第二十一話
俺たちを乗せた馬車がラハティに戻ったのは、ギルドが日帰り組の帰還で忙しくなる時間帯の少し前だった。『特異魔道具および特定所有者登録』とかいうのはギルドの統括総本部まで申請を上げなければならない案件なので詳しい話は翌日以降の時間がとれる時に、ということでその日は解散となった。ミルカが
「すまん。ギルド規律を持ちだされたら、俺たちは答えないわけにいかなかったんだ。」
と申し訳なさそうに謝ってくれたが、彼らがロビンのことを隠そうとしてくれたことはわかっているから気にするなとだけ言っておいた。俺もいろいろ迷惑かけてるからな、こっちこそつきあわせてしまってすまん。
それから三日間、申請のためにロビンの性能について聞き取りがあったり、書類の作成をしたり、登録魔道具所有者の注意事項に関するレクチャーを受けたりとで、一日の大半をギルドで過ごすはめになった。新居のことだってまだすることがたくさんあるのに…。
そして四日目の今日。
「…これで申請に必要な書類はそろった。明日の直達便で送るから統括総本部に届くまでが七日、おそらく着いた日には審議が行われて翌日には結果が出るだろう。返事が返ってくるまでがまた七日とすると、遅くとも今月の末には結論が出る。」
「もし申請が通ってたらどうなるんだ?」
「統括本部評議員を含む審査団が来る。彼らによる審査が行われて、それで認められればその日からオマエさんは『特異魔道具特定所有者』になる。最初のうちは好奇の目で見る者も多いだろうし、多少はアレコレ言ってくる奴がいるかもしれん。だが、その『馬なし馬車』を人の目から隠さなきゃならんと心配することもなくなるだろうし、堂々と仕事に使うことだって可能になる。」
「そりゃよかった。」
「…ただし、だ。オマエさんが冒険者ギルドを脱退したり、何かやらかしして除名処分を喰らったりすれば話は別だ。冒険者ギルドの庇護を離れるってことだからな。だからいいか?絶対に『いい子』にしてるんだぞ。」
「へいへい。」
「それと、審査団が来て結果が出るまではこの町を離れることをギルドマスター権限で禁止する。その間の生活費が心配ならここに来い。輸送仕事ならいくらでも紹介してやる。」
「そりゃあ、何から何までありがたいこって……今日はもう帰っても?」
「構わん。……おう、そうだ。オマエさんのおかげで第七ダンジョンの土留め工事も前進拠点の改修も安くあがったんでな、再来月からはレインデルス大森林のほうでも新しい仕事を始めることになった。その頃にはまた声をかける。期待してるぞ、『大食いのツクル』。」
「……!ギルドマスター、そのみょうちきりんな二つ名で呼ぶのはやめてくれ……。」
腹空かした中学生じゃないんだからさ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルドを出た俺は、今日のもう一つの目的地へ向かう。この町に最初に来た日にミルカが連れてきてくれたあの両替所だ。冒険者街の市場の近くだけに、一応ロビンはアイテムボックスの中に収めることにした。ラッシも門外市のあたりはヤバイなんて言ってたしな。
『んで、どこに行こうっての?』
『白髪爺さんの両替所だよ。どうやらこの辺はいろんな貨幣が流通してるらしくてな、ひと月も生活してるとお釣りだなんだで少額硬貨の種類が増えすぎてワケがわからん。手数料はとられるだろうが、手持ちの金を一度整理しておきたいんだ。たしかこのあたりだったと思うんだけど……。』
なんとなく見覚えのある、刃物砥ぎの赤いテントが見えたんで周囲の建物を見回すと目当ての看板を発見できた。
窓からこそっと室内を見ると客はいなさそうだ。
「こんにちは、今いいかな?」
「おう、いらっしゃい。オマエさんどっかで見た顔じゃな……ああ、前にミルカが連れてきた異土の人じゃな。まだこの町に逗留しておったか。」
「逗留じゃなくってね、しばらく住むことにしたよ。ツクルだ、よろしく。」」
「ワシはヨハン・バーンスタイン、知っての通りこの『バーンスタイン両替所』の主だ。さて、ツクルじゃったな。今日はどんなご用事かな?」
老人の勧めるままカウンターの椅子に座って用件を伝える。
「俺のいたところと違ってここらは貨幣の種類が多い。何が何やらワケがわからんので手持ちを両替して整理できるものなら、と思ってきたんだ。」
「ああ、それこそ両替所の仕事じゃからな。問題はないよ。どれ見せてごらん。」
アイテムボックスからここのとは違う銭袋を出し、中身の二十種類近い硬貨を布の上に広げる。
「ふあっはっはっは、こりゃ確かにわからんな。……しかしまた随分いろんなのが集まったのう……。ああ、こりゃダメだ……こっちはいい……。オマエさんは異土の人じゃからな、どうせわかるまいと侮られてちいとばかし損しとるの。ふあっはっはっは。」
騙された?
「どういうことだ?」
「これを見てごらん。」
老人は布の上の硬貨を二つのグループに分け、それぞれを指差しながら教えてくれた。
「こっちのは『いい銭』、こっちのは『悪い銭』じゃ。いいほうの硬貨、たとえばリッチャルディやコルシーニなら額面通りで考えてもいい。じゃが悪いほうはな……。そう、このソリテア硬貨は額面の五分の一、こっちのシュケム硬貨なぞは両替せんことにしておる。」
は?額面の五分の一?両替しない?
「その顔見りゃわかるよ、『フザッケンナクソガー!』じゃろ?」
「あ、ああ……。」
老人が急に叫ぶのでびっくりした。でもホンネは正にそれ、『ふざっけんなクソがー!』だよ。
「外から来る連中が増えたからの、連中は悪貨ばかりを持ち込んで来よる。両替商が撰り銭をするのも仕方のないことなんじゃよ。この町の経済を乱すわけにはいかんからの。」
結局、両替できたのは持ち込んだ額面の六割ほど。もちろん『いい銭』に替えてもらい、ついでに銀のペレットも現金にした。
「ま、アレじゃな。今度から買い物をするときにはきちんと『鑑定』してからカネを受け取ることじゃな。」
「ああ、そうするよ………ん?『鑑定』?……!爺さん、アンタなぜそれを!?」
俺はこのヨハンという老人と自分のスキルについて話したことはない。なのになぜ俺が『(大)鑑定』スキル持ちであると知ってるようなことを?
「ふあっはっはっは、そう睨むな。ワシも持っとるんじゃよ、『鑑定』スキル。」
「アンタも?」
「ああ。もっともワシのスキルは相手がどんな人物かをメッセージで教えてくれるものでな。ちいとからかってやろうかと思ってオマエさんを見てみたら『こいつも見える。オマエよりもかなり見えてる。バカはやめとけ。』と出ただけなんじゃがな。ま、勝手に見たのは悪かった。スマン。」




