第三十五話
「何度見返してもそれらしいのはいないな。」
行方不明者情報の書かれた書類をこっちに寄越しながらミルカが言った。
「そもそもその幽霊、ほんとうに女だったのか?見間違えたとか何かじゃ……」
「いや、アレは確かに女だったと思う……ツクルはどう思う?」
「……キレイな顔の女の子だった、と思うよ。もちろん『髪の長い美少年』ってこともあるかもしれんが……でもどっちにしろミルカの言う通り、それっぽいのは見当たらないんだよな……」
書類にかかれた人相書きや行方不明時の特徴などを一人ずつ確認していくが、俺たちが見た『ポニーテイルの少女』に当てはまる者はいない。
「だとすると、ここに情報のない二年以上前の行方不明者か、モグリってことになるな……」
「エルはどう思う?この中で専門家はオマエさんしかいないんだが。」
「現世への強い執着を持ったまま亡くなった人の霊は土地や物に憑くと言われますから、このダンジョンで亡くなった人である可能性は高いかと。お弔いもあげてもらえず、『死者の国』へも迎え入れられず、こんなダンジョンの奥底で彷徨い続けるとは、本当にかわいそうな話です……」
「もっかい穴まで行ってみたら出てくるんじゃないっすかね?」
「……ラッシ、明日からオマエのメシは保存携帯口糧とお湯だけな……」
「ひでえ!ケガ人はもっと労わるべきだと思うっすよ!」
「くくくくく…」「ふっふふふ…」「はっはっは…」
「なあ、ところで……俺たちはいつまで壁に向かってあーでもないこーでもないと話し続けなきゃならんのだ?なあルディ……」
「はいはい、まだアンタたちはそっち向いてなさい。レディなんだから支度に時間がかかるのは当然でしょ。それとヘンに心配して声かけしたりしないで、彼女には『何事もなかった体』で対応してあげること。いいわね?」
「「「「「「「「 おう 」」」」」」」」
行方不明者の幽霊(?)と出くわした俺、シニッカ、ホルヘの三人は文字通りの這う這うの体でセーフピットに駆け込んだ。その余りの勢いに「敵襲か!?」と緊張が走り全員が武器を手に取ったが、ホルヘと俺が
「でたでたでたでたでたでたでたでたでたでた!」
「ゆーゆれゆゆーれうゆゆれーいゆーれいゆゆれーゆーれ!」
と「あ…ありのまま今起こったこと」を話し始めると大笑いされた。しかし、話に加わろうとしなかったシニッカがえっぐえっぐと泣きながらミレナに何事か耳打ちして二人で仮設の汗ふきブースに入ると、「……なんか……ごめん…」みたいな申し訳ないような雰囲気に変わった。その後、壁際に移動して横一列になった俺たちはブースのほうを向かないよう全員が面壁して緊急ミーティングを始めたわけだ。
なお、ブースの前では腕組みして仁王立ちのパウラが「男子こっち見んな!!」みたいな強烈な気配を飛ばしており、更に俺たちのすぐ後ろではルディ姐さんが不埒者を出さないよう監視中だ。
『相棒、オマエの見たユーレイってどんなのなんだ?』
『どんなってなあ……さっきから話してるように長めの髪をこう、頭の後ろでくくった十五、六歳くらいの女の子だよ。足はよく見えなかったから正確にはわからんが、身長はシニッカより少し高いくらいで、少し凛とした感じの……』
『……やっぱり俺の見たのとは違うな。んじゃもう寝るわ、おやすみ……』
おい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一夜明け、まだ少しぎこちない空気の中で朝食をすませた俺たちは次の階層に移動して、セーフピットに仮設拠点を作った。
「ここは捜索対象が一番多いエリアだ。今日も入れて最低二日間はこの階層にいるからそのつもりでいるように。ツクルは『持ち帰る者』についてくれ。それから、エル。何かあった時、最後に頼れるのはお前だけだ。……少しやりにくいかもしれんが、そこは上手にやってくれ。」
「ええ、わかりました。」
やさしく微笑んで応えるエルだが、シニッカがコートの腰のあたりを両手で強く握ってしがみついている。いつまで続くかはわからんが確かにやりにくそうだ。
「それじゃあ告時計を合わせよう。」
ヴァルト、ライアル、パウラ、ルディ、ミルカ、エル、ミレナの七人がポケットから様々な意匠の小さな金属箱を取り出す。デザインはそれぞれだが、どれも十二個の穴と小さなボタンがある。
「三…二…一…今ッ!」
ヴァルトの号令で全員一斉にボタンを押すとすべての穴が小さく光る。四半刻(=30分)ごとに光が一つずつ消えて時間の経過を教えてくれる便利アイテムで、これも一応魔道具なんだそうだ。原始的で単純なタイマーみたいなもんだけどけっこう値は張るらしく、ライアルの持つ安物でも5000ガラしたそうで、しかも入荷まで半年以上待たされたとか。
「二刻経ったらここに戻って休憩と進捗の確認をする。では皆、今日も十分注意してくれ。」
午前の捜索で俺たちは何も発見できず、二度ほどモンスターに遭遇しただけだった。当然のようにヴァルトたちが瞬殺するんで俺の出番はなし。魔石を持たない昆虫型だったんで、微妙にルディの機嫌が悪い。
「がっぽがっぽとまでは言わないけど、もう少し余禄があってもよさそうなのにねぇ。」
「贅沢言うなよルディ。道連れにならないようこの時期に、しかも起こしから時間を空けてやってることくらいわかってるだろう?」
「それはそうなんだけどねえ…」
セーフピットまで戻り、ミルカたちと合流して昼食休憩をとりながら情報交換をしていると一つ気になる話が出た。シニッカが歩みを止めて、頑なに近づこうとしない場所があったんだとか。
「洞窟樹が根を張ってる所でな、特にモンスターが営巣してるわけでもなかったんだが……」
「割と勘のいいシニッカがどうしてもイヤだって言うもんスから、取りあえず手は付けずに戻ったんスけど……」
昨日の事もあるし、なんとなく無視できなさそうに思えてくるってことか。
「いったい何が嫌なんだシニッカ?」
ヴァルトの問いに、両手で持ってもすもす食べていたホットドッグを口から離したシニッカは小さな声で答える。
「……わかんない。でもね、なんだかすっごく悲しいみたいな怖いみたいな気持ちになるんだよ、そこ……」
俯いてしまったシニッカを見ていたヴァルトは腕組みしてしばらく考えた後、皆の顔を見て言った。
「飯を食ったら全員で行ってみよう。気になる問題は解決するに越したことはないからな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セーフピットから30分ばかり歩くと問題の場所に着いた。洞窟樹とかいうのがマングローブみたいな根を天井から生やして壁一面に張り付いている。俺たちが近づくと、Gによく似た昆虫がカサカサ動いて根と根の間に消えていく。
「シニッカじゃないけど、確かにいい気持のする場所じゃないわねえ。ムシばっかりじゃない!」
「そういう気持ちのいいわるいじゃないもん……」
エルの背後からは拗ねたような泣き出しそうな小さな声が聞こえる。セーフピットを出てからというもの、シニッカはエルの後ろにしがみついて離れようとせず前を見ようともしない。午前中はずっとアレだったというのなら、エルは随分と歩きにくかっただろうな。お疲れ。
「それで、シニッカが近づこうとしない場所ってのはどのへんだ?」
「もう少し歩いた先、根が他より厚く壁に張り付いているあたりだ。」
『燭光』を魔杖の先に点したルディと松明を持ったライアルを先頭に二列になってぞろぞろついていくと、果たして目的の場所が見えてきた。
そして、これは俺にもわかる。
切なさ、悲しさ、怒り、諦め、絶望、恐怖、怨嗟……負の感情と呼べるものを一切合切鍋にほうり込んで煮詰めてぶちまけた様な何とも言い難い、まさにイヤな感じだ。自然と歩みも鈍いものになってくる。シニッカはエルのコートを強く握りしめてぎゅっと目を閉じ、その場から動こうとしないし、ホルヘも歩くのをやめて唇をへの字に結び、その場所を見つめているだけだ。
だがミルカたちはと言うと特に何も感じていないのか、きょろきょろしながら周囲を警戒している。
「このあたりだったな、大丈夫かシニッカ?……ホルヘ?ツクル?お前らまでどうした?」
怪訝そうな顔で皆が俺たち三人の様子を見つめる。わからんか?気づかんか?この何とも言えんイヤな雰囲気。
『相棒。』
コートの中でもぞもぞ動いたロビンが襟元から顔だけ外に出しきた。
『ここだよ。間違いない。ゆんべ話してたヤツ、ここにいる。』




