第四十一話
さて、正月準備四日目。今晩には世界間貿易の72時間制限が解除されるので年始ダラ生活に備えて買い物リストを整理したい。が、こっちで手に入るものまで無理に注文するのもコンテナ容量の無駄なので今日も自由市場へ。
年またぎの商品なんてどの店も抱えたくないんだろう、呼び込み売り出しの声に込められた気迫が違う。この機を逃すまいと客の方も気合が入るのか、市場のあちこちで「値切れ」「いやだ」「買え」「よこせ」と喧嘩みたいな騒ぎだ。
まずは野菜を扱う店の集まるエリアへ足を運んでみる。品ぞろえは冬場にしては豊富かな、といったところ。一番多いのはジャガイモやサツマイモ、カブ、ダイコン、ネギ、キャベツでそれぞれ幾つかの品種もあるらしい。色が違う(黄色いネギがあったり、皮が緑で中身が赤いカブだったり)とか形が違うとかはあれ、基本的には現代日本と同じなので買い物にこれといった不都合は感じない。「新鮮・朝引き・葉つき」のダイコンを山のように積んで売ってた露店でその他の野菜もまとめて購入する。余計なものまで見ないよう注意して『鑑定』したら良質で良心的な店のようなので特に値切りはしなかった。決して売り子嬢の「大地の恵み1号(右)・2号(左)」と銘をつけたくなるおっぺえに魅かれ、我を忘れたのではない。
次は肉を扱う店のエリアだ。前に近所のおばさんから
「自由市場で肉を買う時は気をつけな。牛の頭を看板にして馬だか何だかわからない肉を売る店もあるんだから。それに、アンタのその可愛い相棒から決して目を離すんじゃないよ。」
と教えられたので、こっそり物陰でロビンをアイテムボックスに収納する。
『ちぇ、俺も買い物してみたかったのによう。』
『大事な相棒を三味線やらソーセージやらにするワケにはいかんだろう。我慢しろよ。』
ここでも『鑑定』したところ、おばさんの言う通り四、五軒に一軒くらいの割合で「食肉偽装」をしている店のあることが判明した。さすがにブロック肉とかでごまかすことはできないが、こま切れや切り落とし、ひき肉になると「表示されていない別の肉や部位が混ざってる」とかいう結果が出る。もっとも、そういうのはお値段が相応に設定されているから、客は承知の上で買っているんだろう。なお「別の肉」という部分にネ〇とか〇ヌとかいう意味が含まれていたかどうかについては……まあ、取りあえずなかった、とだけ。
これは!と思うものはなかったけれど、ニンニクをたっぷりきかせたとかいうドライソーセージ(豚肉100%確認ズミ)と専業の猟師が獲って仕事をしたとかいう鴨肉を購入。
野菜、肉ときたら次はもちろん魚……なんだろうが、魚屋エリアはほとんどの店が今年の商売を終えて閑散としていた。かろうじて見つかった営業中の店のおっちゃんに聞いたところ、漁師は年越しまで最低でも三日間を残して仕事を納めるのがこのあたりの習わしなんだそうで、活きのいい商品が手に入らない以上は店を開ける意味がないからこうなんだと。仕方がないので鮮魚はあきらめ、授業料代わりにおっちゃんのヨメさんが作ったとかいうワカサギみたいな小魚の酢漬けを買うことにする。
「三枚におろして塩を振ってから寒風にあてて天日干し!水気がしっかり抜けてから強めの酢に漬けたんで味はボケてねえ!うまいぞ!」
とのことなんで大いに期待。こりゃあ日本酒を用意しなきゃならんな。
『次はどこ行くんだ?』
『生ものはこんなもんだろう。あとは……塩?砂糖?酒?……はあるし……さすがに米はないよなあ……』
喧しい生鮮食品エリアを抜けて、やや静かな一角を歩いていると
「うそぉ……」
ある店の前で看板の文字を見て驚愕する。
【 砂糖入荷 ラダポリス産 ひと山 3000ガラ 】
【 少量売りいたし〼 】
3000ガラってことは日本円で75000円相当!?砂糖が?ひと山っつっても500mlのペットボトルよりちょっと大きいくらいの塊だぞ?
「おや、お客さん興味がおありかい?」
「いや……余りに値が張るんでびっくりした。」
年の頃なら三十手前くらいだろうか、店番をしていた男が声をかけてきた。
「そうだよなあ、いつもなら高くても2000を超えることはないんだけど、今年はどうしてもここまで上げなきゃならなかったから……」
普通でも50000円近くするんかい。
「何でまた1000も値上げしなきゃならないんだ?……あ、税金が上がったとか?」
「いや、何も文句がないわけじゃないけど、この辺の税はそうひどいもんじゃない。問題があったのは産地だよ……」
男の語るところによると、王国をはじめとするこの辺の国々に砂糖を供給していた南方の地で反乱やら洪水やら蝗害やらこの世の不幸をすべて集約したような事態が起きているんだとか。
「ウチは仕入れ先を複数持ってたんで被害のなかったラダポリスのを入荷できたんだけど、それでもあちこちで砂糖の争奪戦をやってるような状況だからね。出血覚悟でもこの値段が精いっぱいだよ。」
男は腕を組んで大きなため息をついた。
「おかげでどこの料亭も菓子屋も今年は仕入れ量が減っちまってね。一般家庭向けの少量売りだって去年までに比べりゃがくんと落ちちまった。首くくるほどじゃねえが、文字通りの甘くない年越しだよ。ツイてねえ……」
昔の日本でも砂糖は薬扱いだったというし、水あめだって「これは毒ぢゃ」と嘘をつくほどの高級品だったのはお馴染の話だ。
「……来年はきっと良いことがあるさ。買い物もしないのに手間かけさせたね、すまん。」
「いいよ、アンタにも地母神様の加護の共にあらんことを。じゃあな……」
男は肩を落として店の中に戻って行った。さすがに砂糖に3000ガラは出せんわぁ。世界間貿易使ったら最安でキロ300円=12ガラくらいで買えるんだもの。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ相棒、砂糖ってスゲエなあ……」
帰宅後、ロビンが呆れたような感心したような声で言う。
「確かに昨日食った豆は美味かったけどよう、あの甘みにとんでもねえ値がつくもんなんだな。俺のネコちゅ~ぶが一体いくつ買えるんだ?人間ってどんだけ砂糖好きなんだよ。」
「砂糖の甘味にはオクスリ並の依存性があるって聞くしな……。幸福とか快楽のために本能的に求めてしまうものなのかも。」
「でもさ、砂糖ってパパッと作れねえの?」
「理屈そのものは単純だと思うんだけど、原料が……。サトウキビは水と日光が必要だから、南国でないと無理だろう。せいぜい四国が北限?あ、S岡のへんでも作ってるんだっけ?……お茶にプラモにクルマにバイクに楽器に海産物にメロンにイチゴに砂糖……。何気にすごいな、S岡県。いける、いけるよ!頑張ったらもう一回くらい天下獲れるって!……あとはテンサイからも作れるけど、そもそもこの辺にあるのかどうだか。野菜類は地球と同じのも多いから、あってもおかしくはないけど。どっちにしろ、砂糖の生産量がドーンと伸びるのは地球じゃ19世紀以降の話。科学の発展に加えて植民地と奴隷労働力、戦争や経済封鎖なんていう後ろ暗い要因もあってのことだから。」
「それじゃ蜂蜜は?あれなら砂糖の代わりになるだろ。」
「確かに甘い。甘味度でいえば砂糖より上だったはず。でも、蜂蜜の甘味って砂糖の甘味と違うんだよ。熱いか冷たいかでも甘みに差が出るし、何より……」
「何より?」
「結局、蜂蜜も砂糖と同じ位の高級品だってこと。安定して大量に蜂蜜を採れる養蜂技術が完成するのはこれも19世紀のことだったらしい。地球ですら、だぞ?ちなみに十日くらい前、ギルドの壁貼り依頼の中に三、四件の『蜂蜜採取』があった。高額報酬を表す赤マル付の依頼だったけど、誰も手をつけてなかったところを見ると困難な仕事なんだろうさ。」
「えーと、えーと……ならフルーツ!」
「大概の果物はシーズンが限られてるだろ?年間を通して入手できないんじゃちょっと……。それに果物も現代日本ほど品種改良されてるわけじゃないから、『甘みとうまみの諸兵科連合!お口の中を電撃戦で蹂躙する、ブドウ糖・果糖・ショ糖の戦闘団やぁ~!』みたいなあっまぁ~いのはここにはない、残念だけど。こないだ試しに食ったリンゴは紅玉より酸っぱかった。冷蔵・輸送技術の発達した現代地球世界でもブドウの生産量のうち生食用は四分の一、残りはほとんどがワイン用なんだ。と、いうことはこの世界じゃその比率はもっと極端にワイン偏重型になってるはずだよな。事実、こっちに来てからというもの生のブドウは一、二度しか目にしたことがない。あとは乾物屋にレーズンがあるのを見たくらいだ。ブドウは酒の原料であって、甘味として考えてないんじゃないかな?どっかの国じゃ干し果物を水にもどした汁を甘味料として料理に使う話も聞いたことあるけど、メジャーじゃないってことは砂糖の代用として十分使えるほど甘いものじゃないんだろうな。」
「う~ん、なかなかうまい具合にゃいかねえもんだな。」
「基本的に甘味系の食文化が弱い世界だから、シニッカが飴ちゃんもらってあんなに喜ぶのかもな。……ところで今年最後の世界間貿易のことだけど、何か欲しいものはあるか?」
「ネコちゅ~ぶがあればいいよ、俺は。メシはそれと相棒が作ってくれるやつがあればいい。」
「そっか。」




