第二十四話
「お披露目会」の後、ロビンの提案通りに俺たちはしばらくの間のんびり過ごすことにした。町をぶらぶら歩いて見物したり買い物したり、住環境の更なる充実を求めて棚やら調理台やらを作ってみたり。何よりラハティという町や、この世界のことについてもっと知る必要もあったから、休暇兼社会適応学習期間みたいなもんだな。
この世界にとばされた日、ソロは別れ際に
「死ぬなよ……。」
なんて物騒なことを言っていたが、そこまでこのラハティという町と周辺が危ない ― 常に生命の危険が伴う ― わけではないことがわかったのは何よりだった。治安の問題から気をつけなければいけないことはあるものの、日本の生活が平和すぎただけであって感覚的には外国の町に移住したようなもんだ。気を緩めるのは危ないが、警戒レベルは段階を少し下げてもよさそうに思える。このまま平穏無事に過ごしていきたい。
月の後半に入ってからは毎日冒険者ギルドに顔を出して、例の件の返事を待つようになった。そしてギルドマスターの予想よりも少し早い、『特異魔道具特定所有者』申請書類の送付から十二日目の一昨日、
「ツクル、先触が届いた。統括本部の審査団が明日の午前中にラハティ入りするそうだ。翌日には審査を始めたいそうだから、当日は朝の三つ鐘が鳴るまでにギルドハウスに来い。アレの準備を忘れるなよ。」
との指示を受けたわけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
統括本部から来たのは『特異魔道具特定所有者審査団』という名前も仰々しい、魔法使いの女性の二人連れだった。
「冒険者ギルド統括本部登録魔道具管理部第三課長のソフィア・バニュエロス・レブロンです。よろしく。」
「同じく第三課のアンジェリカ・グリロッティです、よろしくおねがいします。」
ソフィアと名乗った背の高い黒髪で眼鏡の女性、アンジェリカと名乗った金髪の女性の二人とも銀色の板章を見せながら自己紹介する。ほう、若く見えるのにずいぶん上の人なんだな。
「ラハティ支部でお世話になっております、ツクルと申します。」
一応こちらも板章を出して自己紹介すると、二人は銀星紋の付いた赤銅板章と俺の顔を何度も交互に見直した。すまんね、へんちくりんなことになってて。
「評議員の方がおられないようだが……」
ギルドマスターが訝しげな顔で尋ねる。
「まだ話は公にしておりませんが、半年前に教皇領で新たにダンジョンが発見されました。そこから出てきたアイテムの鑑定依頼や登録申請が多くて、管理部は現在人手が足りない状態です。出所が出所だけにラシュトフコヴァ師もあちらを優先せざるを得ず、そのため私たちだけで来たわけです。これが本部発行の全権委任状です。」
ソフィア課長から書状を渡されたギルドマスターは、引き出しから取り出したルーペで確認して軽く息をついた。
「なるほど、統括本部評議会議長と特異魔道具管理部長の魔墨で書いた直筆署名入り。真贋鏡で見ても間違いないと出た。それじゃあアンタたちが今回の審査に関するすべての決定権を持つということでいいんだな?」
「ええ、ですので協力していただければ…」
「もちろん協力する。こっちとしてしてもこんな危なっかしいのには早々に首輪を付けてやりたいんでな……」
「それはやっぱりネコだけに!?…………すいますん……。」
やや食い気味にかぶせてきたアンジェリカ嬢だが、ソフィア課長のじとっとした視線を受けて黙り込む。その瞬発力はいいと思うが場所選べ。
「まずは申請書類に書いてあった内容の確認をしたいのと、審査のための質問もあります。ギルドマスター・チャガチェフ、どこか使える部屋はありますか?」
「応接室を一つ用意してあるから、そこを使ってくれ。案内させよう。」
ベルで呼び出されたギルドの職員についていくと、三つあるうちの真ん中の部屋に通された。
「ありがとうございます。こちらから出てくるまでは、決してドアを開けないようにお願いします。」
笑顔で案内役を送り出すとソフィア課長はドアの鍵を閉め、自分の耳を指差しながらアンジェリカ嬢に目配せする。二人はほぼ同時に、何やらぶつぶつ唱えながら右手の指を立てて空中に文字を書くように動かした。
「『遮音』。」
「『隠蔽』。」
部屋の中の空気が変わる。飛行機に乗ってる時みたいな妙な圧を感じる。
「どこで誰が聞いているかわかったもんじゃありませんからね、用心は必要です。なんせ特異魔道具に関する聞き取りなんですから。あ、ツクルさんでしたよね?私のことはアンジェと呼んでくださって結構ですよ?」
「え?ああ、はい。そりゃどうも、アンジェさん。」
「それなら私のこともソフィで。」
「ソフィさんですね、お手柔らかに……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
質問の内容は、申請書類を作る時にギルドマスターからされたものと同じのから始まり、次第に重箱の隅をつっつくような細かいものへと変わっていった。二人がこだわったのが俺の出自やこの町に来た理由。なんせ表向きは「大小様々な島国が集まってできたどこかの緩やかな連合国家の生まれで、権力者に睨まれて町を追われ、気がついたらラハティ近くの街道にいた哀れな旅人」ということになってるんで、自分で言うのもなんだが怪しいことこの上ない。それでも初めてミルカたちに会った時と同じように、
「……前王国時代よりも以前の遺構に、まだ生きているものがあった?調査をしたいところですが、『送り出し側』はそのナントカいう島国にあるのだから手の出しようがない、か……」
「途中の大帝国もきな臭くなってきてますしね、迂闊に越境したら逮捕されちゃいますよ。」
などとあちらさんのほうで、俺にとって都合のいいように勝手に解釈してくれているのは幸運だ。
「ともかく、貴方が遺失魔法、もしくは旧時代の遺跡絡みの不幸な事故によりこのラハティまで転移させられたということについては理解できました。珍しい話ですが、過去にそういった事例がない訳でもありませんし。」
「直近だと二十年くらい前の『ショールトン事件』ですね。野原で遊んでいた子供がたまたま落ちた穴が地下遺構の転送機につながっていて…」
「…中央山脈を越えたサファル人の土地まで転移させられた事件。五年もかかりましたが、故郷に帰れたのは奇跡と言っていいでしょう。」
あるんだ、そんな話。子どもが見知らぬ土地に飛ばされて五年か、ホントよく戻れたなその子。
「……まあ、貴方の出自に関してはそれくらいで。冒険者ギルドの中には、貴方よりもっと怪しい連中もいることですし。次は貴方の所有する魔道具、『馬なし馬車』?『しゃべる猫馬車』?についてですが…」
いよいよだな。今日はもしものことがあってはいけないと、出番が来るまでロビンはアイテムボックスに収納・待機させてある。
『ロビン、準備はいいか?』
『やっとかよ、待ちくたびれたぜ…』
「ソフィさん、ここで出しても構いませんか?」
「あ?ああ、そうでしたね。確か普段は黒猫の姿をしていて、必要な時は馬車に変身?変形?するというんでしたね。」
んじゃ、いきますよっと……!アイテムボックス取り出し!
「カモォン!ロビン!」
机の上に右手をかざしてロビンを外に出してやる。
「くぁああああ…」
コイツ、あれほど感じよく見えるようにおすまししてろって言ったのに、いきなり大あくびかよ。
二人の反応は……?
「アンジェ、これはネコですね?」
「はい課長、このコはねこです。」
二人は机の上のロビンをしげしげと見つめている。そうです、それはネコです。ダイコンではありません。
「貴方はこのネコ?が魔道具だと言うのですか?どう見てもただのネコですが……」
「ねこ……にゃー……にゃんにゃー?」
アンジェ嬢は自分の長い金髪をつまんで猫じゃらしのようにロビンの目の前でふりふりさせてる。
「何かおかしなところでも?」
「いえ、申請書類には『猫型の魔道具』だとありましたので、もっとゴーレム的なものかぬいぐるみ的なものを想像していたのですが…」
「そういうことでしたか。間違いなくコイツは魔道具ですよ。な、ロビン。」
「おう。アンタらが例の審査員?ご足労ねがってるところに申し訳ないんだけどよう、なるべくパパッと終わらせちまおうぜ。」
ロビンが口を開いた途端、二人とも立ち上がる。
「喋った!?……いえ、確かに書類にも『人語を解し、話す』とありましたが、こんなに普通に話すとは。いったいどれほど高度な人造知能を……?」
「ねこしゃべった!かわいー……にゃんにゃーすごいにゃー!」
温度差というか仕事に対する真剣さというか、なんかかみ合ってないなこの二人。
「さ、それじゃ何から始めますか?」
「……!そうでした、あまりに想像とかけ離れていたもので。アンジェ、計測道具を出してちょうだい。」
「あ、はい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロビンの審査(調査?)は外見的特徴の確認から始まり、メジャーや竿秤を使った各部の長さや重さの測定、肉球紋押捺など様々なことが行われた。どうしてもべたべた触られることになるので何度かロビンが不機嫌になりかけたが、そこはネコちゅ~ぶで懐柔し難を逃れた。
「……体温まである……本当に魔道具……?」
「むしろ魔法生物、ホムンクルスの一種とか言ってくれた方がまだ信じられますね……」
書類に何やら記入しながら自分たちが見たものが信じられない様子。だが、二人ともどうにかしてロビンに触ることができないものかと、時々手をわきわきさせている。
やめとけー、それでコイツご機嫌ななめになったんだから。もうネコちゅ~ぶが三本目なんだぞ。
「それではこの魔道具?のもう一つの姿、『馬なし馬車』のほうについても調べたいのですが。」
「この子が馬車に変身するんですよね?室内でやっちゃまずいんじゃないですか?お部屋つぶれちゃいますよ?」
「所有者についての聞き取りは終わりましたし、一旦ギルドマスターのところに戻りましょう。どこか適当な場所を用意してもらわないと……。アンジェ、『遮音』を解除して頂戴。」
「はい、課長。」
魔法をかけた時と同じように二人が指を動かすと、部屋の中にかかっていた圧が消える。身体測定に使った機材や書類やらを手早く片付けた二人と一緒に部屋を出ると、すぐ近くにギルドマスターが待機していた。
「マスター・チャガチェフ、聞き取りと基本調査は終わりました。馬車についても確認をしたいのですが、どこか人の目につかない場所がありませんか?」
「そう来るだろうと思ってな。表に普通の馬車を用意してある。森の中に適当な場所があるから連れて行こう。ギルドハウスの前で待っててくれ、すぐにまわす。」
「ご協力ありがとうございます。いくわよ、アンジェ。」
「はい。」
表に向かう二人について行こうとすると、ギルドマスターが呼び止めた。
「おいツクル。中でどんな話をしたのか、後で聞かせろよ。」
「……やっぱり壁耳してたのか?」
「一応、な。だが『遮音』と『隠蔽』を二重で、しかもかなりの強度でかけたんだろう。ふん!俺の秘蔵の魔道具をもってしても中の様子を聞き取れなかった。あの二人、年は若いが魔法の腕は大したもんだな。」
「魔法が『かなりの強度』でなければ中の様子がわかる便利な秘密兵器を持ってるみたいだが、アンタのそれもついでに登録してもらったらどうなんだ?」
「秘密兵器は秘密にしとくから意味があるんだ。」




