第三十話
ここは西区の『小槌亭』、たそがれ通りの連中がよく使う町の居酒屋。その店の奥の数卓を貸し切りにして、
「ツクルくん 特異魔道具及び特定所有者認定 おめでとうパーティー」
の真っ最中だ。もっとも、主役であるはずの俺は余り大事にされず、いつもの寄合連中に加えて見たことのない爺さんズも加わってめいめい勝手に騒いじゃあ呑んじゃあしてるだけなんで、いつもと変わりないと言えば変わりない。時々どっかの卓から起こる
「坊主に乾杯!」
という声にジョッキを上げて応えるくらいが仕事だ。でも、坊主はヤメロ、坊主は。
ああ、違う点といえばギルドマスターがいるくらいか。
「このバカヤロ様が……何だってこんな席に……」
「どうしたマスター?酒が口に合わなかったか?」
「阿呆!滅多なことを口にするんじゃない!……それよりもオマエ、前に板章を渡した後で住所登録に来たよな?」
……ああ、確かファビオに初めて会った翌日だろ。久しぶりのひどい二日酔いだったんで覚えてる。
「これ見ろ。」
ギルドマスターが卓の上に置いたのは一枚の紙。あの日、俺が書いた住所登録の用紙のように見えるんだが……
「これが何か?」
「よく見ろ、その住所のとこだ。」
どれどれ……住所は……西区の……『ごみくず通り』!?
「あれ、ひょっとして……」
「どこの世界に『たそがれ』と『ごみくず』を書き間違える馬鹿がいる!?」
「ありゃ~やっちまってたか。ははっスマンスマン。で、何でこれが今ここに?」
「……いいか?オマエは知らんだろうが、西区には今から十五年ほど前まで『ごみくず通り』が本当にあったんだ。」
うそ?マジで?
「新人冒険者やちょいとワケありの連中を相手にする質屋、古着屋、古物商があってな、ロクな物が集まらんから『ごみくず通り』なんて呼ばれたんだ。だが冒険者街が門外に形成されると、どの店もそっちに移転しちまったんだ。だから俺はてっきりオマエがその辺の空き家でも借りたんだろうと思っていたんだ……それがよりによってあのたそがれ通りだったとは……」
「すまん、本当にすまんかった。んで、どうすりゃいいんだ?書き直してもいいのかコレ?」
「ああ。俺の目の前で今すぐ書き直せ。それと職業欄の『冒険者(仮)』から『(仮)』も消せ。」
随分とお腹立ちのご様子で矢立みたいな筆記用具をこっちに寄越してくる。
「そんなに怒らなくてもなあ……それに『(仮)』まで消せとは、いくらマスターだからって横暴すぎやしないか?」
ひょっとしたらこれから俺にだって何かいい仕事が見つかるかもしれんじゃないか。右の物を左に移すだけで莫大な金が入る商売とか、横になって哲学的思想に耽るだけでお給料になるとか。……あるといいな、そんなの。
「教育だ、教育!……オマエは危なすぎる。元いた国がどんだけ平和だったのか知らんが、もういいトシだろうに抜けてるわ足りねえわで危なっかしすぎるんだ。だからしばらくはウチで面倒見て、冒険者としてそれなりに食っていけるようになるまで教育してやる。むしろこっちの手間暇がかかるくらいだ、感謝しろ。」
「はあ、やっちまったな……」
「へっへっへ。相棒、今回はオマエが悪いぜ。『書類のミスは命取り、三度四度の確認を』って言うだろ?」
机の下から膝に上ってきたロビンがひょっこり顔を出して来る。オマエ、俺の相棒だろ?もう少し味方しろよ……
「ってか、なに普通に喋ってんだよ!なるべく『念話』で話せって言ったろ!?(小声)」
「んっだよ!ギルドマスターはもう知ってんだからいいじゃねえか。な?そうだよな?」
目の前のジョッキをぐびりとあおってマスターがゆっくり話し始めた。
「今回の登録の件は場を改めて公表することになる。世間がオマエらのトンチキぶりについていけるようになるまでは少し時間もかかるだろうから、受け入れるだけの下地が出来上がるまでは落ち着いて行動しろ。俺やオリヴェル、事情を知ってるミルカたちならまだいいが、それ以外の目がある場所では普通のネコらしくしてろ。」
「ちぇ、つまんねえの。」
ほら見ろ。仕方ねえ、書き直すか。
マスターの指示に従ってごみくずの部分に二重線を上書きしてたそがれと書き直したら、ペン軸の尻についてるヤスリみたいな部分で『(仮)』を削って消す。
これで本当に「冒険者ツクル」が誕生したわけだ。
「おいアンドレ!オメエはこんなところにまで書類持ち込んでまーだ仕事しようってのか!?」
はい、酔っ払いさんたちの御乱入でーす。今までならメンドクセとか思うところだけど、今日は大歓迎だな。ささ、爺さんたちよ、もっと有耶無耶にかき回せ!
「かっかっか!あのアンドレが説教するようになるとはな!」
「なんじゃこりゃあ……ツクル、オマエ書類を書き間違えよったのか?」
「『下の失態の原因は結局、上のたるみ・ゆるみじゃないのか?どうにか変えなきゃならん!』とか大層なことを言うて、パーティーを解散してギルドハウスに入った変わり者が昔おったな~。アンドレよ、ヤツの居所を知らんか?」
ギルドマスターのジョッキを握る手に力が入るのがわかる。心なしか赤面しているようにも見えるのは気のせいだろうか。
「……これだ……これだからこんな席には来たくなかったんだ……」
ジョッキやらグラスやら串焼きやらを手にした老人たちが俺たちのテーブルを取り囲む。
「ま、オマエさんの苦労もわかるがね、今日はツクルにとっちゃお目出度い席じゃないか。それくらいにしてあげなよ。ささ、オマエさんも飲みな……それとも、アタシらの勧める酒は飲めないとでも?」
「飲む!飲みます!あーおいしーなー!んごっくんごっくんごっく!おかわり!」
やけっぱち気味にエールを飲み干すとお代わりを注文し、周囲を見回して小さな溜息と共に苦々しげな顔と声でギルドマスターは老人たちに言った。
「はぁ……皆さんにお願いがあります。たそがれとごみくずを書き間違えるような何もわかってないこのツクルに、ここがどんな場所なのか、皆さん方がどういう人間なのか教えてやってくれませんか?」
一瞬きょとんした顔になった後、顔を見合わせた老人たちは笑って懐をまさぐり始めた。
「ギルドマスターの命令じゃ逆らうわけにいかんなあ。」
「俺とオスモのはもう見せてっからよ、オメエらのを出してやんな。」
俺たちの卓を取り囲む連中がにやにや笑いながらオマケがいっぱいついたきらきら光る板章を取り出してこっちに向かって振ってみせる。
「マジかよ……」
『おい相棒!アレはおもちゃか!?俺、アレで遊んでもいいか!?なあ!』
そわそわしだしたロビンを逃げ出さないようにしっかり抱きかかえる。
「まずはワシからか?おほん……第二等黒色剣紋及び赤色鉄拳紋、三日月紋付黄金板章。冒険者パーティー『颯』リーダー、服屋の爺さんこと『冷たき奔流』のトールヴァルト・フレデリクソンじゃ。」
「第三等黒色鉄拳紋及び赤色双翼紋付白銀板章。『持ち帰る者』初代・先鋒、ガブリエル・パジーセク。ま、今は乾物屋の親父だがな。『鉄籠手のギャビイ』と言えば、まだ知ってる奴もいると思うんだが……」
「第三等赤色剣紋及び三日月紋付白銀板章、鍛冶屋の親父エクトル。これでも十年前まではギルド指定の『特級鍛冶』だったぞ。」
「全員冒険者ギルドの板章持ち?しかも紋付きの黄金とか白銀とかいうことはかなりの手練れ?……」
「それだけじゃねえぞ。おおい!オメエら全員テメエの板章出してみな!」
横目でこっちの様子を見ていた他の卓の爺さんたちも各々懐からきらっきらの板章を取り出して見せてくる。パッと見で赤だの青だのはなく、オマケ付きの銀色ばかり。二、三人は金色も見える。
「何じゃこりゃあ……」
『相棒!俺が俺でなくなる前に、あのきらきらのひらひらを止めてくれえええええ!』
ロビン、動くなって!光って動くからってそんな簡単に反応するんじゃない、夜釣りのアジかお前は。
「いいかツクル。オマエが家を借りた『たそがれ通り』はな、世話役殿をはじめ自称・寄合連中は皆、元トップクラスの冒険者たちだ。しかも今日のこの宴席に集まったのは、ラハティを拠点に功績をあげた者だけが加入できる元冒険者の互助組織、『迷宮会』の会員ばかり……!」
「迷宮会」?「名球会」じゃなくて?
「なんだよ。ファビオとかオスモの時も驚いたけど、爺さんらスゲエ人だったんだな……」
「おうよ!ワシらぁ『スゲエ人』なのよ!ふあっはっはっはっは!」
「『大食い』とかいったな、若ぇの?こないだの崩落んときゃあ大活躍だったそうじゃねえか。」
「そういうスキルがあるんなら、もう二十五年早く来い!俺らが第三の大崩落に出くわした時にどんだけ苦労したことか!」
「ありゃマウリが悪い。何も考えねえで土だの水だのの魔法をぶっ放しやがって…」
「文句あんのかコラ!ワシャいつでもやってやんぞ!第三者の闘技場でツブしてくれるわ!」
「待ってました!」
「おい胴元!仕事だぞ!」
胸倉掴み合う二人の老人と、それを囃し立てる迷宮会のお歴々。そして頭を抱えるギルドマスター。
「また始まった……いつもこうだ……そして明日の朝にはギルドに苦情が届けられる。引退した連中のことまで面倒見てられるか……クソッ……」
ああ、それで『こんな席には来たくなかった』のか。ギルドマスター本人が現場にいるんじゃ逃げようもないもんな。
「ツクル、いいか?オマエにも近所づきあいはあるだろうが、今後面倒事を起こさないためにもこの方々とあまり親密な関係を築かぬように言っておk……」
「おい坊主、オメエはどっちに賭けるんだ?」
声のする方に目を向けると一つの卓が開けられて、いがみ合ってた二人がいつでも腕相撲を始められる態勢をとっている。
「んじゃあ、向こうキズの爺さんのほうに100ガラ。」
「人の話を聞けえええええええええええええ!!!」




