第四十五話
朝のうちに開拓集落ランドルトンに到着した俺たち一行は、現在の郷主であるジョナサンの家に招かれた。
「ヘルマン殿、それにマックス殿もご健勝のようで何よりです。道中、変わったことはありませんでしたか?」
一応は現在も男爵位を持っている貴族サマなので「くれぐれも行儀よく」とヘルマン氏に言われたのだが、この青年にヘンに偉ぶったところはない。商人のヘルマン氏だけでなく俺たち相手にも腰は低く、人の好い町工場の若社長か田舎の青年団代表みたいな印象を受ける。
「ありがとうございます、ジョナサン様。前回はひどい目に会いましたが、今回は何もなく無事に到着できました。ああ、ご紹介をしておきませんと。こちらはラハティ冒険者ギルドに所属しておられるツクル殿、我々の事業にご協力いただけないかとお願いしているお方です。」
「それはどうも。こんな辺鄙な村まで来ていただき申し訳ない。……ところでヘルマン殿、早速ですが食料の件は……?見たところ馬車には何も積まれていないようですが……?」
「ご心配なく。ツクル殿、共同倉庫まで参りましょう。そこで荷下ろしをお願いいたします。」
ジョナサンに案内されて向かった大きな三棟並びの丸太小屋が集落の共同倉庫だそうで、そのうちの一棟の中、三分の一くらいのスペースに小麦の袋と塩の樽、ジャガイモの詰まった籠が積み上げられていた。
手ぶらのまま倉庫に向かう俺たちを訝しげに見ていたジョナサンだったが、倉庫の前に今回運んで来た大量の物資(ヘルマン氏曰く馬車十台分相当)をアイテムボックスから出してやると
「……うぽぉ………?」
と、変な声を出して固まった。ヘルマン氏らはルディから俺のことを聞いていたせいか反応が少し薄めだったんで、こういうリアクションは少し気持ちいい。
「数の確認をしながら倉庫に片付けましょう。コリー、レベッカ、ジョオ、すまないが手伝っておくれ。ジョナサン殿、そちらからも人手をお貸しいただいても構いませんかな?」
「……?え、ええ。ハリー!五、六人呼んできてくれ、食料が届いたぞ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあさ、皆さんお疲れさまでした。大したものはご用意できませんが、どうぞ召し上がって下さいな。」
ジョナサンの母という女性が机の上に昼食を並べていく。「大したものは……」の言葉通りにパッとしない料理ばかりだが、ここは山間の開拓地。しかも「ハズレ」なんて評価を受けてるくらいには貧しい土地なんだから仕方ない。
チャパティのような薄くて円い無発酵パンにバター、チーズ、炙ったベーコンと茹でた塩漬けの豚の脂身、蒸かしたジャガイモ。今朝までの野営食のほうがまだ、色彩も香りも豊かなのは間違いない。
『なんか、少しさびしい気分になるメシだな。』
『滅多なこと言うなよロビン。ここじゃこれが御馳走なんだって、たぶん。それにさ、随分前に宿屋の近くの定食屋で食事したことがあったろ?大して変わんないよ、これも。』
『そんなもんかねえ……』
木皿に置かれた「ネコちゃん特別メニュー」、塩抜きした茹で脂身を爪でちゃいちゃいしながらロビンがぼやいている。いいから黙って食えよ、もう。
「それでは大奥様、遠慮なく頂戴したします。さ、皆も戴こうじゃないか。」
ヘルマン氏に促され、皆が卓上の食材を好きなように取っていく。テン・ホルト兄弟両氏は行儀よく一品ずつ皿に取るが、俺はあえて冒険者らしくコルネリアや他の面子と同じようなスタイルで食べることにした。薄くバターを塗ったパンにチーズやらベーコンやらつぶした蒸かしジャガイモやらをのせて巻く、ワン・ハンド・イートってヤツだ。巻き方には個人の好みとか器用さが現れるものらしくコルネリアとレベッカはぐるんと筒状に巻いた「葉巻型」、レナータがおかずをどっちゃり満載して一つ折りするだけの「タコス型」、シャールカとジョアンナは……
「……ウマク、デキナヒ……」
「み、見るなあ!見るなって言ってるでしょぉおおおおお!!笑うな!アッチ向けレナ!」
ジョアンナはまだ見れた方だが、シャールカは可哀想に。オマエ、魔法はすごいけど能力全振りタイプだったんだな。二人とも「鍋に焦げ付いた餃子を無理に剥がした型」というか「多段バーガー食べてる最中にマフィアに銃撃された型」というか……。しゃあねえ。
「シャールカ、それもらうぞ。」
「……ふや?」
新しいパンを一枚とり、シャールカの皿に散らばったおかずを集めて三角形に置く。あとは折って、折ってくるりんぱ、と。一部業界筋で言うところの「原宿巻き」、クレープでやるアレだ。ついでにアイテムボックスからコショウの小瓶を出してぱらぱらり、と。夢破れた感の漂うもとのパンは……俺が食えばいいか。
「あ、このコショウは好きに使ってくれていいですから、ヘルマンさんたちもどうぞ。ほら、これでいいだろ、シャールカ?」
「……え?あ、うんうん……へへ……ふふん!」
「それやってくれたのツクさんじゃん。なんでルカがドヤ顔してんだよ?」
「う、うるさい!」
「……つくる……」
「どうしたジョアンナ?」
「じょおノモヤラセテヤル。イモハイラナヒカラ、ちーずトべーこんダケデ。」
はいはい。のせのせーのおりおりーのくるくるーので……ほらできた。
「は~、器用なものですなツクル殿。」
「昔、こういう仕事で小遣い稼ぎをしたことがありましたからね。やってみますか?簡単ですよ?」
「おもしろそうですな、是非。」
「はあ、折って折って……くるくると……おお、私にもできた!」
へんなところで突発的にクレープ巻き講習会。できたできたと喜ぶ兄弟両氏が微笑ましい。あーと、ジョアンナはまず手に持ってるそれを食べてからやってみような?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食後はジョナサンの案内で郷内をまわることになった。
ヘルマン氏から
「ツクル殿も以前は商会で働いておられたと伺いました。土地や産物は違えど、その経験が当地興産のヒントになるかもしれません。どうか集落の中を視ていただけませんか?」
と言われれば、「いや、やめときます」とも言いにくい。
『何か見つけたり、思いついたりしたらボーナスくらい出すんじゃねえか?あのヘルマンとかいうやつ。』
とロビンも言うので、ここは素直に視察といくか。だからお前も一緒に来い、相棒。一人だけ暖炉のそばで昼寝できるなどと思うなよ?
なお兄弟両氏は今回持ち帰る予定の商品 ―― チーズ、バター、塩漬け肉、毛糸など ―― をジョナサンの母ら集落の女性たちと確認するそうだ。コルネリアとレベッカ、ジョオ、レナータがそっちについたので、俺のそばにはシャールカがついてきている。
「ツクル殿、シャールカ殿、昼食はお口に合いましたか?こんな時期ですし、大したおもてなしもできず申し訳ない限りです……」
「そんなご謙遜を、大変美味しゅうございましたわ。」
「俺も美味しかったと思いますよ。チーズもバターもですが、ベーコンと塩漬けの脂身!味が濃いのに少しもくどくなく、甘味と独特の風味が最高でした。相棒も喜んで食べておりました、だな?」
「ふんみゃあみゃ(うん。まあ、マズくはなかったな)」
「俺の記憶では、たしか昔食べた『放牧でドングリを食わせて育てた特別な豚』で作ったハムがいただいたものに近かったかと……」
「おお、ご存じでしたか!あのベーコンと脂身は正に、秋口から山に放してドングリだのイモノネだのをしこたま食わせた豚で作ったんだよ。いやあ、わかってくれるとは嬉しいなあ……おっと……ツクル殿、ここからはタメ口でいきませんか?」
「……如何なさいましたか、男爵?」
「やめてくれって、もうわかってるんだろう?母上はうるさいし、郷の連中も若だの坊ンだの呼ぶし、今もテン・ホルト兄弟がいるから行儀よくやってたけどさ、元々そんなガラじゃないんだって。」
いかにも肩が凝ったふうに首と腕をぐるぐるまわし、ジョナサンがよそいきを脱ぎ始めた。
「都合上、男爵なんて名乗っちゃいるけどさ、見ての通り寒村の村長がせいぜいだよ。学院だって行ったことはないし、貴族らしいとこなんてこれっぽちもないんだよ、俺は。今だけでもいいからさ、頼むよ。」
シャールカと顔を見合わせる。たぶん彼女も同じ事を考えているのだろう。
「じゃ、普段通りでいかせてもらおう。」
「助かるわ~。ずっとあんな喋り方してたら蕁麻疹ができちゃうわよ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一通りの視察を終え、俺たち三人は森番小屋で一休みすることにした。日は傾きはじめ夕食の時間も近いが、これくらいならいいだろうと軽くお茶にする。
鍋で濃い目の紅茶を淹れて(煮出し)、加える練乳はたっぷりめ。一応聞いとくか。
「ジョナサン、酒はイケるクチか?」
「強ければ強いほど。」
「…?どこの達人だよ。シャールカは?」
「昨夜の不寝番に差し入れてくれたヤツ?あれならもらうわ、動いた割に体が冷えちゃったもの。」
「んじゃ自分でご自由に……はいな、熱いから気をつけろ?」
机の上にウイスキーの瓶を出して紅茶を注いだカップを二人に渡す。もちろん我が相棒にも。
『ロビン、お前も飲むだろ?』
『ッたりまえだろ?でも少しだけ冷ましてくれよ?少しだけ。高めの人肌よりもうちょい高めくらいの温度で!』
……意外と難しい注文だな。自然に冷めるまで待ってろよ、もう。
シャールカが躊躇なくウイスキーの瓶を取って中身をたぽりと注ぐと、ジョナサンは遠慮なくたぽたぽぽんぐらいで注ぎ入れる。
「おいおい、それじゃお茶が冷めるだろ。」
「なに、こうすりゃいいだけさ。……ysbffgj……『加熱』。」
カップに手をかざして呪文を唱え、ジョナサンは魔法でお茶を温め直した。
い~な~!うらやまし~な~!俺も早くそんな風に日常生活の中でさりげなく魔法使いたいな~。
「……なんだよ、その目は?」
「ちょいと事情があって、今は魔法が使えないんだよ、俺。だから羨望の目で見てたんだが?」
「アタシからすればツクルだって十分うらやましいんですけど?アホみたいな容量の無制限ストレージ持ちな上にパパッとこんなの作っちゃうなんて……あっつ……。」
アホってアンタ……
「それで、駆け足ではあったが今のウチの『全産業』を二人に視てもらったわけだけど感想は?……うまいな、この酒。」
ジョナサンの問いに、両手で持ったカップを口から離したシャールカが答える。
「良質の乳製品や加工肉はあるけれど生産規模は小さいし、味という付加価値を考えてもラハティ周辺の村々と太刀打ちするのは難しいわね。毛糸や毛織物も同じ。質はいいけど、とにかく量が少なすぎるわよ。」
「やっぱりなあ……。木材は?木材はどうだ?」
「輸送路が一番のネック。前に試したので懲りたけど、道が悪くて都市部で需要のある住宅建設用の大型木材が運べないじゃない?それじゃ意味ないわよね?ここまで来れる馬車で安全に運べるように加工したら薪くらいにしか使えないんじゃなくって?」
「これも駄目か……」
「しかも外部から小麦の無償供給をしてもらわなければやっていけないレベルの食糧事情の悪さと経済状況。正直な話、ヘルマンさんには『五年も耐えずに逃げましょう』って進言したくなるレベルね。まだ言ってないけど。」
ずいぶんキッツイ言い方するなあ、シャールカ。机に突っ伏したジョナサン、あれ泣いてるぞ?たぶん。
「……わかってました……わかってましたぁ!……でもさ、そこまではっきり言わなくてもいいんじゃないか?……それで、ツクルはどうなんだよ?どう思った?」
「俺か……基本的にはシャールカと同じ、かな。」
「お前もか……うっうっ…えっぐ……」
「そうでしょ?ヘルマンさんもマックスさんも妙にここに入れあげてるように見えるから、私たちも注意しとかなきゃ。」
「でもな、何も対策がないわけじゃない。それにいいものも見つかったし。」
「ふえ?……いいもの?」
顔を上げたジョナサンだが、やっぱり泣いてた。
「何よそれ、慰めようとか思って適当に言ってるんじゃないの?」
それがな、違うんだよ。視察しながら『鑑定』したんだけど、このランドルトンって開拓集落はひょっとしたら躍進の始動点になるかもしれん。
「何だ!ツクル!いったい何を見つけたんだ!?」
「そうよ、教えなさいよ。このアタシでも気づかなかった何がアナタの目に映ったのかしらぁ?」
「少なくともラハティ周辺の食品業界にショックを与えるのが一つ、そして……」
「「 そして ? 」」
「下手すりゃ国家レベルで農業革命すら引き起こしかねんのが一つ。」




