第四十二話
いよいよ大晦日。「いろいろあった」なんて言葉では語りつくせないほどいろいろあった年だったが、何とかここまでやってこれた。よくやったよ、俺。
ギルドへの挨拶、掃除に買い物も済んだから、残す仕事はご近所・関係先まわりだな。
魚屋で買った酢漬けはおっちゃんの言う通りすぎるくらいに酸っぱかったので、いちょう切りにしたダイコンとニンジン、糸切りにしたトウガラシを合わせてアイテムボックス+時間調整でちょっとお色直し。鴨は胸肉に軽く塩したらフライパンで脂をしみ出させながらじっくりじぶじぶ焼く。強めの火で皮にすこしこげ色をつけたらアルミホイルでくるんでちょっとお休み。フライパンに残った脂に刻んだ白ネギ、醤油、味醂、酒をぶんまわして少し加熱、皿にあげてネギが甘くなりすぎないように……と。
「なんだよ、センセイいなくてもできるんじゃんか。」
「そりゃこれくらいはな。コロカツ祭りの時はアイデアと残り時間の関係で、黒豆は初挑戦だったからお呼び出ししただけだよ。」
加熱するか酢漬けかだから食中毒とかはたぶん……大丈夫でしょう!
鴨肉はうすく切って……そうだな、なますにはレモンも使ってみよう。身のほうが余るから、こっちは蜂蜜とあえて……。
汁気が漏れないようにそれぞれ小分けカップに入れ、仕上げをしながらパック詰め。エディブルフラワーも使って華やかさを演出……できてるか?まあいいや。
よし、できた。
【 正月ちょい摘まみセット 】
・小魚とダイコン、ニンジンの酢漬け 檸檬皮散らし
・鴨肉のロースト 和風ネギソース
・黒豆
・檸檬の蜂蜜和え
「後はこれに……」
飴ちゃん(フルーツ、コーヒー、ミルク、のど飴)を五、六個半紙に包んで『心ばかり』と表書き。ちょいつまパックと一緒にビニル袋に入れたら完成!
「そんじゃご挨拶にまわりますか。ロビン、どうする?行くか?」
「俺はいいよう、コタツで寝てる。」
「そうだよな……じゃ、俺ひとりで行ってくるわ。」
「おーう、気をつけてな。」
まずは向こう三軒右隣(左は空き家だよ)から。
「こんちはー、ツクルです。いらっしゃいますか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お次は寄合連中のところか…」
【 衣料品店 トールヴァルト 】
「ほほ、こりゃあすまんな。こんな年寄りのところまでご挨拶とは殊勝なことじゃ。どうじゃ、一杯やっていかんか?ああ?ワシのところが最初じゃったか、それじゃここでツブすわけにもいかんのう。なら仕方ない、また暇があれば来りゃええ。ああ、こっちこそ。風邪をひくなよ?」
お誘いは嬉しいがたった一杯でなんで「ツブされ」なきゃならんのだ?やっぱりここの年寄りどもはどっかおかしい。爺さんも飲みすぎには注意しろよ?
【 乾物屋 ガブリエル 】
「なんだ、大工仕事だけじゃなくって料理もすんのか?ああ、そうだった。あの板の間のお披露目んときもなんかいろいろ作ってたもんな。ホントに器用な奴だよ、オマエは。おう、それとダンジョンの人探し、ご苦労さんだったな。ヴァルトもルディもオマエのおかげでラクできたって言ってたぜ。贔屓で言うんじゃねえが、アイツらに何かあった時は助けてやってくれ。んじゃ、これは有難くいただいとく。おい嫁女!オマエのツルちゃまがおすそ分けだってよ!」
おばさん、こないだのオムレツうまかったですよ、御馳走様でした。…ええ、俺の故郷のお菓子、飴です、それ。お孫さんに?あ、じゃあもう少し……はい。いやいや、そんなお気になさらず。ええ、よいお年を。
【 骨董屋 オスモ 】
「へぇ、魚の酢漬けと鴨のローストはわかるけど、この黒い豆は知らなかったねえ。甘く炊いてあるのかい?そりゃ珍しい。それにしてもよく砂糖やら蜂蜜やらが手に入ったよ、高かったろう?え、国を出るときに持ち出した?魔鉱といい砂糖といい、オマエさんは何でも持ち出すんだねえ。でも無理をおしでないよ?オマエさんの財産なんだからね。はい、ありがとう。ああ、地母神様の御加護を。」
息子夫婦の家に行く前に会えてよかったよ。魔道具やら魔法の指導やら何かと世話になってるからな。そういや息子夫婦の家に孫は?いるの?んじゃ、飴ちゃん追加で。あ、次男夫婦も?はいはい更に倍でどん、と。
【 鍛冶屋 エクトル 】
「ふん、これがその豆か……甘いッ!甘いぞ!なあんじゃこりゃあ……。まさか、この錆びた釘から甘さが出るなどとは言わんよな?……色だけか……それもそうだな。こんなので甘くなるんだったら今頃ウチは御殿が建っとるわ。ふん、こういうのはウチの嬶が喜んで食うわい。遠慮なくもらうぞ。あ~……例の魔道具の件だが、材料がほぼ揃ったから年が明けたら本格的な製作に取り掛かる……何?……予算の見積もり?そうだな……40000ガラは覚悟しておけ。50000を超えることはないからそんなに心配するこたぁない。ちょいと出来のいい両手剣くらいのもんだ。うむ、ウチの砥ぎ仕事もあるんだ。手先は大事にしてろ、あかぎれなんか作るんじゃねえぞ。じゃあな。」
40000ガラ、100万円か。安くはないな。だけど魔法をきちんと使えるようになれば堂々とロビンにトラック形態で活躍してもらえるようになるわけだし。魔法が使えれば俺の仕事の幅も広がって報酬も増えるだろうしな。
必要経費か、しゃーない。
【 自称・世話役 ファビオ 】
「おぉう、誰かと思ったらツル公じゃねえか。どした?まあ入れよ、ちょいと飲もうじゃねえか。何?まだ行くところがある?そろそろ日も沈んで教会の納めの鐘も鳴ろうかってえのに、何やっつぁんでえオメエはよ。んで、何の用だ一体?……挨拶?おすそ分け?……っかーっ!偉い!今時いねえぞ、そんな義理堅えヤツ。ありがてえ!んーで何を頂戴できるんでえ……これか。酢漬けの魚に鴨肉の焼き物、なかなか俺サマの好みってえのがわかってんじゃねえか。この黒えのは豆か?…どれ……ふぅおうわっ!あっめ~ッ!!おっでれえたね、ええオイ。そこらの菓子より甘えぞ、こりゃ。酒の肴にはちと難しい……いや、辛口の強えヤツならいけるか?……あ?そうか、それじゃあんまり引き留めるのも可哀想だ。おっし、行ってこい行ってこい。んでよ、用事がすんだら飲もうぜ。どうせこの通りで一人モンっつったら俺とオメエぐれえだしよ。」
たぶん今の会話を文字に起こしてみたら鍛冶屋とか武器屋のドワーフのおっちゃんちに立ち寄ったみたいになってるんだろうな。なーんでアイツ、こんな町中に住んでるんだろう?エルフっていったらもっとこう、森の中とか木の上とか……ってそれじゃ猿と一緒か。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あそこを忘れるわけにはいかんからなあ……」
【 宿屋・赤い屋根 ミルカ、ラッシ、シニッカ、トゥーリア 】
「……はいよ、すまないが今年の仕事はもう終わったんで他をあたっておく……?アンタ、前にミルカが連れてきた兄さんだね?久しぶりじゃないか、どうしたんだい?ああ、皆いるよ。挨拶だって?まあまあ、本当にミルカの知り合いにしちゃ真面目な人だ。そうだね、ちょいと寄って行きな。」
「お、ツクル。よく来たな、こんな時間にどうした?……本当に挨拶まわりなんてやってたのか?どこの商会の番頭だよお前、あっはっはっはっはっは!あ、そうだ。紹介しとこう、こっちは俺の義兄のエスコラだ。兄貴、こいつが前に話したツクルだよ。それと……ハンナは……」
「あー!ツクルだ!」
「ツクルさん、どしたんスか?え、俺ら?俺らはあれッスよ。新年に実家に帰るっていってもこっからじゃちょっと遠すぎるんで、ここで年越し。」
「やった!ツクルも何か持ってきたんだ。あのね、今アタシたちもトゥーリアさんとハンナちゃんと一緒に料理してたんだよ。ハンナちゃん、こっちこっち。そう、この人がツクル、えろえろオヤジ。でもね、料理はすっごい上手なんだよ!」
「兄さんもそんなに気を遣わなくったっていいのに……そうかい?じゃあ遠慮なく皆でいただくよ。」
「は~、ツクルさんホントに器用ッスねえ。いやいや、お世辞じゃなくて。大体、貴族サマの宴会料理でもあるまいし何で花なんか飾ってんスか……」
「これ、キレイ……カワイイ……」
「この花、食べられるの!?ハンナちゃん、聞いた?………うん、キレイだよね。そうだよね、食べちゃだめだよね……」
「なんだ、もう帰るのか?……そうか、友人じゃまだ相棒には敵わんか……はっはっは!冗談だよ、冗談。ああ、それじゃ気をつけてな……!待て待て待て、おいコレ、コレ持って帰って食べてくれ。ハンナが…俺の姪っ子が初めて作ったミートパイだ……いいから、な?……おう、地母神の加護を!来年もよい年でありますように!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「遅えぞ~相棒~、コタツが冷えはじめたぞ~。なあ、湯たんぽあっためなおしてくれねえか?」
「すまん、すぐに沸かし直すよ。ところで、俺のいない間に誰か来なかったか?」
「うんにゃ。二、三人迷ったヤツが覗き込んでたけど、しっしってやったらどっか行っちまった。」
「……それって例の?」
「うん、里帰り組だと思う。」
よし。窓とか入り口とかに盛り塩しとこう。多めに。強そうに。ツノもつけてやろう。あと唐辛子かなにか混ぜて赤くするとか。
湯たんぽの中身を換えたら今年最後の食事の準備。まあ、蕎麦以外にはないよな。
とは言え、この五日間でバテたんでインスタントだけど。
カップに湯を注ぎ、ロビンのネコちゅ~ぶも準備する。今日は奮発して「まぐろプリンのささミックスがけ、カリカリを添えて」など作ってみた。
「なんちゅうもんを用意してくれたんや……なんちゅうもんを……」
口をつける前から涙と鼻水と涎を流す我が相棒。喜んでくれて何よりだ。
あの日から数えて半年近く、オマエもお疲れさまだったな。
これからもよろしく頼むぞ、我が相棒。まだまだ先は長いから……たぶん……。
「よし!んじゃ食うか、ロビン。」
「おう!いったらきまぁ~す!はぐはむぺろむちゅはぐぺろはむちゃむちゃむちゅるちゅるぺろり…うみゃ~っ!!幸福!至高!絶頂!」
「お、忘れるところだった。ミルカのところでミートパイももらったんだった。オマエも食うか?ロビン。」
「食えるもんなら何でももらうぞ!あ、そこのすこーしコゲ目のついたあたりがいい!」
へいへい、コゲ目のところね。
ドン……ドドン……ドン……
何?大晦日だからって花火を打ち上げるような話は聞いてないぞ?
「誰か来たんじゃねえか?……はむはむはむっ…」
「扉を叩く音?来るって誰がだよ?……え、まさか……前の住人関係の里帰り……?」
ドドドドドン!ドンドン!
「開けろーッ!ツル公!いるんだろ?オイ、わかってんだぞコノヤロ!俺だよ、ファビオだよ!酒屋ァまわってワインやらなんやら買ってきてやったぞ!テメエ、開けねえと新年早々家の前でエルフの行き倒れを発見することになるぞー!あー、かーいそーになー!人間社会の無関心のせいで一人のエルフの命の灯が今まさに消えようとしているってのによう!……とっとと開けねえと火ィつけてまわっぞ!さみーんだよコッチは!!」




