第四十話
『金床亭の魔宴』の翌々日から、俺は異世界で迎える最初の新年の準備を始めた(翌日?二日酔いで寝てたに決まってるだろ)。とは言え残された時間は五日間。この間にできることはなるべく終わらせて、正月はダラダラしていたい。
一日目。朝イチくらいの時間にギルドに顔を出し、
「わたくしツクルの今年の業務は終了いたしました。来年の仕事始めは十日です。それでは皆さま、よいお年をお迎えください。」
と挨拶をしたらインク瓶が飛んで来た。何をそんなに怒ってるんだ。社会人らしく年末の挨拶に訪れただけなのに。デニスが他の職員に「倉庫から縄ァ持ってこい!逃がすな!」などと言いだしたので、即退去。
カークマン通りにあるト〇ネコ(仮称)氏の店に立ち寄って買い物をする。是非やっておきたいことがあるので、そのための資材を購入。キルティング加工を施したマットや同サイズの毛織物の布、厚手の綿布などを購入。ロビンを抱いて入店したのもあってか実に機嫌がよく、一割近く値引きしてくれた。板座敷を作った時に使った材木屋では杉と樫の角材、板を購入。この町の(世界の?)材木屋業界では「倉庫の木材は年越しさせない」みたいな考えがあるらしく、楢だの白樺だのトネリコだのの売れ残りが破格の値段で買えたのは幸運だった。それとおが屑があればもらえないかと聞いたら「好きなだけもっていって構わん」とのことなので遠慮なくいただく。
昼食にインスタントラーメンをかっこんだら午後の仕事。木材と大工道具を用意して「職業スキル:大工」を発動したら……
……ロビンのにゃーにゃーいう声で我に返ると、前と同じように望んだとおりのものが出来上がっていた。相変わらずの仕事の緻密さ正確さ、そして仕上がりの美しさにニヤケ笑いが止まらない。だが冬の今は日没が早く、暗い時間になっていたので本当の完成は翌日以降へ。寝る前にロビンと一緒に買い物会議をして主に食品を世界間貿易で発注する。次に買い物ができるようになるまで丸三日かかるんで早いとこそっちの仕事に取り掛かり、アレがないだのコレを買い忘れただのの洗い出しをしたい。
二日目。「汚損個所はその年の内に」の教えに従い、まずは大掃除。板座敷を含む家具・家財を一切合切アイテムボックスに収納してロフトから。……そんなに大きくない、と言うより小さい家なんで性根を入れてやったらあっという間に終わる。昼飯時になると乾物屋のおばさんが来てオムレツをさし入れてくれた。ジャガモとタマネギがたっぷり入ったスペイン風みたいなヤツ。俺が年末の大掃除をしていると言ったら「ウチのロクデナシに飲ませるからへその毛をおくれ」だと。爪の垢じゃないんだ。あとオムレツは素朴な味でうまかった。
午後からは自由市場へ出かけ、露店で床磨きのためのブラシやバケツなどを購入する。以前酷い目にあった経験から釣銭への警戒は忘れない。両替もしてもらえんような銭などつかまされてたまるか。それなのに帰宅して確認したら一、二枚カス銭が混じってるんだから、あの市場には手品師か何かがいるとしか思えない。暗くなる前に床磨きそのものは終わったんだが、水気をきちんととばすことはできなかったのでロフトで寝ることにする。想像していた通り、夏場涼しい場所だから冬場はかなり寒い。寝袋に入った上で銀マットにくるまり、更にダンボールで巻くというバームクーヘンスタイルで一夜を乗り切ることにする。ロビンを抱いて寝たんだが、それでも寒かった。
三日目。前夜があまりにも寒かったので朝イチで震えながら風呂屋へ直行。番台のオヤジが
「今日は朝から貸し切りのご一行があるんだ。一刻したらまたおいで。」
などというので放火に丁度いい燃えやすいものを探していると、
「何やってやがんでぇツル公。火付け強盗が火口でも探すみてえな所作ぁしやがって。」
と聞き馴染みのある声。貸し切りの団体は例のメンバーでした。朝風呂と朝酒を同時に楽しもうとかいう身代大傾斜確定の集いを催していた模様。こんな時間から人民のささやかな幸せを打ち壊すブルジョワ的蛮行に対して抗議しようとしたら「オメエも来い」というので仕方なく参加する。仕方なく。やむを得ず。
世間様が年末のバタバタの最中、朝っぱらから飲酒とは如何なものかとは思ったが、そこはさすがにサングリアみたいなフレーバーワインを果汁や水で薄めに割ったとかいうヤツだった。もっとも、参加者の年齢とか入浴中であることとかを考えたらバクダンであることに違いはないんだけども。聞けば女湯のほうでもおばさん&ばあさんたちが似たようなことをやってるんだとか。第一線冒険者だった時分の仲間内の年中行事が、年を経て今のような形に落ち着いたらしい。いくら可愛がってもらってる身とは言え、本来は関係のない者が押し掛けた形ではあるので、要望があれば背中を流すなどして礼代わりとする。風呂上がりの休憩所で
「ツルちゃんに背中を流してもらえるんなら、こっちにも来てもらえばよかったねえ。」
なんていう女性陣からごまかし笑いで逃げ、少し遅めの朝食をとったら本日の作業開始。
小さいほうの部屋に調理台をセット。カセットコンロやストーブなどを置いたらアイテムボックスから、先日世界間貿易で購入したおせち料理のパック詰め合わせを出す。洋風や中華風、すべての重が肉料理とかお菓子とか変わり種も含めていろいろあったんだけど、結局はザ・定番のやつにした。紙製の重を組み立てたら詰め方説明に従ってパックの中身を盛っていく。一時間ほどで作業は完了、それなりの見てくれのおせち料理が出来上がった。
ただ一か所、本来黒豆が納まるはずだった場所だけが開いている。そう、さっきロビンとつまみ食いして……もちろんそれもあるが、自作しようと思ったのが一番の理由だ。小さいころからお袋が作るところを見てきたけど、作業そのものが難しく思えたことはない。ただ丁寧さと根気が大事なわけで、俺にそれがあるかと聞かれたら胸を張って「ない」とも言えるわけで。まあ「職業スキル:調理」があるのと、アイテムボックスの時間調整機能を使えば何とかなるんじゃないかと思う。
まずは材料の確認、黒豆(O山県産、1000g)、水、砂糖、醤油、塩、重曹、鉄釘(錆びたヤツ、エクトルの工房から完成品と引き換えの約束で拝借、安全性は確認ずみ)。たしかこんなモンだったと思う。豆の量がどう考えても多いのは、近所へのおすそ分けを考えての事。金床亭じゃ煮豆がメニューにあったし、入手できるものが特殊なヤツ(ちょっとでも食べすぎると毒)だけとかでもない限り、どんな世界でも豆料理が禁忌になることはないと思う。
材料と調理器具の確認がすんだらいよいよお呼び出し。前回のコロッケ&カツ祭りのように、やっぱり●E●Iセンセイなんだろうか。でも俺、あのセンセイのレシピでお正月用の黒豆は見たことないんだよな。黒豆をミキサーにかけてたのはなんかで見たことあるような気がするけど……ええい、ままよっ!
鍋の取っ手に手をかけて目を閉じ、精神を集中してその時を待つ。
……………まだですか?………
………聞こえ……る?…
……聞こえる!…
このやさしい関西弁、船場ことばといえば……
D●Iセンセイじゃないですかぁあああああ!!(歓喜)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最強の援軍、最高の指導者の協力を得ておよそ十時間後、遂に黒豆は完成した。センセイ、ありがとう!
アイテムボックスの時間調整機能があったので豆をもどすのに本来かかる時間を短縮できたのはよかったが、それでもこんなに時間を食うとは思わなかった。まあ、煮汁が煮詰まらないよう、豆が煮汁の外に顔を出さないよう気をつけていれば鍋に張り付いている必要もないので他の仕事も結構進めることができたし、そこまで大きな問題ではないからいいや。
床の水気もなくなったので板座敷やその他の家具類も取り出して再配置済み。そして今回の目玉は何と言ってもこの「炬燵」だろう。
正月準備の一日目、職業スキルで完成させたのがこれだ。座敷の一部を改造して正方形の凹部をつくり、砂、おが屑、銀マット、布の順に重ねた上に湯たんぽを六個置き、木製の格子板をはめれば熱源となる床部分の完成。ここに新たに作った机を置き、キルティングマット、毛織布、厚手の布をかぶせて天板を乗せたら、うん、立派な炬燵だ!やっぱり冬はこれだよな。熱源を遮らないようなドーナツ状の敷布はないので、自分が座るところだけマットを敷きクッションを置いたら早速足を突っ込んでみる。
「ほぉうあ~……至福……極楽……」
現代日本の炬燵のように赤外線ヒーターで「オラッ!」と温める力強さはないが、下の方からじんわりと温かさが伝わってきてこれはこれで情緒がある。
「相棒、これはヤバイ……。俺、コタツってのは初めてだけどよう、もうこのままずっとここで生きていてもいいんじゃないかって思えてきたよ……アレ?おかしいな。俺、工場で生まれたはずなのになぜだかお袋の顔が見えるぜ?」
ロビンが普段ベッドにしているカゴを炬燵の中に半分入れてやると、温もるにつれて様子が少しずつおかしくなってくる。顔がトロけだして体全体が緩み、何かいけないものも見えてるらしい。のぼせたか?と思い、冷ましてやろうと布団をめくったら
「おいヤメロ!コノヤロ!フーッ!シャーッ!!」
って威嚇された。




