第二十二話
ここんとこ、老人会の酒盛りに連行されたりロビンのことでばたばたしたりで、折角借りた家のことに手を付ける暇がなかった。両替所でそれなりに金も作れたことだし、審査団とやらが来るまでは住環境の整備ってやつを進めておこう。
何日か過ごしてみてわかったんだ、俺はつくづく日本人なんだな、と。
靴を脱いでごろんと横になれる場所が欲しい!
胡坐をかいて座れる場所が欲しい!
石張りの床に敷いた段ボールとかじゃなくて!
不思議なもんだ。キャンプ生活&車中泊の頃はそんなに感じなかったのに、きちんとした屋根のあるところで暮らし始めると無性に和式の生活が恋しくなる。
「18畳のほうに木を組んで……」
ざっくりした大きさを考えながら部屋の中をうろうろしていたら聞き覚えのある声。
「おうい。ツル公、いるかあ?」
来たよ、自称世話役が。
「何だよ、今日も飲みに行こうって言うんじゃないだろうな。無理だよ、やりたいことがあるんだ。」
「ばーっかやろオメ、いっくら俺だってそうそう朝酒昼酒飲んでるわけじゃ……あるな。はい、あります。昨日も飲んでたわ。」
「体壊して死ぬぞ。で、何の用だよ。」
「いやな、オメエここに越してきてからっつうもの、昼間はしょっちゅうどっかに出かけてよ、家ん中のことぁ何もしてなかったみてえじゃねえか。」
いろいろあったんだよ……
「だからよ、今日は家にいるみてえだから人手が要るようなら手伝ってやろうかと思って来てやったんでい。」
「なんだ、普通に世話役らしいことを考えるんだな。……あ、それなら丁度いい。どこか材木を手に入れられるところ知らないか?」
「材木ぅ?何する気でえ。家ん中に家でもおっ建てるつもりか?」
「まさか。この部屋に木を組んで今の石張りの床よりも高い、舞台みたいな床を作ってだな……(三分間の説明)……しようと思うんだ。」
「ほお~、靴ゥ脱いで胡坐かいて座るたぁ遊牧民の家みてえでおもしれえじゃねえか。うっし、そういうことなら任せときな。この西区にも材木屋ぐれえあるからよ、案内してやらあ。来な!」
親指で外を指差し、ぱっと身を翻して家を出ていくファビオ。
「もう行くのかよ?せっかちにもほどがあるっつーの。……ロビン!行くぞ。」
「ふにゃあ(『俺はやめとくわ。このロフト?涼しくて気持ちいい~……』)」
あいつ日に日にねこみが増してくな。なるべくトラックに戻すようにしないとヤバイかもな。
「すぐ戻るから、勝手にどっか行くんじゃないぞ!何かあったらとにかく逃げろ、いいな?」
「ふにゃ(『OK』)」
ファビオが紹介してくれた材木屋で資材を購入。店員は見栄えのいい柾目のオーク材をプッシュしてきたが、加工のしやすさを第一に考えて扱いなれた杉材にする。アイテムボックスに全部収納したら店員は口を開けて固まるし、ファビオは大笑いするしで周りの目が恥ずかしかった。
「んで、大工はどうすんだよ?腕のいいヤツ見繕って連れてきてやろうか?」
「いや、これくらいは自分でやってみようと思うんだ。」
「自分で?ツル公、オメエそんなことできんのかよ?」
「うまく説明できないんだが、できる気がするんだよ。まあ、明日以降を御覧じろってとこだな。」
「大丈夫かねえ……」
いや、別に根拠なく「できる」なんて思ってるわけじゃないぞ。ただ俺にはね、『職業・趣味系スキル四十七種』という秘密兵器があるのだよ……ホントにうまくいくかどうかはわからんけど……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
「来ちゃった♡」
「『来ちゃった♡』じゃねえよ!なんで行楽道具持参で、しかも団体様で来てんの?」
家の前の通りでは、先日の寄合で目にしたお歴々が手に手に弁当だの酒だの椅子だの机だのチェス盤だのを持ち寄って、花見の席か碁会所のような場所づくりを始めていた。
「いいじゃねえかコノヤロ!オメエが面白そうなことやるって言ったら、んじゃあ皆で見物すっかってことになっただけだい。ほれほれ、こっちは気にしなくていいからよ。とっとと仕事おっぱじめな。」
なんで大工仕事が「面白そう」になって「見物すっか」に進化して「酒もって集まんべえ」に帰結するのか、その理屈がよくわからん。
「ほっほっほ、まあいいじゃないか、お若いの。ワシらあ暇こいとるからな、日々の娯楽に飢えとるんだ。ファビオの言う通り、こっちのことは気にしなくていいから、そっちはそっちの仕事をやったらええ。」
こないだ息子夫婦に代を譲ったとか言ってた衣料品店の爺さんが杯片手に話しかけてくる。
「ふむにゃあ(『相棒、駄目だコイツら。もう無視して始めちまったほうがいいぜ?』)」
……っとにもう。頼むから邪魔だけはしないでくれよ。
部屋の中に材木を一本出して置いてみると、何もない時より明確なイメージが頭に浮かんでくる。
『ここをこうして……これがこうなって……んでこうしたら……こうで……こう!』
よし!いける!
アイテムボックスから大工道具の入った箱を取り出す。オジキがトラックと一緒にくれたヤツだ。あの人は本職の大工でもないのに妙に器用で、何でも自分で作ってた。道具だって「それなりのヤツを使ってる」って言ってたから、きっと役に立つはず……
出来のいい弟や妹に迷惑かけるわけにはいかない、と俺は昔から様々なアルバイトに精を出して来た。土木建築の仕事はその代表みたいなもんで、高校生の頃は学校の目を盗んで現場に出入りしていたこともある。大学時代はもちろんのこと、就職してからも時々オジキに呼ばれてこっそり副職としてやってたくらいだ。その頃身に着けた技術がきっと今回は活きてくるに違いない。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸した後、自分の中に眠る力の存在を信じ、思い切って箱を開ける。鋸だの金槌だの、鑿だの鉋だのが目に入る。オジキの仕事を思い出し、耳に鉛筆をはさんでさしがねを手にすると全身にびびびびっと何かが奔った。ひょっとしてこれが職業スキルの発動ってヤツか!?
見える……見えるよ!…ああ、貴方は……左甚五郎!?
気が付くと俺は鉋を手にして部屋の中に立っていた。目の前には残す作業が床板を張るだけになった、石張りの床面から二尺くらいの高さがある杉材の構造体。きちんと根がらみ貫まで仕上がってる。
すごいな職業スキル!我を忘れて、というか我がない状態でここまでできちゃったよ。
「うにゃうにゃふみゃあん!(『相棒!おい相棒!大丈夫か!?もう元に戻ったか?なあなあ、何か言ってくれよう!』)」
耳に猫声、脳内に人語。ああ、ロビンか。鉋を置き、ズボンの裾をかりかり引っ掻く黒猫を抱きかかえてやると、部屋の外から声がかかった。
「いよっ!神がかり!かっこいいぞツル公!」
「ふえ?」
えらく上機嫌なファビオに続いて外にいた連中が家の中に入り、俺の仕事を眺めたり触ったりしながらあれこれ話しかけてくる。
「大したもんじゃないか、作業に全く淀みがない。いや、淀みがないとかいうレベルじゃないねこりゃあ……。そうは見えないけど、ひょっとしてドワーフの血でも引いてるのかい?」
骨董屋の店主が感心を通り越して呆れた顔で聞いてくる。
「早さもだが、精密さがハンパじゃないな。若ぇの、垂準も何も使わねえのにどうやって水平出したんだ?」
乾物屋のオヤジは大引きや根太に酒瓶を横に置いて、転がりださないのを不思議そうな目で見ている。
「……!……!!……!!!」
鍛冶屋に至っては箱から大工道具を一つ一つ無言で取り出しては、「トランペットがほしい子供」みたいな顔になってる。俺のだからなー、勝手に持ってくなー。
他にも「ワシの出る幕なかったな」だの「まだ酔いもまわってないぞー」だのうるさいことこの上ない。
「こりゃあ、いらん心配だったみてえだな。」
ファビオが肩をばんばん叩いてくる。痛いって……
「いやなに、自分でやるなんて言っちゃあいるが途中で行き詰っちまうんじゃねえかと思ってな。この連中も年の功で何かと器用だからよ、いざって時は力になるかと連れてきたんだが、出番はなかったな。」
気にしてくれてたのか、厄介さん扱いしてすまんかった。
「いや、実のところ俺自身どうなるものかと不安だったのは確かだしな。気を遣ってもらって助かるよ。」
ファビオたちによると、俺は忘我恍惚状態で脇目もふらず大工仕事に取り組んでいたらしい。「木の中に最初からその形が潜んでいた」かのように素早く切り出したりほぞを彫ったり削ったりして、あれよという間に木材を組んでいったんだと。作業中は時々「ジンゴローさん……」とか「オカベ棟梁……」とか口走ってたとも。そうか、日本の偉大な先人たちが力を貸してくれてたんだな。遠い故郷に向かって感謝。
「まーだ昼過ぎたばっかしくれえの時刻だし、仕事を続けんのか?」
「いや、自分でもこんなに早く終わるとは思ってなかったんだ。だから昨日はこの上に張る床板を買ってなかったんだよ。今日はもう一回あの材木屋に行って少し格好のいい板を買ったら、道具の手入れをしておしまいだな。このペースだと明日中には全部終わるんじゃないかな。」
「おうし、それがわかりゃ十分だ。おおい!完成お披露目は明後日だとよ!ツル公、オメエが主なんだからよ、何かこうビッとした準備をしとけよ?」
「おい、ちょっと待て!なんっでそうなるの!?勝手に決めるな、それに『ビッとした準備』って何だよ一体?」
「アイツらも言ってたろ?ヒマがあって娯楽に飢えてんだよ、俺たちは。時々はこうパーッとやらなきゃ腐っちまうのよ。今日はどうも不完全燃焼だったから本番は明後日だ。それによ、準備っつったって馬に食わすほど御馳走しろってことじゃねえ。どうせコイツらテメエで持ち込むんだからよ、ちょいとしたツマミぐれえのがありゃいいんだよ、な?よし決まった!んじゃ解散だ!帰んぞー。」
……厄介さんなのは間違ってないんだよな。まあ、面倒見はいいが押しも強い親戚のオッサンみたいなもんか。
ファビオたちが帰った後、昨日の材木屋に行って床材を物色。強度も大事だけど、実際に寝転ぶことをことを思ったらなるべくキレイに見えるヤツがいい。白樺とか楢もよさそうなんだが、加工のしやすさと踏んだ時のクッション性を考えて、結局ここも杉材を選ぶことにした。帰り際、アイテムボックスに収納しようとしたら店員が店主を呼んできて、材木を仕舞うのを見せたら二人して口開けたままで固まってた。
帰宅後、共用井戸に水汲みに行くと近所のオバサン、婆さんたちが
「ウチのろくでなし(宿六、ワルガキ、ひょうろくだま、ゴクツブシ 他類語多数)が迷惑かけちまってないかい?何かやらかしゃあがったらすぐ言うんだよ?」
と野菜や漬物を分けてくれた。お礼に、と汲んだ水を家まで運んでやったら(ボックス収納して、だぞ)
「若いのに偉いねえ。」
なんて感謝された。こうやって少しずつご近所に顔を覚えてもらっていけばいいか。




