第四話
俺の愛車のフロントガラスを撫でながらソロが言う。
「こんな世界じゃ給油なんてできないし、壊れたとしても修理もできない。そこで、こうする。」
スマホの時と同じように、フロントガラスを指で叩き、ふぅうううううううっとさっきより強く息を吹きかけた。トラックが突然ガタガタ震え出す。
「おい、壊したんじゃないだろうな?」
「違うよ、よく見てな。」
トラックはサスを改造した踊るクルマみたいに跳ねた後、ぼふん!と煙を出して姿を消した。後に残るは積んでた荷物と……荷物と……荷物と……ねこ!?
「うみゃあ~~くっさ!くさくさくさくさ!くうっさあ~えげつな~!ニンニク食った後で歯も磨かずに息吹きかけるとかやめろよ、もう!」
くろいねこがにほんごをしゃべりながらくねくねみもだえしてるよ。かわいいなあかわいいなあ、ぬこ……
「おいソロ!俺のトラックどこやった!?てかあの喋るねこ何!?気持ち悪っ!」
にやにや笑いながらソロが黒猫に話しかける。
「こっち来いよ、ご主人様に挨拶だ。」
黒猫が背伸びをしてからゆっくり歩いて近づいてくる。え、やだ怖い。
「ご主人様じゃなくて相棒だっつーの。そうだよな、相棒?」
「ホントに喋っとるううううう!?」
ソソソソソソロ、これは一体?
「兄弟のクルマを魔道具化したうえで変身機能を持たせてみた。この黒猫は間違いなく兄弟のトラックだよ。」
「おうとも。ま、見てな相棒?こんなカンジよ。」
黒猫がててっと走ってジャンプ、一回転すると真っ白な煙を上げてトラックが現れた。
「ま、ざっとこんなもんよ。驚いたか?」
何でもありだな。すごいな異世界転移……
「トラックの状態でも言葉は話せる。傷がついたり多少壊れたりしたとしても余程の事でない限り自己修復が可能だ。ちょっと口が悪くて性格がひねくれてる『喋る荷車』『喋るネコ』だとでも思ってりゃいい。」
ソロの言葉を聞いたトラック(?)がヘッドライトを点滅させながら反論する。
「口が悪いのは腹ン中に悪いものがねえ証拠だ!それとユタカ自動車の製品にひねくれるような性格はない!」
「コイツと一緒に行動しろ、と?」
「お互いに理解を深め合いながら楽しく生き抜いてほしい。」
「ってこった。ヨロシクな、相棒!」
「……ああ、こっちこそよろしくな。」
まだ慣れないけど……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何だか妙な疲労感を感じて椅子に座ると、黒猫の姿に戻った(?)トラックが膝に乗ってきた。
……少しかわいいかも……
「スマホもトラックも、兄弟の魔力をエネルギーにして動く。今してるみたいに、なるべく身近なところに置いとけば勝手に魔力を吸ってくれるから基本的には何もしなくていい。」
「ああ。わかった。」
黒猫がこっちを向いてぐっと顔を上げてきた。
「でもな相棒、この姿の時ならフツーの食いもんでもいいんだぜ?」
「そうなのか?」
「相棒さあ、時々野良どもにネコちゅ~ぶ食わせてたじゃんか。俺もあれ食ってみてえ。」
まだ残りがあったかな……え?
「ってかオマエ、見てたの?」
「もちろん。おっさんがネコに構ってもらって薄らニヤニヤしてんの見てたぜ?気持ち悪かったけど。」
仕方ないだろ。動物飼うのに興味はあったけど、諸々の理由で無理だったんだから。
「さて、落ち着いたところで兄弟、いいか?まず最低でも四…三年生きてくれ。その頃にはオマエさんが戻れるかどうかの結論が出るはずだ。」
ソロが真面目な顔と真剣な声で言ってきた。
「三年もかかんのかよ。しかもその言い方からすると、もし戻れるとなったらその後で更に時間がかかるんだろう?」
「すまん、オマエさんにここまで不便をさせるつもりじゃなかったんだ。なるべく早く解決できるように努力する。今はこれで勘弁してくれ。」
「いいよ、もう。言ったろ?腹は決めた、長いバカンスだと思ってせいぜい楽しむさ。そうだな、『十五少年漂流記』が十三歳で二年間だったよな?俺のトシはその約三倍だから六年は生きてやるよ。」
「頼む。それじゃあコレは俺からの最後の『陣中見舞い』だ。手を出せ。」
「…こうか?」
ソロに手のひらを差し出すと、人差し指で何事かをさらさらっと書いてふっふっふっと息を吹き付けた。オイ、まさか……
「これも定番だろう?『百話法』は必要なかったから『アイテムボックス』を渡しとく。時間がなくなってきたから詳しい説明は省くが、いろいろ試しながら上手に使ってくれ。」
なんだ…。俺まで魔道具化する気なのかと思った。
「ありがとよ。ところで『時間がなくなってきた』ってことはアンタはもう…?」
「行かなきゃならないんだ。オマエさんも連れていけりゃ一番いいんだがな。」
「気にすんな。それじゃあ良い知らせを期待して、一日千秋の思いで、唇噛みしめて、枕を涙で濡らしながら、今か今かと待ってるからな。」
「そこは『期待しないで待ってる』にしとけよ。」
「うるせえ。じゃあな、むこうで両親や弟たちにに会うことがあったらよろしく伝えてくれ。」
「ああ、またな。兄弟、多少の無理はしてもいいが無茶はするな。死ぬなよ…。」
ソロは来たときと同じように、スタスタ歩いて夜の闇の中に消えていった。
……アイツやっぱり一般人でさ、これドッキリか何かだったんじゃね?
それと、まだ聞きたいことがあったんだよ。
アイツなんで俺と同じ顔してたんだ?
【※3秒間の無音発声】って結局いったい何者なんだ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「片付けでもするか…。」
黒猫を膝からおろして立ち上がると、ソロが座っていた椅子に袋が置いてあるのが見えた。何?……って重い。すごく重い。半端じゃなく重い。嫌がらせか。
「…何だこれ?」
テーブルの上に中身を広げてみたら、小さいのは錠剤くらい、大きいのはタバコの箱くらいの様々な金属の塊だった。
「うおう…」
指でつつきながら一つずつ確認してみる。金色の、銀色の、紫がかった銀色の、赤みがかった銀色の…いろんな種類があるみたいだな。あ、そうだ。こんな時こそアレを使えばいいんだ。『大鑑定』と念じてみた。するといかにもな感じのボードが空ちゅ…って空中じゃない!?……触ろうと思っても…文字がまったく見当外れの位置に……?どうなってんだ!?目の前に手のひらを持って来て気がついた。
「わかった、網膜投影みたいになってんのか!いいな、これなら鑑定結果を見られることもないし、鑑定してるのに気づかれることもないってことか。…んで、この塊の正体は?」
【貴金属塊】
総数50個
内訳 金(24K) 大小様々10個
銀(999‰) 大小様々10個
プラチナ(Pt950) 大小様々10個
ミスリル(超高純度) 大小様々10個
氷銀(超高純度) 大小様々 5個
焔銀(超高純度) 大小様々 5個
あいつ……メシ代か餞別のつもりかな。返そうにも本人は消えてしまったし、話の流れ的にも『俺にくれた』とみて間違いないんだろうけど。本当にもらっていいもんかね?金だの銀だのなんてこれまで馴染みがなかったし、ミスリルだの氷銀だのと言われてもな…
「どうした?相棒。何かあったのか?」
おおう…オマエ、やっぱりしゃべるんだな。じゃあ今までのは全部夢でもドッキリでもなかったってことか。しかし、クルマとか猫相手に会話するのってなんか不思議だな。
「ソロのやつ、メシ代のつもりなのか何なのか金を置いて行きやがった。」
「よかったじゃねえか、もらっとけよ。何をするにも先立つものは必要だろ?相棒の持ってるむこうのカネなんて、こっちじゃ使い道がねえだろ?」
そうなんだよな。仮にこの後どっかの街かなんかで買い物をすることになったとして、万札が使えるワケもなし。硬貨なら価値があるかもしれないけれど、地金ぶんくらいにしかならんだろう。よし。なら、ここはありがたく貰っとくか。
ところで…
「今までオマエをクルマだクルマだと思ってきたから、こんな風に普通に会話してると不思議だな。さっきの鑑定もだけど、ファンタジー世界に来ちまったって実感が湧いてくるよ。」
「そうか?俺は今までだってけっこう相棒に話しかけてたぞ。給油警告とかシートベルト警告とか。」
「そうかあ……待てよ?さっきも『ネコに構ってもらってたのを見た』って言ってたよな?ってことはひょっとして、俺の運転中のこととかも全部覚えてる?」
忍び寄る不安…
「おうともよ。相棒が惜しげもなくその美声を披露しているところも、追い抜かれると急に『何人たりとも俺の前を走ってもらいたくねえ!』って不機嫌になるのも、積雪渋滞の夜にビニール袋にリトル・ジョーを……」
「わーーーーーーーーーー!!!!やめろやめろ!わかった!もういい!すまん!もうしないから許してくれ!」
『気にすんなよ。クルマの中なんて皆そんなもんじゃないのか?まあ用足しの時はこぼさないように気を付けることと、換気をしっかりすること、それと車内をキレイに拭いてくれるとうれしいかな。」
はい、そうします。
「ところで相棒よう、今夜はどうする気だ?このまま幕営か?」
そこなんだよな。ここが日本なら出たとしても野良犬程度だから、クマスプレーでも使えばどうとでもなるんだけど。異世界ってことはオークとかゴブリンみたいなのが出るんだろ?
寝ずに起きておくべきかな、とか考えてたらスマホが鳴った。ちびるんじゃないかってくらい驚いたのは秘密だ。いったい何?
{ メールがとどいています }
は?あ、ソロか!『メールは届く』って言ってたもんな。
件名:言い忘れた!
本文:明日の朝までは効果のある結界をそのあたりに張っておいた。今夜はゆっくり休んでくれ。それとメシ代は受け取ってくれただろうか。返してくれなくていいから気にせず使ってくれ。じゃあな。
「なんだった?相棒。教えろよ。」
「明日の朝まで、このあたりは結界があるらしい。安心して眠れ、とさ。」
「そりゃ良かった。じゃさ、今日はもう寝ちまおうぜ……どした相棒?」
「……なあ……オマエ、名前が欲しいと思わないか?」
「ナマエ?」
「ああ、こうして話していると本当に『あ、こいつ俺の相棒なんだな』って感じがしてきたんだ。それなのに、名前もないってのはなんか違うんじゃないかって気がするんだ。何かリクエストはあるか?好きなのつけていいぞ。」
「う~ん……俺、ネコの姿してっけど本来は工業製品だからなあ、あんまり個車って意識はないんだけど……。なあ、相棒がつけてくれよ。」
俺でいいのか?それじゃあ……
「……の前にさ、オマエって男なの?女なの?声からじゃちょっとわかりにくい。ちょっとむこう向いてケツ見せてみ?」
アニメの少年声とでもいうんだろうか。聞きようによってはどっちにもとれる声なんだよな。
「お、お、お、おい!ヘンなとこ見んじゃねえ!ばーかばーか!」
黒猫が赤面するのって初めて見たわ。オマエも大概器用なヤツだよな。
「……とにもう、俺は自分じゃ男なんじゃねえかなと思ってんだけど、フランス語だと自動車は女性名詞でネコは男性名詞だぜ?」
余計わからんなるわ!…よし!ならもう決まり!
「ロビンだ。オマエの名前はロビン。たしかこれなら男女どっちもアリだったはず。」
「ロビンか、悪くない。ネコにコマドリってのがおもしれえじゃねえか!じゃあさ、相棒のことはなんて呼べばいいんだ?俺がロビンなら相棒はブルースか?」
「いや、普通にツクルとか相棒でいい。」
「オーケー。んじゃ、これからよろしくな、相棒。」
「こっちこそ、頼りにしてるぞ、相棒。」
「ソロも大丈夫だって言ってるし、とっとと寝ちまうか。片付けやら歯磨きやらは…いいや、ぜんぶ明日の朝にまわしちまおう。ロビン、オマエも寝るのか?」
「もちろん。俺だけ起きてたって意味ねえじゃん。それにネコは寝る子だぜ?」
「そっか。じゃ、もう寝ようや、今日は本当に疲れた。」
「俺もテントに入れさせろよ。……んにゃ……いい夢見ろよ、相棒。」
ランタンを消して、いちおう火の確認。全部OK。靴を脱ぎ、テントに入って入口のファスナーを閉める。マットに寝転ぶと同時に背中からどこかへ吸い込まれていくかのような眠気が襲ってきて………ぐう……。




