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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第四十三話



 炬燵から出ようとしなくなったファビオとの半分同棲みたいな正月休みも終わり、俺は仕事を再開することにした。大概の冒険者たちは年が明けてから三、四日で現場復帰していたので、十日も休んだ俺はかなりの()()()()だと言える。

 仕方ないじゃんか、「名目上週休二日、有給・賞与あり」の生活からちょいプー時期を経て「安息日は月に三度、報酬は命ある限り稼げるだけ」の世界にトバされたんだぞ。去年は生活の基盤を何とか整えようと思ってそれなりに無理をしたこともあったし。いつになるかわからん地球世界帰還の日まで、俺は倒れるわけにはいかないんだからペース配分と休養は大事だよ。カヌー親分も言ってたじゃないか、


()()()()()で漕ぎ続けろ」


ってさ。


……だからクララさん、この床磨きが終わったら便所掃除の前に一息入れていいですか?去年の年末、一方的に休暇宣言したことは謝ります。




 年が改まったからといって俺の仕事がそんなに変化するようなことはなかった。ダンジョン前進拠点とラハティを往復する物資輸送をメインに、こまごまとした荷物の運送やら減水期のために水路内で座礁した運荷船の救出やらをこなす毎日。命の危険はない仕事だけど、これからできあがる魔道具の支払いの事を考えたらもう少し大きく稼げる仕事もしないといけない。世界間貿易で砂糖とか香辛料とかを仕入れてこっちで売るというのも考えたんだが、こういうのは商会の縄張りだの業界の慣習だの納税だのがうるさいということなんで、「地球の味」はあくまで個人的楽しみの範囲にとどめておくことにした。

 「さーて、そんじゃあどうすべえよ?」などと思っていたら、月の変わりめ頃になって()()()な仕事の話が舞い込んできた。クララからは


「受けるのも断るのも自由なんだけど、依頼元の商会は定期的にギルドへ寄付をしてくれてるところなのよ。話を聞きにいってくれるだけでもギルドマスターの顔が立つんでお願い!」


と言われたので、ともかくその商会に行ってみることに。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



「いやいやいや、まさか本当に()()()()『大食い』殿にお越しいただけるとは有難い話で……」


 目の前でがばと頭を下げる、妙に低姿勢な男がこの商会の主にして今回の依頼主であるヘルマン&マックス兄弟商会の会頭、ヘルマン・テン・ホルト氏。幸いなことに人のよさそうな人物だ。


「ある問題で頭を抱えていたところ、去年の末に()()()()()()()()()()……()()()()……『持ち帰る者』の()()()から貴方のお話を伺いましてな。お力添えをいただければ、とギルドに依頼を出させていただいたのでございます。」


……ルディのいとこ?そりゃまた、変なところでご縁のあることで。


「それで、依頼のことでございますが……」



 ヘルマン氏の依頼というのは、ラハティから馬車で片道四日の距離にある開拓集落への定期輸送のことだった。

 現在のように街道(トレイル)が整備される以前、ラハティはこのあたりの開拓事業の拠点だったとエルから聞いたことがある。その後、商業の発展やらダンジョンの発見やらがあって町の役割や様子は変わっていったんだが、開拓事業そのものは現在も続けられているんだと。この開拓事業というのが少し変わっていて、予算を出すのが国や州ではなく競争入札で権利を落札した商会なんだそうだ。


「元々は国の財政が困難を極めていた頃、予算節約のために始めたものなのです。商会は事業に出資するかわり、自分が権利を持つ開拓集落の収穫物や採取物の取引をはじめとするすべての経済活動に関して独占が認められているのです。商売の拡張が念頭にあったのはもちろんですが、一人の王国民として国家的事業の一翼を担うというその名誉のため、昨年わたくしも初めて入札に参加したのでございます……」


 決して安いとは言えない額で落札できたヘルマン氏だったが、懸念材料があった。


「入札を通じて権利は手に入るのですが、どの開拓集落の権利になるのかは落札後の抽選で決められるのです。なるべくいいところに当たりますように、と三母神の教会をまわって御祈祷までいただいたのですがその結果は……」


 関係者一同が口をそろえて「ハズレ」とのたまう問題集落、ランドルトンという山あいのごく小さな村だったそうだ。お可哀想に。


「確率でいえば四十八分の一でしたから、()()()()()()()だろうと思っておりましたのに……どうやらいい場所を引き当てたらしいデ・コルトの婿殿が揚揚と抽選会場を後にするのを茫然と見ておりました……」


……ああ、あそこも入札に参加してたのね。


「……ですが、このヘルマン・テン・ホルトは天命を知る男でございます!これは神がわたくしに与えたもうた試練であると!これを乗り越え、更なる富を手に入れて国に貢献せよという福音であると!そう思ってランドルトンに行ってみたのですが……はぁ……」


 ここでヘルマン氏は例の「頭を抱える問題」に直面することになる。


 ランドルトンは山あいの土地だけあって通行が甚だ不便だった。いや、不便どころではない。現地へ行ったことのない俺でも話を聞いただけで「こらアカン」と投げ出したくなるような超・僻地だったのだ。


「まず道が悪い。馬車の車輪が割れ、車軸が折れてしまうほどです。おまけに狭い、せいぜいが二頭立ての馬車で精いっぱいの道幅しかありませんでした。また川を渡らねばならない場所があるのですが、時期によっては馬車の荷台の床まで水に浸かってしまうほどになるとか。しかも山に囲まれた場所で標高も高いものですから坂は急ですし、崖スレスレのところもあります。村にたどり着けたときは心の底から安堵いたしましたが、同行した運送業ギルドの人間からは『こことの往復なんて仕事を請ける馬車親方はいない。せめて山を下りて街道と合流するあたりまでは駄戴馬を使うか、いっそ歩荷(ぼっか)を雇って人力で運んではどうだ?』と言われてしまいました。そんなことができますか!?いったい幾らかかると思ってるんですか!?人の足元見やがってあの〇△◇×どもめ!!キサマラまとめて●□▼〇■△してやろうか!!」


 OK、まずは落ち着こう。アンタもルディと同じ血が流れてるな。激昂すると()が出るようだぞ。


「…ハァハァ……失礼、お見苦しい所を。落札してしまった以上、我がヘルマン&マックス兄弟商会は最低五年、この開拓事業を放棄することはできないのです。もし放棄したなら、その時は何もかも売り払い、一族そろって奴隷に身を落とさねばならぬほどの違約金を支払う義務が生じてしまいますから。ツクル殿、どうかわたくしどもをお助けいただけませんでしょうか。これは当商会だけの問題ではなく、ランドルトンに暮らす開拓民たちのため、王国のためでもあるのです……!」


 さあて、どうするか……


「ヘルマンさん、ご依頼への返事をする前にいくつか確認したいことがあります。」


「はい?何でしょう?」


「まず今回の依頼『定期輸送』とのことですが、それは俺をヘルマン&マックス兄弟商会の専属として雇うということでしょうか?」


「いえいえ、さすがにそんな引き抜きのような真似をしてはアンドレイ殿(ギルドマスター)から恨まれてしまいますよ。往復の八日と現地での滞在、それに予備日を合わせた十日から十五日程度の貴方の日程を当商会で押さえさせていただきたいのです。毎月が可能ならこちらは願ったり叶ったりですが、三カ月に二度とかいうかたちでも構いません。」


「ふむ……」


 他にも気になる点を、俺はヘルマン氏に尋ねることにした。



Q、 俺は「荒事勘弁」で通しているが、護衛をつけることはできるか?


A、 当然つける。商会で面倒を見ているパーティーがあるので問題ない。信用できる腕の立つ連中なので安心してほしい。


Q、 いったい何を輸送する?


A、 こちらからは開拓地で必要となる食料や薬、各種資材を。むこうからは木材、羊毛、果実、薬草、加工肉、乳製品などを。


Q、 俺は月の半分を拘束されるが、ギルドは何か言っていたか?


A、 アンドレイは不服そうではあったが、「ツクル次第だ」と概ね了承しているように見えた。



「あのギルドマスターが?」


「額は小さくともこれまで定期的に寄付を重ねてきたのが幸いいたしました。それに今回のような話を無下に断ると、他の商会との関係もこじれてしまいかねませんからな。」



Q、 報酬は?


A、 依頼を受けてもらえるのならギルドを挟んで調整する必要が生じるが、同量の荷物を馬車で運搬する場合を基準にして最低でもそれを()()()額が手に入るようにする。なるべくそちらが満足できるだけの額は出したい。



 ここまで聞く限りでは、そんなに悪い話ではないようにも思える。だが一点、俺にとってもヘルマン氏にとっても大事なことがある。あえて最後に聞くことにしたんだが……


「最後に、そちらは『最低五年縛り』があるそうですが、俺の日程をこれから五年間押さえ続けるつもりですか?」


 だって、早ければあと二年半でソロから地球世界帰還についての可否のお知らせがあるわけだしな。旅の恥はかき捨てなんて言うけれど、このテの仕事を途中で投げ出すのはさすがに気が引けるよ。投げ出すくらいなら最初から請けない。これに限る。


「……今、弟のマックスが新しい産業を起こすべく調査と研究を進めています。なるべく嵩張らず、なるべく軽く、なるべく高価値なものをランドルトンで作れないか、と。わたくしもより安全な移動ルートがないものか調べさせている最中です。わたくしどもは『五年縛り』を何とか乗り切って後は逃げよう、などと思ってはおりません。むしろ五年以内に!なるべく早く!ランドルトンを収益の上がる土地に育てたい!それが実現するまでの間、貴方のお力をお貸しいただきたいのです。」


……………なるほどね……



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



『んで、結局引き受けたのかよ。』


『まあ仮契約、ってことにしておいたけどな。話が話だけにギルドを通してから決めなきゃ、俺の方も義理が立たんよ。』


 炬燵布団から顔だけ出したロビンが聞いてくる。そう言えばこの休みの間、コイツが炬燵から出てきたことあったっけ?魔道具でトイレの必要がないから問題ないのかもしれないけど、それはそれで心配になるな。


『山の現場かあ……久しぶりだけど、寒いんだろうなあ……。なあ相棒、このコタツ持って行っちゃだめか?ダメならせめて俺だけでも入れるちっちゃいの作ってさ、それ持って行こうぜ。』


 この話が正式に決まったら、何かポータブルな暖房は考えなきゃなんないかもな。ランドルトンとかいう村は標高も高いっていうし、ゼッタイ寒さが長引く土地だよな……


 ん?家に帰ってるのになんでロビンと念話で話してるのかって?


「………zzz…………ウォッ!………うう゛ぁ~、よく寝た………お~?ツル公、帰ってきゃあがったか………あ、今日の晩メシぁ何だ?できりゃあ、あの『焼きラーメン』か『もつ鍋』にしてくれると有難えんだが……まあ、まずは飲もうじゃねえか。あれ?ショーチューはどこ行きゃあがった?」


 ()()()が居座ってるからだよ!

 うっかり餌付けしちゃったよ!


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