第三十二話
ギルドマスターから断るに断れない仕事を依頼されてから七日、俺はダンジョン群探索行前進拠点第八分所に向かう馬車の荷台にいる。ラハティの町を出発して森の中の道を走ることおよそ三時間、もうすぐ着く頃らしいんだが……
「ツクルは第八に行ったことないんだっけ?」
二度寝に飽きたらしいシニッカが聞いてきた。
「ああ。崩落事故の後、拠点再建工事は第一から第七までだったろ?第八は今回が初めてだよ。」
「あそこは一番新しい分所ですからね。それにダンジョンの規模にあわせて分所自体も結構な大きさですし、迂闊に手を付ければあっという間に予算オーバーですよ。」
「そんなに大きいのか、エル?」
「ええ。第七までを『集落』にたとえるなら、第八は『町』と言っても過言ではないと思いますよ。」
「じゃあじゃあ、アタシとラッシで案内したげる!あのね、すっごく美味しい串焼き屋さんがあるんだよ!」
「オマエ、ぜってーツクルさんにたかる気だろ?」
「え?だってツクルお金持ちじゃん。それに最近は結構稼いでるってクララから聞いたよ?」
あの女狸、個人情報をそうそう気安く話すんじゃないよ。
「シニッカ、そういう行儀の悪いことをしてはいけないといつも言ってるでしょう?」
「え~でもでもぉ……」
「いいよ、エル。俺にとっちゃ初めての場所だからな、古人曰く『少しのことにも先達はあらまほしき事なり』ってヤツさ。ワケがわからんままで歩いて悪銭つかまされても困るしな。だからシニッカ、きちんと案内料分の仕事はしてくれよ?」
「あ、それじゃあ俺も一軒うんまい麺の屋台知ってるっすから行きましょうよ!もうね、あそこの猪肉麺食ったら他じゃ食えなくなるんじゃないかってくらいで……」
「ラッシ!」
「ははははは…」「ふふふふ…」
そうこうしている内に馬車が止まり、御者が幌を開けて声をかけてきた。
「兄さんたち、第八に着きやしたぜ。」
「よし、行こう。エル、ラッシ、シニッカ、忘れ物をするんじゃないぞ。」
「はい。」「うす!」「あいあい!」
「……それとミレナ、降りる前にロビンを離してやったらどうだ?」
「え?あら、そうね~。じゃツクル、貴方の大事な相棒をお返しするわね~。」
妙につやつやした表情のミレナがたれ~んと伸びたふにゃふにゃの黒い毛玉を手渡してくる。
「おい、ロビン……無事か……?」
「…相棒?……俺……ううっ……ごめん……ヨゴサレ…ちゃった……」
ラハティを出発してから今までずっと、ミレナの膝に強制移動させられて絶妙タッチで調査研究された我が相棒は大変なことになってしまったらしい。
すまん、救助のタイミングを計り損ねた。あと、別にヨゴレてないから。
ヘンな小芝居いらないから。だからしゃんとしろ?な?
しくしく泣く相棒を左腕に抱き、ミルカたちに続いて荷台から降りるとラハティとはまた違う冷気が顔を刺す……って…っは~寒ぅううううう!
「幌付をまわして貰えて助かったな。露天だったら歩いたほうがマシなところだった。ところで皆、忘れ物はないな?」
頷く全員の顔を見たミルカが小さな木片と100ガラ硬貨を渡すと、御者は「すいやせんねえ」みたいに笑いながら遠慮なく受け取ってポケットに入れた。
「やっぱミルカって律儀だよね~。」
「どうせ帰りも誰かか何かを拾うんだから、駄賃なんていらないと思うんすけどね。」
「いや、大事なことだと俺は思うぞ?」
「え、ツクルもミルカ側の人?」
「小さくてもいいからああいうのを忘れずやっておくとな、いざという時に活きてくるんだよ……」
「「 へえ……? 」」
数か月前までのサラリーマン生活、そしてこっそり副業での業者・職人連中との付き合いを思い出しながら若い二人にアドバイス。冒険者稼業については俺も赤銅板章だけど、社会人生活はそれなりの長さがあるんだ。これくらいの先輩風は吹かしてもいいだろう。
門番に板章を見せて柵の中に足を踏み入れるとエルの言っていた通り、第七までとは様子の違う光景が見える。ログハウスや掛け小屋の居並ぶ大通りがあって、鍛冶屋や飯屋、酒場、肉屋、道具屋、薬屋、各種素材の買い取り、素泊まり宿なんかの看板が掛けられている。
「乱暴な作りではあるけど、こりゃ確かに『町』だな……」
「去年は地母神教会の分教会もできたんですよ。ここがラハティから独立して本当の『町』になるのも、そう遠い日の話ではないかもしれませんね。」
十五分ほど歩くと大通りのどん詰まりにある二階建てのログハウスに到着。入り口には
『冒険者ギルド ラハティ支部 ダンジョン群 探索行前進拠点第八分所出張所』
と書かれた看板がかかっている。
扉を開けて中に入るとたむろする連中から声がかけられる。
「ミルカか、久しぶりだな!新人連れてもぐるのか?」
「いや、今回は『人探し』だ。」
「ああ……もうそんな時期か……お疲れさん、俺らになんかあった時も頼むぜ。」
「それでマティアスがこっちまで出張ってやがったのか。」
「『灯りを点す者』だけで行くのか?」
「いや。今回はこのツクルと、それに『持ち帰る者』とも組む。」
「そりゃ安心だな!」
「ニカちゃ~ん!卒業なんて待たなくていいからウチに来ないか~?」
「うっさい!気安くニカなんて呼ぶな!アタシはシニッカだ!ベ~ッ!!」
シニッカが幼児みたいに大胆なアッカンベーでひやかしに答えると一斉に笑いが起こる。
「すごいなシニッカ、まるでアイドルじゃないか。ニクイね、人気者!」
「え~?アレってアタシのことからかってるだけじゃん!アタシもああいうのがいい…」
シニッカが指さす方を見ると……
「「「「 姐さん、お疲れさんです! 」」」」
何人かの冒険者たちから最敬礼で迎えられるミレナの姿が……。
なあ、ホンマ何者なん、君?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……今回はツクルがいるから中抜け補給をする必要はないだろう。そこでさらに効率的に捜索できるよう、ルートを変更することにした。なんせ今期、この第八ダンジョンは十三名もの消息不明者を出しているからな……」
壁にかけられたダンジョン内部の地図を前に説明をしているのは『持ち帰る者』の四代目リーダーでヴァルト。十四歳の時にギルドの訓練課程に入り、二十五年もダンジョンアタックを専門にやってきたこの道のベテランだ。彼が率いる『持ち帰る者』の構成員は六名で全員が白銀か青鋼板章持ちの頼りになる連中ばかり。崩落事故からの救出で知り合い、近所の乾物屋の親父が元・構成員だったこともあって、こことは何かと縁があり関係も悪くない。
今回のミッションではダンジョン慣れしているヴァルトが『持ち帰る者』と『灯りを点す者』からなる『合同捜索チーム』の指揮を執ることになった。まあ、ミルカんとこは新人を二人も抱えてるしな。
「……ところでツクル!肝心の、ギルドが用意した物資はどれくらいある?」
おっとご指名だ。
「保存携帯口糧が大箱一つ、水は中樽で十五本、ポーションやなんかが入った箱が……二つだな。」
空中でタッチパネル操作みたいに手を動かしてアイテムボックスのリストを見ながら答える今の俺は、たぶん相当奇妙に見えていることだろう。
「ロープや板の類は持ってきたか?」
「ギルドの倉庫から適当に持って行けと言われたんでな、家一軒ぶんくらいは板やら丸太やらを持ってきた。もちろんロープ、杭もある。足りないものは第八分所で買ってもいいそうだから、要るものがあったら言ってくれ。マティアス、それでいいんだろう?」
「ええ、でも予算は限りがありますから無駄遣いは絶対ダメですよ?」
「…だそうだ。あとは『袋』が二十枚……」
「それだけあれば十日以上でもいけそうだな。しかし『二十人分の物資に家一軒分の資材』か……本当にバケモノみたいな容量だな、お前のストレージは……」
合同ミーティングは二時間ほどで終り、明日の出発時間までは自由にしていいということになった。もちろん過度の飲酒や【十八禁】、その他仕事に支障をきたしそうなアレコレはご法度だが。
「ツクル、行こう!早くしないとなくなっちゃうよ!」
「今行く。ヴァルト、ミルカ、買い出しに出るけど必要なものはあるか?」
「保存携帯口糧だけじゃ気が滅入る。何か適当に食い物を用意しておいてくれないか?」
やっぱりそう来るか。たしかに粟おこしみたいな保存携帯口糧だけじゃ気合も力も入らんよな。まあ心配しなさんな、この仕事を請けると決めた時から少しずつ準備しておいたのもあるから。ギルドマスターに掛け合って少しばかり予算も都合つけたしな。
「ミルカは?」
「特にない。それよりもツクル、ラッシとシニッカのことだが……」
「ああ、わかってる。『調子に乗らすな』だろ?締めるべきところはきちんと締めるよ。」
「すまん、よろしく頼む。」
先生は日頃から大変だろうからな。何時間かの間だけどお役目交代するから、少し休んどきな。




