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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第四十四話



「……そういうことがあってアタシも冒険者の道を歩むことに決めた、というわけさ。だから今でもルディには感謝してる。『自分らしく自分のために自分の人生を生きる』、その大事さを教えてくれたんだからな。」


 驚いたね、あのルディにそんな過去があったとは。次に会う時は見る目が変わるわ~、間違いなく。つかさ、俺の日常よりルディの半生のほうがよっぽど「なるゼ系」なんじゃないか?


 馬車の荷台で俺の前に片膝を立てて座り、楽しそうに語るこの女性がヘルマン氏のいう「信頼できる腕の立つ冒険者パーティー」のリーダーでコルネリア・テン・ホルト、御年二十五歳。姓が示す通り、ヘルマン氏の娘である。

 そりゃあ自分の娘のパーティーなら多少は面倒見るだろうし、信用もできるだろうよ。出発前に見せてくれた板章は青鋼で赤色の剣紋付、お仲間も一人を除いてあとは皆青鋼で魔杖の白色紋付もいるくらいだから「腕が立つ」という部分は間違いなさそうだけど。そこんとこは親ばかで言ったことじゃなくて何よりだ。


 彼女の率いる『深紅の短剣(クリムゾン・ダガーズ)』は冒険者の町ラハティでも数少ない、全員女性で構成されるパーティーで結成から二年になるそうだ。


『お、ついにハーレム展開ですか?うらやましいですねえ。で、誰ねらいよ?』


だと?ハイ残念でしたぁ!ラハティを出発する前、顔合わせした日に副頭(サブ)で剣士のレベッカに呼び出されて言われちゃったよ。


「自分らは、姐さんに拾ってもらえなかったら、堕ちるところまで堕ちてたかもしれない連中ばかりッス。でも自分らは、陰で口にできねえようなことをヤッてる女だけのパーティーとは違うッスから。自分ら硬派ッスから。真剣(マジ)でやってるッスから。だから、変な気はおこさねえほうが身のためスよ、兄サン。それに自分ら、たとえ男でも『荒事勘弁』なんてフザけてる赤銅相手にゃぜってぇ負けねえッスから。」


って。これアレだね、『リーダーは姉御肌で親しみやすいタイプなのに、親衛隊(とりまき)がガチなせいでとっつきにくくなってる体育会系サークルとか麗濁紅茶衆(レディース)』の類。だから、きゃっきゃうふふな方向には進まんよ。たぶん。残念ながら。


 ただ、俺の横でそんな女傑どもを「親の視線」で微笑ましく見つめるヘルマン氏は、娘さんの交友関係についてもう少し気を遣ってもよかったと思うけどな。


『けっけっけ、割と本気でビビッてやんの。しっかりしろ相棒。』


 うるせえ。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



 今回のランドルトン行きは「本契約」前のお試しみたいなもので、俺は半分くらい客人のような扱いをしてもらってる。不寝番(ワッチ)も免除されてるくらいだ。かと言って徹頭徹尾大名旅行をする気もないので、()()()()()と同じく飯の支度やら何やらのサポートをさせてもらうことにした。正式にこの仕事を請けたなら、そうならざるを得ないだろうし。


 ということで、馬車の幌から外に張り出したタープの下が俺の仕事場。今日の夕食は『鶏ももぶつ切りと大豆、根菜のピリ辛トマト煮』、『カボチャとアーモンドのオリーブオイルたっぷりめ炒め』、それにパンとディップ用の『きなこバター』で、これらを自分で好きなようにプレートに盛ってもらうことにした。


「おーい、メシできたぞ。順番に持ってってくれ。」


「待ってました!ツクさん、今日もうまいメシあざーっス!」


「ちょっとレナ、アンタきちんとカボチャも食べなさいよ。」


 真っ先に飛びつくようにやって来たのがこのパーティ唯一の赤銅板章冒険者、最年少で斥候(スカウト)のレナータ。訓練課程ではシニッカと同期だったそうだから、十六歳ぐらいか?

 その後を追っかけるようについていくのが魔術師(ソーサレス)のシャールカ。トシは二十歳前後だと思うんだが、白色魔杖紋付の青鋼板章。大したもんだ。


頭目(アタマン)、今日ノメシもヤバイ。コレ食エルナラ、嫌イナ不寝番ダッテガンバレル。イツモ食エルヤウニデキナイカ?」


「無理言うなよ、ツクルにだって都合ってもんがあるんだぜ?」


 コルネリアのそばから離れない、片言の犬狼系獣人(セリアン)がジョアンナ。非合法の奴隷商に囚われていたところを救出して以来、あんなふうにべったりなんだとか。彼女も青鋼板章持ちで、武器は腰の鞘におさめた二本の大型ナイフだ。


 そして……


「ほら、バターの皿よこせよ。オマケだ。」


 妙な警戒はするものの、俺の指示に従ってプレートを寄越すレベッカ。きなこバターの小皿にアイテムボックスからこっそり出したボトルの中身をかけてやる。


「何スか、それ……」


「蜂蜜だよ。今日もおつかれさん、疲れたろう?明日も頼むよ、副頭(サブ)。」


「……ごっちゃんス……」


 『砲声にむかえ』というナポレオンの教えに従い、一番の難敵と思われたレベッカを最初に懐柔すると決めた俺は彼女の食の好みを探ることに努め、早くも初日の昼食時には「甘味らしい」というアタリをつけた。そこで、特別メニューで媚びるような真似はせず、あくまで皆と同じメニューに「オマケ」の形で()()()()を少しだけ、こっそりプラスしてやることにした。うまくいけばいいんだが。

 ハーレム展開が無理なら、せめてギスギスすることなく過ごせるようにこれぐらいはしてやるさ。


「こんな豪勢な食事が出来るんなら開拓地への移動も悪くはないもんだな、兄さん。」


「ああ、堅パンと塩漬けの脂身だけだった頃にはもう戻れんな……困ったぞ…」


 俺たち一行の中で肩書上の立場が一番上であるはずの二人、ヘルマン氏と弟のマックス氏は「娘(姪)とそのお友達」に先を譲って『肉の少なくなった煮込み、カボチャだけは多い炒め物、わずかしか残ってないバター』での食事に甘んじている。ちょっとかわいそうに思えてきたので、後で少しだけ()()を差し入れしよう。


『さて、俺らもメシにしようか?ロビン、今日のちゅ~ぶは何にする?』


『さんまで頼むよ。んでさ相棒、煮込みがあるんならそれもほしい。あったかいもの食わなきゃやってらんねえよ。やっぱ山はさみーな。』



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



「……それじゃあ、会頭と副会頭のツー・トップが抜けても商会の業務に問題はない、と?」


「私たちの妻は二人とも()()()()の出で、しかも総頭取直轄の商会で若い頃に鍛えられておりますからな。おかげでこうして()()()()()にかまけさせてもらっているわけですよ。」


「むしろ、俺らが店を空けてる間に看板が『ハイディ&ニコレット()()商会』にならないか、ということのほうが心配だよな。」


「まったくだ、はっはっはっはっは!」


 食事と後片付けが終わり、俺たちは男用テントで歓談中。()()にテネシー・ウイスキーの定番(黒いラベルの七番だよ)、チーズとレーズンを投入してみたところ、二人とも上機嫌で仕事以外のことまでいろいろ話してくる。情報収集のためにも良好な関係構築のためにも、もう少し早めにこうしてもよかったか。


「それで、明日はいよいよランドルトンに着くわけですが、どんなところなのかもう少し詳しく伺っても?」


「それなら兄よりも私のほうが。まずランドルトンの成り立ちですが……」



―― 開拓集落ランドルトン。入植が始まったのは今から二十年ほど前のことだが、話はそれよりも前から始まる。

 五十年前、アキュラシア王国とその周辺諸国の間で一大「探検」ブームが起こった。「大陸」の西岸を出発し、大洋を西進することおよそ二カ月で「新大陸」にたどり着けることがわかったからだ。広大な海外領土と莫大な資源を得るため、どの国も腕利きの冒険者や学者から成る探検隊を編成して未開の大陸へ送り込んだのだが、その中にはランドルトンの初代郷主であるユージン・アレックス・ランドール男爵の姿もあった。植物学のエキスパートでもあったユージンの目的は、新大陸から有用な植物を持ち帰ることだった。

 最初の渡航で数十種類の有望な植物を発見したユージンは新大陸の持つ大きな可能性を確信し、報告書を書き上げた後で国王へ直訴した。


「王国経済発展のため、一刻も早く新大陸に拠点を建設するべきと考えます。またその事業のため、臣ユージン・アレックスの再度の渡航をお認め下さいますよう……」


 国王はユージンの言葉を聞き入れて新大陸に「ニュー・アキュラシア植民地」を建設する旨を各国に宣言し、ランドール男爵家を含むいくつかの貴族家を新大陸に()()した。こうしてユージンは旧大陸にあった土地や財産のほとんどを処分して新大陸に一族で渡ったのだが、ここで大問題が発生する。

 

 アキュラシア王国の一連の動きに焦りを感じた大国が同じように植民地の建設を宣言し、新大陸における自国の権威を高めるために継承権を持つ王族の一人を送り込んだのだが、大陸への渡航中に大海龍の襲撃を受けて船団共々海の藻屑となってしまった。大国はこれをアキュラシア王国の陰謀であると非難して賠償を請求、国境近くの土地で報復のための襲撃を繰り返した。

 また余りにも加熱した「探検」ブームは出発地となる大陸西岸諸国・諸都市の治安悪化を招き、増大した船舶需要が旧大陸側の海上輸送を停滞・混乱させることとなった。


 ここに至って各国は母神教会に仲裁を要請。数度にわたる協議の結果、以下のことが教皇令として発せられた。


一、 各国は新大陸よりすべての人員を引き揚げること。

二、 新大陸における各国の権益は一旦白紙の状態に戻すこと。

三、 本日より百九十九年と百九十九日の間、何人も新大陸に渡ってはならない。


 事実上の「新大陸放棄令」であり、これらに反した場合は「護教軍」が編成されて武力制裁の対象となることも定められた。


 こうして旧大陸諸国は新大陸とのつながりを失うことになったのだが、悲惨なのは新大陸に移封されたアキュラシア王国貴族家の人間である。旧領や財産の一部を本国に残せた上級の家はまだしも、すべてを処分して大陸に渡ったユージンは文字通りの一文無しとなって帰還しなければならなかった。ユージンは二度の大陸渡航で持ち帰った百種類余りの植物の種や苗を知人の農園に預け、旧領復帰ができないものかと運動したが「放棄令」という事態に陥ったのは彼の提案が原因であると考える者が多く、手を貸す者はなかった。

 ただ一人、国王だけは彼の状況を耳にして憐み、山あいの小さな土地でもよいから与えるよう命じた……



「……こうしてユージンとその一族が入植したのが開拓集落ランドール家の町(ランドルトン)なのです。」


 マックス氏の話を聞いて思い出すのは、やっぱり地球世界のアメリカ大陸発見のことなんだけども……


「じゃあ、俺が市場で買ったジャガイモやトマトなんかもその頃に新大陸から?」


「ご冗談を、ジャガイモもトマトも東方から伝わったものであることくらい子供でも知っておりますぞ?そもそもツクル殿ご自身が東方出身だったのでは?貴方も()()()()()()()()がお上手だ。ふっふっふっふっふ……」


 俺の知ってるのとなんか違うぅううううう!?


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