第三十三話
第一次世界大戦の塹壕戦において有効だったのは銃剣、ナイフ、棍棒など白兵戦武器だった、と何かで読んだことがある。ダンジョンはある意味で、塹壕と似通った環境であると言える。横はもちろんのこと上にも空間は限定され、長柄武器の類は扱いが難しくて遠距離射撃武器の出番はないに等しく、戦闘と言えばほぼ全てが接近遭遇戦。敵と出くわしたら潰しきるまで戦うか、とっととケツをまくるかしかない。
よくよく考えなくても最悪の戦闘局面の一つだよなーなんて初日は考えてびくびくしていたいたんだが、そこはそれ。さすがはダンジョンアタックを専門とする『持ち帰る者』、見ていてソツがない。三日目の今日ともなると、警戒こそ怠らないが安心して彼らの戦いぶりを見ることができる。
たとえば今みたいに複数の敵が現れた時は……
「フラァアアアアアッ!」
先鋒のライアルが左手に持った盾ごとぶつかって動きを牽制しながら、戦棍を振るってモンスターの集団を上手に分ける。
「シヤァアアアアアアアッ!!」
前衛のテオは右手の戦槌を相手のポイントに上手に引っ掛けて行動を制限し、左手の片刃直刀を急所に突き込んでえぐり抜く。
「………ホゥッ……」
もう一人の前衛であるホルヘの武器は全長1.5メートル足らずの短い剣槍。刃先をクイクイッと動かす正確な突き斬りを連続して繰り出し、気がつけば相手は手も足も動かせないダルマ状態で倒れている。
大概この三人でカタはつくが、ここみたいに道幅があってモンスターの数が多いと…
「キュカァアアアアアアアッ!!」
ああいう風に抜いてくるヤツが出てくるんだが、
「ふんッ!」
リーダーのヴァルトが刃渡りが50センチ以上もある蛮刀の一振りで頭やら腕やらを斬り飛ばす。子連●狼かオマエは。
かくて、六匹いた大躯ゴブリンは10分も経たないうちにグロい肉塊となり果てる。
「目的が『人探し』とはいえ、このまま捨てるのは惜しいぜ?せめて魔石だけは抜いておこう。御花代の足しにすりゃ、ヤラレた連中だって少しは浮かばれるってもんだよ……」
親切にも俺の隣で護衛役を務めてくれていた後衛のパウラが解体用のナイフをホブの死体の胸に突き刺して割り割き、二、三度ぐりぐり動かしてマッチ箱ほどの大きさの黒い石を取り出す。
「ルディ、今の相場はどうなってる?」
「その大きさなら……一つで300から400ってところかしら。この時季、魔石の需要自体はそんなに変わらないものね。」
「んじゃコレ。」
「はいはい。ツクル?取り分はアタシたちが1割五分ずつ、アナタが五分で御花代に五分ってことでいいかしら?」
「いや、俺は守ってもらうだけで何もしてないからな。いらないわけでもないが、受け取るのはどんなもんだろう……」
「あらそう?じゃ、アナタの分は遠慮なく『持ち帰る者』の共同利益ってことで、ゴチソーサマ。うふふふ、欲のないオトコって好きよぉ~ん。」
そりゃ嬉しいね。せめて俺がバイセクシャルだったら、仕事終わりにアンタを楽しいデートにでも誘えたんだけどなルドヴィーク。いや、ルドミラだったな……。
「ルディ、一応コレは焼いといてくれ。血の臭いで余計なのが来ちゃかなわん。」
「いいわよ。はい、みんなそこどいてちょうだ~い!……YWTDOISWAIO……『火焔』!」
ルドミラの呪文でホブゴブリンの死骸が炎に包まれ、いやな臭いの煙が立ち込める。
『くうっさぁああああああ!相棒!相棒!もっと襟締めて!外の空気吸いたくねえ!鼻で息したくない!いに゛ゃぁああああ!食欲がなくなるぅうううう!』
アイテムボックスの中にしまっておきたい俺と、外に出ていたいロビン。妥協案としてコートのベルトを締めて胸の中に入れてたんだが、こうもじたばたされると鬱陶しくて仕方ない。
『こら、大人しくしてろって。……ルディお姉さんのほうがいいか?』
『ぼく、いい子ですよ?』
…っとにもう。
「それじゃあ始めよう。捜索対象は『金髪の男性、革鎧に片刃の曲刀、右手に銀製の腕輪』だ。ライアルはホルヘと右へ、テオはルディと上を頼む。ツクル、お前は俺とパウラに付いてくれ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
捜索を終え、この階層の拠点にしたセーフピットまで戻ると先に着いていたミルカたちが……ってラッシ……!?
「ミルカ!何があった!?無事か!?ラッシ!」
持ち込み資材の一つ、手製のパレットの上に敷かれた毛布にラッシが寝かされ、左腕に巻かれた包帯には真っ赤な血が滲んでいる。
「大丈夫ですよ。傷は長かったんですが深くはありません。治癒魔法もかけましたし、痕も残りません。出血が思ったより多かったんでびっくりしただけですから……」
「何があったんだ?」
腕を組んでラッシの様子を見ていたミルカがゆっくり話し始める。
「洞窟蟷螂だ。変異種だったらしくリーチが普通より長くてな、早く気づけばよかったんだが指示が間に合わなかった。ダンジョンだからといつもと違う装備をさせたのも仇になった。」
「面目ねえっす。あんだけ観察をしろって言われてたのに……」
「今回、傷そのものは大したことなかったからよかったけど、最悪の場合は腕ごともってかれちゃうものね。本当に大事にならなくてよかったわ……」
「ラッシ!死んじゃダメだよ!頑張って目を開けて!」
「うるせー!死にかけてもねえし、傷も残らないから問題ないって言ってんだろ!目も十分開いてるから、頼むからもう起きさせてくれえええええ!」
あ、意外と元気そう。シニッカが涙目になってすがりついてるもんだから俺はてっきり……
「はっはっは!ラッシ、いい勉強になったな!」
後ろで様子を見ていたヴァルトが大笑いして言う。
「勉強……っすかぁ?」
「おう。命が無事で怪我も後を引かない失敗、これに勝る勉強はないぞ。」
パレットの横にどっかと腰を下ろしたヴァルトは、体を起こそうとしたラッシを制してもう一度寝かせて言葉を続ける。
「死ななくてすんだ、大したことのないケガだけですんだ今日の失敗の理由を考えて、次はそれをしなけりゃいい。死んでしまう前に、大きなケガをする前に身をもって知ることができたんだから、いい勉強に違いないだろう?」
「はぁ……」
「まあ今日の仕事はひと段落着いたわけだし、飯食って大人しく寝とけ。体が新しい血を作るまでは本調子にはならんからな。」
「ウス……」
ミルカの口が小さく『すまん』と動き、ヴァルトがウインクで答える。
「さて……ところでミルカ、捜索のほうはどうだったんだ?何か見つかったか?」
「ああ、剣を見つけた。グリップの特徴が不明者情報のと一致する。残念だが、体のほうは……。そっちはどうだ?」
「こっちも見つかった。頭髪と鎧の一部だが、ツクルが『鑑定』してくれて行方不明者のものとわかった。助かったよ。」
ヴァルトの言葉を聞いたミルカが片眉をくいっと上げてこっちを見る。
「試しにやってみたらうまくいったんだ。」
「そうか……」
「何にせよ今日の仕事は成功で終わり、ってことでいいんだろう?さっさと飯にしようぜ。」
テオがにやにや笑いながら肩を組んでくる。
「こんなとこじゃ食事以外に楽しみはないからな。もっとも、ツクルがいればこその話ではあるが…」
ライアルは反対側だ。
「そういや腹へったな、もうメシ時か?なあツクルよお、今日はいったい何を食わせてくれるんだ~?」
「昨日の『やまばと軒』の串焼きには驚いたものね~、まさかダンジョンの中で出来立てみたいにあっつあつのがたべられるなんて!今日も楽しみだわ~ん。」
「ごはん!ツクル、今日のメニューは何?ナニナニナニナニ!?」
「ツクルさん!俺なら問題ないっすから、おかゆとかじゃなくてフツーのメシがいいっす!!」
「そうだな……それじゃあ……」
リストを呼び出してざっと見ると大量の食材の名前が並ぶ。ギルドマスターと交渉して予算を出させた結果がこれ。アイテムボックスの「時間調整」という特別効果を活かして町で買い込んだ食材や出来あい、事前に調理しておいた料理を持ち込むことにしたわけだ。もちろん、世界間貿易を使って急遽取りそろえたものもある。
食材リストをスクロールしている内に「ホールトマト缶詰」「ミックスビーンズ水煮缶」の文字が目に入る。
アレでいくか!
板と丸太とで組んだ仮設調理台に材料を並べていく。トマト缶、豆水煮缶、タマネギ、ニンジン、ニンニク、ベーコンブロック、ひき肉、赤ワイン、調味料各種。
「「「「「 おお…… 」」」」」
「水桶を出すから汗ふきでもしておいてくれよ。そうだな、半刻くらいでできあがる。」
ロビンを懐から取り出し、コートを脱いでエプロンに着替えて手を洗ったら、今度は俺の戦闘開始だ。




