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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第二十三話



 完成お披露目会には()()()()に近所のおじさん・おばさん連中も集まってにぎやかなものになってきた。ファビオが言っていた通り、皆が持ち寄った食べ物や酒なんかを6畳の部屋や裏庭に出した卓にも並べて立派に宴席の形になっている。おばさんたちがあれこれ支度を手伝ってくれているが、ファビオとゆかいな仲間たちは「板座敷(仮称)」に上がり込み、昨日俺が端材で作った卓袱台モドキを寄合連中と一緒に囲んで早くも酒盛りを始めた模様。


「こりゃ、なかなか新鮮な感覚だなオイ。『靴脱いで上がって胡坐ぁかいて座る舞台みてえな床』なんて聞いたときゃ卦体(けったい)なもんこさえる物好きだと思ったが、いつでも寝転がれると思ったら気がラクだ。こりゃ酒飲みにウケるぞ、ツル公。」


「要は大きなベッドみたいなものだからねえ、アタシは悪くないと思うよ。」


 およそ8畳ほどの広さで作った座敷だが、ファビオたちが乗ってもぐらついたり歪んだりという様子は見られない。とりあえず成功といっていい出来のようだ。建築スキルよ、ありがとう。


「すまないねえ、ツルちゃん。こーのロクデナシどもときたらこれっぽちも働きゃしない。ほら!料理を置くんだからもそっと端のほうに詰めるんだよ!」


 一昨日、共用井戸で知り合ったおばさんが両手に持った皿を座敷の端に置いていく。今日はめいめいが小皿を持って料理を勝手に取っていくやり方でいくそうだ。あと、おばさん。俺の名前はツルじゃなくてツ()ルね、ツクル。俺、()()()()の落語家とちがうからね?


「ツルちゃあん!お客だよ!」


 今度は裏庭のほうから声がかかる。


「はいな!今行きますよっと…」


 人が集まり始めた時分からこんな風に「お、やってる?」的にちょいちょい近所の誰かが顔を出す。偶々だが今日は月に三度の「安息日」という休日なので仕事休みの人間も多く、越して来た新顔()の家に「見物がてら」と立ち寄って一、二杯飲んで何かつまんでは帰っていく、そんな感じだ。

 ちなみにロビンは早々にロフトに上がって


『梯子は外しといてくれよ相棒。俺は今日一日上で昼寝するわ。あ、でも料理は少しずつでいいから残しといてくれよな。』


とのこと。へいへい、頼もしきわが相棒のためにとっておきますですよ。


「さてと。おいツル公!『ビッとした準備』はできてんだろうな?」


 そらきた。


「ああ、ちょっと場所をつくってくれるか?よっこら……せっと。」


 アイテムボックスから料理の皿を取り出す。『時間停止』の効果を付けたのでまだ熱いまま。さあ、異世界名物(?)「地球の食べ物チャレンジ」の始まりだ!


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


「ふむ、『ビッとした』っつったってなあ……」


 一昨日の夜、寝袋の中で俺は考えた。この世界の住人に忌避感を抱かれず、軽く驚かす程度のインパクトのある料理とは何か?『金床亭』や『小槌亭』で食べたメニューを思い出しながらあれやこれや悩んだのだが、特にコレといったアイデアが出てこない。翌日の作業もあるので、準備にかけられる時間はおよそ半日。どうするよ?


「そういや、おばさんたちから野菜をもらってたよな。何があるかもう一度見てみるか。ロビン、ちょっとどいてくれ……」


「……んだよう。明日も仕事があんだろ?早いとこ寝ちまったほうがいいって……」


 俺の上を定位置にしつつある相棒をどかして流し場に行く。籠の中にはネギっぽいのにレタスっぽいの、それに大量のジャガイモ。


「ジャガイモか……。そういや『金床』じゃフライドポテトみたいのが出てたよな。それならイモを揚げるのは()()か。かと言ってシューストリングだのストレートだのウェッジだのとカットを変えるだけってんじゃ全然面白くない……。あ、大工仕事のときみたいに調理スキルが発動するかもしれんし、試してみるか。」


 アイテムボックスからフライパンを取り出し、精神集中して柄を握る……

 料理のカミサマ、助けてください……

 来た!キタキタキタ!びびびびっと来ましたよ!

 



 見え……る?……見える!………派手めでハイテンションな眼鏡のおばさん!?


「ちがう!今はアナタの出番じゃないっ!!」


 思わずフライパンを落とすところだった。

 時間が無いのは確かだし、インパクトも欲しいけど!

 だとすると人選的にあながち間違ってないなーとも思うけど!

 実際、あの人のレシピをよく参考にしてたけど!

 けど!……なあ


「仕方ない。芸はないけどアレでいくか。」


 会社員時代、『一人一品持ち寄りの花見』に作って行ったら後輩連中にウケたのがある。ジャガイモはあるし、足りない食材は『世界間貿易』で……


「そうだよ。市場に行く暇はないだろうし、とっとと食材の発注かけなきゃ。届くのに12時間もかかるからな。」


 スマホを用意してあーでもないこーでもないとやってたらいつの間にか足元にロビンが来てた。


「相棒、ネコちゅ~ぶを頼むんだろ?今度はアジのヤツがいい。」


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


 俺が用意したメニューは山盛りの「なんじゃらかんじゃらミニコロッケ&ミニカツ盛り合わせ」。()()()見た目の大きさと形をなるべく似させて、何が中身かわからないゲーム的要素も楽しんでいただこうという魂胆だ。


「ほー、何だいこりゃ?」


「イモやら肉やらを具材にして衣をつけて揚げた料理だよ。俺の故郷じゃお馴染の家庭料理さ。ソースの類は要らない程度に少し濃い目の味付けをしてある。」


「んまあ、ツルちゃん。アンタ昨日はえらいこといいにおいをさせてると思ったら、こんなの作ってたのかい?油だって高かったろう?この呑兵衛どもは腹に入りゃみな同じなんて雑な連中ばっかりなのに、手間かけさせちまったねえ。」


「いや、いいんですよ。それに俺の『ストレージ』は料理をできたてのまんまで保管できるんで、どうぞ熱いうちに召しあがって下さい。お口に合えばいいんですが。」


 ()()の料理ということで珍し気にのぞき込むおばさんたちの間から、雑の代表(ファビオ)がひょいと手を伸ばし、一つ摘まんでそのまま口に運んだ。行儀悪いなあ、取り皿あるんだし使えよ。


「へっへっへ、一番槍もーらいっと……あっつ!……おほっ……んっ!うまい!おう、こりゃあイモと鮭だな!?ふむ、はふ……おっほ!しかもこりゃ、コショウまで使ってやがる!おいおいツル公、おめえ随分と張り込んだなあ。」


 コショウという言葉を聞いた周りの目が俺に集中する。この世界じゃ香辛料はまだまだ貴重品みたいだしな。


「俺の国じゃあ割と普通にあったんですよ。コショウ以外の味付けもありますから、どうぞ。」


 あちこちからトングやフォークが伸びて揚げ物の山が少し低くなる。さあ、皆さんの反応やいかに?


「これは潰したイモとひき肉か。安心する味だな、エールにも合いそうだ。」


「エールに合わすんならこっちのもいいぞ、薄切りのハムとチーズを何枚も交互に重ねてある。」


「ツルちゃん、鶏肉と一緒に巻いてあるのはアンタのお国のハーブかい?」


「アタシのは……ははっ、クリームソースにネギとベーコンだね。いや、家庭料理という割に手間がかかってるねえ。」


「おい、うまそうだな。そっちのもよこせ。」


「この黄色くって甘いのは何だい?豆のようでもあるし……」


 手ごたえあり!これはもう成功と言っていいよな。


 今回俺が作ったのは


(コロッケ:ジャガイモ系)

イモ&合挽肉、肉じゃが風、イモ&ベーコン、イモ&コーン、荒潰しイモ&ほぐした焼き塩鮭、荒潰しイモ&刻みアスパラガス、イモのみ・バター仕上げ

(コロッケ:クリームソース系)

ネギ&ベーコン、エビ、マカロニ&チーズ

(カツ)

豚ロース、豚ヘレ、牛モモ、合挽メンチ(うずら茹で卵入り)、ハム、ハム&チーズ(薄切り多層、厚切りサンド)、ハム&ポテサラ、ハム&タルタルソース、鶏むね薄切り&チーズ&梅紫蘇ふりかけのロール、ベーコン&アスパラガス


の3系統21種、個数は数えてない。我ながらよくこんなに作ったものだと感心する。


え?無理だろうって?


うん、無理だと思ったから結局スキルに、()()()に頼った。


『こんなにいっぱい何種類も作るって、アンタばーーーっかじゃないの!?』


とか言いながらも作業スピードが上がるように、叱咤激励しながら()()()()()()()を与えてくれたんだ。感謝するぜ、センセイ。


「どうだろう、口にあったかな?」


 食べてる様子を見ればそんなことはわかるんだが、一応聞いてみよう。


「おう、うめえぞツル公!こんなのがあるんなら早く言えよ!『小槌』のに冷てえエールでも用意させたのによ!」


「『大食い(グルマン)』とかいうオマエの二つ名は伊達じゃなかったみてえだな、かっかっかっか!」


「これ、アタシたちがあげたジャガイモなんだって?ツルちゃん、アンタも器用だねえ。」


 そうだ、もらった野菜と言えば


「おばさんたちからもらった野菜で、こんなのも作ってみたんだ。」


 『鶏皮とピーマンの炒め物』『白髪ネギのピリ辛ごま油和え』『焼きネギのマリネ』『レタスの甘口ピクルス』もボックスから出して卓に並べる。


「おいおい、オメエはどこの料理人だコノオ!…っかー!酒が進む!」


「あら~、このレタスは口当たりがやさしい上にさっぱりしていいねえ。あ、ちょいと!アンタたちもよばれていきな!」


 その辺を歩く人までおばさんたちが積極的に招き入れ始め、わが家の人口密度が上がっていく一方だ。


「おうっし、通りの連中みんな呼んで来い!まだ料理はあんだからよ、今日はとことん食って飲むぞ!」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



 疲れた……。

 たぶん、この半日でたそがれ通りの住人全員と顔を合わせて挨拶したんじゃなかろうか。 

 あんだけあった料理も酒も今はきれいさっぱりなくなり、おばさんたちの


「ツルちゃん、お疲れさま。片付けはアタシたちがやるから、アンタはちょいと休んでな。」


という言葉に甘えて、少し休憩中させてもらうことにした。

 お客も酔っ払い連中も皆家に帰り、祭りの後の寂しさにも似た変な気分になってくる。座敷の端っこに腰かけてふうと一息つくと、いつの間にか上から降りてきたロビンが隣にやって来て、「にゃっ」と一声鳴いて俺の腿をとんとん叩く。


 わかってるよ、アレだろ?


 アイテムボックスからネコちゅ~ぶ・あじの味を一本取り出し、口を切って渡してやった。


『…にゃむにゃむ…ったく、騒々しい一日だったなあ相棒。』


『賑やかなのも嫌いじゃないんだけどな。それにしても、大工仕事に料理に挨拶にと疲れる三日間だった……。』


『相棒よう、()()()に来て大体一カ月、よく考えたら休みらしい休みなんてほとんどとってないだろう?…にゃむ…』


『そういやそうだな。ミルカたちと出会ってラハティ(この町)に来て、すぐにダンジョンの崩落に出くわして…』


『三週間くらいはほぼ毎日キャンプとここを行ったり来たりしてさ、んで俺の車検だか登録だかみたいな話になって…』


『んで今日に至る、だもんな。確かに動きすぎだわ。今は()()()()()()()()()()なのに、これはないよな。』


『そうだぜ?にゃむにゃむ……だからよう、この際四、五日ゆっくりしようぜ。この町の見物でもしてさ。…もうねえや。なあ、もう一本くれよ。』


『そうだな、それもいいかもな…』


 一日()()()()()()()()ご褒美だからいいか、と二本目のネコちゅ~ぶを出そうとしたら、片づけを粗方終わらせたおばさんが声をかけてきた。


「おやおや、アンタらは本当に仲がいいんだねえ。ツルちゃん、こっちはもう済んだからね。まだアンタのものが少し残ってるんだけど、アタシらが下手に触って壊しちゃいけないし、後は任せてもいいかね?」


「はい、今日は何から何までありがとうございました。あの…おばさん、今日は本当にお世話になりました。少ないんですが皆さんにコレを…」


 朝から世話を焼いてくれたおばさんたちに申し訳ないと思い、こそっと用意しておいた包みを渡そうとすると、


「ツルちゃん、バカな真似はおよしよ!」


 怒られた。


「今日は()()()()()()()()だよ?通りの皆がここに来て飲み食いして、今後ともよろしくお願いしますって挨拶する集まりだよ?皆に顔を覚えてもらって、アンタもこのたそがれ通りの住人になったんだから、そんなに気を遣うことはないんだからね。」


「俺のお披露目?座敷じゃなくて?」


「新築の家ならまだしも、こんな踏み台の親分のお披露目してどうすんだい?…あのね、男連中は寄合にアンタを引っ張っていったからアンタがどんな人間か知ってるけど、アタシらはどっか()()()()()()()ってことくらいしか知らなかったんだよ。そしたらファビオが『新入りのお披露目だ!安息日だから丁度いい、通りの連中集めてぱーっとやるぞ!』って言いだしてね…」


 あの野郎、それならそうときちんと言えよ。「(座敷の)完成お披露目」だって言ってたじゃないか……


「だからね、変に畏まらなくていいの。今度そんな真似したら、裸にひん剥いてウチの軒先に逆さに吊るしてやるからね!」


 蛮族の羞恥刑かよ。でもおばさんのこの勢いじゃ本当にやりかねんかもな。


「…わかりました。それじゃ、おばさん。越して来たばかりでまだ何もわからない新参ではございますが、今後ともよろしくおつきあいくださいますよう。」


 お辞儀をすると背中を力いっぱい叩かれた。


「まだ固い!あっはっはっはっはっは!」






『相棒、ネコちゅ~ぶの二本目は?』



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