第二十八話
「……それで俺のところに来たって訳か……。」
ここはたそがれ通りの端っこにある鍛冶屋の工房。その中で『寄合』メンバーの一人でもある鍛冶屋の親父 ―― エクトルという名前らしい ―― は机の上に置かれたミスリル銀、氷銀、炎銀の小さな塊を腕を組んでじっと見ている。
「おうよ。俺たちが知る限りじゃあ、直近で魔鉱を取り扱った経験のあるラハティの鍛冶屋はオメエだけだ。」
「たしかアレは七年前だったかねえ、ファーンクヴィスト伯爵んとこの事情のある娘さんの結婚指輪をこしらえたのがオマエさんだったと思うんだが……」
「八年、八年前だ。それにあの仕事は俺だけじゃねえ、『大鎚亭』の長男も手伝ったからな。ったく、どこでそれを聞いてきたんだ…?お貴族様の秘密の依頼だったんだぞ。」
片眉を吊り上げて呆れた顔をした後、エクトルは大きな鼻息を吹いて水差しの水をコップに注いで一気に飲み干した。
「そこはそれ、冒険者にとっちゃ情報のはやさと正確さは武器だからよ。」
「半分どころか九割以上引退してるくせによう言うわ。」
エクトルはミスリル銀の塊を指でつまんで顔の前に持ってくると、眉間にしわを寄せて睨みつけるように見つめる。なんでそんなに怒ったふうな顔すんだよ。
「大体こりゃ、なんつう純度だよ。製錬の必要がねえじゃねえか。どこでこんなモン手に入れた?先に聞いとくが盗品じゃねえだろうな?」
「ああ、出所に問題はないよ。決して迷惑はかからんさね。で、その素材とオマエさんの腕があればできるだろう?」
「……二日以内か……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルドの医務室でソロからもらったミスリル銀、氷銀、炎銀を見せたところ、ファビオとオスモは絶叫した後しばし硬直。すぐに意識は戻ったが、俺の手から銀の塊をさっと取ると(さすが黄金板章は違うねえ、なんて感心するくらい早かった)二人で観察したりいじくりまわしたりし始めた。
「あんだよ、この色付きミスリルは!?純度の高さが目で見てわかるシロモノなんざ、とんとお目にかかったことがねえや。」
「こっちの氷銀、炎銀もだよ。魔力抵抗らしいものが感じられない……。こんなの買おうと思ったら幾らかかることやら。はあ、それにしても参ったね、素材がもう揃っちまったよ……」
「『揃った』ってことはこれでいいんだな、オスモ?」
首だけ動かして俺のほうを向いたオスモがにやっと笑って答える。
「もちろん!素材としては最高だよ。だけどねツクル、一つだけ正直に答えておくれ。」
「何だよ。」
「これ、盗品じゃないだろうね?スジは確かな物なんだろうね?アタシらも老い先は短いが、官憲のお世話になるのだけは御免だよ。」
「それなら問題ない。前に寄合の時に話したろう?国を出なきゃならなくなったときに、ある人物がいろいろ餞別をくれたって。これはそのうちの一つだよ。」
「ま、それなら大丈夫か。たとえ盗品だったとしても、お国が違やあどうもこうもねえわな。ほらよ、返すぜ。」
おっと、そんな無造作に投げんなよ。大事なもんだぞ。
「それでオスモ、これをどうすればいいんだ?」
「オマエさんの魔力回路の歪みは右腕のほうにあるみたいだから手袋か指輪、籠手のようなアイテムに仕立てよう。魔杖はちょっとちがうだろうからね。」
「でもよ、本部の連中がいる間にどうにかしなきゃいけねえんだぜ?今から仕込むったって間に合うか?」
「基礎魔法をざっと使うだけと言うのなら間に合わせでも大丈夫だろう。まずは目先の審査を乗り切ることを考えようじゃないか。」
「よっし!そんならここでちんたらしてたって意味はねえ。確かエクトルの奴が七年前くれえに貴族の隠し子の結婚指輪の仕事を請けてたろ?アイツにやらせよう。行くぞ!ツル公、オスモ。」
言うが早いか、ファビオは『隠蔽』の魔法を解除して医務室を飛び出して行った。前も思ったけど、アイツはせっかちにもほどがある!
「やれやれ、ファビオのアレはいつまでたっても変わらんねえ……。ツクル、アタシたちも追いかけようか。」
部屋の外にはぽかーんとした顔のギルドマスターがいて何か言いたげだったが、オスモの
「この件はアタシらに任せておきな。上手い具合におさめてあげるからさ。」
という言葉に口を閉じて一言
「…お願いします。」
と言うだけだった。あのマスターをここまで抑えるとは、この二人タダモノじゃない。『近所のめんどくさいワルガキ爺さん』扱いしてたけど、態度を改めなきゃならんかな。
「……ツクル。」
「おう……いや、はい!何でしょう?」
「それだ。いいかい、さっきも言ったろう?アタシらは骨董屋の店主と自称・世話役だよ。態度も言葉遣いも今さら改める必要はないよ。これまで通り、近所の爺さん扱いをしておくれ。いいね?」
「…わかった。普通でいいんだな?」
「そう、それでいい。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……………」
エクトルは目をつぶって腕を組み、じっと黙って考え込んでいる。
いきなり押しかけて来て『魔銀のアイテム作りゃあがれ!』だったもんな、無理もない。他に仕事もあるだろうし。それに材料はこっち持ちだとしても、技術料やら何やらでいったい幾らかかるのかは全然考えてなかった。
『ほれできたぞ。お代は10000000ガラだ。』
なんて言われたらどうしよう……。
「ホレ、エクトル。どうすんだよ、この仕事受けるのか受けねえのか?」
「お、おいファビオ。そんな言い方すんなよ。こっちは無理を押して頼み込んでるんだからさ。」
「……なに、返事は決まってるさね。エクトルが考えてるのは別の事さ。」
「「 別のこと? 」」
オスモの言葉を聞いた鍛冶師はゆっくりと目を開けて口を開いた。
「人の心を読むのはやめろ、オスモ。そうよ、返事は決まっとる。こんなおもしろい仕事を断る職人なんているわけがないだろう?」
「引き受けてくれるのか?」
「なーら最初っからそう言やいいじゃねえか、何をそんなに考える必要があるんでえ?」
「『間に合わせ』っちゅうのが気に入らんのだ!やるからにはきちんとしたものを作り上げたいという、この思いがわからんか!?」
「だからそれはさっきも言ったろう?取りあえず目先の審査さえ乗り切れればいいって。後できちんとオマエさんの望むように仕上げてもらうからさ……」
微妙な職人心の説得はオスモに任せよう。それよりも大事なことの確認を。
「なあファビオ。俺は今までこういうものを作ってもらったことがないんでよくわからんのだが、製作料というか技術料というか、一体どれくらいの予算が必要なんだろう?」
「んあ?そうだな、魔鉱素材のアイテムと言やあどれもこれも目ん玉の飛び出る値のつくのが多いが、ありゃほとんどは精錬にかかる費用だ。純度さえ上げてやれば細工そのものは普通の金属と大して変わりゃしねえ。オメエが持ってたのぁ精錬の必要のねえ高純度の素材だったからそうさな……ギルドの仕事を真面目に三月もやってりゃ払えるあたりで落ち着くと思うんだがな。」
オスモは「指輪みたいなのに仕立てる」なんて言ってたけど、「給料三か月分」ってのはどこの世界でも相場なのかね。もっとも、誰かに贈るんじゃなくて自分用なのが悲しいっちゃ悲しいが。
「……わかった。とりあえずお前らの言うように間に合わせで一度作ってやる。だが忘れるなよ?その審査とやらが終わったら一旦取り上げて俺の望むものに作り直す!」
「ふう、やっとわかってくれたかい。ツクル、ファビオ、こっちは話がついたよ。それじゃあ早速寸法を取ろうじゃないか。時間が惜しいからねえ。」
オスモは道具棚の中から勝手に糸を取り出して俺の腕に合わせる。中指にはめる輪を作り、前腕の肘に近いあたりも輪を作ってその二つを二本の糸で結ぶ。
「ツクル、もう一度オマエさんの腕に魔力を流すよ?」
俺の右手の甲に置いたオスモの指から温かいものが流れ込む。
おお、今度は俺にも何かわかる。中指の輪と腕の輪のちょうど中間あたりにぐるぐる渦巻く?たぶん魔力だろう温かい流れを巻き込んでかき消すような部分がある。
これ……異世界間貿易で魔力を抜かれる場所だ……
「……ううわ、気持ち悪ぅ……何だこれ?」
「さすがにここまですればオマエさんにも感じてもらえるみたいだね。」
気持ち悪い部分の上あたりで糸に結び目の印をつけると、オスモは仮組みの糸を俺の腕から外してエクトルに渡した。
「間に合わせではあるんだが、一応はミスリル銀を素材にして作っておくれ。基礎魔法のための一時的だけど十分な迂回路がそれで出来上がるはずさ。時間はどれくらいかかるかね?」
「この後昼飯食ってすぐに始めよう。この純度なら精錬の手間が省けるから手許補助はいらねえ。明日の夕方までには仕上げてやる。」
「おう。なら、それを受け取って具合の確認をしたら次の日はオスモについて魔法の指南をしてもらえよ。そうすりゃ本部の連中の審査にも最終日で間に合うだろう。どうでえオスモ?」
「アタシは構わないよ。どうするねツクル?」
黄金板章持ちの超ベテラン魔導師の指導とは、ありがたいというか勿体ないというか、それはそれで面倒臭そうというか。でもまあ、ここまで来たら甘え倒したほうがいいだろう。そのぶん後でしっかり礼をさせてもらって御勘弁いただくということで。
「頼むよ。ギルドに紹介された兄ちゃんの精神をこれ以上壊すのは可哀想だからな。」
「おっし!んじゃ帰るか。エクトル、邪魔したな。」
あ、その前に。
「なあエクトル、仕事の前に聞かせてくれ。予算はどれぐらいかかる?割り込みで持ち込んだ仕事だし、多少の上乗せがあるのも覚悟してるが……」
「今から作るぶんは金はいらん。間に合わせの品で金を取っちまったら俺の名が廃る。そうさな、本物を仕上げる時、出来上がったアイテムに俺の銘を入れさせろ。それでいいなら魔銀以外の材料費は別にして30000ガラくらいでやってやる。」
それならギルドの仕事を必死でこなさなくても出せそうだな。ソロからもらった金・銀・プラチナもまだあることだし。
「それとな、ツクル。あの大工道具の手入れはオマエ自身でやってんのか?」
「ああ。今よりも若い頃にあの道具の前の持ち主、オジキに仕込まれたんだ。ヘマしたら木槌で頭叩かれるからな、必死で覚えたよ。」
「どこの野蛮人だよ、オメエのオジキってのぁ…」
「大昔は職人の世界じゃ時々見たけど、今どきの徒弟にそれをやっちゃあギルドから大目玉だねえ…」
そんな目で見るなよ。叩かれるっつったってヘルメットの上からだぞ、もちろん。普通に叩かれりゃ死んでまうわ。
「なら時々でいいからウチの砥ぎ仕事を手伝え。少しまけてやる。」
「お、あのエクトルが仕事の一部でも人に任せるたぁ珍しいな。赤くてあったけえ雪でも降るんじゃねえか?ひゃっひゃっひゃ!」
「オマエさんはそんなにお優しい人間だったかねえ?これまで何人の徒弟志望者が逃げ出したか覚えておいでかい?」
冷やかす二人に赤面したエクトルが怒ったように答えた。
「バッキャロ!そんなんじゃねえ!ふん……あの大工道具、アレの手入れが出来るんならウチの量販品の仕上げは任せられる。そうすりゃ俺ももう少しラクになれるからな……それだけだ、それだけ!わかったらとっとと帰れえええええっ!」




