第四十六話
「ツクル!言え!そのいいものって、食品業界だの農業革命だのっていったい何だ!?」
「そうよ、早く言いなさいよ!」
「そうだな、実際にやってみせるのが一番だから皆のところに帰ったらすぐに始めよう。でもまずはお茶を飲もうじゃないか。」
そわそわする二人を連れてジョナサンの家まで戻ると、商品チェックを終えて休憩中の兄弟両氏たちが出迎えてくれた。
「ツクル殿、こちらは終わりましたぞ。いかがでしたかな、ランドルトンの印象は?」
「ヘルマンさん、予定では明日出発でしたがもう一日、一日だけでいいですから滞在を延ばせませんか?」
「えーっ!?ツクさあん、そりゃねえよ。とっとと町に帰ろうぜ?こんな寒々しいしみったれt…mgmgm…」
うっかり八割くらい口にしてしまったレナータの口を押え、コルネリアが少し真剣な表情で聞いてきた。
「ツクル、理由を聞かせてくれないか?冒険者とはいえアタシだってテン・ホルトの名を持つ身、商売のことなら多少はわかってるつもりだ。商人にとっては金と等しい価値を持つ時間を使ってまで見せたいもの、何か『儲けになるもの』を見つけたんだな?」
「ああ。それを見せようと思うから、おつきあい願えないかな?もちろん興味のあるやつだけで構わん。ヘルマンさん、どうでしょう?」
「ええ、もともと予備日は考えておりますし一日くらいなら問題ないでしょう。」
俺を含むこっち側の面子にジョナサンと彼の母親を加えた十人が、うっすら雪の積もる彼の家の庭に植えられた一本の木の前に集まった。
「さて皆さん、この木に注目してほしい。この木がいったい何か知ってるだろうか?はい、ヘルマンさん。」
「さて……、ウチも木材を扱うことはありますから多少は勉強しているつもりですが、この木は存じませんな。」
「では『深紅の短剣』の誇る知性の光、シャールカさん?」
「アタシに聞かないでよ。」
「『知らない』って言えばいいじゃん?ルカはばかだなあ。」
「アンタとはいっぺん決着つくまで闘り合わなきゃいけないみたいね?」
はい、そこケンカしないようにな。
「じゃあこの木の持ち主であるジョナサン様?」
「わかるワケがありませんよ。その木は祖父ユージンが新大陸から持ち帰ったもの、そもそも名前があるものなのかどうかさえわからないんですから。そうですよね母上?」
「ええ、ここに入植してからというもの義父が熱心に植林に努めておりましたから何か意味があるのだろうとは思っておりました。ですが義父も何かを教えられていたらしい夫も、私共にそれを言い残すことなく召されてしまいましたから……」
「ツクル殿、いったいこの木が何だというのです?もったいぶらないで早く教えていただけませんか?」
マックス氏が待ちきれない様子で聞いてくる。俺は今一度幹に触れて『鑑定』を深く広く発動する。
…………よし、間違いない。
「俺が見せたいものの本番は明日の話。今日はそのための準備です。まずはこの木の幹に……」
アイテムボックスに常時収納してある大工道具からハンドドリルを取り出し、木の幹に15センチメートルくらいの深さの穴をやや下向きに斜めに開ける。するとドリルを抜く前から透明の液体がにじみ出て滴をつくる。これなら問題ないだろう。
「断りもせず、亡きユージン殿の遺された木に穴を開けて申し訳ありません。ですがもしユージン殿がご存命でしたなら、きっとこうした筈です。さて、今開けた穴にこのゴムホー……管を挿しこんで……」
短めに切ったゴムホースを穴にむりくり押し込むと、その先から液体がポタポタとこぼれ落ちてきた。いいぞいいぞ、その調子で頼む。
「あとはこの液体が集まるように管の先に容器を……固定して……夜間に凍り付かないよう、一応は布で覆っておきましょう。これで準備は終わり、続きは明日です。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これが今しがた回収してきた昨日の容器です。中身はあの木の樹液で、俺の想定以上の量が出たらしく溢れてました。次にこの樹液を、大奥様にご用意いただいたきれいな布で濾します。」
濾した樹液をフライパンに受け、そのままカセットコンロにかけて火をつける。
「あとはこのように加熱して煮詰めていくだけ。焦げ付かないよう途中からかき混ぜたほうがいいですね。煮詰まるまで時間がかかりますから、それまではお待ちを。」
居間の机の上に器材を並べて説明する俺に注目してくれているのはジョナサンと母親、兄弟両氏にコルネリアの五人だけ。ダガーズの他の四人はこういうことに興味がないのか、長椅子に寝っ転がったり武器の手入れをしたりと自由気ままだ。
『残念だったな~相棒?せっかくアイツらにいいとこ見せるチャンスだったのによう、けっけっけ。』
『いいんだよ、どうせすぐに手のひらくるっくるでこっちに注目するようになるから。』
にしても、昨夜はなかなかお寒い状況だったのは間違いない。作業の後、夕食の時間になるとコルネリア以外のメンバーとの距離が精神的にも物理的にも顔合わせの時くらい遠くなったからな。「腫れもの扱い」ならまだしも、完全に「アブナイ奴扱い」だったし。俺はそんなに信用できないか?
気を遣ってくれたのか、ヘルマン氏が
「マックスや娘たちはともかく、私はこういう演出は嫌いではありませんぞ。」
と言ってくれたのが唯一の救いだ。
皆が自分の仕事に戻ったり外で武器を振るって稽古したり二度寝したりする間も俺は一人でフライパンの樹液を温め続ける。量が半分くらいになった頃、最初に気づいたジョアンナが鼻をひくつかせながら居間に入ってきた。
「甘イニホヒガスル……」
「さすがだな、ジョアンナ。一番に気づいたご褒美だ、出来上がったら最初の試食はオマエさんからだ。」
樹液が煮詰まり、量が少なく色も濃くなっていくごとに他の連中も居間に来て俺のまわりに集まり始めた。
用事を言いつけられないよう隠れて二度寝していたらしいレナータが最後にやって来ると同時に、俺はフライパンのとろとろの液体を冷ましながら『鑑定』する。
名前が【樹液】から目当てのものに変わっていることを確認したらアイテムボックスからパンをひときれ取り出し、皆が黙って注目する中、液体をすくってジョアンナの顔の前までもっていってやる。本能的にそれが何かわかるのか、口を大きく開けたのでぽいと放り込む。
「…あむ…もむ…はむ……ほふぅ……」
「ジョオ?」
「ジョアンナ?」
「ちょっとジョオ?大丈夫?だめならペッしなさい、ペッ。」
皆に試食してもらおうと皿にパンを並べ、液体をかけようとしたらジョアンナが俺の手を掴んで止めた。
「つくる、コレハ獣人以外ニハ毒、危険。ツライケド、じょおガ責任モッテ食ベルカラ、ソレ寄越セ。」
レベッカがジョアンナを羽交い絞めにして部屋の隅まで移動した隙にさっと仕上げて皆にも試食してもらう。
ジョアンナとレナータ、それにレベッカまでもがパンのお代わりを要求し、フライパンの残りをぬぐいながら食べ始めた。
「………!」
「…??…!?…!!」
「ちょっナニコレ?」
「ツクル殿、これは何です?何でこんなものがあの木から?」
「皆さん、ご説明しましょう。ランドール男爵邸の庭のみならず、このランドルトン一帯に千本も植えられたあの木の名前は『イセカイドチャクソサトウカエデ(俺命名)』、そして今召し上がっていただいたのは……」
左手を腰に当て、右手で髪をふぁさっとかきあげて俺は言う。
「旧大陸世界史上最初の『メープルシロップ』です。」
『いよっ相棒!待ってました!自分で思ってるほどかっこよくはねえぞ!』




