第四十七話
「それではツクル殿、なるべく早く戻りますのでこちらの方はよろしくお願いいたします。」
「ええ、道中お気をつけて。それと冒険者ギルドの方への連絡も……」
「承知しておりますとも!さあコリー、急いでラハティへ!やるべきことは多いぞ!……ふはははははは!やはり三母神はこのヘルマンに微笑みかけて下さったのだ!見ーとーれーよ~、デ・コルトの若造めが……」
「親父、危ないから座ってろって!」
コルネリアが鞭を入れる音と同時に馬車は勢いよく走りだす。荷台でひっくり返りそうになったヘルマン氏だが何とか持ちこたえ、身を乗り出してこっちに手を振り続けている。座れって娘も言ってるだろうに……
「ヘルマンさんももう少し落ち着けばいいのに。」
「兄さんはのぼせだからな。ああなると手がつけられん。」
ラハティに戻る馬車を見送るのは俺とマックス氏、それにレベッカとシャールカ。護衛戦力の分割はどうかと思ったんだが、戦闘に関する強さや技能の面から考えてこの分け方なら取りあえず問題はないらしい。
「それじゃあ私たちも戻って作業を始めようじゃないか。ツクル殿、技術指導よろしくお願いします。」
技術指導ったってアレだよ?子どもにだってできらあ………つってもシャールカにゃ無理か。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は仕込みを疑われることを警戒し、ジョナサンに「俺の知らない別の場所に植えられた木」でも同じように樹液を集めるよう頼んでおいた。五か所でやるよう言っておいたんだが、戻ってきたジョナサンは一つの容器しか持っていない。
「詐欺師の実演販売みたいなもんかと疑ってさ、バカ正直に付き合う必要もないだろうと思って一つしか仕掛けなかったんだ。ごめん♡」
山育ちのクセに世慣れたことを考えたもんだと感心したが、まあ皆の怒ること怒ること。母御殿に至っては「ランドール家の名誉…」とか「男子の面目…」なんて言葉まで口にする。そのへんにしてやりなよ。
「だってお前ら、樹液だぞ樹液!ガキの集めるカブトムシじゃないんだからさ!」
ジョナサン、オマエも反省する前にそういうこと言ってしまうから、また皆の怒りが……
なお、このあたりで彼は「貴族らしいよそいき」を完全に脱ぎ捨てることにした模様。母御殿も
「タマラと呼んで下さって結構ですのよ?」
とのことなんで冒険者組はそれに合わせることにした。
貴重な樹液は二つに分けてタマラさんとレベッカにそれぞれ別に作業をしてもらう。誰がやってもきちんとシロップができあがることの確認のためだ。シャールカがやりたそうに見つめていたが、何せ彼女は器用度が棘皮動物門海星綱程度しかないので、レナータとジョアンナがつきっきりで最悪の未来の到来を阻止していた。
「ちょ、レナ!アキレス!アキレス入ってる!ジョオも!そっちは曲がらない、曲げちゃいけない方向だから!てかアンタら二人とも本気でしょ!?」
分けたことで量も少なくなったため完成までの時間は俺がやった時の三分の一もかからず、二人の鍋の底には紛うことなきメープルシロップが溜まっていた。
タマラさんは小瓶に移し換えた琥珀色の液体を居間の祭壇、今は亡きユージンと夫のクリストファーの霊前に捧げて
「……少しは教えてくれてもよかったと思いますよ?私はそんなに頼りなかったですか?」
と泣き笑いで祈りの言葉を唱えていた。
何やかんやで昼飯を食べ損ねたが、新しい産業が生まれた記念日ということで晩飯は少し豪勢なものになった。俺も料理と酒の方面で少しだけサポートする。
「ラハティだけではありません、今は王国全体が砂糖不足の状況にあります。元に戻るまで一年、二年で済む話ではありませんから、まさに商機到来ですぞ!」
「以前のように戻ったとしても、コレはコレで十分定番商品になるから需要が極端に減ることもないだろうしね。北方への輸出だって考えていいと思う。兄さん、そろそろジョシュとレックスを修行から帰らせて人手不足に備えたほうがいいんじゃないか?」
「ジョオ、イモも食えっていつも言ってるだろう?」
「頭目、狼ハ芋食ベナイガ強ヒ。じょおモ狼、強ヒ。故ニ食ハヌ。」
「昨日は少し言いすぎたわ、謝る。ごめんなさい。」
「気にすんなって、アンタの言ってた通り何の取り柄もないところだったからな、ここは。だが今日からはちがう、ついに現金収入につながる産品が見つかったんだ!ツクル、昨日のあの酒はまだあるか?乾杯だ!」
「副頭、まーたその瓶出してんの?ニヤニヤしちゃって、よっぽど嬉しかったんだね。」
「……ちがっ……誰もニヤけたり……してない……」
昼間レベッカが作ったメープルシロップを入れるため、俺はある品を彼女に渡してやった。
日本で生活してた頃、「いつかどっかで使うんじゃないかな~」と思った品を集めていた箱、アイテムボックスのリスト最下段に表示された【ジャンク箱】から引っ張り出したそれは、ウサギの顔の形のガラスの小瓶。ついでにリボンもつけてやったわ。
「ま、副頭もまだまだ女の子だもんね。お菓子もカワイイものも大好きだし。」
「……もう……黙れ……レナ……」
そうか、甘ものだけでなくかわいいものも好きか。これはよいことを聞いた。
ククククク、覚悟しろレベッカ。
これからもあまかわモノで攻め続けて貴様を懐柔してくれるわ。
だからもう少し、ボクに優しくしてください。
手のひらにおちた粉雪がとける、そんなくらいのあたたかさをください。
『いや、そこはもう少しガツンといけや相棒。』
楽しい夕食が終わり、暖炉の前にはヘルマン、マックス、コルネリア、ジョナサン、そして俺とロビンの五人+1が集まってあの木のことや今後のことを話し合うことになった。潤滑剤はもちろん、今回の仕事ではお馴染になりつつある定番テネシー・ウイスキー(いつの間にやら二本目!)でスモークチーズとジャーキーも出しておいた。
「あの木のことですが、よくご存じでしたなツクル殿。」
「俺の故郷にも同じ種の木がありましてね。大昔、戦争後の物資が不足した折に今日やったのと同じようにして砂糖や蜜を得ようとしたそうです。もっとも、新大陸由来のアレのほうが比較にならないくらい大量のシロップを得られるようですけど。それと俺、動植物に特化した『鑑定』スキルがあるんですよ。今回はそれにも頼りました。」
「ほほう、それは素晴らしい。では、あの木からいったいどれほどのシロップを得られるのでしょう?それに一年中採取が可能なのかどうかも知りたいところですな。」
商売の計画も立てなきゃならんから気にはなるよな。ここは『鑑定』でわかったことを素直に教えておくが、驚いてくれなさんな?あの「イセカイドチャクソサトウカエデ(俺命名)」、地球のサトウカエデの四、五倍の産液力があるらしいぞ。しかも成長速度とか繁殖力もハンパじゃないらしい…………『鑑定』が「侵略的外来種」って言葉も使って説明してたから。さすが異世界の新大陸渡り、一味違う。
「…まずは採取時期ですが、今が丁度シーズンの初めあたりといったところでしょう。これからおよそ三カ月、山の根雪が解け切る頃までがシロップになる樹液の採れる季節ですね。」
「四半期か、結構短いような気もするが……」
「しかも良質の樹液が採れるのはそのうちの前半、後になればなるほど樹液の糖分が下がってくるからシロップに加工するのが難しくなるようだ。道具は鍋とか釜とかそこらにあるものでも間に合うが、時間だけは注意しなきゃならんのは確かだな。」
「なんと!これは一刻も無駄にできませんな。……よし。ツクル殿、お願いがございます。」
「何でしょう?俺にできることなら聞きますよ?」
「報酬を三割増しにいたします。私は一度ラハティに戻って諸々の支度を整えて参りますので、その間ここで住民に技術指導をしていただけませんか?」
「技術指導?」
「はい。なるべく多くの住民にシロップ製作を習得してもらい、早いうちに産業化してしまいたいのです。」
「……俺は特に予定はないのですが、ギルドのほうが何と言うか……」
「そこは私のほうで説明して何とかいたしましょう。なに、こんな時のために日頃から寄付をしているのですからな。」
『え?待って?やめろよ相棒!わかってんのか!?ここにゃあ炬燵がないんだぞ?』
『せいぜいが十日かそこらだから問題ないだろう。それよりとっとと利益が出るようになったほうがいい。忘れたのか?魔道具の支払いがあるんだぞ。』
じたばた暴れ出した相棒を抑えて愛想笑い。おゼゼを頂戴できるんでしたら問題ないですよ~?
「ならギルドの方はお願いします。そこがクリアできるなら俺の方は問題ありませんから。」
『ありだよぉ~問題大アリだよぉ~俺のおこたぁ~……』
「じゃあ次は量だね。ランドルトンにゃあの木が千本から植わってるってことだけど、最終的にどれくらい採れる算段つけてんだい?」
「採れる樹液の量は木一本当たり一シーズン中樽一本くらいだろう。今日作ってもらったのを見る限り、煮詰めて三十分の一くらいになるから、仮に千本でシロップを生産するとなると中樽で三十本ってところか。最初の樹液量を少なめに見積もってるからそれ以上、もう十本くらいは確実にいくだろうな。」
「少なく見積もってもそんなにかい?親父、今の砂糖の相場から考えた利益は?」
「…………お前の花嫁衣裳のティアラに真珠をつけてやれる。首飾りにも、指輪につけてもいい。いや、婿のグレードを一、二段あげてもいい。」
「アタシの婿取りはまだいいよ。だけどこれで決まり。多少アガリに響くけど、ここにも護衛を置こう。そんな高利益品があると知れたらよからぬことを考えるヤツも出てくるからな。自警団を組ませる必要もあるか……」
「すまん。ちょっといいか、ツクル……?」
「何だジョナサン?…木の本数はサバよみで実際はもっと少ないとかか?」
「逆だ……。」
「「「 逆ゥ !? 」」」
あ、やっぱり。「侵略的外来種」を見た時にそんな予感もしてたんだ。
「ああ。あの木の植林は爺様、父上がかなり熱心に進めていたんでな。最初にここに持ち込んだ苗木の本数で千本なんて言ってるけど、この二十年でその倍近くまで増えてるはずだ。仕方ないだろ?この土地が性に合うのかどうか知らんが勝手に増えることもあるし、ばんばか育つんだぞアレ。俺、子どもの頃に見てて怖かったもん。おまけに住民は住民で趣味か日課か天命かみたいな勢いで増やそうとするし……」
「ヘルマンさん……おめでとうございます、本当に大商機到来でしたね……」
「まったく……」
そういや本数まではきちんと確認してなかったな。まあ、利益につながるんだからよしとしようや。
こうして俺らは共用すべき情報や今の段階で決めるべきことを一つ一つ話し合い、カタがついたのは夜半を過ぎた頃だった。
「夜が明けたら私たち帰還組はすぐに出発ですな。ではそれに備えて今日はここまでとして休みましょう。」
ヘルマン氏の一声で話し合いはお開きになったが、俺はもう少しひっかけてから寝ると告げ、暖炉の傍の安楽椅子に座ってウイスキーを舐めることにした。
小卓の上、四角い瓶の中、メープルシロップと同じ琥珀色の液体の向こうにパチパチと音を立てて燃える暖炉の火がゆらめいて見える。
「カエデ絡みの話がここまでうまくまとまったんだ。ひょっとしてアンタ、何か手を貸してくれたんじゃないのか?もしそうだとしたら……ありがとう、ミスター・ジャック。乾杯……」
『うっうっ……俺の…俺のおこたぁ……かえせぇ…こたつ……』
なあ、少しはカッコつけさせてくれや。




