第三話
「『生き残れ』って…『生き残れ』って…」
あ、ダメだ。男の子なのに涙が出ちゃう。
「オマエさんも混乱してるんだろうが、それはガイア世界も同じでな。予定された転生が行われなかった上に、予定されなかった転移が行われたせいで【世界処理ブレイン】【魂魄サイクル】【因果律タアビン】の辻褄が合わないわ同調がずれるわで、今は総出で修正・調整の真っ最中なんだ。だから、元の世界に戻れる…って言うか『戻れるかどうかがわかる』までも時間がかかる。【※3秒間の無音発声】である俺自身がこうやって各界へ赴かなきゃならんくらいだからな。」
ああ、それで『戻れるかどうか』の結論が出るまでは最低でも『生き残れ』ということなのか…。
「んでさ、そっちの調整?がついて俺が戻れるようになったらどうなるんだ?」
「もしも戻れるようになったのなら、オマエさんが転移したあの日あの時あの場所からリスタートできるようにする。」
「…もしも戻れなかったら?」
「世界は内藤創のいない正常な形で動き始め、オマエさんは最初からいなかったってことになって、毎日が続く。」
「教えてくれ、もしもそうなったら親父やお袋、弟や妹はどうなる?」
「別にどうもならんよ。酷い話と思うかもしれんが、そのときはオマエさんは最初からガイア世界にはいなかったという体で何もかもが動く。」
「世界から捨てられた存在になる、と受けとればいいのか?……」
「言葉は悪いけどね。」
隠すでもなく堂々と言ってくれてまあ……でも、それ聞いたらかえって腹が据わったな。
「わかった。アンタの言う通り、しばらくは『生き残る』ことができるよう、やれるだけのことはやってみる。」
「お?どうした兄弟、悟ったような顔(?)して。」
「ようなじゃない、悟ったんだよ。弟も妹もとうの昔に結婚して子供がいる。今さらアラフォー独身男の一人くらい消えたとしても、内藤家的には特に問題はなかろうさ。それに要はあれだ、バカンスが延長されたみたいなもんなんだろ?こうなりゃヤケクソだよ、しぶとく生き残ってやるわ。」
「…よし、それでこそ兄弟。」
覚悟を決めたらなんか急に腹が減ってきたな。
「メシ、作ろうと思うんだがアンタも食うか?」
「ありがたいね、ご相伴にあずかろう。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
荷台に乗せたボックスから鍋、フライパン、カセットコンロ、それに食材などなどを出す。俺は登山隊ではないので軽量化の必要性もないから調理器具なんかはキャンプ用ではなく基本的に家庭用のものを使ってる。便利やぞ?
アウトドア用品の店に行くと何故だか「国内最小最軽量ストーブ!」とか「重ねて収納、こんなにコンパクト!」みたいのを欲しくなるんだけど、あれって楽しいのは最初のうちだけだしな。
鍋にポリタンクの水を入れてコンロの火にかけ、沸騰したら塩を加える。フライパンのほうはたっぷりのオリーブオイルを入れてストーブに乗せる。
「何を作るんだ、兄弟?」
「パスタだよ。こうなるとわかってたんなら(無理か)、水浸けにでもしといたんだが。」
早茹でタイプのスパゲティを概ね二人分…三人分つかみ取り、半分に折って鍋に入れる。
「Oh…それってやっちゃダメって言われてなかったっけ?」
「いいんだよ、味は変わんねえよ。ガタガタ言ってっと食わせねーぞ。」
「OK。お客は口を出さない、わかってるって。」
フライパンに乾燥ニンニクを投入して加熱。…うん、いいにおいがしてきた。鍋のスパゲティを一本取り出して味見。悪くない。レードルですくってざるに上げたら、ここからは一気に。コンロから鍋を下してフライパンに換えて火力は弱めに。それとコイツを。
「お、なんだいソレ?」
「今朝出発する前に釣ったアジだよ。ちゃちゃっと捌いてペットボトルに入れてヅケにしといたんだ。……ペットボトルは口をつけてないやつだから安心しろ。」
チューブの豆板醤を適量落としてからアジの身をフライパンに投入、身の表面の色が軽く変わったらスパゲティとゆで汁を加えて火力を少し上げてやる。水気をとばしながら、アジの身に火が入りすぎないように注意しつつかき混ぜる……こんなもんかな。皿に盛り付けたらパセリやバジルじゃなくて刻んだ小ネギをぱらりと振ってやる。
「できたぞ、『創流、鯵のペペロンチーノ風』。ほらフォーク。」
「Thanks!兄弟、オマエさんなかなかやるなあ。」
「独身生活長いしな。釣りもするし、最近は時間がなかったがもともとキャンプが好きでやってたんだよ。まあ冷めないウチに食ってくれや。」
「んじゃ、いただきます。……ふむん…むふん…うん、ちょっと変わった味だけどうまい…うん、うまいよコレ!。」
そうか、食えないほどまずくないならよかった。どれ俺も食うか……うん、まずくはない。作り慣れたいつもの味がする。ただ、ネギは前もって刻んでパックに入れといたやつだから、やっぱり香りがトンでる気がするなあ。ソロの『うまい』はお世辞か?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ごっそさん。うまかったよ。」
「お粗末さん。皿はこっちに、後で洗うから。」
少し辛過ぎたか?ソロはカップに残ってた超甘コーヒーをずずずっと飲みほした。冷めてるだろうに、いいのか?
「それじゃあ兄弟、オマエさんにただ『生き残れ』とだけ言って消えるんじゃ、あまりにも惨すぎる。だから多少は生き残る準備をしようじゃないか。」
「準備と言ったって何を?」
「まずはそのスマホだ。ちょっと貸せよ。」
ソロは電源の入らなくなったスマホを俺から取り上げ、ぽんぽんと軽く叩いてから息を吹きかけた。
「何やってんだ?」
「スマホを魔道具にしておいた。ホレ、ちょっと電源入れてみろよ。」
魔道具?本格的にファンタジー臭のする言葉が出てきたな。大丈夫かよ。……お、点いた。
「ホーム画面に【ステータス】ってあるだろ?そこを開いてくれ。」
ん。【ステータス】……これか。
「そこに表示されるのがオマエさんの今のステータスだ。最初のほうにあるのは基本的なヤツだから、スクロールして他のも見てみろよ。」
ほうほう。
【 スマホ所有者 ステータス 】
[ 名 前 ] 内藤 創:ナイトウ ツクル
[ 性 別 ] 男性
[ 年 齢 ] 三十六歳(満)
[ 種 族 ] 人間
[ 称 号 ] 無理矢理転移の被害者
[ 職 業 ] 生業の探究者/無職
[ 体 力 ] 100
[ 心 力 ] 120
[ 攻撃力 ] 80 (徒手空拳の場合)
[ 魔 力 ] 80
[ 守備力 ] 20 (衣類・防具未着用の場合)
[ 回避力 ] 35
見たのはいいが、そもそもこれがどれくらいの値なのかわからん。100なんだからそれなりにあるだろうと思っても、実は軟体動物門腹足綱くらいかもしれん。日なたに置いといたら30分で死ぬヤツな。
「悪くはないな。キホン『平均よりちょい上』ってとこか。それに魔力もあるぞ、よかったな兄弟。これならスマホ以外に魔道具を渡しても大丈夫だ。」
「生き残る可能性が高まるんなら魔道具でもなんでも、カエルの臍でも人魚の足でもなんでも使ってやる。」
もう少し下のほうも見てみる。お、なんかスキルがあるじゃないか。やっぱ異世界モノはこうでないとな。
[ スキル ] 大鑑定 (付) 猿知恵
他 職業・趣味系四十七種
☆ 「他」を表示する場合は こちら
「ほう、やったな兄弟。『猿知恵』付の『大鑑定』とは珍しい。」
「なんだそれ?鑑定はともかく、オマケのほうは字面がよろしくないにもほどがある。」
「まず『大鑑定』だが、これはその名が示す通り『鑑定』の上位版。通常のものより高度かつ詳細な鑑定判別機能に加えて計測、測定、測量、観測、分析、更には読心まで可能になる、当たりと言っていいヤツだ。それに名前が気に入らないみたいだが、『猿知恵』が付属するおかげで今後、兄弟はこの世界での言語理解スキルを別に必要としなくなるし、鑑定機能への地球知識によるサポートもされる。」
「鑑定のすごい版でこっちの言葉も理解できるようになる、ってことでいいか?」
「ま、そんなものだ。実際使ってみればどんだけすごいのかは自然とわかると思うがね。【世界図書館】は兄弟のことを余程気に入ってたらしい。それとこの、職業・趣味系スキルが四十七種というのもなかなかぶっ飛んでる。なあ兄弟……オマエさん、どんな人生送ってきたんだ?」
「どんなも何も……。下に弟、妹がいたからな。なるべくアイツらに迷惑かからんよう、昔からアルバイトやらなんやらやって自分の分はできるだけ自分で稼いできたから、たぶんそれのおかげじゃないかな。」
「元々あれやこれやできるタイプの人間に転生のエネルギー、一般人を万能の勇者に変える力を注ぎ込むと『職業超人・趣味超人』が誕生するとでも?こんな話は初めてだわ……」
なら、初物で縁起がいいってことにしとこうや。器用貧乏の俺にも遂に日の目を見る時が来たってことで。
あれ、まだ続きがあるな。スクロールしてみる……と……?
[ 特別スキル ] 世界間貿易(Lv1)
ういBYC(゜д゜)<あらやだ!fsr84bi
89gsbhdtr63cO;ofiodnc
987svzhつtydょおpmgzsふぉs
「『世界間貿易』!?兄弟、こりゃ愛好家垂涎の超・お得スキルだぞ!『大鑑定』以上の大当たりだ!」
「愛好家って何だよ。異世界転移を趣味にしてるアホウがいるとでも言うのか?……んで、何なんだこりゃ?」
「ガイア世界のものを購入できるんだよ。」
「本当か!?それじゃあ、米やコーヒーや醤油が……!?」
「スキルレベルが低いうちはそれなりに制限がかかるだろうが、一般に買えるものなら大概は入手が可能だろう。」
「よしっ……よしよしよしよしッ!それなら俺は戦える。生き残ってみせる!」
こっちはいきなり異世界転移させられてるんだ。それぐらいのスキルは貰わないと割に合わん。
「それじゃあ、この文字化けしてる奴は?これも『世界間貿易』なみにすごいスキルなんだろう!?」
「すまん。さすがの俺でもわからん。これは……バグだ。さっき話したろ?オマエさんの転移は予定されてなかったんだ。それを無理やりやっちまったもんで、どっかにムリが生じてるんだよ。」
「じゃあ何か?ここにある、どうやら『特別スキル』らしいのは使えんということか?」
「いや、おそらく表示のみの問題だと思う。しかし、それがどんなスキルなのかがわからんから結局使いようがない。」
「首絞めてやろうか……」
「まあ、ヒマな時にでもいろいろやってみろよ。オマエさんの行動がもしも『特別スキル』に該当するなら、そん時は『テキィイーンして覚醒!』みたいなのがあるはず…だと思う…ような気がする……。」
……さっき覚悟決めた時は素面素籠手で異世界サバイバル生活をやってやろうと思ってたんだ。それからすれば今の状況でも御の字ってヤツか。残りの『特別スキル』らしいのは、とりあえずないものと考えよう。今はこの『世界間貿易』を使いこなしてレベルを上げるのが先だ。
「それで、ステータスを確認する以外に何ができるんだ?この……スマホ?」
「時間がわかる、電卓代わりになる、目覚まし機能がある、カメラがある、地図は見れ……ないな……」
「通話は?」
「兄弟、しっかりしてくれ。異世界でいったい誰と通話するつもりだ?」
もうスマホじゃねえじゃねえか、コレ。
「あ、でも俺からのメールは届くぞ。何かあったらすぐ知らせるからな。」
「そうしてくれ。俺にはもうアンタの他に頼れるものがないんだ。」
「んじゃ次はコレだな。」
ソロは立ち上がると俺の愛車に近づいた。