第二十五話
「……久しぶりに目にするホンモノの大物じゃないですか……おうえっぷ……」
「課長、大丈夫ですかぁ?無理しなくてもよかったのに……」
青いのを通り越して白くなった顔で木にもたれかかるのはソフィ課長。心配そうな顔で背中をさすっているのがアンジェ嬢だ。
ここは森の中の広場。そう、前にギルドマスターたちを乗せて軽くけろけろさせてやったあの広場なのである。
はい、またやっちゃいました。
同行してくれたギルドマスターと副マスターは
「何かあった時に対処できる人間が必要だろう?俺はここでいい。」
「警戒する人間がいなくてどうする?こっちは俺に任せろ。」
と、かっこいいことを言いながらもその実キレイにお逃げくださりやがりましたので若い女性二人を乗せ(助手席にソフィ課長、後部座席にアンジェ嬢である)、例によって例のごとく軽くデモ走行を実施。
まあ、二人の騒ぐのなんの。動力源は何だ、どうやって操舵するんだ、この状態でも喋れるのか、うわホントに喋った!何人乗りだ、荷物はどれ位乗せられる、何で黒いんだ、速さはどれ位だ、乗り心地は普通の馬車よりいい、これくれ…などなど。石地蔵になったミルカとか昼食大還元祭の正副マスター組に比べたら、きちんと調査・審査をするあたりは流石だと感心する。それでもジムカーナ風に走り始めたらおよそ十分でソフィ課長がダウン。女性に恥ずかしい思いをさせるのもどうかと思い、早めに停めて降ろしてやったわけだ。
…………水でも飲ませてやるか…………。
「気分はどうですか?」
コップを差し出すと、ソフィ課長はひったくるように取って一気に飲み干した。
「……ふう、ありがとうございます。お見苦しい所をお見せしてすいません。」
「いえいえ、誰かさんたちのことを思えば、どうということはありませんよ。」
「でも本当にすごいですね、ロビンくん!『馬なし馬車』なんていうから荷車みたいなのを想像してましたけど、貴族の馬車並みの立派な客室じゃないですか!?それにあの速さと小回りのよさ!……随分お高かったんじゃありませんか……?」
「いや、話した通りロビンは元々もらいもんですよ、オジキからのね。なんでもソロとかいう奴にあんな風にしてもらったとか。」
「そうでしたね。しかし、こんな魔道具を製作できる魔法使いがいるとなると、是非ともお話を伺わなきゃですね……。」
まあアイツ本人はどこにいるのかわからんから探しようもないけどな。
「その辺は五課に任せておきましょう、わたしたちの仕事は登録審査までですからね。アンジェ、続きをを始めるわよ。」
「あ、はい課長。」
お、ソフィ課長の復活だ。やっといて言うのもなんだけど、無理はするなよ。まだ随分と顔が青ざめてるぞ。
「アンジェ、そっち持って。」
「はい。こうでいいですか?」
メジャーを取り出したアンジェ嬢と二人、ロビンの周りをぐるぐる回りながら各部の長さを測っては書類に何やら記入していく。真面目だねえ。
「なあ姐さんたちよう、そろそろ腹が空かねえか?とっとと終わらせて帰ろうぜ?」
「ごめんね~ロビンくん。もうちょっと、もうちょっとで終わるからね。」
「……意志があって、雑談できて、ご飯食べて……どんだけ精巧なのよ……もはや生命じゃないの……ソイツ絶対に魔法使いじゃないわ……【人が触れ得ざる何か】よ、きっと。」
すごいなソフィ課長、【※3秒間の無音発声】の核心に近づいてるじゃないか。もっとも本気でそれを公言したら病院送りになる恐れがあるから気をつけな。
「どうだ、具合は?いけそうか?」
これまで遠巻きに見ていた両マスターが俺たちのところまでやってきた。
「どうかな、そこまでイジメたわけじゃないし、今んところはいい線いってると思うんだが。」
「いってもらわなきゃ困る。オマエにやらせたい仕事もいくつかあるしな。」
「おいおい、まず仕事の話かよ。庇護するとか何とかいうギルドの崇高な理念はどこいったんだ?」
「だから、ウチの庇護下でウチの仕事をしろと言っとるんだ。悪いようにはせん。」
心なしかブラックの臭いもするんだがねえ。アンタたちにゃダンジョンのときの前科があるから……
あれこれ調べてた二人だったが、やるべき仕事は終わったらしく何やら話し込み始めた。頃合いだと思ったのか、ロビンもネコの姿になってこっちにやって来る。
「お疲れ、ロビン。」
「ま、気疲れってヤツだな。とっととメシ食ってちゅ~ぶ舐めて昼寝したいぜ。」
「……アンドレイ、俺はまだ悩んでる。本当にコイツを魔道具だと認識していいものかどうか。ネコの毛皮をかぶった、何か小さな種族だと考えたほうがまだ納得できる……」
「本人と相棒が魔道具だ、と言い張ってるんだからそういうことにしとけ。心が楽になるぞ。……おっと、話がまとまったようだな。」
アンジェ嬢を従えてソフィ課長がこっちにやって来る。
「ツクルさん、審査の結果をお伝えします。」
「はい……」
おお、久しぶりにドキドキしてきた。試験の合否発表なんて、もうずいぶん経験してないからな。
「本日付で、冒険者ギルド統括本部登録魔道具管理部は『馬なし馬車』ロビンを『特異魔道具』に、赤銅板章所持者ツクルをその『特定所有者』に認定します。」
「やったな相棒!」
ロビンがぴょんと跳んで肩に乗り、俺の頭を前足でぱしぱし叩く。そうか、オマエもそんなに嬉しいか。なんのかんの言ってぶうたれてたくせに、やっぱり審査の結果が気にはなってたんだな。
「今夜はお祝いしようぜ!ネコちゅ~ぶの食べ放題とかさ!」
あ、それがメインか。現金なヤツめ。
「よしッ!オリヴェル、帰ったらすぐコイツに四ツ葉紋出してやれ。それと他所の支部に引き抜かれないよう手を打たないとな……」
「専属登録をさせると報酬が割増しになるが、いいのか?」
「構わん。仕事量でカバーしてギルドの利益も出させればいい。」
こっちはこっちで何とも物騒な相談をしている。本当に俺らに首輪つける気だよ。組合内組合作って労働争議でもしてやろうか。部署を放棄して己の価値に目覚めるぞ、コノオ。
あ、そうだ。一応この人たちにお礼は言っておこう。
「認定していただいてありがとうございました。これで俺らも変な心配なく過ごすことができそうです。」
「……ここで貴方たちを認定せず野に放つほうが世の混乱を招くと判断した、というのもあります。ですがこの認定は免罪符ではありませんので、決して自分勝手な行動はしないよう気をつけてくださいね、『遅咲きルーキー』ツクルさん?」
軽く微笑んでソフィ課長が差し出した右手をこっちも笑顔で握りかえす。
「もちろん。死んだ婆さんの七つの遺言の八つ目が『美人の要請には従うように』でしたからね、そちらにご迷惑をかけるようなことはしませんよ。それに俺は専業冒険者になるのをご容赦願ってるくらいですから目立たないように、地味に、静かにしてますよ。」
「あら、冒険者ギルドの仕事ならいくら受けても構いませんよ。むしろどんどん受けてどんどん利益を上げていただかないと、うふふふふ……」
チッ、結局この人も雇用者側の人間か。
「ロビンくん、よかったね~、にゃんにゃ~にゃにゃ~……あ、ところでツクルさんに一つ聞きたいことがあったんですが、よろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
「これほどの魔道具を扱うツクルさんの得意な魔法って何ですか?やっぱり傀儡魔法?それとも別の、私たちの知らない魔法なのでしょうか?」
ああ、そんなことか。
「私は魔法を使ったことがありませんよ。」
「「「「 はあ!? 」」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
町に帰る馬車の中で四人が言うことには、これほどの魔道具を扱えるのに魔法を使ったことがないというのは非常におかしいことなんだとか。魔道具を扱うということは魔法を使うということにほぼ等しい。にも拘らず魔法を使ったことがないというのなら、そもそもロビンが本当に魔道具なのかという疑問さえ浮かび上がってくる、とも。
そんなことを言われても、俺にしてみればロビンとの関係は魔道具を扱うというのとはちょっと違うんだよな。トラック状態の時に『運転する』ってのはあるけど。
話し合った結果、『特異魔道具及び特定所有者』認定章の付与は一時保留。ソフィ課長とアンジェ嬢がラハティに滞在する八日間の間に俺が新人冒険者でも使える程度の基礎的な魔法を習得して、彼女らの前で使って見せることができたら、その時改めて認定章を与えるということになった。
『 魔法を使える ≒ 魔道具を扱える 』と証明されない限りは、今回の件を持ち帰っても本部の事後審査で認定取り消しをされても文句が言えないんだと。
ギルドマスターと副マスターにとっては魔法使用と魔道具使用との関係があまりにも当然すぎたので、俺が魔法を使えるものと思い込んでしまって確認をしていなかったそうだ。チェック体制が甘いぜ、勘弁してくれよ。
んで、俺の魔法指南役を用意しようということになったのだが、
「不幸にもオリヴェルは明日から管区会議のために出張することになっている。だからウチで訓練生たちに魔法を指導している男を紹介しよう。まだ若いが既に白色魔杖紋付の期待の星ってヤツだ。ツクル、なるべく早く魔法を覚えろ。これはもう命令だ。いいな?」
などとおっしゃる。
うはあ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何とも面倒なことになっちまったなあ……」
今日の結果を思い出すと憂鬱な気分にもなろうというもの。夕食も凝ったものを作る気がおきず、スパゲティを茹でて『醤油マヨぶんまわし&かつおぶしぶっかけ七味ちらし』にしたのをもそもそ食ってる最中だ。相棒はとなりで我関せず、とばかりにネコちゅ~ぶ・秋刀魚のマンマミーアをぺろぺろ舐めている。
「魔法っつってもよう…ぺろぺろ……そんな難しいもんじゃねえんだろ?ガキンチョどもでも使えるヤツでいいって姐さんたちが言ってたじゃねえか……ぺろむにゅ…それに俺知ってっぞ。相棒よう、前にソロが言ってたように魔法が使えるかどうか練習してたじゃねえか……ぺろぺろりん…」
オマエ、見てたのか……
この世界に飛ばされて来たあの日、ソロは俺のステータスを見て魔法を使えるらしいと言っていた。せっかくの異世界ということもあるし、「魔法を使える」というただそれだけのことが少し嬉しかったので、これまで何度か独自に試してはいたんだ。
ところが、
「ファイアボルト!」 「アイスランス!」 「サンダーボール!」
「ドギラマ!」 「ネルノージャ!」 「ヒエルワ!」 「モエヨルガ!」
「円匙魔法!ディッギンッ!」
「マッスルマズィック!ダブルバイセップス!!」
「ヒゲヅラ ウマヅラ ブヒヒンバ! イマデショ ヒマデショ トゴシギンザ! セクシータッチでもうどうにでもなーれ!」
「氷界よりも白きもの 極星よりも蒼きもの 時の砂塵に飲み込まれし……」
「大宇宙暗黒銀河馬頭星雲魔法究極伝説的最終奥義!超獣神出前迅速落書無用飛龍炎熱氷結破壊阿耨多羅三藐三菩提限界鬼道天滅光砕波ァァッ!!!」
何度なにをどうやっても魔法らしきものが出てくる(?)気配はなかった。
そうして俺は、魔法を使うことを一時忘れることにした……
「まあ、アレは三十半ばを過ぎた男のやるようなことじゃねえと思ったんだけどよう……余りにも不憫なんで見ないふりしてやってた……ぺろむちゅ~……なくなった……おかわり。」
内藤汀子(創の祖母。かつて関西で『小豆の魔術師』『トウモロコシの錬金術師』『大豆の詐欺師』と呼ばれたこともある相場師。)の七つの遺言
一、 試験の点と財布の金はなんぼあっても困らない
二、 結ぶときは感情、切るときは知恵
三、 流れのいい時は言葉を減らせ、勝ちを確信したら黙れ
四、 遠くまで見て、小さくても聞き、少しでも考えろ
五、 真実を言葉にし続けろ。嘘をいう時役に立つ。
六、 逃げるのは逃げ道を確保してから
七、 どん底の時に見た景色と聞いた言葉を忘れるな




