第二十話
ギルドマスターが俺の足元のロビンを指差して訪ねてくる。
『あー、これダメなやつじゃねえの?ヤベエな相棒、夜逃げの支度でもすっか?』
『うるさい、ちょっと黙ってろ。折角住処も見つかったのにそう簡単に夜逃げなんてできるかよ。第一、支払い済みの家賃と敷金がもったいない。』
こんなときはクールにいこう、そう、クールに。
「いったい、どこで…いや誰からそれを…?」
「あ?ミルカたち以外にないだろう。先に言っとくが、アイツらを恨んだりするなよ?ギルドに登録している冒険者は皆『マスターの聴取には真実のみを語るべし』って規律があるんだ。もっとも、オマエさんは訓練課程も若手修行も経験していない名誉的赤銅板章だから知らんのも当然だが。」
マスターは手に持った紙を机の上に置いて俺に見せてくる。そこにはあの夜の出来事が時系列に沿って簡単にまとめられていた。
「第七の崩落に関する報告書をまとめてたら不可解な点があったんだ。ラフからの報告によると、連中がベースキャンプに到着してエーリク、フィリップのパーティが先行突入したその直後にミルカたち『灯りを点す者』とツクル、オマエさんがキャンプに来た、とあった。おかしな話じゃないか。あいつらは『後詰番』の上にアシ持ちだぞ。こっちであれやこれや準備をして、それから徒歩で移動するオマエらがなんで先行組と大した時間差なくベースキャンプに到着できる?」
一呼吸入れた後、マスターは椅子の背もたれに大きく身を預けた。
「それで二日ほど前だが、ミルカたちを呼んで事情を聞いた。なぜあんなに早く到着できたんだ?とな。アイツら口は堅かったが、こっちがギルド規律を持ち出したらようやく渋々話してくれたよ。オマエさんと出会った時のことや、『馬なし馬車』『しゃべる猫馬車』の話をな。」
ミルカたちは黙っていてくれようとはしたんだな。すまん、そしてありがとう。
さーて、どうしてくれよう。遅かれ早かれ俺たちのことはバレるんじゃないかな、とは思ってはいたが……。
なるべく気取られないように注意しながら右手をマスターにこっそり向けて『鑑定』をしてみる。
[ 名 前 ] アンドレイ・チャガチェフ
[ 性 別 ] 男性
[ 年 齢 ] 六十三歳
[ 種 族 ] 人間
[ 職 業 ] 冒険者ギルド ラハティ支部ギルドマスター
第三等 黒色剣紋及び黒色鉄拳紋付白銀板章
元・パーティ『鉄義隊』リーダー、剣士、格闘家
[ 情 報 ] ワルだが悪人ではない
仕事に対しては真摯
ギルドや所属冒険者を守るためには一切の躊躇なし
他国や犯罪組織の間者、逃亡犯罪者などの可能性を含む
疑惑の目でツクルを見ている
☆ これ以上の鑑定をする場合、対象物との距離を縮めてください。
……喧嘩は絶対に売っちゃいけない臭いのする肩書だ。ワルだが悪人ではない。こういう奴相手に下手な小細工は無意味、「うそっこツクル」作戦で下手にごまかすのはかえって悪手かもな。ああ、俺のことをどっかのスパイとかお宝持って逃げてる最中のドロボウか何かではないかと疑ってると。
『こんなスッとぼけたスパイとかいるわけねえと思うんだけどな。それにドロボウなんてしようもんなら、相棒の体力なら五分で捕まるな。』
オマエ、そこまで悪しざまに言わなくてもいいだろう。
「…なあ、ギルドマスター。仮にだ、俺がその『馬なし馬車』とやらを持っているとしよう。仮に、ね。アンタらはそれを、俺とその馬車とをどうしようと思う?」
「別にどうもせんよ。」
「ふぁ?」
「にゃ?」
「他の職種の場合とは違い、冒険者ギルドってのは『規格外』が集まりやすい。他者とは違う異質で大きな力を持っていたり、そいつ位しか扱えない特殊なアイテムを持っていたりする連中のことだ。そういう奴は普通の社会じゃかえって暮らしにくいものだからな。そしてそういう連中はまた、『手駒』として権力や権威などから狙われやすい…」
「………それで?」
「冒険者ギルドはそういう『規格外』な連中の庇護者だ。四百年前、ギルドの前身組織を設立した原初統括グランドギルドマスター、輝きのキャメロンという大英雄がそう定めたんだ。『力持つ者が虐げられることなく奪われることなきよう、また虐げることなく奪うことなきよう、よくその人生を全うできるよう庇護すべし』とな。だからオマエさんが冒険者ギルドに所属している限り、冒険者である限り、俺たちにはオマエさんを守る義務がある。」
マスターは立ち上がって戸棚からグラスを二つ取り出し、デカンタから薄茶色の液体を注いでよこしてきた。一応『鑑定』。麦茶じゃないってのはなんとなくわかるけど。
[ ギルドマスターの職場常備酒 ]
ワイン作りで出る葡萄の搾りかすを原材料とする蒸留酒。
樽熟成3年の標準グレード。
毒や薬の類は含まれていない。飲用可。
やっぱり。ここにきてまさかの迎え酒かよ…
「だから仮に、オマエさんが『とんでもアイテム』を所有する、『ケタ外れ容量のストレージ』持ちだったとして、俺たち冒険者ギルドがそれを取り上げたり、オマエを拘束して奴隷的労働に従事させたりということはない。…どうした?飲め。いけるクチだろう?そういう臭いがしてるぞ。」
ダメ人間の臭いだろ?もう知ってるよ。……んんっ……案外イケる!昨日のヴォートよりは度数低めだな。何杯も飲まなければ問題ないだろう。まだ一口目だからだいじょうb…
『あーいーぼー?酒に飲まれてんじゃねえよ。』
わかってる。でもな?こうして出された酒に口をつけた以上、最後まできちんと飲むというのが「道」というものではなかろうか?
『……。』
「俺たちギルドはオマエさんから奪うようなことは決してしない。道を踏み外すことなく、その力やアイテムを使って日々の暮らしを送れるように守り、支援する。それが俺たちの仕事だ。だから正直に答えてくれ。『馬なし馬車』『しゃべる猫馬車』とは一体何だ?」
『どーすんだ、相棒?』
……そりゃあ、こうするしかないだろう。
グラスを置き、俺が右手を差し出すとマスターが握り返してくる。
「……いいよ、今はアンタを信じよう。だが、今日は飲酒運転になるから、後生だから日を改めてくれ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二日後、俺、ギルドマスター、副マスター、ミルカの四人はラハティから少し離れた森の中の開けた場所にやって来た。広さは陸上競技場くらいか。
「ここなら周りの目もないし問題はないだろう。オリヴェル、一応確認をしてくれるか?」
「わかった。」
マスターの指示に応えて副マスターが鞄から鳥…?のおもちゃ?を取り出すと
「IUDASID UWD UWDHD OPFJOIDU BCSJ…」
呪文だかお経だか何だかよくわからない言葉をぶつぶつ唱え始めた。
「…ハイイイイイイィィィィィィ……キヤッホゥワッ!!!」
奇声一発。副マスターが鳥(仮)を空に放り投げ、人差し指を向けると羽ばたき始める。
「おおお…」
ミルカは鳥(仮)とそれを操っているらしい副マスターを見て小さな歓声を上げた。
「あれがオリヴェル、このラハティ冒険者ギルド副マスターの得意技。命なきものを魔力で覆い、自在に操る『傀儡魔法』よ。今ヤツはああしてここの周囲一帯に潜む者がいないかどうか調べているんだ。どうだツクル?驚い……てないな…。なんだオマエ?珍しいと思わんのか?」
「まあな。要はラジコンとかドローンみたいなもんだろ?俺の故郷じゃ小さな子供から年寄りまで愛好者は多かったぞ?専門の業者や小売店もあったし、競技会とかだってやってたぜ?戦争に導入して空からの偵察や攻撃、警戒に使ってるのもいるし、病人の家に薬を届けたり飯屋の出前、荷物の宅配をしたりってのもあるな。空は飛ばないが、猟犬くらいの速さで地面を走るのなら俺も昔あそんでた。もっとも『魔法』じゃなくて『科学』って言うんだけどな。」
プロポをいじる感じで指をクイクイ動かしながら言ってやった。
「……その話はオリヴェルの前でするな。頼む。」
口を開いて何か言いかけたマスターは、少し落胆した様子だった。
ふふふ、魔法を知らない異世界人すべてが『おお!何だアレ!?』みたいに驚くわけではないのだよ。
『ぷっ。見ろよ相棒、アイツあんなに汗だくで踊りながら動かしてっぞ。それにあの合間に入る掛け声は何なんだよ?』
言うなよ。俺もさっきから噴き出しそうだったんだから…
5分くらいすると、副マスターは鳥玩具を懐に飛び込ませてこっちへ戻ってきた。
「ふう、久しぶりにやると矢張り疲れるな。マスター、周囲には誰もいない。安全確認終了だ。」
「ああ…ご苦労だったな…。よし、ツクル。俺たち以外に見ている者はおらん。その『馬なし馬車』とやらを見せてもらおうか。」
『出番だぞ、相棒。』
『あんまり気乗りはしねえんだけどなあ。』
ゆっくりした足取りで俺たちから離れたロビンが「ふにゃん!」と一声鳴いてジャンプ&一回転すると真っ白な煙をあげてトラックの姿になった。
「マスター、それに副マスター。これが動力を内蔵し自らの力で走る『馬なし馬車』だ。そして、俺ことツクル・ナイトーの無二の相棒『しゃべる猫馬車』ことロビンだよ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「 おろえろおろえろ…… 」」」
三人は仲良く四つん這いの格好になって、盛大に昼飯を大地に還元している。なんだよ、不運と踊っちまわないように安全運転を心がけたのに。
『安全運転っつーんならもう少し早く止めろよ。危うく車内が大惨事だぞ。』
相棒を取り出した俺は、「まずは実感!」と三人を乗せて走ることにした。ミルカは前のこともあって嫌がったが、「風が当たるところなら大丈夫だから」と荷台に副マスターと一緒に乗せ、マスターは助手席へ座らせて軽くデモ走行をしてやった。
「とりあえず性能を見せようと軽く走ったつもりだったんだけどな。」
『んな理由でダブキャブトラックの荷台に人乗せてジムカーナやろうって馬鹿がどこの世界にいるよ!?』
「いやあ……なんかこないだ走った時にも思ったんだけどオマエさ、走行性能向上してない?魔道具化して、競技車両とまではいかなくてもそこそこ走れるようになったんじゃないか?なんかそれで楽しくなってな。」
『……その感覚は確かにある。間違いなく馬力だけじゃなくトルクも上がってるし、レスポンスもよくなってた。それに車体全体もなんかこうがっしりしてきてるような気がする。』
「そう、それ。さっきだってドリフトみたいなのできたしな。改造軽トラなんかでやってるのは見たことあるけど、どノーマルのダブキャブでできるとは思わなかった…
…ひょっとしてどこか壊しちまったか?」
『あれしきで壊れてたまるかよう。こちとらゲンバで働く第一線実用車両だぞ。雑に乗らねえんなら、多少荒っぽく乗るぶんは問題ない。』
「そうだったな。無理はさせんよ、次から気をつける。」
『ん、頼む……お、連中再起動できたみてえだぞ。』
青い顔をした三人が並んでこっちに歩いてきた。足取りは重く、副マスターに至っては膝が震えている。
「なるほど……これが『馬なし馬車』か……。」
「想像以上…だった…な……ぅぷ…。」
「…(無言)…」
「無理すんなよオマエら。もう少しそこらできらきらしといてもいいんだぜ?」
「……人語を解するというのも、夢じゃなかったか……」
「……『しゃべる猫馬車』。最初に聞いたときはアタマを疑ったが…」
「…(無言)…」
まだ具合が悪そうに見えたので、アイテムボックスから出した水を飲ませながら質問に答えることにした。
「いったいどこであれを手に入れた?」
「前にも話しただろう?俺は『生まれた国を追われた』って。国を出る直前に魔法使いのオジキからロビンをもらったんだ。餞別、というか遺産代わりにな。アンタらに隠していた理由は、非常に高価値な魔道具なんで誰かに知られて奪われるのを警戒していたからだ。」
「…もう一度確認するぞ、ツクル。オマエはこの『馬なし馬車』がどうやって作られたものかは知らないんだな?」
「ああ。さっきも言った通りオジキからのもらい物だし、そのオジキにしてもまた別の魔法使い、ソロとかいうヤツにこういう風に仕立ててもらったそうだから詳しくはわからん。」
「オリヴェル、どう思う?」
「おそらく『傀儡魔法』の上位、ゴーレムやホムンンクルスに関する『遺失魔法』の一種と見て間違いないと思う。ツクルの生まれた国…なのかどうかはわからんがとにかく、この地上にまだそういった類の魔法を扱える人間が残っている、ということだ。」
「ミレナが推測するようにツクルの出身が大陸最東方の島嶼小国家群地域だとしたら、大遠征を始めたがる魔法使いどもが出てくるだろうな。」
「今すぐにでも俺が行きたいくらいだよ……副マスターはデニスかカーチスあたりにやらせとけばいいじゃないか……」
副マスターのロビンを見る目がアヤしい。心なしか息も荒いように思える。傀儡魔法とかいうのを得意にしてるそうだし、魔法バカか魔道具偏執狂とでも言ったあたりか。マスターがラジコンやドローンの話はするなと言ったのも無理はない。今日にでも旅支度を始めかねん様子だ。まあ、俺の出身とかは嘘で固めてるからやめといた方がいいと思うぞ。
「由来に関しちゃそれくらいでいい。ところでこの…ロビンだったか?こいつを動かすのは誰でもできるの…」
「いーやーだっ!絶対イヤっ!!」
マスターの質問にロビンが喰い気味にかぶせてくる。
「ツクル以外のヤツを運転席に座らすのはたとえ廃車にされたとしてもやりたかねえ!俺のハンドルを握っていいのはこの世で一人、相棒のツクルだけだ!」
ロビン……。ありがとよ、後でネコちゅ~ぶ食わしてやるからな。
「だが、研究のために少しだけなら…」
「どうしてもってんなら、この場でバッテリー噛み切って死に華咲かせてやらあ!」
ロビンは抗議のためにヘッドライトをハイビームで点滅させる。それを見た俺は、わが相棒とマスターたちの間に立ち、懐からプレートを抜きだして彼らのほうを向く。
「と、いうことだ。俺は相棒を手放す気はないし、相棒も俺から離れる気はない。多少世話になったアンタらには悪いかもしれんが、俺たちをどうこうしようというのなら、今この場で板章を叩き返してラハティを出る。」
首から外した赤銅板章をひらひらと振ってみせる。さあ、どう出る?ギルドマスター。
「……オマエを呼び出したときに言っただろう、どうもこうもせんよ。きちんとオマエらのケツ持ちをしてやる。だからをそいつしまえ。オリヴェル、この『馬なし馬車』……を『特異魔道具』として登録できるか?」
「そこは問題ないと思う。このテのはファン・ドーレン師やラシュトフコヴァ師の例もあるからな。もっとも所有者が高名な魔術師ではなく、規格外の大容量ストレージ持ちとは言え一介の赤銅板章冒険者となれば、また別の意味で目立つかもしれんが……」
「マスター、何を勝手に話を進めて…」
「だから、ロビンとオマエを『特異魔道具および特定所有者』として登録してやると言うとるんだ。」
「何だそれ?」
「冒険者ギルドに所属する『特殊なアイテムとその持ち主』を守るための制度だ。詳しくは戻ったら教えてやるが、『こういうモノを持ってる奴がいる』と関係筋に公表する代わりに、『だから絶対に下手な手出し口出しすんじゃねえぞ。それでも何かしようというのなら冒険者ギルドがツブす!』と釘を刺す仕組みだ。」
そんなのがあるのか。
「そうすればオマエらにちょっかいを出す連中もいなくなるだろう。むしろ、腫れもの扱いされるのを気にしたほうがいい。よし、話の続きは戻ってから進めよう。ツクル、ロビンを仕舞え。オリヴェル、ミルカ!馬車で戻るぞ、支度をしてくれ…」




