第三十四話
タマネギ、ニンジン、ニンニクはみじん切り、ベーコンは短冊に。水煮の豆はざるに上げて軽く水洗い。
「こんな場所でも調理に水をしっかり使えるんだから、アイテムボックス様様だよな…」
カセットコンロの寸胴鍋でオリーブオイルを熱くしてニンニク投入、香りを立たせたらベーコン、ひき肉を加えて色が変わるまで炒めま~す。
「パンはラハティで買ってきた分を出すとして、さて、後は何を用意するべきか……」
肉の色が変わったらタマネギ、ニンジンを加えてさらに炒め、しんなりしたら赤ワインを加えてひと煮立ち。
「基本、切って炒めて煮るだけなんだからホントに楽だわ。今日はスキル師匠の出番はないな。」
あとは缶のトマトを汁ごと、だしが弱いような気がするので九州久源総本家・釜の屋「野菜だし」のパックを切って中身投入。トマトケチャップとトマトピューレ、トマトジュースにウスターソースも少々、カイエンペッパーにカレー粉にガラムマサラ、そして何より大事なチリペッパー。この段階で少し塩コショウも入れて味をみたら、後はもうちょい煮込むだけ、と。
「カセットコンロはこのまま鍋の方に使うからストーブでいくか、それとも火を使わないメニューにするか…」
リストを呼び出して再確認。あ、キャベツが結構あるな。それに無敵食材の一つ、ソーセージも十分ある。ならば……
ストーブに水を張った鍋を乗せて加熱開始。お湯が沸くまでにざざっと調理台を片付け、まずはキャベツを小さめのざく切りに。
……よい子のみんなに一応断っとくけど、俺は野菜用と肉用、魚用で包丁・まな板を使い分ける派だからな。『不衛生よおおおおッ!』とか言わないように頼んます。そもそも衛生云々言いだしたら、『ダンジョンで料理すんなや』って話になるしな……
ビニル袋にキャベツを入れたら砂糖、塩、酢、マスタード少々で作った調味液を加え、空気を抜いて密封。軽くもみもみしたらアイテムボックスに収納、特別効果「時間調整」の「10倍促進」を選択しておけば食べ始める頃には丁度良く仕上がっているだろう。
鍋にはソーセージを人数分×2ほどぶち込んでから蓋。
「ツクルうううう、もう待ちきれない~!」
「このにおいは空腹にゃかえって毒だぜ?早く食わしてくれねえと死んじまうよ。」
「うふふふ、ダンジョンの中でここまできちんとした料理をするのってアナタがきっと初めてよ~。」
支度を終えた女性陣が調理台の周りに集まってくる。
「あれ?ミレナたちのほうが早いんだな。男どものほうがパパッとすませて『早くしろ』『テメエから食ってやろうか』だの言いそうなもんだが。」
男性用の仮設汗ふきブースを親指で指し、パウラがにやにや笑いながら疑問に答える。
「ああ、アッチにゃレディのルディがいるからな。皆、気を遣ってるんだよ。」
「アタシは一緒でもいいって言ってるのにねえ、何を恥ずかしがってるのかしら?」
噂をすれば影、ルディ姐さんのお出ましだ。
「恥ずかしがってるんじゃなくって、身の危険を感じてるんじゃないのかな……?」
「お黙り、小娘!偉そうなことは出るとこきちんと出してからお言い!」
「むっか~!もう結構出てるし!これからもバンバン膨らむし!ルディみたいに間違った場所が出てもないし!ベ~ッだ!!」
「おうクソガキ、表ェ出ろやァ!まずはテメエの心から折ってやるわ!」
「いいの?やっちゃうよ?お・じ・さ・ん?」
『相棒!水だ!こんな時は水をかけたらいいんだろう?』
水かけろって……。昭和マンガの発情期の犬じゃあるまいし。いや、それもアリか……?
「そこまでだ、いい加減にしろ二人とも。」
「ルディは素が出てるし、シニッカも品がなさすぎる。」
遅いぞ、ミルカにヴァルト。
「ちょっとヴァル!素とか言わないで頂戴。アタシはこっちが本来の姿、さっきのは戦闘態勢。おわかり?」
「アタシだって品くらいあるもん!相手によって出し入れ自由なだけだし!」
「もうやめとけ。せっかくのメシがまずくなる。」
「「 はぁい… 」」
今にもキャットファイトでも始めようかという二人だったが、さすがにリーダーにゃ逆らえんか。
『相棒、鍋は大丈夫か?』
おう!忘れてた!……よし、ちょうどいい感じ。ソーセージのほうも十分だろう。
「待たせたな、それじゃあ食事にしよう!」
調理台に人数分のトレイと椀を用意してラップフィルムを被せる。災害の時にやる、食器を汚さないための一工夫ってヤツだ。
「おっほお!今日もアツアツのメシかよ、たまらんね!」
「しかもシチューだと……!?」
あーっと……っぽくはしてみたんだが、厳密にはシチューとは違うと思うんだけどな。
「今日のメニューは『チリ・コン・カルネ』と『サワークラウト風キャベツの即席漬』、それにソーセージとパンだ。ちなみにパンは名人・ビターゼの店で買ってきたやつな、これにチリを乗せてもいいし、一切合切巻いてやってもいい。」
「待ってました!いっただっきまーす!!」
「うっまあ~!!ツクルさん、これめっちゃうンまいっすよ!!」
「ツクル殿、こんなに香辛料を使うだなんて何と贅沢な……勿体ない…」
「ん?エルにはもったいないの?じゃあニカちゃんがもらってあげる!」
「だ、誰もそんなことは言ってませんよ。もちろんいただきますとも!」
「口に合ったかな?もしも味が気に入らなければ塩とタバス……唐辛子ソースもあるから自分で好きなようにしてくれ。ソースは結構辛いから少しずつ、一、二滴ずつ様子をみながらのほうがいいと思う。」
「ほう、辛いのは俺も好きだが、どれどれ……うぉオッ、コレは確かに辛いッ!……だが……やめられん!」
「ヴァルが言うんなら間違いねえか。なあ、俺にもくれよ。俺ぁこのソーセージにつけて食ってみてえ。」
いいね。こういうふうに喜んで食べてくれる声を聞きながらの食事ってのは気分がいい。実際、料理のほうも……ん、うまい!我ながら上出来だと思う。でもトマトピューレとトマトジュース、ケチャップのバランスは改良の余地があるかな?
『なあ相棒、そのソーセージ食わないんならくれよ。』
『え、オマエさっき渡したネコちゅ~ぶは?』
『とうの昔に食い終わったぞ?食い終わったんだけどよう、アイツらがあんまりうまそうに食ってるもんだから物足りなく感じてきた。だからさ、半分でもいいから。な?』
『しょうがないな。ホラ、一本やるよ。』
『さんきゅ!うみゃ~!ぷりっぷり!ぷりっぷり!』
◇ ◇ ◇
食事が終わり後片付けを済ませたら、今日出た廃水とゴミを捨てに行く。「来たときよりも美しく」ではないけれど、セーフピットの中は可能な限り清潔にしておくのが使用者の守るべきルールなんだとか。幸い(?)にもダンジョン内部には無数の「穴」があって地上の町のトイレでお馴染みの糞蚯蚓に似た生き物がいるらしく、そこに捨てればいいとのこと。この階層の「穴」はセーフピットから少し離れているので、ホルヘとシニッカが護衛をしてくれることになった。
「すまんな、二人とも。メシ食った後は休みたかったろうに護衛なんてさせて。」
「気にするな。お前だってあれだけの仕事をしていたじゃないか。別に俺たちがゴミ運びをするわけでもない、松明を持ってついて歩くだけだから散歩と変わらん。」
「そーだよツクル。それにさ、前の崩落の時だってこんな風に二人で水汲みに行ったじゃん。と、言うことは~……?」
「……?あ、ああ!ご褒美か!」
「そう!ここらで売ってるのとは違う、いい匂いであっま~いの!!」
「む、今『飴』と言ったか?」
ホルヘが歩みを止め、怪訝そうな顔をこちらに向けてくる。何か気に障るようなことでもあったか?
「言ったよ?あのねホルヘさん、ツクルってねすっごい美味しい飴もってるんだよ!果物の匂いと味のするヤツなんだから!」
「……ほう……ツクル、金は出すから俺にも少し分けてくれないか?」
「別に金なんていらんが、どうした?」
「娘への土産だ。まだ小さいからいつも菓子を買って帰るんだが、俺が選んだのはなかなかアイツの好みに合わなくてな。果物の味の飴なら子供も喜ぶんじゃないかと思ったんだが……どうだ?」
顔に似合わずと言うか何と言うか、随分と子煩悩なんだなアンタ。
「いいよ。今も言ったが金ならいらん。ダンジョンから出たら詰め合わせで用意しよう。それでいいか?」
「すまん、助かる。」
「あーっ!いいな!アタシも欲しい!ねえねえツクル、アタシも!」
いたよ。もう一人、お子ちゃまが。
「わかった、じゃあシニッカのは護衛任務をきちんと終わらせてからだ。いいな?」
「交渉成立!安心して護られていなさいっ!」
ふんすと鼻息を吹き、松明をかざし胸を張って歩くシニッカの後をついて歩くとダンジョンの壁に白い塗料で描かれた、「〇」と「▽」を組み合わせた記号が見えてきた。
「あ、あそこだね……」
「待てシニッカ!……誰かいる……」
「え?誰?」
走り出そうとしたシニッカをホルヘは小さい声で制止した。剣槍を中段に構えて薄暗闇のほうに向けた視線を外さず、目を凝らして何かを見ている。
「アレだ……」
警戒の構えを解かず、ホルヘが軽く顎を動かして指す方を見ると
「女の子……?」
「革鎧着てるよ?どっかのパーティーの子かな?道に迷ったんじゃないのかな……」
シニッカが言うように、革製の軽鎧を着て長い髪をポニーテイルにまとめた16、7歳くらいの女の子が壁際に立ち、斜め上を見上げている。
「おい!そこのオマエ、聞こえるか!?こんなところで何してる?どこのパーティーの何者だ!?」
ホルヘの誰何に女の子は何も答えない。ただ黙って上のほうを見ているだけだ。
「どしたんだろ?聞こえないのかな?」
「……土壇場で仲間に見捨てられたヤツがあんな風になることがある。嫌な話だが、ある意味ダンジョン名物みたいなもんだ。精神的なショックで周りの音が耳に入らなくなるそうなんだが……」
中段の構えのまま摺り足でゆっくり女の子のほうに近づき、5メートルくらいのところでホルヘがもう一度声をかけた。
「おい、俺の言葉が聞こえてるか?どうした、置き去りか?怪我はしてないか?」
声に気がついたのか、女の子はこっちを向く。
身長はシニッカより少し高いくらいで整った顔立ち。
ダンジョンの奥だというのに武器の一つも手にしていない。
……んで、今はじめて意識できたんだけどさ、この子……
顔色がやけに青白くて……その……足が……
『わたしを さがして』
悲しげな声で短く言うと、女の子の姿は消え去った。
「……聞こえたか?」
「……『わたしを さがして』……って……」
「……んで消えちゃうってことは~……?」
「「「 出たあああああああああああああああああッ!!! 」」」




