第三十六話
シニッカがああいう状態になったんでエルとミレナ、パウラに子守りをお願いし、残りの面子が交代制で洞窟樹の根を切り崩すことになった。ヴァルトの機転が幸いして(?)人手はあるし、ギルドの倉庫から丸太なんかと一緒に拝借してきた斧や鋸もあるからそんなに難しい作業ではない。それに俺には、崩落事故の時にも使ったアイテムボックスのカスタム収納という強い味方がある。ただし、作業内容が内容だけにあまり大きな収納エリアは展開させず、ティッシュの箱くらいの小さな形に設定して慎重に進めることにする。
「は~……崩落の時にアタシたちを助けてくれたのが、そのイカレたストレージスキルだったってわけね……」
「なるほど、ギルマスがアンタを逃がそうとしないワケだ。ものを仕舞える量といい、そのトンチキなスキルの使い方といい、常識はずれにもほどがある。」
ハツリ作業のように洞窟樹の根を削いで収納しては吐き出していく俺を見ながら、ルディとテオが呆れたような感心したような声で言う。
「あの時はもっと大きくやったけどね。んで一気にごそっと。」
「ん~……ツクル?せめてアタシが引退するまではラハティにいてちょうだいよ?そんで町から三日以上離れないこと!何かあった時は万難を排してアタシを助けに来ること!いいわね?」
「三日離れるなって……ははっ、大樹紋付のヤツよりひどい縛り付けだな。」
「アナタも一度『閉じ込められる恐怖』ってのを味わったら、笑ってもいられなくなるわよ。それにね~、閉鎖空間で周りはみんな脂ぎっていろいろ飢えた男たちばかりじゃない?『この世の名残に…』なんて思いつめた輩にいつか襲われるんじゃないかって気が気じゃなかったんだから。だからいいわね?まず誰よりも先にアタシを助けにくること!」
「……考えとくよ……」
そういうのも聞いたことのない話じゃないしな。だけど、それに関して心配するならパウラのほうが先じゃないのかな?
「ま、今はルディの貞操は横に置いておくとしてもよ、なんでこの娘のことがホルヘ、シニッカ、ツクルの三人にしかわからないんだろう。あれか?ユーレイに好まれる体質とかなんとかがあんのかね?」
疲れてきたのか、テオが斧を一旦置いて肩を回したり腰を延ばしたりしながら話す。一番大事なもの(らしい)を置いておかれ、ルディはあからさまにムスッとした表情になった。
「さっきエルが言ってたじゃない。『小さな子供におともだちが見えやすいように、霊に近い要素があると見えやすい』って。」
「んじゃあ、まずはシニッカだよな。年齢も性別も俺たちが探してる誰かさんにたぶん近いから、見えたりわかったりするんだろう。だけどホルヘとツクルは?二人とも男だし、トシも結構いってるぜ?しかもツクルは外国人だぞ?」
「そうよね~。三人とも同じように見て、同じように声まで聴いたんでしょ?十五、六歳の女の子とホルヘ、ツクルとの共通点……共通点……だめね、皆目見当つかないわ。」
ホント何だろうな?なんで俺らみたいなオッサンにも見えて聴こえたんだろう?
「それでツクル?アナタたちがさっきまで感じてたっていう『イヤな雰囲気』っていうのはまだあるのかしら?」
「……全く感じなくなったわけじゃないが、ここに着いたときほどじゃない。」
シニッカを行動不能に陥らせ、歴戦の冒険者でもあるホルヘすらビビらせたあの感覚は、俺たちが作業を始めて壁を覆い尽くす洞窟樹の根が消えるごとに弱くなってきている。よくあるパターンだと「当たりのしるし」ってヤツだよな。
『相棒、たぶんもうちょっとだと思うぞ……』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何度か交代を繰り返し、休憩シフトに入ったんで皆にコーヒーでも淹れてやろうかと思っているとミルカの声が響いた。
「見つけた!ヴァルト!ツクル!こっちに来てくれ!」
斧を持ったミルカのいる場所まで行くと、一時間ほど前まで洞窟樹の根に隠されていたダンジョンの壁の一部が露わになっていた。壁にはごく浅い洞のように抉れた部分があり、そこには体育座りのような形で体を屈めた白骨死体があった。
「ツクル、『袋』を出してくれ。」
「……!…ああ……」
アイテムボックスからこのために持たされた白い綿布の袋を出して広げると、ミルカが両手で丁寧に骨を取り出してはその上へ置いていく。
「そこに残ってる金具はたぶん革鎧の脇の止具だと思うわ。革のほうはたぶんムシが食べたんでしょうね。やっぱりこの御遺体、ここ一年二年のものじゃないわね。下手したらこのダンジョンが見つかった頃くらい昔かも……」
洞のごくわずかな遺留物や白骨の様子を見ながらルディが言う。まるで鑑識官か検視官みたいだ。
「……骨の大きさと骨盤のつくりから見て、シニッカたちが見たのは間違いなく彼女ね。本当に、可哀想に。誰にも気づかれることなく、こんな場所でずっと待ち続けるなんて……」
ルディの声に涙がかかる。俺の後ろの方で鼻をすすってるのはたぶんラッシだろう。
15分ほどでミルカはすべての骨とおそらく彼女の持ち物だろうボロボロの鞄、形の残っている遺留物を取り出して袋の上に集めた。
「ツクル、昨日発見した遺体と遺留品を『鑑定』したって言ってたよな?」
「ああ、見てみようか?」
「ヴァルト、その方がいいんだろう?」
「もちろんだ。ちょっと待ってくれ、記録用の書類を準備するから…………よし、いいぞ。始めてくれ。」
まわりではロビンも含めた全員が輪になって俺のほうを見ている。ちょっと緊張するな。
積まれた骨の上に手をかざし、念じる。
『鑑定』!
………………………
……………………
………………
……………
…………
「ツクル?…………おいツクル!どうした………?」
「ツクル……?アナタ………泣いてる……の?」
……ああ、見るんじゃなかった。
いや、覚悟もせずに見るべきじゃなかった。
アイテムボックスのリストを呼び出して使えそうなものを探す。
「封筒(ブルー、B5用)」
これがいいか。あとは……
「通常官製はがき」
「塗装用刷毛」
これも使おう。
「ツクル!いったい何が……ってホルヘ?お前も?」
俺はしゃがみ込んで、ミルカが骨と遺留品を取り出した洞の中を見る。残っているものは洞窟樹の根の切れ端、それにたぶん彼女の体を食べただろうムシの死骸や糞の混じった土や埃。そういったものを皆、刷毛とはがきを使って集め、封筒に入れていく。
後であらためて洗うか何かしてきちんと分けてやりたいが、今はこうするしかない。
皆が黙り込んで見つめる中で作業を続け、洞の中に残っていたもの全てを封筒の中に納めて俺は立ち上がり、皆に話す。
「……亡くなってから時間が経っているからだろう。ノイズが多くて何から何までと言うわけにはいかなかったが、大事なところはなんとか見えたよ。彼女の名前はイルメリ、十六歳だそうだ。年齢からして、生きてた頃はまだ新人の冒険者だったんだろうな……」
「ツクル……」
ホルヘが俺の顔を見る。
大丈夫だよ、それもわかってる。
「なあエル、『死者のための祈り』ってのがあるだろう?」
「ええ。それが何か……?」
「文句を少し変えてやってもらえないか?」
「祈りの文句を変える?」
「ああ。『この者』じゃなくて『この者たち』にしてやってくれ……」
「『たち』?……それじゃ……?」
「……彼女にはわからなかっただろうけどな。女の子の双子だ……」




