんか。それが今日は日が昇っても起きてこねえから。心配したのは俺のほうだぞ。」
それもそうだな、すまん相棒。
「それで、今日はどうすんだ?」
出入り口のファスナーを下して靴を履き、テントの外に出る。朝陽がまぶしい。
「まずはゆうべの片付けをして、それから朝飯だな。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異世界じゃ水の補給だっていつできるかわからんから、洗い物はできるだけ水の再利用でいこう。スパゲティを茹でた鍋をもう一度火にかけてゆで汁の残りを沸かして食器類を洗い、ペーパータオルでしっかりぬぐい拭く。うっすら油が残ってる気もするけど、今は仕方ない。水があるところで改めて洗うさ。大物の片づけが終わったら、パーコレーターを仕掛けて朝飯の準備。今日は簡単にクラッカーでいいだろう。昨夜のことを思い出してロビンにネコちゅ~ぶをやってみたら、うにゃーうにゃー言いながら離れなくなった。おい、もうなくなったってば。
「相棒!これウメエ!無限に食ってられっぞ!俺、魔力とか軽油とかよりコッチのほうが好きかも!」
朝飯を食い終わったら歯を磨き、軽く体を拭いて服を…下着を着替える。
「そんでコレをどうするかだよな。」
目の前にはロビンの荷台に載せといた荷物が置かれている。流れ的にはこうだよな。
昨夜ソロが仕掛けてくれた右の掌を荷物に向けて念じてみる。
「……『アイテムボックス』収納!」
ふおん!と音がしたかと思うと段ボール箱の山があっという間に消えた。
「おおっ便利なもんだな相棒!『ボックス』ってのに全部入ったのか?」
「そうらしい。でも出す時はどうしたらいいんだろう……こうかな?『アイテムボックス』取り出し!」
しまう時と同じように、ふおん!と音がして荷物の山が現れた。基本的にはこのやりかたでいいらしい。ソロの奴は「いろいろ試しながら」なんて言ってたっけか。練習してみよう、と再び荷物の山に右手を向けて
「『アイテムボックス』収納!」
ふおん!のパッでまた消える。おっもしれえな、ロビン……ロビン?
「おい、ロビン!どこ行った!?ロビン!?」
『……お~い、あいぼ~う……』
うわ、何だこれ。耳?いや違う頭の中のほうで音が聞こえるヘンな感じ。あ、よくある『こいつ、直接脳内に!』ってアレか。気持ちのいいもんじゃねえな。
「おいロビン、どこだ?」
『声出すな~うるせ~……たぶん相棒の中にいる……』
中?俺の?どういうことだよ。
『あ、声の大きさはそれくらいが丁度いいかも。それよりもすまねえ、ちゅ~ぶほしさに箱漁ろうとしたら一緒にボックスん中に入っちまったみたいだ。』
何やってんだよもう。
「『アイテムボックス』取り出し!」
荷物の山と一緒に現れる黒猫ロビン。
「ぷはっ、すまねえ相棒!やっぱり欲かいちゃいけねえな。」
「それよりもケガとかしてないか?オマエが壊れたら俺はこの世界でどうやって生きていけばいいのか……」
「別になんともねえぜ?俺はまだ入ったことねえけど機械に載せてがこんがこん入れてく立体駐車場があんなカンジなんじゃねえか?よくわかんねえけど。」
あ、そんなもの?じゃ心配する必要ないな。
「じゃあロビン、これからしばらくの間は今みたいにオマエをボックスにしまうことも多くなるかもしれないから、そのつもりでいてくれないか?」
「そりゃまたどうして?せっかくの異世界だぞ、俺だっていろいろ見てみてえよ。」
「ここはいわゆる『剣と魔法のファンタジー世界』なんだぞ?移動手段っていえば馬、牛、ロバが引っ張る荷車くらいしかないはずだ。そんなところに人間六人、荷物2トンを載せて時速50kmで走れる馬なし馬車が現れてみろ。あっという間によからぬ連中に強奪されちまうよ。それに今の猫の姿で一言でも人間の言葉を話してみな?『シャベッタアアアアア!!!』って狩られるぞ、オマエ。」
「あ、言葉のほうならたぶん問題ないぜ?……いよっと。」
肩に飛び乗ったロビンが頭の上でもごもご動いて俺の後頭部にへばりつく。
『聞こえっか?相棒。』
「うお!」
『ホントに声出すとうるせえって。頭ん中だけで声出してみろよ。』
……こうか?チェック、チェック、タンゴ、シエラ、ユニフォーム、キロ……
『OK、OK。さっきボックスの中にいる時に思いついたんだ。な、話せるだろ?』
ホントだ、これがウワサの「念話」ってヤツか。
『な、だからいいだろ?俺が外にいたって。もちろん相棒が本当にヤベエと思う時はボックスん中にぶち込んでくれていいからさ。」
人前で喋んなよ?
「わかってる。承知してる。理解してる。約束する。」
俺の頭をポンと軽く叩いてロビンは飛び降りた。
「さて、んじゃこれからどうすっかな。つか、どっち行けばいいんだろう。」
昨日は気づかなかったんだが、落ち着いて周囲を見れば今いるところからは三方向に道が続いている。東側のは昨日俺たちが来た道だから、進むなら残りの二つのどちらかがいいだろう。
西か北か。できれば町があるほうがいい。
「悩むなあ…」
「なあ、相棒…」
「俺としてはそこそこ人がいて、治安がよくて、綺麗な水とそれなりに食えるものがあって、経済が正常かつ公平にまわっていて…」
「相棒ってばよう…」
「…なんだよロビン?今どっちに行くべきか考えてるんだから、ちょっとだけ静かにしてくれないか?」
「いや、だからさ相棒。どっちに行ったらいいかわかんねえのなら、アイツらに聞いてもいいんじゃねえか?」
「アイツら?」
後ろを振り向くと、20メートル位離れたところに五人の男女が立って、こっちを見ている。
ヤバイ!見つかった!?
あわてて荷物の山の後ろに隠れて使えそうなものを探す。幸いなことに工具箱と一緒にくくっているバールが目に入った。抜き出して両手で持ち、そろりそろりとむこうの様子を覗き見る。くっそ。野犬対策に用意しといたクマスプレー、テントの中だよ。
グループの真ん中にいた男が両手を上に上げて二、三歩進んで大声を出す。
「安心しろ!俺たちは盗賊じゃない!ラハティ市のギルドに登録している冒険者だ!哨戒のため、このあたりを移動中なんだ!そっちに行ってもいいか?」
男は右手を懐に入れると銀色の小さなプレートを取り出して掲げて見せた。すると他の四人も同じように銀色か赤銅色のプレートを掲げて見せる。
思わぬかたちで現地住民とファーストコンタクトしちまったなあ。
「相棒、どうする?」
「とりあえずもう少し近くに寄らせて『鑑定』で見てみるか。だけどそうだな、いつでもトラックに戻って走り出せるように準備だけはしといてくれないか?最悪、荷物は捨てることになっても命は守る。それとニンゲン語でしゃべんなよ?どういう反応されるかわからん。」
「OK、うまくやってやるにゃ~ってか。」
頭だけを荷物の後ろから出して男に呼びかけてみる。
「俺の話す言葉がわかるか!?もしわかるんなら……真ん中のアンタ!そう!アンタだけ、ゆっくり、こっちに、近づいてくれないか!?」
男は腰に佩いた剣とおぼしきものを地面に置くと、両手を上げたままゆっくり歩いてきた。こっちまで10メートルを切ったあたりでもう一度声をかける。
「よし!そこでいったん止まってくれ!」
バールは左手から離さず、手のひらだけを向けて『鑑定』と念じる。すると視界に目の前の男に関する情報が現れた。
[ 名 前 ] ミルカ・ライタネン
[ 性 別 ] 男性
[ 年 齢 ] 四十歳
[ 種 族 ] 人間
[ 職 業 ] 冒険者(剣士)
冒険者ギルド・ラハティ支部所属
第三等 華草紋付白銀板章
パーティ『灯りを点す者』リーダー
[ 情 報 ] 聖人ではないが善人
仕事も私生活も慎重で真面目
任務中に見慣れない風体の人間を見つけて警戒している
傷つけたり奪ったりするつもりはない。
☆ これ以上の鑑定をする場合、対象物との距離を縮めてください。
よし、ファーストコンタクトの相手としては悪くない。むしろいいほうか。特に「聖人ではないが善人」って正直なところがイイ。
しかしやるな、『大鑑定』とやら。相手の個人情報まで教えてくれるの?あと、私生活の情報まではいらん。男のはいらん。
だが注意すべきは最後の部分。距離が離れれば離れるほど『鑑定』できる項目・情報が少なくなるということだろうか。『大鑑定』をフルに活用するなら、どうにかして接触することが必要だな。
「すまん!一応少しだけ確認させてもらった!勘弁してくれ!こっちへ来てくれて構わん!」
男に声をかけて手招きする。近づいてきたのは身長190センチくらいのガチムチ系。顔には少し笑みを浮かべている。どうやら多少は友好的に話せそうな相手だ。喧嘩はしたくない。
「いや、こんなところで出くわしたんだ。警戒されても仕方がない。確認したってことはアンタ、ひょっとして『人相見』か『鑑定』持ちかい?」
「ああ、簡単に相手の名前と仕事くらいならわかる。少なくともアンタは盗賊じゃなかったし、きちんと冒険者だとわかった。勝手に見てすまなかった。」
ごめん。見たこともだけど、嘘をついてることについて。俺の『鑑定』は頭に大の字がつく特級品なんで、隠させてもらう。
「いいさ。見たんならわかってるだろうが、一応自己紹介しとく。俺はミルカ、ミルカ・ライタネン。ラハティ市の冒険者ギルドに所属して、『灯りを点す者』ってパーティでリーダーをしてる。」
男は右手を差し出してきた。握手?異世界の風俗なんか知らないから地球スタイルでやっていいものかどうか迷うな。聞いてみよう。
「俺はツクル、ツクル・ナイトー。この辺の人間じゃないんでアンタらの流儀をよく知らんのだ。これは俺の知る友好の挨拶、『握手』と考えていいのか?」
男は一瞬きょとんとした顔をすると豪快に笑い始めた。
「はっはっはっはっは!そうだ!これはアンタも知るところの有効の挨拶、『握手』だ!」
笑わんでもええやろ。よし、バールを置いて……はい、シェイクハ~ン、シェイクハ~ン。……見た目通りに力強いな。
握手していた手を放すとミルカが聞いてきた。
「後ろの連中も呼んでいいか?」
あ、そうだった。四人が向こうのほうで手持ち無沙汰な感じでつっ立ってる。
「ああ、構わんよ。哨戒中だと言ってたが、時間はあるのか?もしよければ俺の故郷の茶でも淹れてやろう。」
コイツらとは仲良くしといたほうがいい。コーヒーも限りはあるんだが、たぶん今は使い時ってやつだ。
「いいのか?それじゃあご馳走になろうか。おーい!問題なかった!こっちへ来い!」
ミルカが呼ぶと四人がぞろぞろと歩いてきた。別に敵意や警戒のようなものは感じられない。
「こっちは…ええと何だっけ?……ああ、そうツクル、ツクルだ。名前と職業がわかる『鑑定』持ちだそうだから、見られたくないんならきちんと自己紹介しとけ。」
『鑑定持ち』ってあたりに少しひっかかったみたいだが、リーダーの言うことにはきちんと従うパーティらしい、順に自己紹介をしてくれた。
一人目は革の胸当てをつけた幼さの残る糸目で金髪のボウヤ。年は十五、六ってとこか。
「俺はラッシっす。担当は前衛、斥候もいつかはやりてーっすね。」
次は弓を背にした茶色短髪小動物系の女の子。ラッシと同じ位の年頃かな。
「アタシはシニッカ、弓手だよ。」
三人目はつばの広い帽子に長めのコート?ローブ?姿の若い女性、たぶん魔法使いだな。
「わたくしはミレナ・リプスカ。魔術師ですの。」
最後はいかにもな聖職者系のいでたちの青年。
「エルメーテ・チェレンターノと申します、『地母神教会』の神官です。」
「俺はツクル。今は故郷を離れて放浪の旅をしている最中だ。さっきは警戒してたんで、リーダーさんだけ鑑定した。アンタたちのことはいっさい見ちゃいないんで、勘弁してくれ。それと、こっちは相棒のロビン。ロビン、普通に挨拶しな。」
「ふにゃ~ぁあ。」
相棒共々日本式のお辞儀で挨拶をしたら、
「そんなに畏まらなくってもいいって。」
「お辞儀ができるってかわいいネコだね!」
と五人が笑った。うん、こういう風に笑える人間なら、まあ悪人ということもなかろう。