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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第三十一話



 中央教会の尖塔から響く高音四つに低音二つ。

 夕方の六点鐘が鳴り響くころには陽も沈みかかり、風の冷たさがいっそう身にこたえる。この世界で冬は『死者の季節』と考えられており、冬支度を人々に急かせる北東の風は、極北の『死者の国』の門が開いたために吹くものだという。

 だが人々が皆この風を忌み嫌い、恐れ、畏れ、縮こまっているわけでもない。死者の国で暮らす亡き者たちの霊は、年越しを存命の家族や友人たちと過ごすために現世への一時的な里帰りをする。色づいた葉を散らし虫たちを地中に押し込めるこの風は、死んだ者たちの魂が帰ってくることを報せる先触れなのだ。だからだろう、街の中には冬独特の陰気さや停滞感といったものはあまり感じられない。むしろ市民たちは今まで以上によく動き、()()()()()()()と送る『年越しの籠り』に備えた準備に奔走する。日本にいた頃「盆と正月がいっぺんに来たような」という形容を何度も耳にしたが、ラハティ(ここ)では文字通り「盆と正月はいっぺんに来る」ものなのだ……


『おい相棒、大丈夫かお前?』


『何が?』


『いや、なーにカッコつけて変なモノローグ語ってんだよ。』


『……ここ二、三日、()()()()()()()()ように感じることが多くてな。相手が妙齢の女性だったりしたらコトだから、何かこうオッサンの渋みを活かして自分をよく見せる方法はないかと……』


『無駄だろ。てかさ、その視線ってアレじゃねえか?』


『アレ?』


『この世界じゃ年末に死人が帰ってくるって言ってたじゃんか。きっと気の早えヤツが戻ってきてて見てんだよ、相棒のことを。ホラ今も……』


『やめろって!ネコ(お前)がそういこと言うのって洒落んなってないから!』


『けけけけ……』


 ロビンと馬鹿話をしながら門を出て、冒険者街のギルドハウスに真っすぐに向かう。ここらへんは門内と比べて治安が良いわけではないし、ましてや今は日暮れ時。もしものことがあってはいけないのでロビンを一時的にアイテムボックスに収納して歩く。今日の稼ぎを手にした連中を狙って露天の店主や酒場の呼び込み達が大声で叫ぶ中を潜り抜け、十五分ほど歩くと目的地に到着。正面の扉を開けて中に入ると、ホールにいる何人かから声がかかる。


「うす、久しぶりだな。」  


「おう。」


「よう、大食い。調子はどうだ?ここんとこ顔を見なかったが…」


「調子は、まあぼちぼちだな。今は内水路の浚渫工事(ドロさらい)に出張っててな、一息つけるようになるまでは冒険者街(こっち)に来るのが億劫だったんだよ。」


「そうか、もう減水期だもんな。お前が行ったんなら、この冬は()()()に呼ばれることもねえか。ちょうどいい小遣い稼ぎだったんだが……」


「そりゃスマン。だが依頼元は泣く子も大泣きする()()()()()だからな、断れんよ。」


「まあ、舟が普段通りに運行できりゃ冬場の物価高も抑えられるしな。差し引きで問題なし、か。それで仕事のほうはもうすんだのか?」


「ああ。細かいところはもう少し水が引けてから出稼ぎ連中や市内の運送業者を使うらしい。そっちはそっちで大事な公共工事だから減らせないんだと。」


「……アイツらがあぶれたらあぶれたで別の問題も起きそうだしな。何にせよ、お疲れさん。年越しまでに暇がありゃ飲みに行こうぜ、お前の()()も連れてよ。」


「おう。じゃ、また。」


 お互いに拳骨を握った右手を軽く挙げたあと、二回左胸を叩いてグータッチ。最近冒険者の間で流行りの別れの挨拶だそうだ。これくらいなら何とかついていけるが、握った手を〇回タッチして上だ下だ横だ回転だハグだステップだハウルだみたいなHey,Bro!なアクションを要求されたらたぶん無理だな。ついていけるか、あんなん。どうかこれ以上進化しませんように。

 カウンターについて呼び鈴を鳴らすと受付嬢の一人、クララが小走りでやって来た。


「ツクルさん、こんばんは。この時間にギルド(こっち)に顔を出すってことは……」


「依頼された仕事は全部終わったよ。明日は休みたいから、今日のうちに報告を済ませとこうと思ってね。これ、工事終了と依頼案件完了の確認書。」


「……()()()()()()浚渫工事を終わらせちゃったの?いくら幅は狭いとは言えあの内水路を……」


「やらせたのはギルド(そっち)だろ?それに…」


「それに?」


「最初『十日で』と聞いていたこの仕事、ソッチは()()()で請けてたんだってなあ?」


「…ぎく」


「五日も工期が短くなれば、ギルドのほうにも()()()()()()が出るだろうなあ……?あっれあれえ?お仕事したのはボク様なのに、何の恩恵にもあずかれないのかなあ?」


「おほほほほほ……あ、そうだ!ツクルさん、書類のほうはやっておきますからギルドマスターの部屋に行ってくださいな。来たら呼ぶようにと言付けをいただいておりましてございましてよ。ではワタクシはこれで失礼、おほほほほほほほ……」


 あの女狸め、いつかベッドでじっくり説教してやる。


『相棒、下らねえこと考えてねえでさ、とっとと用事は終わらせちまおうぜ?』


『ん、ああ。』


 ギルドマスターの執務室の前まで来たら、ロビンをボックスから出してドアをノックする。


「誰だ?」


「ツクルだ。かたじけなくもお呼び出し下さいましたそうで、馳せ参じ仕り申し上げたんだが……」


「来たか、入れ。」


 例によって例のごとく、コッチに目を向けることもなくギルドマスターは机の上の書類を片付けている。


「勝手に座ってるぞ。」


「ああ、もう少しで終わる。ちょっと待ってろ。」


 ソファに腰かけて軽く身を沈め、膝の上にロビンを乗せてやる。


「なあ相棒、今日のネコちゅ~ぶ。」


「へいへい。」


 リストの中からネコちゅ~ぶ・期間限定!戻り鰹ミックスを選んで取り出し、口を切って渡してやると器用に両の前足で掴んでちゅるちゅる吸い始めた。最近コイツ、()()()だけでなく()()()も増してきてんだよな。


「ちゅるちゅるちゅる……うめゃ~!ちゅるちゅう~……うみゃ~!」


 猫語なのか人語なのかよくわからんな。どこの生まれだオマエは?


「どぇりゃーうみゃーでやめられせんが!」


「え?」


「ん?」


 …………?


「ふん、これくらいでいいか。待たせたな……どうしたオマエら?」


「いや、何でもない。それで、用件って何だ?」


「その前に。今日こっちに来たということは()()()()は?」


「終わらせたよ、()()()()()。」


「ち……気づいたか……(ここまで小声)……いいだろう、報酬に()()色を付けといてやる。それでおさめろ。」


 上の立場の者が舌打ちとかするべきじゃないと思うがな。まあ、向こうの方からくれるというもんを断るバカはおらん。


「OK、納得()()()()()。」


「横径……?……オマエを呼び出した理由だが……これを見ろ。」


 机の上にギルドマスターが置いたのは五十枚ばかりの紙の束。どれも端のほうに赤いスタンプが押してある。何だこれ?ナニナニ……『安否未確認』?『長期未帰還』?『業務(ミッシング)(・イン・)行方不明(アクション)』?


「ずいぶんと縁起でもないことが書かれてるな……」


「この二年、ダンジョン群と大森林(レインデルス)で消息不明になった連中の資料だ。全部で五十四名、もっともこれは昨日までの数字だからもう少し増えるかもしれん。」


「何でそんなものを俺に?」


 戸棚からデカンタとグラスを取り出し、酒を注ぎながら背中を向けたままでギルドマスターが話す。その声は重く、言葉と言葉の間で奥歯を噛みしめている様な気さえする。


「ウチじゃあ二年に一度、こういう連中の手がかりを探して年末に捜索ミッションを行う。今年はその年なんだ……ホラ……」


 グラスを受け取り、中身を舐めながら書類の続きに目を通す。


『オードラン村のジル     男性 16歳 戦闘中行方不明』

『カールソン村のマレーナ   女性 21歳 モンスター誘導後安否不明』

『エウグラーフ・セリャコフ  男性 38歳 逃走中安否不明』

『タルコット郷のヒューバート 男性 24歳 戦闘中行方不明』

『ヴィクトリエ・リンコヴァ  女性 19歳 未帰還』

 ・

 ・

 ・


「こんな言葉でいいとも思えんが、皆可哀想に……若いのも随分いるじゃないか。」


「若いから、だな。こっちがどんなに口を酸っぱくして言い続けても、あいつらは英雄になることを思い描き、一獲千金を夢見て無理も無茶もする。こうなっちゃおしまいだ、とわかってはいただろうにな。

 ツクル、今年の捜索ミッションに同行してくれ。もちろんオマエに戦闘や探索の前面に立てとは言わん。ミッションに参加する連中の物資や()()()の保管・輸送を頼みたい。」




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