第二十七話
「それじゃあまずは体のほうを見せてもらおうかね。ツクル、服を脱いでそこの椅子に座っておくれ。」
「え、脱ぐ?ここで?」
「ああ、上半身だけでいい。」
「なーに照れてやがんでぇ、十五、六の娘っ子かオメエは?」
応接室から医務室へ場所を移して骨董屋の爺さんこと魔導師オスモの『診察』を受けることになった。いきなり「脱げ」とは想像してなかったがな。シャツを脱ぎ籠に置いて椅子に座ると、オスモは胸のポケットからルーペを出して俺の体を観察し始めた。
「ふむ…ふむ…ああ…うん…ほ?…」
一通りの観察が済むと今度は指で、何かのスジに沿うかのように体中を撫で(?)ていく。正直、気持ちのいいもんじゃあない。
「ははあ…コレがこう来て…ここで…こう…ん?……ツクル、ちょいとオマエさんの体に魔力を流すよ、別に痛いもんじゃないから。」
「あ、ああ…」
オスモは俺の背骨の真ん中あたりを指でトントンと叩く。叩かれるたびに温かい流れが体中に張り巡らされた網のような道筋を広がっていく。血管……?とは違うな。腱とも違うし何だろう。
「……お?……ははあ……?……あちゃあ……」
おい、オスモの爺さんよ。人の体を診察してる時に「あちゃあ」とか言うなよ。それゼッタイ駄目なやつだからな。
「どうでえオスモ、何かわかったのか?」
「ん、まあね。ああ、ツクル、もう服を着てもいいよ。」
流しで手を洗ったオスモはハンカチで拭きながら俺の向かいに座った。
「んで?いったい何が悪かったんでえ。早く言えよ。」
「落ち着きなよファビオ。さて、診察の結果だが…ツクル、オマエさんの体は『魔力回路』に不具合が生じているようだね。」
魔力回路?不具合?
「さっきアンドレイに聞いたんだが、オマエさんは…『馬なし馬車』だっけか?『特異魔道具』に認定されるようなアイテムを持ってるんだって?」
「まだ申請中だけどね。」
「それには魔力供給できてるんだろう?」
「ああ。こっちから魔力を流し込むようなことはしなくてもむこうのほうで勝手に必要なだけ吸ってくれてる」
「……魔力の供給ができてるというのなら、問題は回路の詰まりではないね。あと、前にも言ってたがオマエさんは超大容量のストレージ持ちなんだろう?」
「アンタたちがいうところの『ストレージ』と同じなのかどうかはわからん。だが確かに容量の大きい『アイテムボックス』っていうスキルならある。」
「それを使うのに魔力は必要なのかい?」
「いや、必要ない。知らん間に使ってるようなこともない…と思う。」
「ならそっちのセンは関係ない。となると……」
オスモは何かを確信したような表情をすると、ファビオに目配せして自分の耳を指さした。
「…fhdilfg……HASYDT……これでいいか?オスモ。」
ファビオが小声で何事かをつぶやいたと思ったら部屋の中の空気が変わった。この圧は間違いなくアレだ、前にソフィ課長たちが使ってた『遮音』だったか『隠蔽』だったかの魔法。
「ああ、ありがとよ。この系統の魔法に関しちゃファビオのほうが上だからねえ。どこで誰が聞いているかわからんから一応の用心さ。さて、ツクル。オマエさんひょっとして、『魔法ではないが魔力を必要とする奇妙なスキル』を持ってるんじゃないのかい?」
「なんだよツル公、オメエまだ何か隠してんのかよ!かーっ最近の若えのは大したもんだ。」
『おい、聞いたか相棒!?スゲエな、この爺さん。ひょっとして世界貿易に気づいたんじゃねえか?』
『みたいだな。だけど、どうしたらいい?正直に話すべきかそれとも隠すべきか……』
「ああ、言いたくなけりゃ無理に言わなくていい。冒険者だもの、秘密の特技やスキル、アイテムの類はみんな何かしら持ってるもんさ。ま、その顔からすると図星だったみたいだけどね……。だとしたら、魔力があるのにオマエさんが魔法を使えない理由はそれさ。そのスキルに魔力を供給するために、魔力回路の一部に無理やりぶち込んだみたいにおかしな『発動点』が組み込まれてるんだ。さっき魔力を流した時にアタシが感じた違和感はたぶんそれさ。」
「それじゃあ俺に魔法は…」
「そのスキルの問題を解決しない限りは使えないだろうね。すでにオマエさんの体の中には奇妙なスキルの発動点を組み込んで歪なままで固まってしまった魔力回路が固定されている。下手に力ずくで魔力回路と発動点の問題をどうにかしようとしたら、今ある折角のスキルと魔力回路のどちらも確実にダメになっちまうからやめといたほうがいいねえ。」
ソロのやつ、何が『陣中見舞い』だ。とんだ『身中の蟲』じゃねえか。
生水でも飲んでぽんぽん痛くなってしまえばいい、あんなやつ。
「最悪だな……。打つ手なし、か。」
『ヤベエな、相棒……』
「ツル公!諦めんじゃねえよバカ。おいオスモ、何か手立てはねえのかよ?統括本部の連中がこの町にいるのは今日も入れてあと四日だそうじゃねえか。『特異魔道具』『特定所有者』認定のあるとなしとでツル公のこれからの冒険者生活がダンチなのぁオマエもわかってんだろ。それでも『颯』の知恵袋、黄金板章持ちの『見抜く目』かよ。」
ファビオはうなだれ気味の俺に喝を入れ、オスモに強い勢いで問いかける。ここまで心配してくれてるとは思わなかったな、さすがは「世話役」だよ。
ありがとうファビオ。でも、もういいんだ。何をやってもダメなものはしょうがないじゃないk……
「解決策がないわけじゃないさ。アタシを誰だと思ってるんだい?お見くびりでないよ、ファビオ。」
あるの!?打つ手が?
「はぁ、まーたコレだよ。いいかツル公?このオスモってヤツぁな、問題解決の前にいっぺん人を絶望のどん底にたたっこまねえと気が済まねえ、とんでもねえサディストなんだよ。っとに昔っから全然変わんねえ。」
ファビオは忌々しげな怒り笑いの表情を作って腕を組み、椅子にどっかと座りこむ。オスモのことは優しそうな爺さんだと思ってたんだが、結構クセがありそうだな。
「それで、俺はどうしたらいいんだ?何をすればいい?」
「少しばかり……いや、結構な金が要る。それに時間も必要かもね。」
金と時間。時間なら問題なく年単位であるんだが、金はなあ。ギルドの輸送仕事で多少なら入るし、ソロからもらった餞別もあるが結構な額ともなるとどうだか。
「何をするんでえ?どっかの医者にでもかかりゃいいのか?」
「いや、そういうのじゃない。量は多くないだけど『魔鉱』が欲しい、それもなるべく高純度のやつ。純度は高ければ高いほどいい。」
「クソっ……それじゃ結局は打つ手がねえのと一緒じゃねえか……」
ファビオは天井を仰いで吐き捨てるように言う。オスモも口をへの字に結んでどうしたものかという表情で考え込んでいる。よし、ならば問おう。
「なあ、ファビオ。『魔鉱』って何だ?」
「「 ああ? 」」
いや、なんだよ二人して。そんな顔で見んでもよかろう。
「おいツル公、オメエひょっとして知らねえのか……?」
「俺のいた国じゃそういう言葉はなかったんでな。町で出回ってるのも見たことがない。」
「はあ、そんなお国も世界にゃあるんだねえ。いいかいツクル、『魔鉱』ってのはね……」
なぜか呆れ気味の二人が話すところによると、魔鉱とは魔力を帯びる性質を持つ金属のことでとにかく希少なんだそうだ。その希少価値ゆえに、冒険者ギルドが授与する最高位の板章の素材として使われている位だと。世間に全く出回っていないわけではないが大概は純度の低い『メクソハナクソみてえな粒(ファビオ談)』で、そんなものでも魔法使いや錬金術師、王侯貴族が先を争って手に入れようとするんだとか。
「おかしな発動点が体の中にあるのが問題なんだから、そこを迂回する道を魔鉱素材のアイテムで作ってやればいいのさ。ただし、今教えたように魔鉱は希少でそんじょそこらで入手できるもんじゃない。」
「そもそも手に入れんのに金がかかる上に、純度を高める精錬にかかる時間が半端じゃねえ。無理スジもいいとこだろ……」
魔鉱…魔鉱…言われてみればどっかで聞いたことがあるような気がするんだが……
「なあオスモ、魔鉱ってのはたとえばどんな金属なんだ?」
「有名どころなら統括グランドギルドマスターが持つ板章に使われるアダマンタイト、国王級の顧問が持つ板章のオリハルコン。それに冒険者ギルド創設者でもある輝きのキャメロンが持っていた板章はウルティマ・アストロライトだと伝えられているね。」
「そんな伝説と変わりねえもの出してもツル公にゃわかんねえだろ。いいか?今オスモが言ってたヤツ以外にも聖金や魔金ってのもある。だがコイツぁ地母神教会が鉱山から取り扱い商会まで完全に牛耳ってやがってな、偶にダンジョンで見つかる欠片がオークションに出ることもあるが、よっぽどの金持ちでもねえ限りとてもじゃねえが競り落とせねえ。」
全部ファンタジーものの主人公が長く苦しいクエストの最後で入手するヤツだよな。二か月前に無理やり異世界転移させられた元・サラリーマンの三十六歳でも簡単に手に入れられるのはないのか?
「まあ、そんなぶっ飛んだシロモノでなくていいんだ。魔力回路の迂回路を作るだけなんだから、ミスリル銀かせめて氷銀や焔銀でもあれば十分なんだけどねえ。」
「それでもこの五、六年くれえは出てきたとかいう噂一つ聞かねえもんなあ。」
ミスリル銀……氷銀……焔銀……
あ。
思い当たった俺は二人に気づかれないようにアイテムボックスのリストを確認する。確かソロがメシ代に置いていったのにそんな名前が……あった!あったあった!
後ろを向いてこっそり取り出し。掌の上にミスリル、氷、焔の三銀の塊が現れる。念のために鑑定してみたところ紫がかったのがミスリル銀、青みがかったのが氷銀、赤みがかったのが焔銀らしい。しかも全部『超高純度』ときた。
『なあ相棒、前にソロがくれたやつがさあ……』
『これだろ?両替所の爺さんが迂闊に大金持ち歩くなって言ってたから、しばらくこういうのは塩漬けにしとこうと思ってそのまま忘れてたんだ。』
「なあファビオ、オスモ。『魔鉱』って、ミスリルとかってコレでもいいのか?」
振り返って掌の上の塊を見せると二人の動きが止まり、目をひんむいてこっちを見始めた。
「「 そ…… 」」
『それだあああああ』とか来る?来ちゃう?例のパターン?ご都合主義バンザイ?
「「 あんだらぼええええええええええええッ!!! 」」
あんだらぼえ?




