第四十八話
さて、住民への技術指導ったって本当にタカが知れてる。基本的には
① 木に穴を開け、管を突っ込んで容器を仕掛けます。
② 容器を回収し、集まった樹液を火にかけます。
③ 焦がさないように煮詰めます。
④ できた!
だもんな。途中で何度か濾すとか注意する必要はあるけど、手順が複雑な訳じゃない。
記念すべき第一期技術研修生はジョナサンとタマラさん、それから俺の「特に信用できる人間」とのリクエストでジョナサンが呼び出した住民四人。気分的にはいいものじゃないけど、この四人は『鑑定』で確認もしてみた。今後利益が出るようになったらどう変わるかわからんが、少なくとも今の時点ではこっち側であるほうがいい。幸いにも全員真面目でジョナサン、というかランドール家に対する忠誠とか恩義のある人物ということだ。
祭壇からのおさがりで試食会を開き、まずは衝撃を受けてもらう。次にこれがランドルトンで作れることを明かし、二度目の衝撃。どや、びっくりしたやろ?
「皆さんにはランドルトンにおけるメープルシロップ事業の幹部、他の住民への指導員となってもらいます。十日程度でヘルマン氏が戻ってきますので、それまでに四、五回は通しの作業をやってみて流れを覚えておいてください。」
一日目は樹液採取のための容器を仕掛けたら他にすることはない。そこで「イセカイドチャクソサトウカエデ/異世界土着祖砂糖楓」についての相互勉強会を開く。開会早々
「正式名はイセカイドチャクソ…でもいいけれど、今後の商品化を考えるともっと親しみのもてる通称、覚えやすい名前が欲しい。」
と、マックス氏の要望。確かにドチャクソはないな、食う気が失せる系だわ。いくつか案が出たが、協議は大して時間をかけることもなく
「ランドールシロップカエデ/ランドールカエデ/シロップカエデ」
というシャールカ案で全員一致。そうか、こういうので(が)よかったんだな。つか、こっちのほうを正式名称にしたくなってきた。
『鑑定』で繁殖力旺盛なのはわかっていたが、住民の話を聞くと地球世界のタケに匹敵するレベルなのが一抹の不安をよぎらせる。カエデは木材としての利用価値も高いから、適当に輪伐していけば大丈夫……だといいなあ。
二日目、まずは採取容器の回収。もちろん「俺が知らない場所で採取」したヤツも回収してもらう。なおジョナサンは今回はきちんと仕事をした模様。濾しながらそれぞれ回収した樹液の量を計ると採取場所や穴の位置によって差はあるらしいが、それほど大きいものではなかった。
で、お楽しみのぐつぐつタイム。
一度目は「煮詰めればできること」の確認のため、量は少なめで道具も俺のを貸し出してやってもらう。
できあがったシロップの味見をしたとき、四人の幹部候補生の一人であるハリーは泣きだした。
「ユージン様もクリストファー様も、アッシの思ってた通り大したお方だった。こんなトンデモねえものを新大陸から持ち帰っておられたんですねえ……。だからあんなに熱心に『増やせ、植えろ』と……アッシがその意味を、もっと早くに伺ってりゃ……」
「俺や母上だって教えられていなかったんだぞ、だから気にするな。だがハリー、ここから盛りかえす!。手伝ってくれるよな?」
「……ヘイ、坊ン!何でもおっしゃって下さいやし!」
二度目は量を多めにして、また使う樹液を他の人間が集めたのと交換してやってもらう。これも問題なく完成したので、明日の研修に備えて容器の再設置をして解散。できあがったシロップは自宅に持ち帰ってよいことにした。
俺はもう少し仕事をするか。
いくつかある森番小屋のうちの一つ、ランドルトンで最大のカエデ林のそばにある一棟にマックス氏、レベッカ、シャールカと向かう。
「作業の効率化を考えたら工場はカエデ林に近いほうがいい。ジョナサンは許可を出してくれたんで、ここを最初の拠点工場にしよう。マックスさん、いいですね?」
「ええ。ですが本当に大丈夫なんですか?釘や金具の類は用意しておりませんが……」
「前回運べなかったとかいう木材、あれだけあればいけると思います。それじゃシャールカ、すまないがこの……あたりを……ここら……まで、均してもらえるか?」
「平らにすればいいのね?……vbfrvghdfbyzyfb……『構成・整地』!」
シャールカが魔法を発動させると、俺が棒でざっくりした線を引いて示した範囲の土地がうごめき波うち、やがて平らな地面に変わっていった。
「さすがは紋付、大したもんだ。」
「白で紋付扱いされてもねえ。それに動かないもの相手なら誰だってできるわよ。」
とか言いながら、しっかり顔がニヤけてるけどな。
「それじゃ続きは明日以降ということで。副頭、そんときゃ手伝いを頼むよ。」
「……ぅス…」
……よし!『肩をぽんとたたいて軽くお願い』成功!しかも『ああ?触んじゃねえスよ、男風情が!』みたいな視線もなし!懐柔作戦は順調である。
三日目。今日は容器回収からシロップ完成まで俺の口出しはなし、しかも道具は自分たちで用意できるものだけに限定。めいめいでやってもいいし、協力してやってもいい。とにかく最後まで自分たちだけでやらせることにした。技術「指導」してないね、もう。
その間に俺は工場の建設工事のつづき。レベッカとシャールカには別の仕事を頼み、資材置き場でまずは作業開始。ここの主要な産物になることを期待され、角材や板材に整形されながらも輸送の問題で塩漬けになっていた材木が山のように積まれている。
精神集中して、自分の造りたいものをしっかりイメージ。
『木造平屋……三方囲い……作業小屋……』
『…炬燵……あったか~いこたつ……ぬっくぬくのおこた……』
『木造平屋……あったか三方炬燵……こたつ囲いでぬっくぬく……作業をするならおこた小屋……!?おいロビン、邪魔すんなよ。』
『あんだよ、この時季の作業は寒いだろうなーって思ったから炬燵の必要性を伝えただけだい!』
『頼むから、少し集中させてくれ。』
『ちえ。』
仕切り直してイメージが出来上がったら差し金を握り、お呼び出し。
師匠……棟梁……親方……願わくは、理想の作業小屋を建てさせたまえ……
この内藤創めにお力をお貸しください……
…………?…………キタッ!
◇ ◇ ◇
【 ただいま建設資材のプレカット作業を進めております。しばらくの間、ランドルトンの雄大な自然の風景をお楽しみください。 】
~ ネイチャーっぽくてチルでメロウなアンビエント系音楽 ~
◇ ◇ ◇
「……ふう、なかなかの出来じゃないですか?」
目の前には丁寧に鉋までかけられた材木多数。「釘・金具は一切なし」という結構厳しい条件だったんだけど、さすが日本の職人衆。きちんとそれに合った形に仕上げてくれている。でも、この芸術的を通り越して悪魔的ですらある木組み・継手の組み立てが俺にもできるかは、正直わからん。
レベッカ組に合流して目的のものをアイテムボックスに収納し、ジョナサン宅に戻ることにした。
夕食前くらいの時間になって全員のシロップが完成。『鑑定』で衛生面の安全とメープルシロップと呼べるものになっているかを一応確認した後、全員で品評会&試食会。
「色も味も大体同じなんですけど、それなりに違いが出るものですね。」
「自家消費するぶんには問題ありませんが、商品として出荷するならそういう違いをなるべく少なくしていくのが重要です。ブレンドで平均化するっていう手もありますけど。」
「いっそのこと、その違いをウリにしたらどうだ?例えば濃い色や味を好むやつもいれば、薄くなければダメだってやつもいるだろう?」
「そういうのはもう少し後の話。メープルシロップが世間にある程度認知され、需要が高まってからだな。まずは定番となるシロップの味と色の基準を決めていこう。……明日はシロップ作りのほうをいったんお休みして作業場を建てましょう。材料は揃ってますし、皆でやればそんなに時間はかかりません。いいですね?」
「「「「「「 はい! 」」」」」」
おう、いい返事。センセイってのも悪くないね。
四日目。森番小屋そばの建設予定地に集合してもらい作業を始める。まずは昨日レベッカ組に探してもらった大石小石と平たい石で基礎作りから。お屋敷を建てるわけじゃないんで簡単な玉石基礎でいいだろう。
問題はこれらの作業の指揮をきちんと執れるかどうかだが。
……師匠、棟梁、親方。今日の現場は普段と少し違います
建設建築の素人を指揮して小屋を建てなきゃなりません
いつもみたいに神がかりで全部一人でやるんじゃなくて
作業リーダーとして働けますよう、どうかお力をお貸しください……
……………………駄目か?
………いや……………きたキタ来たあッ!!
タオル鉢巻きぐりーん!耳に鉛筆シャキーン!
金槌ぐるぐる回してベルトにシュッ!
馬手に鋸 弓手に差し金
ポーズはもちろんサ●ラ●ズ立ち!!
(世代的に勇者シリーズ直撃なんだよ)
行くぜ!内藤創・大工の棟梁モード!
「いいかオメエら!昼飯前に棟上げして、日の入り前にゃ仕上げっぞ!モタモタするヤツぁ新築記念の人柱だァ、気合入れろ!!」
「「「「「「 は、はい! 」」」」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「喰らえ!すぅうぱぁあびるどっ(絶妙のタメ)はんまぁああああ!!!」
すこん
最後の継手部分にくさびを打ち込み、ついに作業小屋が完成した。と、同時に俺の中から何かが抜けていく。
師匠、棟梁、親方。ありがとうございました。
後で酒でも捧げます。
「まさか本当に一日でできるとは……」
「これで釘の一本、金具の一つも使ってないとか……」
「仕上がりが綺麗すぎる。貴族の庭の何かかよ……」
思わぬ完成度の高さに皆びっくりのようで気持ちがいい。しかし……
俺は日本の農業倉庫みたいな簡単なのをイメージしていたんだが、できあがったのは八畳の休憩室(掘り炬燵用設備ありの板座敷)を併設する、ちょっと小洒落たガレージハウスのような建物。ロビンの茶々入れが影響した上に、師匠連中が気を利かせてくれたらしい。
「………おほん。皆さんのご協力の甲斐あって、作業小屋はほぼ完成しました。あとはヘルマン氏が持ってくる予定の大鍋に合わせた竈や煙突を、こっち側の壁のない開けっ放しの間に設置しなければいけません。ですので今日の仕事は終わりです……どうしたジョナサン?」
「いや、さっきまでの荒っぽいのと随分印象がちがうな、と……」
「そんなにか?」
「憑き物が落ちたみたいに。」
うん、落ちたからな。
「はっはっは!さっきまでの旦那ァあれだ、俺が若ぇ頃にいた軍隊の鬼古参みてえだったからな!なかなかの仕事人でござんしたぜ?」
そりゃ大工の頭領だからな。鬼軍曹的な人とかただただおっかねえ人も多いよ、実際。ところでハリーは軍務経験者か?それならコルネリアが言ってた自警団を任せてもいいかもな。
「それじゃあ今後のことについて簡単に説明しましょう。今日は樹液回収容器を設置してから帰宅してください。明日は一日使って製造実習、できあがったシロップを使って明後日には皆さんにしたのと同じように他の住民への説明会を開きます……」
それはそれで問題なのかもしれないが、皆からは特に質問もなくミーティングは終了。マックス氏が「特別作業報酬」ということでいくらかずつ四人の住民に渡していたが、恐縮してなかなか受け取ろうとしないあたりが好もしい。
『ま、相棒なら躊躇なく受け取るもんな。』
『右手で受け取った後にもっぺん列の後ろに並んで、順番が来たら左手を出す。』
『『 ひゃっひゃっひゃ 』』
「……いいスか……?」
うおう!な……なんだ……レベッカ……オマエから話しかけてくるとは……
「顔合わせの日のことは……サーセン。それと……うさぎの瓶……アザッス……」
なんか言いたいことだけ言ったら背を向けて行ってしまった。
『何だありゃ?』
『デレはじめじゃねえの?けっけっけ』
『まさか。』
でも取りあえず、作戦がうまくいってるのは間違いなさそうだ。トゲトゲした雰囲気がなかったもんな。
『さ、俺たちも帰ろう。』
『ん。あ、それよりもあの作業小屋!休憩室にあったの、アレ炬燵じゃねえの?』
『いや、あれは食糧貯蔵庫だ。緊急用の。』
『いーやっ!違うね!あれは絶対にこたつだって……』
「待ちなさいよ……脳筋バカと田舎者ども……魔術師のアタシにまで丸一日肉体労働させといて、労いの言葉一つないとか……おかしいでしょ……ちょっとレベッカ!足が……足がぷるぷるなんだってば……!」




